人も色々、編集さんも色々
「いや、やっぱり編集さんって最高だな。毎日、自分のつたない作品に対して優しく対応してくれるし、褒めまくってくれるし、お金はガンガン出してくれるし、ワガママは何でも聞いてくれるし、どんな要望にも応えてくれるし」
「ねえ、鼻が曲がりそうなぐらい嘘臭いんだけど」
虚空に向かって編集さんを絶賛していると、机を挟んだ正面からジト目で見つめる天聖子さんがいた。
「何を仰っているのですか。私に関わってくださった編集さんはすべて一人の例外もなく素敵な方々ばかりでしたよ」
「目が血走ってなくて、焦点が定まっていたら、もう少し説得力があったかもしれないわ」
そう言って手鏡を突き出される。
そこに映っているのは、ちょっとだけ正気を失ったかのような顔をしている自分だった。
発言内容に無理があった反動なのかもしれない。
「ねえ、なんか嫌なことでもあったの? 愚痴ぐらい聞いてあげるわよ?」
珍しく本気で心配してくれているようで、声がとっても優しい。
「いえ、軽いジョークですよ。でも、冒頭で言ったことは全部嘘ってわけじゃないですよ。実際にそう思わせてくれた編集さんもいらっしゃいましたから」
「へえー、そうなんだ。ネットとか見ていると小説家や漫画家って編集と対立しているイメージあるんだけど」
「それは違いますよ。その人が編集さんと対立しているからネットに書き込むんです。穏便な関係ならわざわざネットで晒す必要なんてないでしょ?」
「まあ、確かに」
嬉しいこともネットに書き込んでもいいはずなのだが、人を褒めるって実は照れくさい。それに内容によっては「この作家、編集に媚びてる」と邪推されるのも嫌なのだ。
ただ、怒りや不満というのは何処かにはけ口を求めたくなる。
とはいえ、仕事絡みの愚痴というのは家族や友人にも話しづらい。そもそも、愚痴をこぼせる人がいない、私のようなボッチ作家も結構多いはず。……私以外にもいますよね?
「じゃあ、あんたは編集に不満はないの?」
「……エエハイ」
「なんで急に一昔前のボイスロイドみたいな、音声合成ソフトっぽい話し方になってんのよ」
「キノセイデスヨ」
変な質問をされて咄嗟に返したが、これで話を誤魔化せただろう。
「で、話戻すけど」
くそっ、戻されてしまった!
「ここだけの話でいいから教えて欲しいんだけど、本当に編集に対して不満とかないの?」
「はっはっは、この世でここだけの話ほど信用できないものはないんですよ! そう言われて油断して好きな人の話をしたら、次の日にはクラス中に広まっているんです!」
「……それ実体験でしょ」
拳を握りしめ熱弁を振るうと、天聖子さんがドン引きしている。
「なんのことやら」
「でさ、今日は編集についてのネタ話でよろしく」
「何がよろしくなんですか。変なことを口走ったら、この業界から干されますよ」
「えっ、だって――この物語はフィクションであり、登場する人物・団体・名称などは架空であり、実際のものとは関係ありません――なんでしょ?」
「そうでしたね」
俺のテンプレ台詞を先に言われるとは。
確かにこの小説はなんちゃってエッセイ風なので、内容もいい加減で嘘ばかりだから何を書いても問題はないはずだ。
うんうん、どうせ内容はフィクションなのだから。
「編集さんの話をするにしても、どんなのが聞きたいのですか?」
「今までで一番嫌いな編集の話」
「…………今日は良い天気ですね」
「年末で一番の冷え込みらしいわよ」
だから返す言葉も冷たいのか。
「ええとですね、今から話す内容は実体験と他の作家さんから聞いたお話、という設定のフィクションですから、勘違いしないでよね!」
「強引にツンデレ風で誤魔化そうとしている努力だけは認めてあげるわ」
何を言っても話が逸れそうにないので、適当に話してみるか。
「うーん、まあ、ほら、私も人ですし編集さんも人ですから、相性が合わないってこともありますよね」
「予防線を張りまくりね」
「一番苦手だったのは……初めて会ったときに私の作品を序盤しか読んでなかった編集さんですかね」
「……えっ? 書籍化の打診に来たときの話よね」
「はい、そうですよ」
私の言ったことの意味が理解できないのか、天聖子さんが折れそうなぐらい急角度で首を傾げている。
「どうして、それで書籍化の話ができるの?」
「私もそれが知りたかったですよ」
疑問に疑問で返す。
例えば打診された小説が既に何十冊分もの文字数があった、なら全部読んでこいなんて無茶は言わない。他の業務もあって忙しいだろうから。
でも、十万文字……小説一冊分ぐらいは読んできて欲しいと思うわけで。
「私が作品の主要キャラ名を口にすると、曖昧に返すんですよ。そこで怪しいとは思ったのですが、更に話をすすめてみるとストーリーすらあやふやだったんです」
「うっわー、それでよくもまあ打診できたわね」
「凄いでしょ。内容を理解していない相手と一緒に本を作る話をするんですよ。何の拷問かと」
あれは〇〇〇〇〇〇〇だったか。本当に酷い対応だった。あれから何度かあって話をしたが、結局そのスタンスのままだったなー、懐かしい。
「あのー、これは聞いていいのかわからないんだけど、その作品はそこから出版したの?」
「いえ、出してません」
「あっ、うん、そうなんだ」
これで読者にどこかバレる心配はない。いや、架空の話だけど。本当はそんな経験ないけど!
「じゃあ、逆によかった編集さんは?」
「それはもう、山ほどいますよ。そりゃ、連載中は意見の食い違いもありますが、良いところをちゃんと褒めてくれる編集さんには悪い印象は抱きません。単純だとは思いますが、誰だって褒められたら嬉しいもんです」
「現代社会って意外と褒められる機会なんてないもんね」
サラリーマン時代を思い返すと、褒められた記憶がほとんどない。
作家は良い作品を書けば評価してもらえる。編集さんからの言葉や、読者からの感想で。
それがどれ程の力になっていることか。なので、読者の皆さんもお気に入りの作品はガンガン褒めていいんですよ。
「他には?」
「美味しいものを食べさせてもらったりですかね!」
「単純すぎない?」
「何を仰る。人は言葉に酔い、食で体が満たされるのです!」
「当たり前のことを格言風に言い切ったわ!」
そもそも、人と人とのやり取りなんて単純なものだ。
褒めて、奢られて、嫌な気分になる人なんて超レアだろう。
「って、これじゃあ読者の望んでいる展開にはほど遠いわ!」
「一応、設定上は私と天聖子さんが無駄話をしているだけの内容のはずですが。読者ってなんですか?」
「けっ、今更何言ってんのよ。設定なんて言っている時点で説得力は皆無よ。さあ、もっと読者が喜ぶようなネタを吐き出しなさい」
露骨に顔をしかめたな。
読者が望むようなネタか。うーん、どんなのがいいのか。
「例えば、例えばの話ですが編集さんにもいくつかタイプがありまして。小説に対して熱い想いがあって、よりよい小説を作りたい、という人」
「いいじゃない。そういう編集さん好きだわ」
このタイプの方だと作家側としてもやる気が出る。
「単純に売れるのが重要で、面白さとかよりも売り上げ重視」
「う、うーん」
「いえ、これは当たり前のことなのですよ。出版社は商売でやっているのですから、会社に不利益を与える人は必要ありません。それは、どの業界でも常識です」
作家としては作品の内容が面白いと思っているのであれば、もっと長い目で見て欲しい、という気持ちは正直ある。
でも、あくまで商売。儲けが出ていないものは切り捨てられる。それが世の中ってもんだ。
相手を恨むのではなく、自分の不甲斐なさを悔やむべき。
「あとは……ものすごい熱血タイプとか、逆に冷静な人とか。出版までメールで連絡を五回しか交わさなかった人もいましたね。これで本当に出版できるのか、少し不安になりましたよ」
普通は書籍化を決めてから何度もやり取りがあるのだが、本当にそれだけしかメールを交わさずに出版まで成立した作品がある。……という話を聞いたことがある。
「他にはとっておきのネタがあるのですが、これを言うと悪い意味で話題になってしまうので、親しくなった作家先生にしか話しません。なので、聞きたい方は小説家デビューしてもらって、出版社のパーティーで会いましょう」
「すっごく気になるんだけど」
こればかりは、何を言われようが話すわけにはいかない。
ちなみに担当編集にその話をしたら受けていた。「えっ、そんな出版社あるんですか!?」と驚いていたなー。
「最後に一つだけ、嫌いな編集さんには共通点があります」
「えっ、何々! 最後にでっかい爆弾落としてくれるの!」
目を輝かして身を乗り出さなくてもいいだろうに。そんなに興味あるのか。
「嘘を吐かない。約束を守る。これができない編集さんはどうかと思いますよ」
「そうね、うんうん、それは人として当たり前の常識よね」
何度も頷いて同意してくれている。
大人として社会人として嘘を吐いたり、約束事を守れない人はダメだろ。
「ゲームして遊んでいるだけなのに『資料を読んでいました』とか、『どれぐらいすすんでますか?』という担当さんからの電話に対して『七割ぐらいは書き終わってます』って答えながら、実は三割も書けてなかったり、とか。そういうの最悪よね」
「…………はい」




