十五 応答
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謎の留守電に残されていた女性の叫び声。その声は私に助けを求めているように聞こえた。
そのメッセージが録音された時刻は、今日の午前三時二十三分。それは私が桃の部屋でぐっすりと眠っている頃だった。
こんな真夜中に電話をかけてくるなんて、やはりイタズラとしか思えない。私を怖がらせるために、わざと深夜という時間帯を選んだのだ。極めて悪質である。
「まだ耳がキンキンするんだけど……。イタズラとはいえ、あんな大声で叫ぶ必要ないでしょ」
私は愚痴をこぼした。
すると、美波がこう言った。
「本当にイタズラ電話だったのでしょうか? 電話の相手は春華さんの名前を呼んでいたんですよね?」
「ええ……」
私の名前らしき言葉が聞こえてきたのは事実である。だが、それは単なる聞き間違いかもしれない。
もし聞き間違いではないとしたら、なぜ相手は私の名前を知っていたのだろうか。もしかすると、私をよく知る人物なのかもしれない。だとすれば、あのイタズラが知り合いによる犯行だという線も浮かび上がってくる。
「留守電の声に聞き覚えはありませんか?」
「わからない……。電話だと普段と違う声に聞こえたりするでしょ?」
「そう、ですね……」
美波は顎に手を当てて考え込み始めた。まるで推理を決め込む探偵みたいな仕草である。
「電話の人は、どうして春ちゃんの番号を知っていたんだろう?」
桃が言った。確かにそれも不思議なことである。
私の電話番号を知っている人間は、せいぜい家族と友人くらいである。私は友達があまり多い方ではない。それに、親しい人間以外に自分の電話番号を教えた覚えはない。だから犯人を絞り込むことは容易いように思える。
あの留守電は知らない番号からだった。私は友達と呼べる人間の番号を全て電話帳に登録している。登録外の番号からかかってきたのだから、やはりあの電話は知り合いによるものではないと思う。
では、こういうパターンはどうだろうか。電話をかけてきたのは私の知り合いであるが、他の誰かの電話を使ってかけてきた……というのは。
なぜ他人の電話を使う必要があったのかはわからないが、これは十分に起こり得る話だ。可能性を排除することはできないだろう。
「今度はこちらから、その番号にかけ直してみてはいかがでしょうか」
ここで、美波が突拍子もないことを言い出した。
「それいいかも!」
桃も賛成するのだった。
「え……? いや、それはちょっと」
私はためらった。怪しい相手かもしれないのに、自分から電話をするなんて。危険なことに首を突っ込んでいるようなものだ。
「大丈夫だよ。もし相手が恐い人だったら、桃が電話代わってあげる。これは春ちゃん一人の戦いじゃないんだよ? 春ちゃんには桃たちがついてるから」
「そうですそうです。三人で協力して戦えば、きっと勝てます!」
「どうして戦うことが前提なのよ……」
あなたたち、もしかしてこの状況を面白がってるでしょ? 私は今、こう見えて結構ナーバスになってるんだからね?
「さぁ、勇気を出そうよ!」
桃が私にスマホをグイグイと押し付けてくる。
そんなに言うんだったら、あなたがかけなさいよ。私は絶対に嫌よ。
私たちが電話をかけるかけないで揉めていた時だった。
『プルルルルルルル!』
「きゃっ!」
「わああああっ!」
「ひぃっ!」
私のスマホに着信が入ったのであった。
しかも、その電話番号は今まさに話題に上がっていたものである。
「ちょ、ちょっと待って! どうしてこんなタイミングで!」
うろたえる私。
どうすればいいのだ。出るべきか出ないべきか、どっちなの?
「出よう! 早く出ようよ春ちゃん! 電話切れちゃう!」
「あ、あんたが出ればいいでしょおおお?!」
「だ、だって……。コレ、春ちゃんの携帯なんだもーん!」
桃もかなりテンパっている。さっきまでの威勢はどうした。
「じゃあ、私の代わりに出ていいからぁ!」
「春ちゃんのスマホ、使い方わからな~い」
「ここをスライドしたら応答できるわ! ほら、さっさとしなさいよ」
「やだぁー!」
電話を譲り合う情けない攻防が繰り広げられていた。
このままではどうにもならない。
すると。
「私が出ます」
美波が言った。
彼女は私の手からスマホを取り、電話に応答したのである。
全くためらう素振りを見せなかった。
「はい、もしもし」
冷静沈着な対応をする美波。
私はちょっとカッコイイと思ってしまった。
「あなたはどちら様ですか? どうして春華さんの携帯番号を知ってるんですか?」
淡々と電話の向こうに質問をぶつけていく。怯むことはない。
強い……。普段は控えめな性格だけど、こういう場面では全然折れない。美波は鋼のメンタルだった。
ところが、言葉遣いこそ丁寧であるが、美波の口調は次第にヒートアップしていくのだった。
「それはどういうことなんですか? あなたは何を考えていらっしゃるんですか!」
相手は彼女に何を言ったのだろうか。
「言っておきますけど、春華さんは誰にも渡しませんから。私の方があなたよりも、ずっとずーっと、春華さんと親しい関係なんです。だって私、昨夜は春華さんと一緒のお布団で寝たんですから……。一緒にお風呂にも入りました。どうですか? 羨ましいでしょう? そういう経験、あなたにはありますか? ないですよね?」
って、一体電話の相手とはどんな会話が行われているの?!
「みーちゃん、なんかいつもと違う……」
桃もビックリしていた。
どうなっているんだコレは。
「美波……? 何の話してるの……?」
私は通話中の彼女に思わず声をかけてしまった。
こんなに殺気立っている美波を見たのは初めてだ。
「今後はもう二度と春華さんに近づかないでください。でないと……」
美波は凍り付くような声で、こう続けた。
「あなたのこと、殺しますから」
ひっ。
これはいわゆるヤンデレだ……。ヤンデレモードに突入だ……。
桃は恐怖のあまり、私に抱き付きながらプルプルと震えていた。その目には涙が浮かんでいるのだった。
私も背筋が凍った。美波からはゾッとするようなオーラがにじみ出ていた。
そして、彼女は静かに電話を切ったのだった。
スマホを私の手ににそっと返す。
「えっと……その……。何があったの? どういう電話だったの……?」
オドオドしながら美波に尋ねる私。
「……何もありませんよ?」
ニッコリと笑いながら、首をかしげる美波。
何もない……? そんなはずはない。さっきのアレが何もなかったはずがない。
「なんかすごく怒ってたみたいだけど……」
「別に怒ってなんかいませんよ?」
美波は変わらず笑顔を浮かばせている。それが逆に恐い。
「いや、殺すとかなんとか物騒な言葉が聞こえたような気が……」
「ああ、それですか。大したことではありません。ただ……」
ほほ笑んだまま、美波は静かに囁いた。
「私と春華さんの恋路を邪魔する人に明日は来ない……。そう伝えただけです」
その目は完全に狂気に満ちていた。
ちょっと誰なのよ、美波にヤンデレ設定仕込んだ人!
足下に液体がこぼれていた。何だろう? と思ってその発生源を目で辿ってみると、泡を吹きながら横たわる桃が失禁しているのだった。
「さぁ、早く帰りましょう。親御さんが心配していらっしゃいますよ」
美波は私の手をそっと優しく握った。
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