ライトノベルはコミックの劣化コンテンツ
半日ほど執筆を続けて精神疲労のピークに達した俺はネットの海を彷徨っている。
息抜きにネコ動画を観るのにも飽きたので、今度はトゥイッターを眺めているとラノベ界隈での話題が目に飛び込んできた。
「また、このたぐいかよ。ライトノベルはコミックの劣化コンテンツねぇ」
実はこの系統の話は何度も目にしている。
ラノベが流行りだした頃に、まったく同じことをネットに書き込んでいる連中が結構いたのだ。
『ラノベは○○だから、劣っている』
『○○しないから漫画に負ける』
『だから価値はない』
それっぽい考察をして意見を垂れ流してるけど、この人達は根本が間違っているんだよな。
「何年同じような討論を何回繰り返すつもりなのか」
「わっかるー。人間って愚かよね」
聞き慣れた声と同時に視界が黒で染まった。
続いて、あぐらをかいている脚の上に感じる柔らかな感触。
「はぁーっ。悪役キャラみたいなことをほざきながら、どこから登場しているのですか」
「おっ、さすがに驚いたみたいね。最近は反応が薄くて面白くなかったのよ」
この人――天聖子は振り返ると、鼻と鼻が触れあいそうな至近距離でニヤッと笑った。
目の前に突然現れ、あぐらの上に座り込んでいる彼女。ちゃぶ台と俺の体の隙間に強引に入り込んだので必然的に密着状態になる。
まるで仲のいいカップルみたいなシチュエーションだ。
……冷静になれ。反応するな。ナニがというわけじゃないけど、落ち着け。
「あれー、もしかして意識しちゃってるぅー?」
上目遣いでからかうように煽ってくるが、ここで目をそらしたら負けな気がする。
平静を装ってじっと相手の目を見つめ返すと、向こうの顔が徐々に赤く染まり不意に顔を背けた。
俺の……勝ちだ!
たまに大胆なことをしてくるけど、恥ずかしいならやめればいいのに。
「と、ところでー、何を見てたの?」
先に耐えられなくなったようで、自ら立ち上がるとちゃぶ台を挟んだ対面に回り込み、自分用のクッションに腰を下ろす。
「たまにあるネット討論ですよ」
ノートパソコンを回転させて天聖子さんに画面を見せる。
「えっと、ラノベって漫画の劣化なの?」
「そう思っている人がいるのは確かですよ。実際ラノベは漫画と親和性が高い……相性がいいですから」
「相性がいい?」
納得できないのか、半眼で疑いの眼差しを注いでいる。
「ラノベ、特になうろう作品は頻繁にコミカライズされているイメージありませんか?」
「あるある。書籍化しましたー、コミカライズ決定ですーとか、作者がよくつぶやいているよね。あっ、そうそう。あんたも過去作がコミカライズしたそうね。おめでとうー」
満面の笑みで拍手をしている姿は賞賛というより、自分のことのように喜んでくれているかのように見えた。
「ありがとうございます。数年前の作品なので私もかなり驚きました」
気になる人は作者の活動報告をチェックしよう!
連載が終わり数年経過しても、こういうチャンスが降って湧くこともあるのがこの業界の面白いところだ。
漫画版が売れたら別の展開につながる可能性も出てくるので、皆さんよろしくお願いします!
っと、心の声で宣伝をするのは脱線が過ぎる。程々にしよう。
「なうろう原作のコミカライズは作品の内容が漫画向きだというのも大きいのですが、一番の要因は人気があり売れるから、です」
「元も子もない意見ね」
「事実ですから。なうろう作品が売れなくなったらブームなんて消え去りますよ。それが商売というものです」
「でもさ『なうろうは落ち目。衰退している。もうじきなくなる』とか言っている人って多くない」
天聖子さんの指摘はもっともだ。実際に俺も同じことを書き込んでいる人をネットで何度も目撃してきた。
「よく言われますね。でも、それって数年前から毎年言われているんですよ。今年で終わる、今年で終わる、今年で終わる、もって二、三年だ、とかね」
あれから何年も経過しているが、当時なうろうの衰退を断言していた方々は今も元気にアンチ活動を頑張っているのだろうか。
「じゃあ、的外れな指摘だったわけだ」
「んー、どうでしょうね。なうろう作品のランキング上位が書籍化すれば売れる、という時代はありましたが、今はランキング上位でも売れずに打ち切り、なんて話はよく耳にしますよ」
それを考えると全盛期ほどの力はない、のかもしれない。
でも、昔が異常なだけであって今でも売れている方なのではないだろうか。
「この問題は作家よりも出版業をされている方が詳しいでしょうね。私の発言はすべて人伝に聞いた話か憶測になりますので」
「じゃあ、今度、担当編集さんに聞かないと! 直接取材しようよ!」
何故か乗り気の天聖子さんが、目を輝かせ恐ろしいことを口走っている。
取材も無理だが万が一に話を聞けたとしても、その内容をここに載せられるわけがない!
前にとある担当さんから「なうろう作家とメガミ様、読んでますよ」と言われたことがある。愛想笑いで返しておいたが、あれって「あまりバカなこと書き込まないでください、ね!」と釘を刺したのではないだろうか。
……たぶん、杞憂だとは思う。……杞憂ですよね?
「ねえ、急に顔色が悪くなったけど、どうしたの? 風邪?」
「い、いえ。大丈夫ですよ。ハハハハハ」
都合の悪いことは忘れよう。俺はナニも覚えていない。
「いつものことですが、また本筋から大幅に脱線したので戻します。コミックの劣化という話でしたが、ようはコミックにしやすい内容。漫画にしたら受けそうな流行りの題材だということでもあるのですよ」
「なうろう発のコミックが売り上げランキングの上位に入っているのも珍しくないもんね」
コミック新作売り上げランキングの半分以上を占める、なんてことも結構ある。
とはいえ、有名すぎるいくつかの漫画には大差で完敗だが。
「小説が苦手という層もかなり多くて、一般小説もそうですがラノベも読めないって人がいますからね。文字や文章が好きな人は一般小説を読み、そうでない人は漫画を読む。極端に言えばそんな感じです」
おっと、忘れてた。これはフィクションであり実在のなんたらかんたら、なので目くじらは立てないように。
「ラノベの主な読者層は大まかに三パターンではないかと。一般小説は苦手だけどラノベは読める。小説が好きだから忌憚なくラノベも読む。あとは漫画で気に入ったから原作も読んでみる。といった感じでしょうか」
「なるほどねー、でコミックの劣化なの?」
柔らかい表現を選んで話しているのに、ずけずけと踏み込んでくる。
「劣化と言いたくなる気持ちもわからなくはないのですよ。例えばキャラ描写を我々は文字で表現しなくてはなりませんが、漫画では絵。ぱっと見のインパクトやわかりやすさだけなら漫画が圧勝です」
漫画家さんの腕があればあるほど、絵の力は凄い。
実際にコミカライズされた自作品を読んだとき、たった1Pの情報量の凄さに圧倒された。自分が何行にも渡って描写した内容よりも、遙かにわかりやすく頭に飛び込んできたからだ。
「ですが、小説の強みとしては読者に想像の余地があるのですよ。文章からキャラの姿を妄想し、自分だけの理想のキャラを創造することが可能なのです!」
小柄な体格の女性。という文章だけで身長150台を思い描く人もいれば、140、130、もっと小さな女性が頭に浮かぶ人もいるだろう。
「でもさ、書籍化したら小説でもキャラ絵が描かれるよ? 想像の余地なくない?」
「…………ま、まあ、そういう意見もありますね」
書籍化したら「俺の○○はこんなんじゃねえ!」と読者が憤るのもよくある話だ。俺も他の人の作品で「想像していたのと違うな」とぼやいた経験がある。
「で、ですが、イラストは多くても十数枚。全部の場面を絵にできるわけではありません。ふとした日常の風景、心の機微、文字ならではの表現、そういったものは読者の想像に委ねることになりますから」
「そうよね。それはわかる」
大きくうなずく天聖子さんを見て「よっし」と声を出す代わりに、ちゃぶ台の下で拳を握る。
「あと、書籍化されていない投稿作品なら、キャラや風景は自分の理想通り思い描くことが可能になります。なので、書籍化やコミカライズされる前になうろうで読む方が、他者のイメージに惑わされずに読むことができますよ」
「うんうん。で、自作品の書籍化になっていない作品を読んで盛り上げて欲しいと」
「面白かったら、感想、評価よろしくお願いします」
ツッコミも否定もせずに素直に認めて定型文を口にすると、天聖子さんが露骨にしかめ面をした。
よっし、またいつも通りに脱線したから話を戻そう。
「ぶっちゃけ、漫画には漫画の良さがあり、小説には小説の良さがあるってだけの話なのですよ。一緒にして比べるからもめるのです」
キノコとタケノコ。ラーメンとうどん。鳥取と島根。大阪お好み焼きと広島お好み焼き。
なんだって比べた時点で戦争になる。
「この話題は結構危うくて、漫画を立てたらラノベ派が怒るし、ラノベを立てたら逆もしかり、というわけでここら辺でやめませんか?」
「やめてもいいんだけど、結論はどうなるの?」
どっちつかずの発言で煙に巻いたつもりだったが、誤魔化しきれなかったか。
「これは言いたくなかったのですが、納得する意見をズバリ言います」
姿勢を正し、表情を引き締めて天聖子さんを見据えた。
空気を読んだようで、向こうも背筋を伸ばして真剣な顔になる。
「考察なんてものは――結果ありきだったら何とでも言えるのですよ。それっぽい言葉を並べればいいだけなので」
売れるものを先読みする人は尊敬に値するが、後付けの結果論なんて誰だって言える。
「加えて成功者の考察ですら参考になるか微妙なのに、成功していない人の考察なんてなんの価値もないのですよ! 嫉妬や羨ましくて叩いているだけの人もいますからね!」
語気荒くまくし立てると、天聖子さんがちょっと引いてる。
「そ、それは禁句なんじゃ……。あっ、でも、それってこの作品を否定することにならない?」
突然、天聖子さんが妙なことを口にした。
「この『なうろう作家とメガミ様』って書籍化デビューする前から連載始めた作品だよね。成功していない作家が僻みながらも、なうろうを考察する――」




