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私のキャンパスライフは百合展開を避けられないのか?  作者: 平井淳
第七章:死神の葛藤編

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二十 堕落

感想をお待ちしております。

 理央ちゃんが事故で亡くなったことを知ったのは、その日の夕方六時頃だった。アンネリーゼと一緒に大学から家に帰ると、秋乃とチコちゃんがリビングで待っていた。その際に私たちはチコちゃんから事故の詳細を聞かされた。


 また、秋乃が死神の世界へ帰ることも決まった。


 約一週間という短い間だったけれど、上司であるチコちゃんが「もう十分なのです」と言っているので、問題はないのだろう。部外者の私が口出しすることではない。


「柊さん。アンネリーゼさん。ユーリアが大変お世話になったのです」

「二人とも元気でね」

「とても残念ですわ。まだまだ紹介したいアニメがありましたのに」


 私は少しだけ、ほんの少しだけだが、寂しい気持ちになっていた。


 自分を殺そうとした憎むべき相手ではあるが、一緒に暮らす妹として、秋乃にそれなりの親しみを感じるようになったのも事実だ。なのに急にお別れだなんて味気ない。


「皆さんの協力のおかげで、目的は無事に果たされたのです。私の願いはこの子に人間の心を理解してもらうことでした。人間一人ひとりにはそれぞれの人生があるということ。誰もが夢や希望を抱いているということ。それは死神も人間も同じであると知ってほしかったのです。そして何より、誰かが死ぬと、それを悲しむ人がいる。だからこそ、人間の命が尊いものだとわかってくれることを期待していました。この一週間で、ユーリアは人間に対する認識を改めることができたと思うのです。これからは新しい気持ちで仕事に励んでくれるはずなのです」

「……私は何もしていません。ただ人間の様子を眺めていただけです。一日一善という約束でしたが、本当に人の役に立っていたのか自信がありません」


 秋乃は暗い表情を浮かべていた。

 理央ちゃんが亡くなったこと、彼女を救えなかったことを悔やんでいるようだ。


 人の命を軽く見ていた死神のユーリアが、ここまで態度を変えることになるなんて。


 しょんぼりとした姿の彼女を見ていると、私まで調子が狂いそうになる。

 ここは一つ、気の利いたことを言い聞かせて励ますことにしよう。


「役に立つとか、感謝されるとか、そういうのは気にしなくていいと思うわ。大切なのは思いやりの心よ。あなたはちゃんと、人を思いやることができていた。少なくとも私はそう感じているわ」

「さすが柊さん。いいことを言うのです。その通りなのですよ」


 私は玄関の前まで二人を見送る。

 とうとう別れの時がやって来た。


「改めてお礼を言うのです、柊さん。そして、私はあなたに謝らないといけないのです」

「謝る? どうしてチコちゃんが?」


 この子に何かされた覚えはない。


「私はあなたのことを誤解していたのです。あなたが極悪非道の女王であると聞かされていたので、最初はとても怖かったのですが、どうやらその認識は間違いだったようなのです」


 極悪非道の女王って……。一体誰からそんなイメージを聞かされていたのよ?


「あの、どういうことかしら?」

「あなたは悪い人ではないのです。きっと私たちは仲良くなれるはずです」


 もちろん、私もチコちゃんと仲良くなりたいと思っている。

 自分としては、もうすでに友達や姉妹みたいな関係になったつもりなのだけれど。


「チコちゃんと私は友達よ?」

「そう言っていただけて嬉しいのです。私もそうでありたいと願っているのです。ですから、私たちは最初から争う必要なんてなかったのです」


 争う?

 私はチコちゃんと喧嘩なんてしたことはないはずだが、彼女はずっとこちらを敵視していたのだろうか。


「もう終わりにしましょう。無意味な戦いに終止符を打つべきなのです。ここはどうか、この私に任せてほしいのです」


 さっきからチコちゃんは何を言っているのだろうか。

 

「それではさようなら、柊さん。また会いましょう。次は本当のお友達として……」

「う、うん。そうね……」


 話の流れがイマイチ掴めない。

 彼女が一人で暴走している。会話のキャッチボールができていない。


「……それでは、また。色々とお世話になりました。いいですか、柊春華さん。あなたの寿命が尽きる時、必ず私が迎えに行きます。その時は絶対に逃げないでください。あと、それより先に死なないでください」


 秋乃という名を捨て、死神に戻ったユーリア。

 寿命が尽きる時……か。もう私を殺す気はないみたいだから安心だ。


 別れの言葉を告げ、ユーリアとチコちゃんは元の世界へと帰っていった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 チコ様に連れられて、私は『神の間』と呼ばれる場所にやって来た。真白な空間がどこまでも広がっており、空中には大きな鏡が一つだけ浮かんでいる。


 鏡の前には玉座が置かれていた。恐らくここには神が座るものと考えられる。


 『神の間』について、噂なら何度か耳にしたことはあるが、実際にこの場所へ来るのは初めてだった。今からここで一体、何が行われるというのだろう。


 すると、いきなり鏡が眩しい輝きを放ち始めた。

 その光の中から、一人の少女が現れる。


 彼女は玉座に腰を下ろし、私たちを見つめた。


 まさか、この方が「神」なのか……?


 この世のすべてを支配する存在。それが神である。


 初めてそのお姿を目にする。だが、どこからどう見ても、彼女は普通の少女と変わらないのだった。


 神が現れるとチコ様が跪いた。私も半歩下がった位置から彼女に倣って跪く。


「さて、報告を聞かせてもらうわよ」

「はい。神様」


 報告?

 何を告げるというのだ。


「一週間、私はこちらのユーリアを人間界に派遣し、柊春華の監視を行わせました。その結果、柊春華は我々に危害を加える存在ではないという結論に至ったのです」

「……はぁ?」


 神は眉をひそめた。

 報告の内容が不満だったのか、苛立っているようにも見受けられる。


「よって、我々が柊春華と衝突する必要はないと思うのです」

「アンタ、ふざけてんの?」

「いいえ、ふざけていないのです! 客観的事実をありのままお伝えしているのです!」

「柊春華の弱点を調べること。彼女を脅迫するために使えそうな材料を探すこと。それが私の命令だったわよね?」


 神は怒りを露わにした。


「ですが神様、私は以前から疑問に感じていたのです。柊春華は人間界の秩序を乱す存在だと神様はおっしゃいますが、どう見てもそうとは思えないのです。彼女は本当に我々の敵なのでしょうか? 始末しなければならない悪人なのでしょうか? そんなことはないはずなのです」

「黙りなさい。あの女をどうするべきか、それを決めるのはこの私よ。アンタの意見なんてどうでもいい。私はあの女を消し去ることに決めた。そして、アンタは私の駒なの。駒は駒らしく、プレーヤーの意思に従っていればいいのよ。駒の分際で私に意見するな!」


 チコ様を怒鳴りつける神。その言い分はあまりにも無慈悲だった。

 神は配下の者を駒扱いしている。


 私たちは皆、ただの駒だったのか? 自らの意志を持ち、自らの意志で行動している我々だが、結局のところ神の手先でしかないというのか?


 納得できない。私は駒になどなるつもりはない。

 誰が言いなりになどなるものか。


「どうか考えを改めてほしいのです。かつて神様が自ら協力を要請された闇の魔女・アンネリーゼは、どういうわけか柊春華の側に寝返ってしまいました。よって、柊春華を討つということは、あの魔女を敵に回すことを意味します。全面戦争となれば、こちらもかなりの犠牲者を出してしまうのです」

「それが何だっていうのよ……? 駒が何人死んでも、最後に勝てばそれでいい。捨て駒ならいくらでも用意してやるわ」

「無駄な争いは避けるべきなのです。そうすれば誰も死なずに済むのです」

「うるさい! うるさい! うるさい! 黙れぇぇぇぇっ!」


 次の瞬間、一筋の閃光が神の手から放たれた。

 光はチコ様の胸元を貫いた。


「あっ……! あがっ……」


 大量の血を吐きながら、チコ様はその場にうずくまる。


「チコ様ぁぁぁぁっ!」


 私は倒れそうになる彼女を抱き寄せた。

 胸には穴が開いている。完全なる空洞が出来上がっていた。


 これはもう助からない。


「かっ……、神……さ、ま……」

「私に逆らった罰よ。使えない駒はゴミと一緒。ここで消えなさい」


 神はフッと笑った。


 チコ様は時間を巻き戻すことができる。だが、その力を使う体力は残されていなかった。


「ユーリア……。ごめん……なのです……」


 最後にそう言い残し、チコ様は動かなくなった。

 息を引き取った彼女の身体は急に軽くなるのだった。


「これだから馬鹿は困るのよ。大人しく言うことを聞いていれば死なずに済んだのに。ま、コイツは前からぶりっ子で目障りだったから、今ここで殺すのが正解だったわね。私、誰かに媚びを売るような態度を取る奴が昔から大嫌いなの。学校の先生とか、部活の先輩にいい顔をして、きっちりポイント稼ぎをする目ざとい女。あー、今思い出しただけでもムカついてきたわ」

「よ、よくも……」

「あ?」

「よくもチコ様を……!」


 私はこの女を許せない。

 神だろうが何だろうが関係ない。コイツは最低だ。


 こんなヤツのために、私たちは今まで動いてきたのか。

 ふざけるな。何が駒だ。


 コイツだけは絶対に私が倒す。


「何? もしかして私とやるつもり? 無理無理。アンタなんかが勝てるわけないでしょ」

「はあああああああ!」


 私はチコ様から返してもらったばかりの鎌を神に向かって振り下ろした。


「だから無駄なの」

「ぐっ?!」


 なぜだ?

 体が……まったく動かない。


「アンタも馬鹿ね。さっきの見てたでしょ。私に逆らった者がどうなるのか、もうわかってるわよね? なのに同じことを繰り返すつもり?」

「くっ……! 動けっ! 動けぇっ……!」


 全身が石のように固くなっている。頭のてっぺんからつま先まで微動だにしない。力がまったく入らない。


「ねぇ、アンタはどうしたい? このまま私に殺されたい? それとも命が惜しい?」

「うぐぐ……」

「あー、そう。やっぱり死にたくないわよね。顔にバッチリ書いてあるわ。死ぬのは怖いです。助けてくださいってね。うんうん。いいわよ。私もあなたをここで殺すのはちょっともったいないと思っていたのよ。だから今回は特別に見逃してあげる」


 勝手なことを言うな。私は恐れてなどいない。いつでも死ぬ覚悟はできている。

 今ここで死んでも構わない。お前さえ、お前さえ道連れにすることができれば……。


「いい話があるわ。チコが死んでしまったわけだけど、こうなると一つ問題が出てきちゃうのよね」


 問題……?


「チコは天界の支配人だったわ。でも、その役職がたった今、空白になってしまった。さて、後任は誰がいいかしら」

「……な、何が言いたい?」

「私はね、アンタが適任じゃないかと思ってるの」

「……!」

「知ってるわよ。アンタ、結構優秀な死神らしいじゃない。でも、たった一回の失敗で評価を下げられてしまったのよね。本当に可哀想」


 すべてわかっているのか。この私のことも。


「アンタはずっと我が道を進んできた。誰にも媚びず、仲間とも馴れ合わず、自分の実力を貫いて、ここまでやってきた。実は私もそういうタイプなの。だから、アンタには親近感が湧いてくるわ」


 お前なんかと一緒にするな。私はお前のような外道ではない。


「大野美波の魂を取り逃がしたのはアンタでしょ? 私はね、あの女が憎くて憎くてたまらないの。あの女のせいで私はいつも不愉快な気分になっていた。進路も恋愛も、全部アイツのせいで台無しになった。だから、神になった時、真っ先に殺してやったのよ」


 殺した?

 神が自らの意志で人間を……?


「でもあなたのせいで、アイツはまだ生きている。私の復讐はまだ終わっていない」


 この女の大野美波に対する怨念は凄まじいものであった。

 彼女は鬼の形相で、どこか遠くを見ている。


「私に協力しなさい。大野美波と柊春華を地獄へ落とすためにね。天界の支配人の座はそれが交換条件よ」


 そう言って神は私の頬を指先で撫でる。


 天界の支配人。それは私がずっと目指していたものだ。

 失脚により遠ざかったはずのチャンスが、こんなところで転がり込んでくるなんて……。


「どう? 悪くないでしょ?」


 だが、こんなクズの甘言に乗せられるほど、私の性根は腐っていない。


 私は正々堂々と、自分の実力で成り上がってみせる。

 チコ様の意志を継ぐのは、私が皆から認められた時なのだ。


「断る……」

「ふぅん。本当にそれでいいの? もう二度とないかもしれないわよ」


 そんなことはない。絶対に。


「私はそんな卑怯な道を選ばない」

「そう……。じゃあ、死になさい」


 神は手のひらを私にかざした。

 さっきチコ様を葬った光を私にも浴びせるつもりのようだ。


 ジリジリと音を立てながら稲妻のようなものが光の球を形成し始めた。これから私は閃光に貫かれる。


 死ぬ。間違いなく死ぬ。体は動かない。避けることはできない。この距離ならば絶対に外れないだろう。


 終わる。私の人生も、私の夢も。すべて、ここで……。

 チコ様の無念を晴らすこともできずに朽ち果てる。


 ああ、でもこれでいいのだ。

 私は私の正義を貫いたのだから。


「地獄の底で永遠に後悔すればいいわ」

「待ってください! 助けてっ! 助けてください! 死にたくない! 死にたくないぃぃぃぃ!」


 気づけば私は泣き叫び、神に命乞いをしていた。

 

 どうして? 何をしているんだ私は。

 もうとっくに死ぬ覚悟はできていたではないか。


「あら? もしかして気が変わった?」


 変わってなどいない。私は……私は……。


「あなたに従います、神様。どうか私をお助けください……。お願いします」


 違う! これは何かの間違いだ。

 助けてほしいなんて、誰が言うものか。


「ふふふふふ。正直でいい子。やっぱり命が惜しいわよね。いいのよ。それが生き物の本能だから。未練タラタラで夢を諦めきれない。だから生にしがみつく。そうでしょう? 私はアンタのそういうところが好きよ」

「ありがとうございます……。慈悲深い心に感謝いたします。神様……」


 私は抗えなかった。死の恐怖と自らの欲望に。


 今まで私は何のために努力をしていた? 夢を叶えるためではなかったか?

 こんなところで死んでしまっては、これまでの苦労がすべて水の泡になってしまうではないか。


 こうなったら何が何でも生き抜いてやる。どんな手を使ってでも。

 ここで死ぬわけにはいかないのだ。


 こうして私は神の手に落ちた。


第七章、完

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