テンプレ
「何でなうろうの主人公たちって、急にびっくりするぐらい強くなったり、初めからチートもらったりするのかしらね。主人公より何十倍も努力して強くなった人を簡単に追い抜いたりって……夢見過ぎなんじゃないの」
また突っ込みにくい話題を振ってきたな。
晩御飯の煮込みハンバーグを作り終えたら、今までいなかったのに席に座っていたことは、もうどうでもいいか。
「うーん、面白い物語を書きたいか、自分を主人公に投影させているか、もしくは単純に読者の求めている物を書いているか、書き手側のスタンスによるんじゃないですか」
天聖子さんが来る気がしていたから、ハンバーグ多めに作っておいて正解だったな。
「面白い物語をみんな書きたいんじゃないの?」
「そうなのですけどね。面白い物語を書く場合……あくまであくまでも個人的な意見なのですが」
「その前振りもういいから……」
「主人公が逆境に会いやすくするには、弱い方がいい訳ですよ。だって、初めから強ければピンチに陥るチャンスが少ない訳ですし」
「うーん、もちゃもちゃ……ピンチに陥るチャンスって矛盾して無い?」
ちゃんと口を閉じてハンバーグを咀嚼して。
「いえ、物語を書くには起伏が必要ですからね。弱い方が物語を面白く変化させやすいのですよ」
なうろうの流行ではないけど。
「ストーリーを読ませたい作者としては、主人公が強すぎると物語が単調になるわけです。もちろん、一概には言えませんよ。強い系の主人公で面白い作品も山の様にありますから」
「相変わらず、フォローは入れるのね。ずずずずず」
敵を多く作らないというのも、作者としての必須の条件だから。
まあ、俺は敵も味方も少ないけど!
あと、麦茶の飲み方がお婆ちゃんみたいだ。
「話を戻します。主人公に自分の姿を投影している人は努力をしたくないのですよ。才能や天才という言葉を嫌っておきながら、自分は努力もしたくない。何もしないで強くなりたい人はチートを初めからもらう。少しの努力で自分より上の存在をねじ伏せて、いい気持になりたい。そういう人はレベルが急激に上がっていくタイプがお好きなようです。そして、厄介なことに、読者もそういう心理があるので、そのタイプの主人公を好むわけです。その結果、似たようなテンプレキャラにテンプレストーリーが氾濫する」
「ああ、それで、流行り物に便乗した作者が、本当は書きたくもない物語をポイントの為に書いたりするわけね。そりゃ、転生、転移、悪役令嬢ばかりになるわけよ」
尤も、転移、転生物ばかり書いている俺が言えた義理はないのだけれど!
最近はゲームとかでも課金アイテムで、安易に強くなろうとする人がかなりいる。みんな、楽して強くなりたいという願望はあるということなのだろう。
だから、それを狙うというのは書き手として間違いじゃない。
「もう少し穿った見方をしてみましょうか」
「おっ、今日は毒舌モードなのかな?」
爪楊枝で歯の食べかすを、しーしー言いながら取る姿は完全におっさんだ。俺の前で油断しすぎじゃないか。
「いえいえ、話というのは肯定だけでは単調すぎますから。テンプレストーリーを異様なまでに毛嫌いする人がいますよね。なぜだと思いますか?」
「そりゃ、マンネリ化しすぎて読んでいて似たような展開に、起伏のないストーリーにウンザリしているからでしょ」
「そうですね。読者としての意見はまったくもって、その通りだと思いますよ。初めのうちは異世界テンプレストーリーも新鮮なわけですよ。実際面白い作品に出会えると、本当に嬉しいものですからね」
俺だってなうろうを知って何作か読み始めた頃は、俺の好きな異世界で平凡だった主人公が活躍する話を面白いと思っていた。特に若い頃、重度の中二病を患っていた身としては、それこそ理想の展開だった。
だけど、10作以上読み終えると、どれもこれも何処かで似たような話にしか見えなくなってきた。どこかで見たことある能力とストーリー。言い回しやキャラ。それがあらゆる作品の面白いところだけを抜き出し、歪につなぎ合わせた出来の悪い何か。
「それは読者側の意見ですよね。では作者側でテンプレに拒絶反応を示して、絶対にテンプレや流行りものを書かない人はなぜだと思いますか?」
「便乗しているテンプレが乱立する現状に嫌気がさしているからでしょ。だって、見たことある話のオンパレードでうんざりするレベルよね。まあ、私たち神見習い側の異世界転移物語も必然的にそうなるわけだけど」
天聖子さんと同様に俺も人のことは言えない。テンプレを勉強して、読者がウケそうなネタを考えているのだから。
「テンプレを嫌う大半の人は自分の作風を信じて、書きたいものを書く立派な方々です。それは尊敬に値するとまで思っていますよ。ですが、ごく一部の方とは思いますが……こんなことを仰る作者さんっていませんか。「ハーレムとかチートとか書いたら誰でもランキングに載れる」って」
「あー、いるいる。じゃあ、実際に一度テンプレ書いてみたらいいのに」
「それをしないのには理由があります。安易なテンプレを書きたくない。これは作者としての意地と誇りですね。もしくは、作風が合わない。これもごもっともです。ですが、一部の人の本音はこうじゃないでしょうか――テンプレ作品を書いて、もしポイントが伸びなかったら、自分は才能が無いって事の証明になる」
「あ」
そう、自分が馬鹿にする、なうろうで受ける要素をふんだんに盛り込んだ作品がもし、もしも、人気が出なかったら。同じ土俵に立って、見下していた作品よりもポイントが稼げなかったら。
「そこまで考えるものなのかな」
「だから、ごく一部の人のみって言ったのですよ。だいたい、毛嫌いする人が多かろうと、ポイント上位は奇抜なアイデアでもないですし、やはり何かを少なからず模倣していますから。それはリスペクトであり参考にしたとも言えますが。それに、これだけ作品が乱立する、なうろうの世界で完全オリジナルは難しいと、前も話しましたよね」
「オリジナル転生の話よね。確かに、もう新たな転生先は殆どないわ」
もし、もしも、完全オリジナルで何処の作品にも似たポイントが全く存在しない作品があるなら、俺は迷わず読むが、確実に一般受けしないと思う。
「それに、なうろうのテンプレと言えば、異世界転移もしくは転生、ハーレム、チートというのが一般的な認識でしょうか」
「そうね。その要素が全く無い作品を探す方が難しいと思う」
「そこで、何故、このテンプレ要素が受けるのかという問題があります。完全に独断と偏見まみれな意見で作者目線、読者目線で分けて考察させてもらいますね」
「おー、それは楽しみね」
胡坐をかいて膝を叩く姿が堂に入っている。おっさんぽいと思ったのは黙っておこう。
「まず、作者として……テンプレは受ける、ポイントが入りやすい。これが一番ですね。数十万ポイントを稼いだ人が、さっきのテンプレ要素を完全に除いた作品を書いたら、伸びないでしょうからね」
「確かに……でも、何でテンプレ書くとポイントが上がるのかな」
「それは後で、読者目線の方で話しますよ。作者としては、もう一つテンプレのメリットがあります……書きやすさです。異世界転移のテンプレというか定番の流れと世界観がありますから。大半が何故か中世ヨーロッパ風の世界観ですよね」
「まあ、そうね。平安時代とか縄文弥生時代風とか見かけないし」
「あることはあるのですけどね」
「マジでっ!?」
なうろうの世界は広い。テンプレばっかり飽きたぁーという人は、タグ検索や色々ぐぐってみることをお勧めしたい。
意外性のある物語なんて、読みきれない程、転がっているから。
「だいたい、この世界感が定番になった大きな要因は、なうろうではなく、漫画とテレビゲームだと思いますけどね。子供の頃にやった有名なゲームに出てくる街並みと敵を思い出してみてください。ラノベの異世界の方がオリジナリティーありましたよ」
「あー」
「オリジナルを求めるなら、まずゴブリン、オーク、オーガ、ゴーレム、ゾンビといった既存のモンスターを全て排除すべきですし、そもそも魔法もパクリということになりますから。新たな何かを創造して書くのが、本当のオリジナルでしょう――ってことになりますからね」
「そうよね。それに、オリジナルに拘るなら、何で人間が普通にいるのか。奇々怪々な動物だらけとか、植物が進化した生き物とか、人とは違う生き物しかいない方が異世界なら当たり前のような」
でも、これは仕方のないことだと思う。例えば学園ファンタジー系なら、未来や少し不思議な要素があったとしてもベースは現代日本。無から創造することに比べればかなり楽だ。
完全に自分で世界から創造していくとなると、小説を書き始めるまでにどれだけ時間を必要とするか。
そして、おそらくだが、そんな作品を書いても受けない。
「では、今度は読者目線からテンプレが何故好きなのかを考えてみましょうか」
「はい、先生! よろしくお願いします」
あっ、天聖子さんが久しぶりに眼鏡を掛けている。その姿だけなら、優等生の委員長タイプに見えるな。
中身は全く別だけど。
「まず、そうですね……読者で大学生以上の方は自分の中学生時代前後を思い出してみましょう。どのような作品が好きでしたか? 主人公が異様にモテるハーレム漫画や、主人公が大活躍する格闘ものや冒険活劇が好きではありませんでしたか? 週刊少年漫画雑誌で、ちょいエロ、ハーレムものを興味が無い振りをして、隠れて読んでいた記憶はありませんか? 先生怒らないから、心当たりがある人は手を上げなさい」
「ね、ねえ、虚空を見つめて誰に語り掛けているの?」
ええと、何となくこちらを見ている視線を感じたもので。
「誰しも経験があるのではないですか。つまり男は本能と言ってもいいぐらいに、ハーレムや無双系が大好きなのですよ、子供の頃から……いや、大人になってもですね。だからこそ、権力者のハーレムは実在していましたし」
「でも、最近はハーレム系にうんざりしているって意見をよく目にするけど」
「単純に読み過ぎて飽きたからというのと、歳をとってしまい夢見がちな子供ではなくなってしまったから、というのが大きいのではないでしょうか。このマンネリ、テンプレ展開を好むのは若い人が多いと思いますよ。もしくは心が若い」
テンプレと言えば主人公に簡単に惚れて、一途でぞっこんなヒロインを例に挙げて考えてみよう。
俺はそう言うキャラを書くのを苦手としている。実際の恋愛を経験して、何度か失恋も経験すると、理想の女性キャラを描くのが難しくなってしまう。何と言うか、生々しいキャラが出来上がる。
なので、若い人が好む、惚れやすくて従順というヒロインを創造するには、あまり女性と接点が無い方が好ましいのかもしれない。
もっとも、素敵な恋愛を経験している人なら、多くの人が好むキャラを生み出せるかもしれないが……あ、いや、俺も、ちゃんとした恋愛経験が……まあ、それはいい。
「でも、若い人が好むだけであって、それなりの年齢の人には受けないのだったら意味なくない? なうろうの読者層って20~30代が大半ってイメージがあるけど」
「結構10代の中高生もいるみたいですよ。自分に当てはめて考えると、ラノベにはまったのは中学二年ぐらいでしたからね。その頃に無料で読める小説サイトがあったら、がっつり読みふけっていた自信があります」
うちはオヤジ専用のPCしかなかったから、その頃から、なうろうが存在していても見られなかったが、今はスマホを所有している中高生が多いので、見たい放題だろう。少し、いや、かなり羨ましい。
「それに、若い子に好まれることの最大のメリットは、フットワークの軽さでしょうね。ちょっと年齢がいくと、ブクマするのも面倒になったりするのですよ。履歴で見ればいいから、別にブクマしなくてもいいかな、って。かなり面白い作品はブクマするのですが、取りあえず読んでいるけど、正直ブクマする程でもないって考えたことありませんか?」
「ねえ、だから誰に話しかけて……」
「その点、若い子は行動的ですから、ちょっとでも面白いかなと思った作品には喜んでブクマをします。なので、日刊ランキング上位にいる作品を見て、何で題名と序盤のインパクトだけの作品が上がっているんだ? という摩訶不思議な現象が発生するのです」
「な、なるほど」
「まあ、全て私の僻み妬みが盛り込まれた妄想ですけどね」
正直、自分の学生時代を思い出すと、人前ではハーレムやエロ系に興味ない振りをしていたが、実は結構読んでいた。主役に感情移入するから、主人公に惚れている女性キャラが、別の男性キャラに少しでも気が移るだけで、そのキャラを嫌悪したものだ。
冷静に考えると、自分は多くの女性を好きになるけど、お前は自分だけを好きでいないと駄目だなんて、強欲にも程がある。
でも、そういう作品が受ける。男のサガと言いたいところだが、女友達がしていた乙女ゲーは逆ハーレムで、ギャルゲーの男女が入れ替わっているだけで、男も女もやっていることは同じだなという結論に達した。
男も女も関係なく、そういう展開が好きだということだろう。
「つまり、なうろうで簡単にポイントが欲しかったら、テンプレを守りながら少しアレンジを加える程度が一番って事かしら」
「まあ、残念なことですがそうですね。ですが、細部にこだわった重厚な物語や惹きつけられるストーリー重視の作品も根強い人気がありますよ。ただ、これまで話したように、そういった作風で支持を得るには、テンプレ作品の数倍の努力と時間を必要とします」
だから、誰もがテンプレを活用する。
「なんだか世知辛い世界ね……じゃあ、貴方の次回作もやっぱり、テンプレ重視?」
「まあ、二つほど候補を絞っているのですが、一つは、やはり異世界物ですね」
「やっぱり」
正直、そこを外すのはかなり勇気がいる。
「定番ファンタジーっぽい世界に、日本から一冊の本が召喚されます」
「あるあ……それって逆じゃないの?」
現代日本を舞台にして異世界や魔界の本を手に入れるという話は、確かに定番で良くある話。だが、今回のはそれを一捻りしてみようかと思っている。
「いえ、間違っていませんよ。異世界の魔法の才能が乏しい女性が召喚したのは――一冊の妖怪大百科だったのです!」
「……はあ?」
「そして、その妖怪大百科には一人の青年の魂が宿っていまして、その本を使い妖怪を召喚して、女性と一緒に異世界で活躍するストーリーです。あ、ちなみに主人公は妖怪大百科の方です」
「えっ、そっち!?」
「はい、そっちです。構想途中なので、詳細は変更されそうですが、ぱっとそんな話を思いつきました。そして、もう一つの作品なのですが――」
「今度は異世界転移? もしかして、悪役令嬢に手を出してみるとか?」
「女性が好む展開は無理ですよ。次に考えたのは……現代ファンタジーです!」
「えっ! さっきまでのテンプレ説明は何だったの!?」
「それはそれ、これはこれです。私は物語を書きたいのですよ。ポイントが欲しい訳じゃなく、自分が面白いと思う作品を、一緒に共有してもらいたい。ただ、それだけです……」
俺は真剣な口調で目を輝かせて、じっと天聖子さんを見つめる。
あ、半眼でこっちを睨んでいる。あれは完全に疑っている目だ。ここで目を逸らしたら負け。
「で、本音は?」
「色々考えても結局ポイントを取る方法が良くわからなくなったので、書きたい物を書こうかなという初心に帰ろうかと」
「それが一番かも。書いていて楽しくなければ、それはただの苦行だもんね」
まったく、その通りです。だいたい、今までの話を聞いて皆さんは、こう思った筈です。
「結局、こうやって考察をしてみたり屁理屈を並べていますが、確実に高ポイントを得る方法がわかっているなら、誰にも公表せずに自分で実行しろよって話ですよ」
「それを言ったら、元も子もないでしょ……」
確実に儲かる方法があるなら、誰にも言わずに自分で実践すればいいのに。という詐欺の手口と同じという、今回のお話。
時間があったので、一晩で書き上げてみました。
今回の話はまとまっていない気もしますが、この作品はだいたいこんな感じで、思ったことを適当に書くだけになります。
なので、皆さんも気を楽にして読んでください。