六 改良
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下半身を失い、出血多量でいつ死んでもおかしくない状態の私だが、生きることに対する執着心が非常に強いせいか、まだ息の根は止まっていない。
一度意識を失いかけたものの、今は思考も冴えている。また、不思議と痛みも感じていなかった。
「どこにそのような力が残っているのです? これほどの生命力を持つ人間は見たことがありません。まぁ、その体では反撃なんてできないでしょうけど。ここからどうやって私に勝つつもりですか」
少女は少し焦りを見せたものの、自らが圧倒的に優位な立場にあると確信している。
上半分しか残っていない人間に勝ち目はないだろう。こんな相手に負けるはずがない。そう思っているはずだ。
威勢だけはいい私だが、正直なところ策は何もない。この絶体絶命のピンチから立ち直る術があるならば、さっさと教えてほしいくらいだ。
次の一撃を受ければ、私は確実に命を落とす。少女が私にとどめを刺すことは容易だった。
しかし、楽には死なせないと彼女は言った。私がもがき苦しみながら死んでいく様を見届けなければ気が済まないらしい。だから、今のところ追撃はしてこない。
「もう長くはないでしょうから、あなたの魂が肉体を離れる前に一つだけ聞いておきます。あの時、どうしてあなたは私から逃げ切ることができたのですか?」
「どうしてって……言われても……。そんな、こと……」
息が切れそうになりながら、私は言葉を発する。
両腕で身体を支えていたが、力が入らなくなった。再び背中を地面にくっつけて、仰向きになって寝転んだ。体育館の天井が視界に飛び込んでくる。すると、バレーボールが天井の隙間に挟まっていることに気づいた。あのボールに見覚えがある。私が在学していた頃から同じ状態だ。どうやら、ずっと放置されたままのようだ。
それにしても、どうしてあんなところにボールが挟まったりするのだろう。誰かが思い切りボールを蹴り上げたら、天井まで飛んでいったのかもしれないわね。
このようにどうでもいいことは記憶に残っているが、肝心なことは覚えていなかった。
「悪いけど……思い出せないわ……」
一度目の死を遂げた時、現世への未練が残る私は死を拒んだ。
当時のことは鮮明には覚えていない。逃げることに必死だった。肉体を失い、魂という「形のない形」になっていた。感情だけがそこにある状態だった。
冥府がどのような世界なのかは知らない。そこへ辿り着く前に逃げ出したからだ。
すると、ここで少女は鳥籠のようなものを懐から取り出し、私に見せてきた。
「これは回収した人間の魂を冥府へ運ぶためのケージです。内側からこの籠を開けることは不可能ですが、あなたはここをすり抜けました。どんな手を使ったのですか?」
覚えていない。そもそも私はそのケージの中に入っていたという記憶さえもない。
だが、何者かによって拘束されていたことは覚えている。その何者かというのは、今目の前にいる少女なのだろう。彼女は私が逃げ出さないように魂をホールドしていたと思われる。
私はずっと暴れていた。絡みつく何かから逃れようと抵抗していた。それは確かである。
「知らない……。気づいたら私は……自由になっていたから……」
「そうですか。やはり私の過失だったのでしょうか。私がしっかりとケージに鍵をかけていなかったのがいけなかったのかもしれませんね」
少女は先程、私の魂を取り逃がしたことが原因で降格処分を受けたと言っていた。このことから、人間社会と同様に死神の世界にも会社のような組織があり、役職や人事評価などが存在しているものと推測される。
私の脱走は彼女のキャリアに泥を塗ることとなった。その点については謝りたい。だが、私を恨むのはやめてほしい。私だって必死だったのだ。死にたくないなら誰だって逃げるに決まっている。
「あの一件を受け、魂のケージは改良されました。二重ロックと警報システムが搭載されたのです。片方でも鍵をかけずに持ち運べばアラームが鳴る仕組みになっています。改良後は一度も魂を取り逃がすミスは起きていません。ですので、今回はさすがのあなたも逃げることはできませんよ」
再発防止に向けた改善まで行われているとは、死神の組織体制もなかなかしっかりしているようだ。同じ過ちは二度と繰り返さないという意識の高さが見て取れる。
魂を捕える準備はすでに万全というわけか。あとは私が息絶えるのを待つのみである。
さすがに苦しくなってきた。出血が酷い。全身が寒い。
いよいよ限界が迫ってきている。
アンネリーゼはまだ来ない。彼女は今どうしているかしら。弟子のメアリーの相手をしているのだろうか。だとすれば、私が今ここで死にかけていることに気づいていないかもしれない。
多分助けは来ない。そう思った方がよさそうだ。
虫の息となった私はゆっくりと目を閉じた。
諦めて死を受け入れたわけではない。少し考えを整理したかったからだ。
このまま死んで魂が体を離れたら、死神によってケージの中に閉じ込められてしまう。優れた機能を持つケージから抜け出すことは難しそうである。
さて、どうしたものか……。
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