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二十 砂嵐

感想をお待ちしております。

 私が上手く誤魔化したおかげで、メアリーへのお咎めはナシになった。私は彼女の命の恩人になったわけだが、彼女に一つ貸しを作ったともいえる。


 「メアリー、今日は一日修業ですわ。あなたに武装魔術の極意を教えて差し上げますの」

 「はい、お姉さま!」


 魔女二人は私を置いてけぼりにするのだった。


 「あのー、ここから出してくれません? 出口が見当たらないんだけど」


 私は彼女たちに声をかける。

 早く支度をしないと、奈々香との約束に遅れてしまう。


 「ダメですわ。春華も魔法の修業をしますわよ」


 「いや、そういうわけには……。これから友達と会うことになってるのよ」


 どうして私まで二人に付き合わなくてはならないのか。そもそも魔法なんて使えないし。


 「春華が誰と会うつもりなのかは知りませんが、なぜかとても嫌な予感がするのですわ。春華をその者に会わせてはならない気がしますの」


 アンネリーゼは警戒していた。彼女は妙なところで勘が鋭くはたらくものだ。


 奈々香も私に好意を寄せる少女の一人である。彼女がアンネたちを差し置いて、抜け駆けする可能性もゼロではない。


 だが、まだそういうことにはならないだろう。奈々香は以前、私が彼女の気持ちには応えられないことを悟っている様子だったのだ。そして、これから徐々に私を振り向かせるつもりだと言っていた。


 奈々香は私のことを諦めていない。だが、先を急ぐこともしないのだった。今はもうしばらく、友人という関係に留まるつもりでいる。


 なので、今日は何も起こらないと思う。二人の関係が発展することはないだろう。単純に友達どうしで遊ぶだけ。ただそれだけなのだ。


 「心配しなくて大丈夫よ。私はそう簡単に誰かと恋に落ちたりしないから。だからここから出してちょうだい。でないと、録画したアニメ全部消すわよ?」


 私はアニメを「人質」に取って交渉を持ちかける。


 「それは困りますの……。こうなれば仕方ありませんわね。少し心配な部分もありますが、ここはあなたの言葉を信じることにしますわ、春華」


 アンネは私の要求を呑んでくれることになった。


 彼女のことはメアリーに任せよう。愛するお姉さまと一日中一緒に居られて、ラッキーに感じるだろうし。


 「春華に出口を用意するのですわ、メアリー」


 「はい、お姉さま!」


 師匠の命令を受けて、呪文を唱え始めるメアリー。


 これでようやく外に……。


 あ、でもちょっとその前に……。


 「そういえば、さっき言ってた『ゴミ掃除』って何なの? あなたは今朝、どこへ行っていたの?」


 私はアンネに問う。


 しばらく姿をくらましていたアンネリーゼ。彼女は私に何も告げることなく、どこかへ行ってしまったのだった。今までそんなことは一度もなかったのに、どうして今日に限って突然いなくなってしまったのだろうか。


 「ああ……そのことでしたら、別に大したことではありませんわ。春華に悪さをしようとする愚か者がいたので、軽くひねり潰して差し上げただけですの」


 軽くひねり潰しただけ?!


 彼女は何を言っているのだろうか。それに、私に悪さをしようとしていたのは誰なの?


 「どういう意味? それ。あなたは誰をひねり潰したわけ?」


 困惑する私。魔女の言うことは相変わらずぶっ飛んでいる。


 「春華が知る必要はありませんの。あなたは何も知らなくていいのですわ。これはわたくし個人の問題でしてよ……」


 返答を避けるアンネ。じれったい。


 「どうしてよ? ソイツは私に悪さをするつもりだったんでしょ? それなのに、どうしてあなただけの問題になるの?」


 むしろ私自身が当事者になりかねないレベルだ。アンネ一人で収まる話ではないと思う。だというのに、彼女が私を無視するなんて納得がいかない。


 「ごめんなさい、春華。今は何も言えませんわ。時が来れば必ず話しますの」


 「時が来ればって、一体いつなのよ? 今キチンと話してよ、アンネ。でないと私の気が済まないわ」


 「お姉さまには何か考えがあるのよ。問い詰めるのはよくないわ、柊春華」


 メアリーが横から口を挟んでくる。アンタは黙ってて。

 

 これは私とアンネの問題なのだ。今まで私のそばを片時も離れることがなかった彼女が、私を放置してまで対処しようとした案件だ。明らかな異常事態だといえる。


 「ねぇ、全部話してよ。私たちの間に隠し事なんてナシでしょ?」


 私は少し悲しかった。散々私にしつこく付きまとっていたアンネが、急によそよそしくなってしまったからだ。


 「ごめんなさい……」


 しかし、アンネリーゼはただ謝るばかりだった。


 どうしてそんな反応しかできなのか。よっぽどの事情があるのだろうか。


 私は苛立つ反面、彼女の心情が少し理解できる気がした。なぜなら、私も隠し事をしているからだ。


 誰に隠し事をしているのか? それは美波に対してである。


 私と出会って以来、美波はよく騒動に巻き込まれている。彼女は知らない間に、何度もピンチに立たされているのだった。


 幸い、彼女は自身が置かれている立場に気づいていないようだが、私は彼女が自分に課せられた運命に、この先も永遠に気付かないでいてくれることを願っている。


 美波を狙う存在がいること。それは紛れもなく、美波自身に関係する問題だ。だけど、私はそれを自分一人で背負い込むつもりでいる。この問題を美波には内緒にしておきたいと思っている。


 美波を傷付けたくない。そんな想いがあるからこそ、私は彼女に隠し事を続けているのだった。それはアンネも同じではないだろうか。アンネは私に余計な不安を与えたくないから、私を気遣って隠し事をしているのではないか。


 彼女は私のために黙秘を貫いているのだろう。だとすれば、私には彼女を責めることはできない。


 「やっぱりいいわ。今はもう、これ以上は何も聞かない。でも、話す気になったら言ってちょうだいね。私もそれなりの覚悟はしておくから……」


 「春華……」


 やれやれ。じれったいのは好きじゃないんだけどなぁ。


 まぁいいや。今はまだ「その時」じゃないってことだし。


 部屋の中に、突如大きな穴が出現した。その穴からは外の景色が見えるのだった。


 「出口を開いてあげたわよ。さぁ、さっさと行きなさい。これから私はお姉さまと二人で修業をしなくちゃならないから」


 早くここから出て行けと促すメアリー。アンネと二人になれることが嬉しくて仕方がないようだ。


 私は犬小屋からやっと出られることに安堵した。


 さぁ、約束の映画を観に行こう。


 私はメアリーが用意してくれた穴をくぐり、外へ出るのだった。


 「あー! もうこんな時間。なんてことしてくれたのよぉ!」


 急いで駅に向かわなければ。もうのんびり支度している暇なんてない。


 私は慌てて自宅の中に入った。母親に「ただいまー」と言って、そのまま階段を駆け上がって二階の自室へ飛び込んだ。


 外出用のおしゃれな格好に着替えたら、即座に家を出るしかない。


 「いってきまーす」


 ものの数分で着替え終えた私は、猛スピードで家を飛び出した。


 あとは駅に向かってダッシュするのみ。


 この先も私には過酷な運命が待っていることだろう。そして、やがて「大きな闇」が目の前に現れるはずだ。


 だが、絶対に私は屈さない。絶対に負けたりしない。平穏なキャンパスライフを取り戻すまで……。


 『プルルルル♬』


 駅に向かう途中だった。スマホに着信が入った。


 こんな時に誰なのよ。急いでるのに……。


 目の前の信号がちょうど赤になったので、私は一旦立ち止まって電話に出ることにした。


 スマホの画面を見ると、そこには知らない番号が表示されていた。


 いや、この番号には見覚えがある……。あ、そうだ。これは明け方の留守電と同じ番号だ……!


 あの留守電のメッセージはとても悪趣味なものだった。再び悪ふざけをするために電話をかけてきたのだろうか。


 ちょうどいい。今はすごく腹が立っているところだ。挑発に乗ってやることにしよう。


 「もしもし? どちら様ですか?」


 応答する私。


 すると……。


 『助けて春ちゃん! 痛い、痛いよぉおおおおお!』


 電話の向こうから悲鳴が聞こえてきた。


 この声は、まさか……。


 「……も、桃?!」


 私は嫌な汗をかき始めた。


 聞き覚えのある少女の声。春ちゃんという呼び方。


 桃だ。桃が泣き叫んでいる声だ……。


 『痛い痛い痛い! なんでぇ! どうしてそんなことするのぉ! 痛いよぉ! 助けてぇー、春ちゃぁあん!』


 「どうしたの、桃! 今どこなの? 何が起こってるの?!」


 私は呼びかけた。しかし、スピーカーからは悲鳴が聞こえてくるばかりである。


 なんてことだ……。桃が……桃がとんでもない目に……。


 しばらくすると、桃の泣き叫ぶ声は聞こえなくなった。ざざざーという砂嵐のような音だけが聞こえてくるのであった。


 「もしもし? もしもし?!」


 私は呼び続けた。電話の向こうでは何が起きているのか。


 桃はどうなってしまったのか。


 「桃! 桃ってば! 返事して!」


 私が喚いていると、砂嵐の音が急に聞こえなくなった。


 シーンと静かになったその時である。


 『聞こえますか? 柊春華さん』


 女の声が聞こえた。


 「だ、誰……?」


 それは聞き覚えの無い声だった。


 『今のはちょっとした余興です。本番はこれからですよ』


 「何? どういうこと?」


 『私と一緒に遊びましょう、柊春華さん』


 電話の相手は私を挑発するかのような口ぶりだ。


 『さぁゲームの始まりです』



 (第七章へ続く)

 

 

 

第六章、完


お読みいただきありがとうございます。

感想をお待ちしております。

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