九 処分
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「ねぇ、桃はどうなったの? どこへ行ってしまったの?」
私は桃を助けるためにここまで来た。縄で縛られていた彼女を解放し、連れて帰るつもりだったのだが、気づけばユーリアと入れ替わっていたのだ。
「ああ、お友達のことですか。彼女は最初からここにはいませんよ」
「いない……?」
では、私が見た桃は何だったというのか。
「あなたも鈍いですね。とっくに気づいているものと思っていましたが……。あれは私が上田桃さんの姿に化けていただけです」
ザザザ……とノイズのようなものが発生し、灰色の光がユーリアの全身を覆う。
さっき電話から聞こえていた砂嵐のような音は、これだったというのか。
「やっほー、春ちゃん!」
ノイズが消えた途端、桃が現れた。
赤毛のツインテール。赤い瞳。中学生のようなルックス。
どこからどう見ても桃その人である。
「なるほど……。そういうことね」
「わかっていただけましたか」
変身を解いて元の姿に戻るユーリア。
といっても、髪の毛と目の色くらいしか違わないのだが……。
「じゃあ、あの子には一切手出ししていないのね?」
「当然です。無関係の人間を巻き込むことはできませんので。死神が人間に危害を加えることは禁止されています」
それを聞いて私は安心した。桃が怖いを思いせずに済んでよかった。罪のない彼女が私のせいで酷いことをされていたら、何と言って謝ればいいことか。
「でも私のことは殺そうとしてたわよね? 死神が人間にそんなことしちゃいけないはずなのに」
「それとこれとはワケが違います。これは私自身の問題ですから。私は私の名誉のために、あなたを冥府へお連れしなくてはならないのです。たとえ、どんな手を使ってでも。私は絶対にあなたを逃がしませんから」
ユーリアは完全に開き直っている。ルールやモラルなどは二の次で、彼女はとにかく自分の手柄を優先するタイプである。
「まだそんなことを言うのですかっ! 反省しない子はおやつ抜きなのですよ」
「す、すみません。調子に乗ってしまいました」
チコちゃんに叱られるユーリア。
おやつ抜きは可哀想だ。
「やっぱり処罰が必要みたいなのです。あなたにこのまま職務を続行させるわけにはいかないのです」
「そんな……! 待ってください!」
ユーリアは地面に座り込み、チコちゃんの膝にすがりついた。どうかご慈悲を、と言わんばかりの目で彼女を見上げている。
「あなたがしばらく問題を起こさず、十分に反省していることが確認できれば、復帰を認めるのです。それまでの間は死神としての職を離れてもらうのです」
これはつまり、謹慎処分といったところだろうか。
「しばらくというのは、一体いつ頃までなのでしょうか……?」
「私がいいと判断した時までなのです」
無期限の職務停止を食らったユーリア。ガックリと肩を落とす。
ザマァとしか言いようがない。勝手に暴走したこの子が悪いのだ。たっぷり後悔と反省をしたまえ。
「あなたには奉仕活動を命ずるのです」
「ほ、奉仕活動……?」
「あなたは人間の心を想う気持ちが欠けているのです。よって、これからは人間界で人間のために働いてもらうのです。そこで人間というものが何なのか、しっかり学んできてほしいのです」
死神が人間のために働く。
何とも想像しがたい光景だが、チコちゃんはそれが最適な更生方法だと判断したらしい。
「そこで、なのですが……」
チコちゃんは私の方をチラリと見た。
「え? 何?」
「柊さんにお願いがあるのです」
お願いって何だろう。
可愛いチコちゃんのためなら、私にできることであれば何でもしてあげたい。
「ユーリアが人間界で活動をする間、彼女の面倒を見てあげてほしいのです。おうちに居候させてもらえませんか?」
「嫌よ!!」「嫌です!!」
ほぼ同じタイミングで私とユーリアは叫んだ。
「冗談じゃないわ。どうしてこんな危ない子の面倒を私が……」
「私をこんな目に遭わせた人の世話になどなりたくありません」
私たちは互いに拒否の意志を表明する。
いくらチコちゃんのお願いでも、それは聞き入れられないわ。だって、私の身がヤバいんだもの。また身体を滅茶苦茶にされるのは困る。何をされても死にはしないけど、すっごく痛いんだからね?
「自分のことは自分で何とかします。この人と同じ屋根の下で暮らすくらいなら、野宿でもした方がマシです」
「だ、黙れぇー! なのですぅぅぅっ!」
「ひうっ?!」
チコちゃんがキレた。似合わず乱暴な口調を使い、彼女なりに精一杯怒鳴っているみたいだが、私にはそんな姿も可愛いと思えた。
しかし、当のユーリアは怯えていた。身体をビクビクさせながら上司の顔色を窺っている。
「勝手なこと言ってんじゃねぇ、なのです! アホ! ボケ! カス! これは命令なのです。あなたの意志など関係ないのですよ!」
「す、す、す、すみませんでしたぁぁぁぁ!」
チコちゃんはあまり人を叱ったことがないのかもしれない。罵倒に用いる言葉のレパートリーは小学生みたいだった。確かに見た目は小学生っぽいから、そんなに違和感はないけれど、無理をしていることは明らかだった。
それでもユーリアはこれ以上にないくらいチコちゃんのカミナリにショックを受けていた。この子もなかなかの小心者みたいだ。
顔をぐちゃぐちゃにしながら泣くユーリア。
さっきまで彼女のザマァ展開を笑って見ていたけれど、ここまでくるとさすがに笑えない。
「え、えっと……。私の家でよければ……」
「うぅ~。ひっぐ……お世話に……なりますぅ……」
ユーリアは私に深々とお辞儀をするのだった。
「ありがとうございます、柊さん。感謝するのです」
チコちゃんの怒りも収まったようだ。
はぁ……。うちには魔女もいるというのに、死神の面倒まで見なくちゃいけないなんて。
またややこしいことになってしまったわね。
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