十五 不安
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玄関の扉を開けると、私と同じ格好をした少女が立っていた。
彼女は私と同じセーラー服を身に纏い、私と同じ通学カバンを手に提げている。
柊春華が言う通り、学校に通う者は誰もが制服を着て、指定のカバンを持って登校するみたいである。
「おはよう、秋乃ちゃん」
彼女は私に向かってそう言った。私が「柊秋乃」であることを認識している。
左胸の名札には「吉原理央」と書かれていた。彼女がチコ様の作った設定一覧に登場する人物とみて間違いないだろう。
「理央ちゃん。毎朝迎えにきてくれてありがとうね」
柊春華が礼を言う。姉として妹の友人に挨拶をしているらしい。
「あ、お姉さん。いえいえ、私も秋乃ちゃんにはいつも仲良くしてもらってますから」
私と彼女は親しい仲なのだという。普段彼女とどのような会話をして、どのように過ごしているのか私は何も知らない。理央に関する情報を一切持っていないのだ。
こんな状況でどうすればいいというのか。私からすれば、彼女は初対面の人間だ。いきなり知り合いのように付き合うのは難しい。
「じゃあ行こっか」
「あ、はい……」
理央は私の手を引いた。
「いってらっしゃい」
柊春華は笑顔で私たちを見送った。
それを見て私は心細い気持ちになるのだった。
ここからは私だけで対処しなくてはならない。助言をしてくれる者はいない。すべて自分で考え、自分で判断を下すことになる。他の人間から怪しまれたり、不自然だと思われることがないように細心の注意を払わねばならない。
私と理央は学校に向かって歩いている。私は学校がある場所を知らないのだが、彼女についていけばたどり着けるので問題ない。
人間が通う学校は未知の世界だ。かつて自分が学んでいた場所とはまた違うのだろう。
「中学校」のしきたりや文化について、柊春華からある程度のことは聞かされているが、百聞は一見に如かずである。この目で見ないとわからない部分も多いはずだ。
最初から順応できるとは思えない。というか、すでに私は戸惑っているのだ。
その原因の一つは、理央という少女が、あまりにも馴れ馴れしいためである。
友人とはここまで距離感が近いものなのか。
私には友人がいない。この先もずっと友人を作ろうとは思わない。なぜなら、他者と慣れ合うつもりはないからだ。仕事を円滑に進めるために情報共有などをして、他の死神とコミュニケーションを取ることはあるが、あくまで必要最低限の会話しかしていない。そのため、個人の嗜好や感情に踏み込むことはない。生存確率を高めるために仲間はいた方がいいが、友人と呼べるほど親しくなる必要はないと考えている。
敵か味方か。私の中にあるのは、その二択だけだ。
「秋乃ちゃん、昨日アレ観た?」
「アレ……とは何のことでしょう?」
「『フランケンシュタインの愛』だよ。いよいよ来週が最終回。どうなっちゃうんだろうね」
やはり何を言っているのかわからない。
「フランケンシュタイン」なら知っている。人間が生み出した架空の怪物だ。そのフランケンシュタインがどうしたというのか。
ひとまず、この少女は怪物に興味があるということはわかった。フランケンシュタインが気になって仕方がないようだ。どういう経緯でそうなったのかは不明だが。
「梅雨明け、いつになるのかなぁ。今日も午後から雨みたい。秋乃ちゃん、傘持ってきてる?」
「はい。傘ならカバンの中に……」
雨が降るかもしれないということで、折りたためる傘を柊春華が持たせてくれた。
私は死者の魂を回収するために何度も人間界に来ているが、その時に雨が降っていることもある。だが、死神はわざわざ雨を防ぐ道具を使ったりはしない。さっさと用を済ませて冥府へ向かうだけだからだ。
そういえば、雨や雪の日は死者が多い傾向にあると思う。恐らく視界の悪さなどが原因で事故が起こりやすいためだろう。
天候に生死を左右される可能性があるなんて、人間は哀れな生き物だ。
「秋乃ちゃん、さっきから変だよ? 敬語なんかで話しちゃってどうしたの?」
しまった。同級生には敬語を使わないように柊春華に言われているのだった。
友人と敬語で会話するのは不自然なのだという。そう言われても、私には友人がいたことがないからよくわからないのだ。目上でも年下でも、誰に対しても敬語で話すようにしている。相手に応じて話し方を使い分けるのは面倒だからだ。
「あ、ごめんなさい。何でもない……よ。普通に話します……話すねっ」
これからは注意しよう。理央とは「ため口」を使うように心掛けていく。
会話をするだけでも神経を使うことになるとは……。先が思いやられる。
道を進んでいると、ちらほらと他の生徒の姿が見えてきた。
女子生徒は私や理央と全く同じ服装だが、男子はまた違う。白いワイシャツにズボンという恰好をしているのだった。
どうやら男子と女子では制服が違うみたいだ。
やがて、目の前に大きな建物が現れた。
あれが学校--私の通う「中学校」か。
今からその中へ踏み込んでゆく。まるで敵の要塞に突入するような気分だ。
これまでに経験したことのない緊張が全身を走り抜ける。
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