エロに走る理由
晩御飯時に天聖子さんが現れなかったな。
いつも急にやって来る時は決まって飯を作った直後だったから、食べ終わっても訪ねてこなかったということは……今日は安全だな。
「秘蔵のプレミアムプリンを、カモフラージュで入れていた味噌の入れ物の中から」
「あーっ、そんなところに隠していたんだ!」
「って、うおおおっ、え、今日は来ないのでは?」
「ちょっと残業があってね。でも、そのおかげでプレミアムなプリン食べられるからラッキーよねぇ」
くっ、完全に自分の物にする気だ。とやかく言ったところで諦める気はないのだろうな。念の為に二つ買っておいて良かった。
「はぁー、わかりました、一つ提供させていただきます」
「やっさしぃー」
元が美形だから思わず笑顔に見とれそうになる自分が嫌だ。
人は見た目が全てじゃないと理解はしているけど、やっぱり美形は有利だな。
「あ、そうそう、何で異世界に転移や転生した奴って、直ぐ死ぬのよ!」
プリンを食べながらスプーンを振り回すのをやめなさい。
しかし、また唐突だな。実際に転生や転移を担当している神候補が口にすると生々しくて、嫌だ。
「そんなにあっさりと?」
「それもね、生きる為に足掻いて努力するならまだいいんだけど……一部の人間は、そりゃもう酷いもんよ。引きこもりの人間を放り込もうものなら、危険地帯なら怯えるだけで戦おうともせずに餓死か、魔物を前にビビって無抵抗で殺される。転生も貴族や地位のあるところにいったら、ダラダラ何もせずに我儘し放題。そして、自分を磨かないから逆境に遭遇してジエンド」
あー、何だろうリアルに想像できる。
「でも、日本での生活を後悔して、異世界で頑張るってのが定番では」
「無理無理。冷静に考えて、この日本より異世界の方が厳しいのよ? こっちで頑張れない人が、異世界で頑張れるわけがないってことよ。極まれに、開花する人もいるけど100人中2、3人いれば上出来。あ、このプリン本当に美味しいわね」
気に入られたようで何よりです。
今の話は小説と真逆だな。まあ、物語として楽しませるなら底辺からのし上がる系が受けるのは王道だし、読者が共感できる対象として初めは弱い主人公でやるってのがポイントも稼ぎやすい。
「うーん、あれじゃないですか。初めにチート能力を与えないからとか?」
「あー、それは一理あるわね。強い力を得て異世界に渡った場合は、結構な確率で生き残っているわ。ってか、あんな能力を貰っておいて死ぬ方が難しいけど」
今日はいつにも増して毒舌モードだな。よほど腹に据えかねていたのか。
「ちゃんと、成仏するか転移するかこっちは選択肢を与えているのに、いざ異世界に行ってみれば、魔物を目の当たりにして、おしっこ漏らすし、少し歩くだけで不平不満の嵐よ。じゃあ、異世界に渡りたがるなって話よ!」
「そ、そうですか。あ、良かったら俺のプリンもどうぞ」
「悪いわね! じゃあ、いっただきまーす」
機嫌が一瞬にして修復された。プレミアプリンの回復力は異常だな。異世界なら高額の精神安定剤として売れそうだ。
今回のリアルな情報は小説を書く上で何の参考にもならないな。うん、異世界転生は架空の物語の方が面白いって事にしておこう。
「でね、チート能力を与えたら与えたで問題があるのよ。何で、いつも直ぐに女とやっちゃおうとするの!」
「ごぶふぉっ」
い、いきなり何言ってんだ天聖子さん! リアルにお茶噴き出したぞ。
「ちょっと強くなったぐらいで、おどおどした態度から一変して偉そうになるし、異世界の女もそうよ。顔も美形でもないし、見るからに性格悪そうな男に何で簡単に股を開こうとす――」
「ストーーップ! それ以上は色々危険すぎるから、やめましょう!」
座卓に足を乗っけて、拳も振り上げて何言ってんだ。
取り敢えず、後ろから羽交い絞めにして暴れるのは抑え込んだが、本当に今日は機嫌が最悪のようだ。ここはガス抜きとして話を聞くとするか。
「落ち着いてください。仕方がない、秘蔵中の秘蔵……一個1500円するアイス出しますよ」
「マジでっ!? 大人しくするする!」
親戚からもらったのはいいが、あまりに高価過ぎて三ヶ月食べずにいた、この子を差し出すことになるとは。
ま、まあ、機嫌が悪いままだと次に転生させられる人が、とんでもないことになりそうだし……人助けだと思って諦めよう。
如何にも高そうなパッケージをビリビリに破いて、天聖子さんが頬を押さえて満面の笑みを浮かべている。そこまで喜んでもらえるなら、まあ、いっか。
「はううぅ、うましっ。でね、人間って強くなったら、ああも性格が変わる者なの?」
「それはそうだと思いますよ。怖い相手に逆らわないのも、自分が勝てないとわかっているからですし。自分が誰にも負けない力を手に入れたら、怖い者などいなくなりますからね。そりゃ、天狗にもなるでしょうし、調子にものりますよ」
「そんなものなのかしらね……じゃあ、何で直ぐに女の子に手を出すの?」
「うっ、それは……」
そんな好奇心丸出しのピュアな瞳で見つめないでくれ。って、この人、神見習いだよな。きっと俺とは比べ物にならないぐらい歳上の筈だ。
「って、わかって聞いていますよね。そりゃ、性欲が強いか……童貞とか?」
「あ、やっぱり。もうね、殆どの人が猿のようにやりまくるから、観察している方としてはうんざりするわけよ」
そりゃ、辛いな。性欲丸出しで高飛車な態度の男の、独りよがりな夜の営みなんて、俺だって見たくない。
「まあ、征服欲が満たされ、金も力も手に入れた人間が女に走るってのは権力者にありがちなパターンですし、ある意味男の本能では」
売れたお笑い芸人なんて大半が美人な嫁さんを手に入れている。もうこれは男のサガなのだろう。
「あ、でも童貞の人を馬鹿にしているわけじゃないですよ……俺も人のことは……」
「ん? 俺は何だって?」
「いや、それはいいのですが、女性経験が無いと、そういう行為に対して異常なまでの幻想を抱いたりするのですよ。まあ、18禁物の女優さんやエロい漫画本で、女性が過剰な反応をしている芝居が更に妄想を膨らませてくれるのでしょう」
これは、とある本の受け売りなのだが。
「そっか。まあ、仕方ないのか。でもさ、なうろうでも、そういう展開が好まれているのよね? ランキング上位なんてこのパターンが大半なんでしょ」
「それは偏見では。確かに少し前までは、ハーレムとか直ぐにやっちゃう系の主人公がやたらといましたが、最近は意外と少ないですよ。逆にそういう主人公を毛嫌いする読者も増えてきていますし」
これが市販されているライトノベルなら、最終的な行為に及ぶ主人公は殆どいなくて、ラッキースケベ程度ですむのだが、なうろうは作者の欲望がモロに反映されるので、最後までやる場合が多い。
あと、逆の発想でリアリティーを追求した結果、この場面なら普通手を出すだろうという判断で書いている人もいそうだ。
「でもさー、確かにコメントで批判も多いみたいだけど、実際はポイント多いわよね。嫌いな人の声が大きいだけじゃないの?」
「それも……無いとは言えませんが、エロってのは何だかんだ言っても男の興味を引き付けるものなのですよ。少年漫画雑誌にエロが主体の作品があっても、友達の前では興味のない振りをしながら、実は陰でこっそり読んでいるものですから」
批判をする人は本当に嫌いなのだろうが、エロが好きな人は恥ずかしいことだと理解しているので、口にする人は稀だろう。そして、たぶん全体の数としては好きな人が多い。
それがポイントとして如実に表れている。
それは漫画やラノベでもそうだが、アニメになるとエロ要素があるかないかで売上に大きな差があるそうだ。対して面白くないのに、エロを前面に押し出した作品が、二期、三期と続いたりするんだよな実際。
いや、これは失言だな。ちゃんと見てもいないのに勝手な想像だけで否定するなんて、物書きをする側として最低の行為だ。
「やっぱ、若い人がエロ展開を好むのかしらねー、やだわー」
急にオバサン臭くなったな。
「まあ、度が過ぎるエロは兎も角、ハーレム、恋愛要素やヒロインの存在は大きいと思いますよ。そういった要素を完全に排除した作品で3万ポイントを超える作品は希少ですし」
ランキング上位になると、俺が知っている範囲では片手で足りる数だ。
「だいたい、小説なんて物語で読ませるか、作者か読者の欲望を満たす内容でいくかの二択ですよ。昔、携帯小説が異様に流行った時なんて、女性の恋愛願望を満たすだけの内容が多かったそうですよ」
「需要と供給なのね。なうろうで人気を取るには定番の展開が大事なわけか。って、こんな話って前もしなかった?」
「似たような話はしています」
何とか天聖子さんの不満から話を逸らせたか。
しかし、エロ展開って正直苦手なんだよな。書けない訳じゃない。実際、エロをちりばめた作品を投稿した過去もある。
書いてみて思ったことは苦手なジャンルだということだ。人には得手不得手があるということを実感させられた。
「でさ、話を戻すけど、何で現地の女性は簡単に惚れて、いとも簡単に体を許すわけ?」
「作品としてそうした方が受けるから……と断言したら元も子もないですね。まあ、尋常でない力を得た主人公と恋人関係、もしくはその先の結婚まで辿り着ければ、生活は安泰ですしね。世界は違えど、金持ちと権力者は結婚相手に困らないのが世の中の常識です」
「夢も希望もありゃしないわね」
「リアルに考えたら、理にはかなっていると思いますよ」
まあ、物語上は純愛を語るようなパターンが多いが、内面は何を考えているのやら。チョロインという言葉を耳にすることがあるが、あれって実際は逆だと思う。
簡単に主人公に惚れたふりをして、恋人からあわよくば伴侶ポジションを狙っているだけではないか。自分が可愛いのを理解していて、如何にも恋愛経験のなさそうな主人公を落としにかかっている。
本当にちょろいのは主人公だというオチ。
まあ、こんな捻くれた考え方をしているから、自分の小説に出てくるヒロインは何処か普通じゃない場合が多いんだよな。
「ポイントを稼ぐならエロ要素かー。おっぱいを揉んだら力が出る主人公の話とかポイント取れそうよね」
「ありますよそれ。私が観たのはアニメですが」
「マジで……どうなってんの日本人はっ!」
「乳房を吸ったら強くなるのもありましたよ」
「嘘でしょ……むしろ、嘘だと言って」
現実は残酷なのです。エロ界隈の方が奇抜な内容の作品が多く、信じられないような発想の作品が普通にあったりする。それが厄介なことに面白かったりするのだ。
「まあ、思い切ってそっち方面に力を入れるというのも、ありなのかもしれませんが……」
否定的な人も多いが、やっぱりエロは強いのだと思う。
書籍化まで考えるなら、エロ要素のある場面は小説の挿絵として活用される。それ目的で買う人が冗談抜きで存在するからだ。サービスカットが有益だからこそ、あらゆる作品で見受けられるわけだし。
「直接的なのはあれだけど、少しはエロ要素入れた方がいいのかしらね」
「作風じゃないですか。不自然さを感じないのであればありでしょうが、真面目な作品でいきなりエロい展開に……ありますね。あれ?」
否定をしようとしたが、漫画やラノベでは良くあるパターンだ。ストーリーは比較的真面目な筈なのに、ヒロインの入浴シーンや着替えシーンを覗いてしまうなんて、定番中の定番だった。
「やっぱり必要じゃないの」
「う、うーん、読者層によると言っておきます」
露骨なものでなければ忌避感も薄れるだろうし。
今まで否定的な意見を口にしてきた気もするが、実際はエロに対して悪い感情は無い。自分の好きな作品もうまい具合にエロとギャグをちりばめている。
ただ、自分だけかもしれないが主人公とヒロインもしくは女性キャラが性行為をした時点で、俺は読むのをやめることが多い。
それに至るまでの葛藤や過程が納得できるのであれば問題はないのだが、性欲に負けて言い訳混じりに手を出した場合、綺麗さっぱり読む気が失せる。
というか、お前の生々しい性欲なんぞ興味ねえよ。というのが正直なところだ。
「本当にエロが強いのであれば、それこそ全裸が基本の異世界に主人公が転移するのもありかもしれませんよ。漫画なら完全にアウトですが小説なら、描写の仕方で誤魔化せますからね」
「なるほど! それはありね! そんな異世界が無いかファイル調べてくるわ!」
「えっ、あっ」
俺が止める間もなく、玄関から天聖子さんが飛び出していく。
「実際そんな作品書いたら、人気が出ても書籍化は絶望的ですよ。挿絵が描けませんし、その前に、なうろうは18禁の作品禁止なのですが……」
ため息交じりの呟きは、開け放たれた扉から闇夜に流れていった。
この物語はフィクションであり実際の作品、登場人物等を……以下略