十一 姉妹
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秋乃という名前を与えられた死神の少女ユーリアは、たった今から私の妹として同じ家で暮らすことが決まった。
「甘えん坊でお姉ちゃんのことが大好き」という設定が気に入らない様子のユーリアだったが、これは上司であるチコちゃんの意向なので受け入れざるを得ない。
私と彼女は仲の良い姉妹を演じなくてはならないようだ。
だが、ユーリアは家族ごっこをするために人間界へ送り込まれたわけではない。これはあくまで懲罰の一環なのだった。人間を襲ってはならないという死神の規則をユーリアは破った。そのことに対するペナルティが彼女に課せられたのである。
「人間の気持ちを理解する。それが今のあなたに最も必要なことなのです。そのためには慈愛の心を持たなくてはいけません。なので、これからは一日一善を心掛けてください。毎日最低一回は、人のためになることをあなたなりに考えて実践するのですよ。どんな些細なことでもいいのです」
チコちゃんはユーリアに課題を言い渡した。
「わかりました」
「ですが、いくら人のためとはいえ、寿命を延ばす行為は禁止なのです。その人の死は天によって定められた運命なのですから、あなたの都合で捻じ曲げることは許されないのです」
「はい。死神としての規範を遵守します」
「あなたが人間界にいる間、鎌とケージは私が預かるのです。処分が解けたら返すのです」
私の身体を切り裂いた鎌と魂を格納する籠を没収するチコちゃん。
これで死神ユーリアはただの無力な女の子になった。
もうあの鎌で襲われる心配はないと思うと、私は少し気が楽になるのだった。
「もし今言ったことをほんの少しでも破れば、あなたの処分期間はもっと長くなるのです。この先の出世にも大きく響くことになるですよ」
「承知しております……」
くれぐれもルールを守るようにと、チコちゃんは釘を刺した。
果たして、ユーリアは「秋乃」として人間界で上手く立ち回ることができるだろうか。
私は実の妹を見守るような気持ちで彼女を応援したいと思う。
本音を言えば、さっきの仕返しをしてやりたい気分なのだけれど、変に挑発すれば何をされるかわからない。私に手を出したユーリアが「更生不能」と判断され、そのまま死神の世界から追放されて私の家で永遠に暮らすことになったりでもしたら大変だ。それだけは絶対に避けたい。
ちゃんとこの子を改心させて、さっさと死神の世界へ帰ってもらおう。
厄介な相手とはできるだけ早くおさらばしたいものだ。
「では、この紙を知り合いに渡してくるので、少し待っててほしいのです」
そう言ってチコちゃんはどこかへワープした。
時間を巻き戻すだけでなく瞬間移動までできるのか。
再び私はユーリア……秋乃と二人切りになった。
さっきはこの子に殺されかけたが、今はもう大丈夫。彼女は鎌を持っていない。
「はぁ。全部……全部あなたのせいですからね。ああ、どうしてこんなことばかり。あなたと関わるとロクなことがありません。魂を取り逃がして降格させられたり、懲罰として人間界で暮らすことになったり……。ホント、何なんですか! もう!」
不平不満を私にぶつける秋乃。
そんなことを言われても、私は何も悪くないのだし、謝る気は一切ないけどね。
「それはこっちのセリフよ。あなた、よくも私をあんな目に遭わせてくれたわね。滅茶苦茶痛くて苦しかったわ。鎌で斬られるなんて二度とごめんよ」
私も彼女に腹を立てている。やっぱりまだムカつく。
何事もなかったように体はくっついているが、お腹を斬られた時の感覚が今もまだ残っているのだ。
「さっさと死んでくれていれば、チコ様に見つかる前に撤収できたかもしれないのに……。これだからしぶとい人間は嫌いなんです」
「すぐにとどめを刺さなかったあなたが悪いわ」
楽には死なせないと言って、彼女はもがき苦しむ私の姿を眺めていたが、計画を成功させるためには、余計な時間を費やすべきではなかったのである。
「次は確実に仕留めます」
「ふーん。まだそんなこと言うんだ。全然懲りてないのね。今の発言がチコちゃんの耳に入ったら、どうなっちゃうのかしら。私がうっかり口を滑らせたら大変ね」
「そんなことはさせません。断固阻止します。さっきの言葉は忘れなさい」
「んー? それが人にモノを頼む態度なの?」
「ぐ……」
「ほらほら、ちゃんとしなきゃダメでしょ? 私はあなたのお姉ちゃんよ。妹のあなたは妹らしく、お姉ちゃんに絶対服従を誓わなきゃダメじゃない」
「そんな都合のいい妹がいてたまるものですか。あなたの言いなりにはなりません」
もう喧嘩はしないつもりだったが、私は思わず彼女を挑発してしまった。
余計な波風は立てない方がいいとわかっているのだけれど……。
「ふーん。じゃあ、チコちゃんに告げ口しちゃってもいいのかしら?」
「なんて卑怯な……」
「さ、まずは土下座しなさい。お姉ちゃんが踏んであげる。嬉しいでしょ」
「姉に踏まれて喜ぶ妹などいませんよ!」
「まだ歯向かうつもり? 口で言っても聞かないなら、実力を行使するしかないわね」
「やれるものならやってみなさい。返り討ちにしてあげます」
私たちは取っ組み合いの喧嘩を始めた。
彼女の上に乗りかかる私。抵抗する秋乃。
どうしよう。本当はこんなことするつもりなんてなかったのに。でも、今さら引き下がることなんてできない。だって私はお姉ちゃんだもの。妹に負けるわけにはいかないわ。
「ただいま戻ったのです」
このタイミングでチコちゃんが戻ってきた。
マズい。喧嘩していることがバレたら……。
「……二人とも何をしているのです?」
絡み合う私たちを見て、怪訝そうな表情を浮かべるチコちゃん。
このままではいけない。何とかしなければ。
「わ、わぁーい! 春華お姉ちゃん大好きぃぃぃ!」
秋乃がいきなり私に抱き着いてきた。
うわっ、頭おかしいんじゃなの? と気味が悪くなった私は、彼女を振り払いたくなったが、寸前のところで思いとどまった。
なるほど、その手があったか。
「もう、秋乃ちゃんったら。本当に甘えん坊なんだからぁ」
私は秋乃の脇腹をこちょこちょする。
「きゃあ~。くすぐったぁーい!」
二人は咄嗟の判断でじゃれ合う姉妹の演技を始めたのである。
「さっそく仲良くしているようで嬉しいのです」
チコちゃんはニッコリ微笑んだ。
危なかった。どうにか誤魔化せたみたいだ。
その後、私と秋乃は気持ち悪いくらいの猫なで声で、お互いを呼び合うのだった。
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