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十七 宿題

感想をお待ちしております。

 四限目が終わると昼休みになった。生徒たちは教室で仲のいい者どうしで集まり、昼食を取り始めるのだった。


 私は柊春華の母親が作ってくれた弁当を持ってきているので、自分の席に座ってそれを食べることにした。すると、向こうから理央がやって来て、当たり前のように私と同じ席で弁当を広げた。


 友人である彼女とは一緒に食事をする習慣になっているようだ。


「秋乃ちゃんって、バスケットボールやってたの?」


 食べながら理央が尋ねてきた。


「ううん。今日が初めて」

「えー、ホント? 何本もシュート決めてたのに? 信じられない」


 さっきは少し調子に乗り過ぎてしまったかもしれない。私には簡単過ぎてあまり深く考えていなかったのだが、普通の人間はあの距離から何度も連続でシュートを成功させることは難しいようだ。


 目立ち過ぎてしまうのは困るので、今度からはわざと失敗して人間らしさを醸し出すべきだろう。間違っても私の正体が死神だと気づかれるようなことがあってはならない。


「才能あるし、将来絶対バスケの選手になった方がいいよ」

「あ、うん。考えておこうかな……」


 実際にやってみて感じたことだが、私はバスケットボールという競技が嫌いではない。少し楽しいと思ったのも事実だった。


「私はアナウンサーになりたい。それでプロバスケットボール選手になった秋乃ちゃんを取材できたらいいな」

「自衛隊は目指さないの?」

「えっ、どうして自衛隊?」

「ごめん。何でもない。私の勘違い」


 どうやら生徒全員が自衛隊入りを志しているわけではないようだ。保健体育で隊列を組んで声を上げながら走ったりしていたものだから、てっきり誰もが軍隊に憧れていると思っていたのだが、それは見当違いだった。


「そういえば今日、社会で調べ学習の宿題出たよね。放課後、一緒に図書館行かない?」

「図書館……?」

「うん。調べものしなきゃだから、本がいっぱい置いてある場所がいいかなって」

「そうだね。行こう、図書館」


 反射的に返事をしてしまった。図書館は死神の世界にも存在するので言葉の意味はわかるのだが、理央が言っている図書館がどこにあるのかは知らない。


「ありがとう。学校が終わったら、そのまま直行しよう」


 道がわからないので、彼女の後をついていくしかない。私一人ではどこへ行くこともできないのだ。


 死神は自分の担当するエリアの地理なら把握しているが、それ以外の地域では地図が必要だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 六限目の「理科」が終わり、放課後を迎えた。

 中学校での初日をどうにか無事に過ごすことができた。大きなトラブルや事件もなく、平穏な一日だった。


「今から図書館に行くんだよね?」


 私は理央に確認した。

 彼女と図書館で宿題をすることを昼休みに約束したのである。


「行くよ。付き合ってもらってごめんね」

「大丈夫。特に予定ないから」


 一日一善が私の課題なので、理央の頼みに応えることで、それをクリアしたことにしようと思う。


 私たちは学校を出て図書館に向かって道を歩き始めた。予報通り午後からは雨が降り出したので、カバンの中に入っていた折り畳みの傘を使うことになった。


 おおよそ十分間、雨の中一本道を進むと図書館に到着した。思っていたよりも近くだった。

 

 大きな窓が付いた広い建物である。窓を通して建物の内側を見ると、そこには何人もの人間がおり、壁に備え付けられた棚には無数の書物が収められていた。人間の知識と記憶がこの施設に詰め込まれているというわけか。


 建物の前にやって来ると、水気を切ってから傘を閉じてから入り口にある傘立てに差しておいた。


 自動で開くドアを通り、二人は図書館の中に入る。


 館内は空調が効いており、ジメジメと蒸し暑い外気との温度差を感じさせる。心地よい冷たさを含んだ空気が私の全身にまとわりついた。


「歴史のコーナーは向こうにあるみたい」


 理央の後を追う。その先には日本史や郷土史を記した書物がいくつも並ぶ棚があった。


「鎌倉時代は……この本がいいかも」


 一冊の書物を棚から抜き取る理央。表紙には『日本の歴史-鎌倉・室町時代-』と書かれている。


 学校の授業で出された宿題は、執権・北条泰時、北条時頼、北条時宗について調べ、レポートにまとめることであった。ただし、教科書以外の書籍を使って調べること、という条件付きだったので、理央は図書館の本を参考にしようと言い出した。


 私たちは参考文献として使えそうな書物を何冊か手に取って、近くのテーブルに座る。それから授業中に渡されたレポート用紙と筆記用具をカバンの中から取り出し、黙々と課題に取り組み始めた。


 ここで私はふと理央の顔を見た。

 彼女は書物に目を通しつつ、レポートに向かって筆を走らせている。その表情は真剣だった。


「どうしたの? 秋乃ちゃん」


 こちらの視線に気づいた秋乃が、顔を上げて言った。

 私を見つめながら邪気の無い笑顔を浮かべている。


「な、何でもない……。ごめん」


 私は顔を伏せてレポートの続きを書く。

 そして、再びそっと理央の顔を見る。


 やはり見間違いではないようだ。


 私には見えている。彼女のまわりを覆う黒い影が。

 陽炎かげろうのようにゆらゆらとうごめく闇のオーラが理央にまとわりついている。


 これはそう、いわゆる「死の兆し」だ。


 死神はもうすぐ死ぬ人間を一瞬で見分けることができる。その目印となるのが、「死の兆し」と我々の間で呼ばれている黒い影なのであった。


 理央を覆う影はさっき現れたばかりだ。しかし、その色は今この瞬間も少しずつ濃くなっていくのだった。


 私は認めざるを得なかった。

 吉原理央に死期が迫っていることを。

お読みいただきありがとうございます。

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