書籍とイラスト
「終わったあああああっ! なんという開放感っ!」
基本引きこもり生活をしている俺が珍しく外出から帰ってくると、部屋の真ん中で歓喜の雄叫びを上げる。
「人生が?」
「まだ始まったばかりですよ、そっちは」
突然背後から聞こえてきた声に振り向くと、呆れた顔の天聖子さんがいた。
神出鬼没はいつものことなので、そこについては何も触れないでおく。
「じゃあ、何が終わったのよ?」
「締め切り直前で完成した原稿と、今は確定申告を提出してきました。両方ともずっと気がかりでしたからね。心が羽毛のように軽いです」
「それはお疲れ様。じゃあ、今日は確定申告についての話でもするの? お茶とお菓子よろ」
流れるような淀みのない動きで押し入れから自分用のクッションを取り出し、コタツに入る天聖子さん。
そして我が物顔で指示してくる。
「はいはい。紅茶と焼き菓子でいいですか。両方、もらいものですが」
こちらも慣れたものなので手早く用意して、自分も対面側に座る。
「確定申告については、なうろうでも余所のサイトでも丁寧に詳しく説明されている方が何人もいらっしゃいますので、私がやる必要はないかと。一つだけ言うなら書籍化が決まった作家は開業届と青色申告の届け出もしておきましょうね、ぐらいですか」
「確定申告って確か、白と青があるんだっけ?」
「ですね。まあ、細かいところは各自で調べてくださいな。というか、やっと終わったというのに、これ以上確定申告の話題には触れたくないので」
毎年恒例とはいえ面倒極まりない。
日本で生きて恩恵を受けているのだから、当然の義務なのだが面倒なのは面倒なのだ。
「じゃあ、今日は何について無駄話するの?」
「以前、書籍化する場合のイラストについて質問があったので、それに答えようかと。ただし、前置きしておきますが、作者の経験による話なので例外もある事はご承知ください」
「ていうか、この物語はフィクションなんでしょ?」
「……そうでした! 久しぶりなのですっかり忘れてましたよ」
この物語はフィクションなので間違いがあっても問題ない。
いかにも本当っぽい話でも嘘かもしれませんからね! あと、細部は脚色入っていると思いますよ!
「さて、脱線したので戻しましょう。あなたは書籍化が決まりました、カバーや挿絵を担当するイラストを決めることになりました。ここでのやり取りはどんなイメージがあります?」
「ん、んー。担当編集さんが『このイラストレーターさんでいきましょう!』と予め決めているとか?」
「それは間違い……ではないのですよ。というと勘違いされそうですが、一例としてそういう事もあります。ただ、一番多いのは何人かのイラストレーターさんが候補に挙がっていて、そこから代表作を見せてもらい作者が選ぶ、というパターンが多かったです」
今まで新作の度にイラストを決めてきたが、このパターンが一番多かった。
イラストレーターさんの名前とその方の作品を何枚か見せてもらい、自分の作風とあった絵柄を選ぶ。これが一般的なのかもしれない。
「じゃあ、小説家がいくつもの候補から好きなの選べるんだ?」
「基本はそうなのですが、例えば一番気に入ったイラストを描いた人にお願いしたい、と思ったとします。そしてそれを担当編集さんに告げたとしても、それが叶うとは限らないのですよ」
「……どういうこと?」
「単純にスケジュールの問題ですよ。人気のあるイラストレーターさんはそりゃもう引く手あまたですからね。パンパンに予定が詰まっていて断られることもあるのですよ」
「あー、最近はなろう作品がバンバン出版されているから、忙しい人はすっごく忙しそうよね」
実際の話……あ、いや、フィクションですが。過去には二回連続で断られたこともあったなー。
なので今から伸びそうなイラストレーターさんを先に目を付けておくというのも大事なことらしく、そこは出版社や担当さんのセンスが光るところではないかと。
ただ、タイミングの問題というのもある。たまたまイラストレーターさんの仕事がない時期にうまく滑り込み、依頼が通る場合もあるので交渉してみないとわからない。
「そっちも群雄割拠なんだ。でも、小説家側から『この方に是非描いてもらいたいです!』という指名は無理なの?」
「いえ、可能だとは思いますよ。私もイラストを決める前に『もし、ご希望のイラストレーターがいるのであれば仰ってください。交渉はしてみますので』って言われたこともありますから」
「へー、そうなんだ」
「ここも出版社の方針によりけりでは。でも、自分から言えば大概の編集さんは話し通してくれるんじゃないですかね?」
この点に関しては保証はしないので、出版の依頼が来たら試しに言ってみよう!責任は持ちません!
「じゃあ、たまに読者の意見で『うわー。この作者イラストガチャ外れやがった』みたいな失礼なの見かけたりするけど、あれって嘘なの?」
「私に関しては根拠のない嘘ということになりますね。今までの作品のイラストはすべて自分で確認して納得したうえでお願いした方ばかりなので」
ただ、イラストを出版社側が既に決めていて反論の余地がなかった……という作者もいるかもしれない。なのでこれは、あくまで私の経験ということでご了承を。
「なるほどねー。あーキャラ絵とかはどうなの? 実は自分の思っていた容姿と違うイラストがきたら変更してもらったりは可能なの?」
「可能だと思いますが、そもそもキャラ絵を描いてもらう前にこっちからキャラ設定表を送っているのですよ。髪型や身長、見た目、年齢、服装とかね。それを元に描いていただけるので想像からかけ離れたキャラ絵が届く、ということは滅多にないですよ。むしろ、よい意味で想像を超えてくる絵ばかりですから」
イラストを見て想像以上の素晴らしさに「このキャラ出番増やそうかな……」と思ったことがある作者は正直に手を上げて。私はありました!
「じゃあ、今のところはイラストに関して不満はないんだ」
「ないですね。今まで私の作品のイラストを担当してくださった方々には、足を向けて眠れないぐらい感謝していますよ」
これは大袈裟ではなく本心で、心から感謝しています。いや、本当に。
「んー、じゃあ、自分からイラストレーターさんに条件を出したりはしないの?」
「初めの頃はそんなことは一切なかったのですが、最近は少しワガママを言う場合があります」
「やだっ、作家としてデビューしてから数年が経過したら……こんなに偉そうになって」
口元を押さえて怯えた振りをして後退る、天聖子さん。
リアクションが大袈裟すぎる。
「人聞きの悪いことを言わないでください。私からの条件というかお願いは、イラストレーターさんにまずその作品を読んでもらって、面白いと思った人に描いて欲しい。それだけです」
「……それって当たり前のことじゃないの?」
本気でそう思っているようで、首を傾げて「何言ってんだコイツ」と言わんばかりの表情でこっちを見ている。
「んー、どうなのでしょうね。私もそこのところはよくわからないのですが『この作品あんまり面白くないけど仕事だから受けるか』という人がいてもおかしくはないと思うのですよ。仕事と割り切って描くのは生きるためには必要ですからね。世の中は綺麗事だけじゃ回りませんので」
むしろ、社会人としては仕事と好みは切り離して描く、という方が正しいのかもしれない。自分も社会人時代は仕事と割り切って、嫌な現場でも耐えて頑張っていた。
それぐらいは理解しているのだが、作者としては嫌々描いてもらうよりも、納得して描いてもらいたい、という気持ちが強い。
なので、最近はそんなワガママをお願いするときもあったりする。
「でも、うん。そうだよね。描いている方も面白いと思う作品に携わる方がモチベーション上がりそうだし。実際に絵を描いたことないからわかんないけど」
「こればかりはイラストレーターさんに訊いてみないと、なんとも言えませんけどね」
「だよねー。あっ、そうだ。さっき、キャラのデザインって設定表を送るとか言ってたけど、実際にはそこまでは細かいキャラ設定考えてなかった、とかないの?」
ぽんっと手を打って、嫌な質問を口にしてくれた。
沈黙で答えると、ぐいぐいこっちに迫ってくる。
「…………アリマセンヨ?」
「なんで目を逸らすの? なんで片言なの? あんた、そんなキャラしてなかったよね?」
「自分の細かいキャラ設定は忘れました」




