アニメ化すると作家はどうなる
新調した執筆用机の前に座ると、椅子ごと体を後方に回転させる。
足を組み前髪を掻き上げて優しく微笑む。
「アニメ化の話が来たときにどう思ったか、ですか。そうですね……時代が私に追いついた。ようやく、私の時代が来たのかと歓喜しました」
軽く肩をすくめ大きく息を吐き、少しだけ姿勢を正す。
今のはありきたりだっただろうか。もう少し個性を出しつつ、わかりやすい回答が好まれるかも。
考えをまとめると、天井を仰ぎ目を閉じる。
「このアイデアを思いついた切っ掛けですか。確か……あれは大雨が降り注いでいた夜道でしたか。自動販売機の影に薄汚れたダンボールを見つけまして。そこに一匹の子猫が雨に濡れていたので私の傘を差しだして――」
「ダウト! ってか、何気持ち悪いことしてるの?」
良い気分で語っていた俺を邪魔する声。
そっと目を開けると、玄関に突っ立ったまま呆れ顔の天聖子さんと目が合った。
今更、いつの間に現れた、とか言う気すらない。
天聖子さんはいつもの前髪パッツンのおかっぱっぽい髪型にスーツ姿だ。
「何ってインタビューを受けたときの予行練習ですよ」
いざというときに恥を掻かないよう、ちゃんと予習はしておくべき。
「あー、アニメ化したもんね。おめでとうー」
「ありがとうございます」
自分用のクッションを押し入れから取り出し、定位置に座る天聖子さん。
仕事用の椅子からだと見下ろす形になるので、正面に移動して座布団に腰を下ろす。
「で、大作家先生はインタビューの練習をしていたと。……ふっ」
鼻で笑ったぞ、この女神。
「実際のところはどうなの。インタビューとかあった?」
「ありませんが、何か」
即答する。感想コメントを書くことは何度かあったけど、アニメ化についてのインタビューは受けていない。
「声優さんとかのインタビュー記事とかはあるのにねー」
「そりゃ、人気のレベルが違いますから。こんな冴えないオッサンの話より声優さんの話を聞きたいでしょ。知名度、人気、話題性を考えるなら当然の結果です」
こんな言い方をすると目立ちたがっているように思われそうだが、そうじゃない。
あがり症なので表舞台には立ちたくない、というのが本音。
「作家が目立ってもろくなことはないですからね。私がイケメンとか話術に自信があるなら別ですが、わざわざ顔や姿を晒す必要性が見当たりません。デメリットしかないですよ」
「それは自分を卑下しすぎじゃないかなぁ」
甘い、甘いよ、天聖子さん。
作品と作家を分けて考える人ばかりではないのだから。特に最近は。
「まあ、いいわ。でさ、アニメ化して何か変わったの?」
素朴な疑問に対して俺は……首を傾げた。
「その反応はなんなの」
「それがですね、日常生活において変化がないのですよ。アニメ制作時は意見を求められたり、リモート会議に参加することもあって充実感もあったのですが、いざ始まってみると毎週楽しみにしている一視聴者に過ぎないというか」
トゥイッターで視聴者の反応を見て、ニヤついたり落ち込んだり一喜一憂はしているけど、それぐらいじゃないかな。
アニメ切っ掛けに仕事の依頼がひっきりなし、ということもない。静かなもんだ。
「あっちはどうなの。アニメ化したら人気者になって、その、ほら、言い寄られたりし」
「しないですね! これっぽっちも! 微塵も!」
天聖子さんの言葉を最後まで聞かずに被せる。
風の噂でアニメ化したら作者はモテる、なんてことを耳にしたことがあったけど……真っ赤な嘘じゃねえか!
何も変わらねえよ!
誰だよ、ちょっと期待してしまうようなデマ流したの!
「そ、そうなの? へぇー、そうなんだ」
なんで少し嬉しそうな表情なんだ。人の不幸が好きとか人として――神としてどうよ。自称女神のはずなのに。
「家族や親戚や友人が喜んでくれたのは素直に嬉しかったですけどね」
それだけでもアニメ化の価値はあったと思う。
「ふーん、そうなんだ。ところで、アニメって作者の発言権ってどれぐらいあるの? 声優を決めたりシナリオとか、全部思うがままだったり?」
「そんなわけないでしょ。まあ、製作会社や作者によって話は変わりそうですが」
大御所で大ヒット作品を何度も生み出して、アニメ化も数回目とかになってくると立場が違ってくるかもしれないけど。
「私はシナリオ会議にリモートで参加させてもらったり、意見を求められたときに発言するといった感じでした。そこら辺の話は新装版2巻のあとがきでも触れていますので、興味がありましたらご購入のほどを」
「とうとう、現実と虚構をごちゃ混ぜにして宣伝まで始めてる……」
元々、この作品に決まり事なんて一つしか存在しない。
この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。
大事なのはこれだけだ。
「アニメ製作に関しては作者は一切関わらない、といったスタンスの人も多いみたいですよ」
「さっきの話だと、あんたはリモートでシナリオ会議に参加したのよね?」
「アニメ業界の生の意見が聞ける貴重なチャンス。作家として更に一歩前進するためにも逃すわけにはいきません」
「……本音は」
「シナリオ会議とか憧れません?」
「わからなくはない、かも。じゃあ、作者としてシナリオにはかなり口出ししたの?」
期待混じりの瞳を向けられたので、すっと視線を逸らす。
「餅は餅屋と言いますし。アニメのことを詳しくも知らないくせに余計なことを言うのは避けたいというか」
「つまり、その場にいただけ、だと」
「いえ、質問を求められたときにはちゃんと答えてますよ」
作者しかわからない設定やキャラの心情。あと、台詞の変更やキャラやモンスターの読み方の確認とか。
読み方といえば、メインキャラやモンスターの一部がかなり発音しにくいので、声優さんたちが困っていたな。……本当に申し訳ない!
だって、アニメ化するなんて書いている時は思いもしないから!
自分でも口にしてみて、ちょっと言いづらいけど異世界感があるし、文字面は悪くないからいっかー、とかなるよね!?
キャラの名前が他のキャラと似ないようにする方が小説としては重要だし!
この物語はフィクションであり、登場する団体・人物(特に作者)などの名称、言い訳はすべて架空のものです。
「アニメ観たんだけどさ、だいぶカットされているところあったよね? その点については納得しているの?」
おっと、また答えづらい質問が。
アニメ化した後に作者と製作会社が揉める、なんてパターンを目にしたことはないだろうか。
「あの作品は一人称でひたすら主人公が喋ってますよね。なので心の声を全部アニメに入れたら倍……それ以上の時間が必要となります。小説は一話の区切りで何文字書こうが作者の自由ですが、アニメはそうじゃないのですよ。一話は本編24分と決まっています」
「オープニングとエンディング入れたらもっと少ないもんね」
「そうです。なので、アニメは削る作業が重要なのですよ。台詞も説明も必要不可欠なものは残し、テンポも考えて尺に収める。かなり難しい作業をこなしているのです」
その苦労を少しでも目にしていると、自分の我を通す気にはなれない。
もちろん、絶対に譲れないポイントは口出しをさせてもらったけど、あまり目立たないようにはしていた。
「それこそ1クール十二話ではなくて、もっと話数が多ければ削る部分も減るのですが、そうもいかないですからね」
「じゃあ、アニメのシナリオに関してはまったく不満はないと」
「……」
俺は黙って笑顔だけを返しておく。
「このことに関してはこれ以上聞かないでおくわ」
「世の中に完璧なんてものはないのですよ」
あとから、もう少し意見を言うべきだった、と後悔するのは誰にだってあることだから。
ただ、これだけは言っておきたい。アニメに携わってくださったすべての方に感謝しています。皆様、本当にありがとうございました!
「アフレコ現場とかはよくある質問だから面白くもないし。……アニメ化してから気にしていること、とかなんかない? ちょっと変わった視点の」
「普通の質問でいいじゃないですか。そうですね、変わったこと……あっ」
そういえば、一つ気にしているというか対応に迷っていることがあった。
「書籍化してからトゥイッター始めたじゃないですか」
「一応、宣伝用のアカウントなのにくだらない書き込みが大半のあれね」
作者の日常を入れることで親しみを持ってもらおうという作戦であって、宣伝用だというのことを忘れかけていたわけじゃない、ということを強調しておきたい!
強調しておきたい!(自作品のネタを流用した場合はパクりになるのか否か)
「ありがたいことに業界の関係者や声優さん。オープニングとエンディングを担当したミュージシャンの方がフォローしてくれたのですよ」
「おー、芸能人がフォロワーにいるって凄いじゃない」
「そうなんですよ。未だに現実味はないですが」
数年前の自分に話したら絶対に信じないだろうな、アニメ化も今の現状も。
「そこで一つ問題というか悩んでいまして。トゥイッターでアニメについて触れてくれることが多々あるのですが、それに何処まで絡んでいいものなのか。どれくらいの距離を保つべきか」
『いいね』『リツイート』は問題ないとしても、コメントを残すのは距離を縮めすぎかな、と。
ファン心理を考えると、原作者だからといって急に親しげに接してきたら、なんか嫌じゃないかな、と遠慮するわけで。
「気を遣いすぎじゃ?」
「んー、私が熱心なファンの立場だったら、あまり良い気持ちはしないかなと。とはいえ、作品を褒めてもらったり、感想を書き込んでくれているのに、全く触れないのも義理を欠くのではないかと」
本音を言えば、即座にコメントを書き込んでお礼を伝えたい。
だけど、ファンの方々に不快な思いはさせたくない。
「そう言われると確かに悩んじゃうかも。あっ、それなら、あんたの熱心なファンも芸能人や業界の人と親しくしているのを見たら、嫉妬したりするんじゃないの?」
ニヤついた顔でこっちを見ている天聖子さん。
「わかってないですね。私のファンというレアな人が存在するかどうかも怪しい。もしいたとしても、熱心なファンなら『あの、孤独死一直線で同業者の仲間もいないぼっち作者が他人と親しくしているっ』と歓喜の涙を流してくれるはずです」
「……わかりすぎているファンってのも厄介よね」
念を押しておきますが……この物語はフィクションですからね!
勘違いしないでください!




