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十六 授業

感想をお待ちしております。

 学校では上履きというものに履き替えるらしい。生徒に対して一人一つずつ下駄箱なるものが用意されており、私の下駄箱もきちんと存在していた。下駄箱には自分の名前が書かれた上履きが入っていたので、それを履くことにした。運よくサイズはピッタリだった。そして、脱いだ下靴はここへしまっておけばいいらしい。


 少し廊下を歩いてから理央と共に階段を昇り、二階へやって来た。

 そこからまた廊下を歩き、二年二組と書かれた部屋へと入る。


 部屋の中には十数名の制服を着た人間がおり、談笑したり読書をしている姿が見受けられる。


 私たちはここで授業を受けるということか。


 理央は「じゃ、また後でね」と言って部屋の奥の窓際にある席に座った。

 立ち尽くすわけにもいかないので、私も席に着くことにした。


「あれ? 柊さん、ここ私の席だよ?」

「え? え?」


 見知らぬ人物に話しかけられた。彼女は私の座る席について、領有権を主張しているのだった。


 これはつまり、どういうことだ? 好きな場所に座るのではなく、あらかじめ決められた席に座らなければいけないということなのか?


 死神界の学校ではそんな決まりなどなかったので、少しモヤモヤする。


「ご、ごめんさない……。間違えてしまって……」


 私は慌てて立ち上がった。


「ううん、いいよいいよ。最近席替えしたばかりだもん。仕方ないよ。柊さんでも、うっかりしちゃうことあるんだね」


 彼女は笑って許してくれた。

 故意ではないとはいえ、私は人の席を奪い取ってしまった。しかし、そのことを責める者はいないのだった。


「柊さんの席は、こっちだね」


 間違って座っていた場所の一つ後ろが、私の席であるらしい。


「すみませんでした……」


 もう一度謝ってから席に着く。


「そこまで気にしなくていいのに」


 彼女はまた笑った。


 ああ、いけない。無意識のうちに敬語で話してしまった。気を付けないといつもの口調に戻ってしまう。


 その後、ぞろぞろと他の生徒が部屋に入り込んできた。彼らは皆、やはり制服を着ていて、指定のカバンを持っているのだった。


 迷ったり選ぶような仕草をすることもなく、淡々と着席していく。どうやら本当に全員分の座席が決められているようだ。


 やがてチャイムが鳴り、教師と思われる成人男性がやって来た。

 出欠確認が行われ、私も名前を呼ばれた。


 それから教師は連絡事項を述べたが、私にはわからない内容だった。「校内一斉清掃」、「合唱コンクール」など聞きなれない単語が聞こえてきた。


 ここは学校なのに授業とは関係のないこともたくさんするらしい。おかげで何を目的とする施設なのかわからなくなってきた。


 教師はそれから一言二言だけ述べ、教室を出ていく。彼は連絡係なのだろうか。


 再びチャイムが鳴ると、今度はさっきとは別の教師が入って来た。眼鏡をかけた中年の女だ。


 今は一限目。「国語」という科目の授業が行われる。彼女は国語が担当の教師ということだろう。


 科目によって担当教師が異なるのは死神の学校も同じだった。


 教科書に書かれた文章を読めと生徒に指示をする教師。ある一定の箇所まで読み終えると、次は別の生徒が読まされる。


 これは順番に音読をしていく授業なのか。教科書に書かれているのはすべて日本語だ。彼らは日本人である。普段自分たちが使用している言語なのに、今さら何を学ぶというのか。


 国語の次は「社会」だった。この科目では日本の歴史を学ぶらしい。

 私は人間界の歴史を死神の学校で学んだ。もちろん日本の歴史についても熟知している。


 教科書に記されている内容は、どれも私が知っていることばかりだった。

 ここにいる者たちは、まだそんなことを習っているのか。死神の私よりもずっと遅れている。


 その次は「数学」だ。死神の学校には「算術」という科目が存在していたが、恐らくそれと同じことを学ぶ授業であるようだ。


 数学の担当教師は今朝、連絡事項だけ伝えてどこかへ行ってしまった男だった。彼は連絡係と数学教師を兼任しているようだ。


「この問題を誰に答えてもらおうかな……。よし、じゃあ柊」


 教師は私を指名した。

 この簡単な計算式を私に解けと言っている。


「はい」


 私は席を立ち、黒板の前にやって来た。


 白いチョークで答えを書く。


「うん、正解だ。さすがだな、柊」


 このくらい正答できて当たり前だろう。


 だが、他の生徒たちは一斉に拍手をするのだった。

 称えられるほどのことをしたつもりはないが、まぁ悪い気はしないので適当に流しておこう。


 四限目は「保健体育」と呼ばれる科目だった。この授業では「体操服」という動きやすい服装に着替えて活動するらしい。この体操服もまた、すべての生徒が同じものを着ることになっている。


 柊春華は体操服をカバンに入れてくれていた。私は「柊」と胸元に書かれた白い半袖のシャツと青い半ズボンを着用し、理央とともに教室を出た。


 私たちが向かったのは体育館だった。

 柊春華を呼び出した場所も体育館である。広くて暴れやすく、しかも室内なので他人の目を避けることができるという理由で、そこを選んだのだった。


 今からここで私たちは何をさせられるのか。さすがに殺し合いではないだろう。


 よく見ると体育館に集まっているのは女子だけだった。男子はどこへ行ってしまったのだろう。これは恐らく、体格や体力の差を考慮して、男女別になっているものと思われる。ということは、今からここで行われるのは模擬戦だろうか。死神の学校では、授業中に木製の剣や槍を使った模擬戦が行われたが、私に勝てる者はいなかった。


 人間が相手でも私は手加減しない。すぐに決着をつけさせてもらおう。


「どうしたの? 秋乃ちゃん。早く並ぼう」


 理央が言った。

 並ぶ? 今から模擬戦をするのではないのか?


 私以外の生徒たちは二列に並んで立っていた。隊列を作って行進でも始めるつもりなのか。


 きっと保健体育は軍隊に入るための訓練を行う授業なのだろう。


 私もとりあえず隊列に加わった。すると、彼女たちは一斉に駆け足で移動を始めるのだった。


「いち、に! いち、に!」


 全員が掛け声を上げて走っている。この光景はまさしく軍隊だ。

 ここにいる者たちは、将来軍人としてこの国を守る使命を背負っているようだ。


 だが、待て。日本には軍隊など存在しないはずだ。かつては日本も軍事国家であったが、太平洋戦争終結後は軍が解体され、今は代わりに自衛隊という組織が国防の任務に当たっている。よって、彼女たちが目指すものは軍隊ではなく自衛隊といった方が適切だろう。


 体育館を二周走り、隊は動きを止めた。そのまま列を崩さずに両手を広げて、個人どうしの間隔を広げ始める。


 次は何が行われるのか。


 一人の生徒が列を離れて皆の前に出てきた。

 彼女が隊をまとめる役らしい。


「ラジオ体操はじめ!」


 女子生徒が声を上げると、他の生徒たちは一斉に手を突き上げた。かと思いきや、地面に対して水平に腕を伸ばし、それから下ろした。


 何だこの奇妙な動きは。


 私は彼女たちの動作を真似するが、次の動きが全く読めない。どのような法則に従って腕や膝を曲げたり伸ばしたりしているのだろうか。


 体操が終わると、教師が「今日からバスケットボールをします」と言った。

 模擬戦ではないらしい。


 バスケットボール……。聞いたことがある。人間界で人気の球技だ。

 私は一度もやったことがないのだが、人間が公園でバスケットボールをしている姿なら何度か見かけたことがある。


「同じチームだよ! 頑張ろうね」


 理央が私の両手を握ってきた。

 なるほど、これは団体戦か。


 競技が始まる。私は少し離れた位置から、様子を見ることにした。

 ルールがわからない。何をどうすればいいのか。


 人の頭より少し大きい球体を地面に叩きつけながら移動している。わざわざ球を突く理由は何だろう。そんなことをせずに抱きかかえたまま走ればいいのではないか。


 球を奪い取ろうとする者がいる。これは球の争奪戦なのか。球を守りつつ、他人を牽制する競技だということか。


 ところが、いきなり球を他の人間にあっさりと渡してしまったではないか。あれほど必死に守っていたのに、どうしてそんなことをするのか。


 ボールを受け取った者もまた、球を床に跳ねさせながら移動を始める。皆が同じ動きをするということは、バスケットボールにはそうしないといけない決まりがあるようだ。


 このまま球を持って逃げ続けるのか。そう思った時だった。

 その者はフワリと籠に向かって球を投げたのである。


 球は放物線を描き、籠を目掛けて飛んでいく。しかし、外れてしまった。


「ああ、惜しい!」


 球を投げた少女は悔しがった。


 ここまでの流れを整理すると、バスケットボールとは一つの球を奪い合い、籠に向かって投げる競技のようだ。ただし、投げるだけでは意味がないらしく、籠の中に球をくぐらせる必要がある。


 ルールは何となくわかった。私も同じことをしてみよう。


 競技が再開する。今度は見ているだけではなく、自らボールの奪い合いに加わっていく。


「秋乃ちゃん!」


 理央が私に球を投げた。

 私はそれを受け取った。


 あとは籠に入れるだけだ。


 籠までの距離は二十メートルほどだ。これほど近ければ簡単に狙える。


 私は片手で球を掴むと、そのまま籠へ向かって投げた。


 パサッ、という音を立てて球は籠の網を潜り抜けた。そのまま地面に落ち、静かに跳ねるのだった。


「す、すごい! すごいよ秋乃ちゃん」

「何今の? 超ロングシュートじゃん!」

「柊さんマジぱないわ~」


 皆が大騒ぎしながら、私を褒めたたえる。

 私にはこれの何がすごいのかわからなかった。


 ただ球を投げて籠に入れただけである。


「やっぱり秋乃ちゃんはすごいね。勉強もスポーツも何でもできるし」


 秋乃はまたしても私を褒めるのだった。


 確か、柊秋乃はあらゆること完璧にこなす優等生という設定だった。今のところ、私はそれを守ることができていると考えていいのだろうか。


お読みいただきありがとうございます。

感想をお待ちしております。

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