ゆるパク問題
「面白い言葉が話題になっているな」
「えっと、何々……ゆるパク? 何それ、初めて聞いたんだけど」
背中に胸を押しつけるようにしてPCの画面を覗き込んでいるのは、神出鬼没の半ば同居人、天聖子さんだ。
背中で潰れる二つの柔らかな感触に心が揺さぶられるが、いつものように平静を装う。
「ゆるパクという言葉自体は前からあったみたいですが、最近とある発言で話題になったようです。簡単に説明すると、ある作家さんが自分の書いた作品をゆるーくパクっている作品がある、と暴露したようです」
「ん? ゆるパクってゆるくパクるの略なの?」
「そうですよ」
略語としては秀逸だと思う。
「で、実際の話、あんたはパクっていると思ったの?」
「うーん、その方が指摘された内容だけを見ていると、正直、決めつけるには無理があるかと」
「つまり、その作者の被害妄想ってこと?」
「それも一概には言えないのですよ。世の中にはパクるのがとても上手な人というのは確かにいらっしゃるので。それを世間ではアレンジと呼ぶそうですが」
なうろうの人気作に主軸となるアイデアはそっくりだけど、キャラも舞台も違うからこれはパクりじゃない。アレンジだ。
なんて思っている作者は結構多いのでは?(あくまでこの物語の主人公の考えです)
「ただ、ゆるパク問題ってそもそも、ゆるパクとパクりの違いはなんだって話になるわけです」
「そういやそうね。ゆるパクとパクりの判断基準となる線引きって欲しいわね」
「そこで私の考えた許されるパクりと許されないパクり表をご覧ください」
何かのネタとして使えないかと紙に印刷しておいた表を、天聖子さんに手渡す。
×許されないパクり
他作品のコピペ
キャラの名前だけ変更
パクリ+パクリ+パクリの他作品寄せ集め、下手くそな継ぎ接ぎ
キャラの決め台詞がそのまんま。もしくはほぼ同じ
独特な名前をしたキャラ名がまったく同じ。それも複数
ぶっちゃけ、元作品を知っている百人中、九十人以上が「これパクりじゃね?」と思ったらアウトでしょ
〇許されるパクり
もはやジャンルと認識されている、異世界転生や転移や悪役令嬢系
ステータスやスキルや冒険者といった、なうろうでは一般的な名称
テンプレ化している展開。例 車にはねられて転生 → 神様に会って能力もらう → 異世界行き → 冒険者になる
なんか他作品のアイデアとそっくりなんだけど、そこには作者のオリジナル要素が加わっていて、別物と言ってもいいのでは? とアレンジされた作品
色んな要素をパクってミックスしすぎて原形を留めていない
「なんとなく、わからないでもないわ」
「正直な話、見比べて多くの人がこれは酷い、と思ったらパクりですよ。これは違うんじゃないかなーと思ったらパクりじゃないです。でも、パクられたと思った側は悔しいじゃないですか。そこで、ゆるパクという言葉の出番というわけです」
「でもさ、表を見て思ったんだけど、マジでパクっているけど誤魔化し方……アレンジがうまい人はパクり認定されないってことよね」
「はっきり言えばそうですね。でもそれって、昔からあることなんですよ。元の偉大な作品があって、他の作家が「俺も(私も)ああいう作品が書きたい!」と思って、追いつけ追い越せという精神で作品を生み出す。それが結果、似たものになるってね」
例えばアニメでも、日本のとある有名な作品と海外アニメが、内容そっくりじゃねえか、みたいな話題になっていた。
実際の話、類似点はかなり多かった。
それが意識的なのか、それとも子供の頃に見聞きして影響を受け、無意識で似てしまったのか。それは当人にしかわからない。
故意なのか、そうでないのか。それは決めつけようがないのだ。
「でもさ、これはそれとは違うよね。なうろうという、そんなに広くない世界で作品が似るって、狙ってやっているとしか思えないし」
「そういうときに、素晴らしい言葉があるのですよ。影響を受けた、かもしれない」
「えーーーー」
「以前から言ってますが、なうろうには流行というものがあります。俺tueee、奴隷購入、追放、復讐、不遇系主人公、とか。一つの作品が話題になると、類似点のある内容の作品が雨後の竹の子並みに、そこら中からポンポン生まれてきます」
「言い方! 悪意があるように聞こえるから!」
天聖子さんが慌てて、俺の口をその手で塞ぐ。
勢い余って鼻まで塞がないでくれ。息ができない!
「ぷはーっ! 殺す気ですかっ!」
「大丈夫。死んでも蘇生してあげるから」
「この作品で忘れかけられている女神設定を今更アピールしないでいいです」
俺もたまにその設定を忘れる。
「ともかく、パクりの定義については、この前とその前でも触れてますから、読み返してください。なんか、連続して似たようなネタになって申し訳ないです」
「もう、自分の立ち位置とかまったく気にしないようになったわね。メタ発言にも程があるでしょ」
ここまで読んでくださっている、物好き……変わり者の読者はそんなことは今更、これっぽっちも気にしないはずだ。
「でまあ、流行を追うのは別にいいんですよ。戦国ブームの時は戦国系の漫画や小説やゲームが巷にあふれたじゃないですか。歴女とかいう言葉もできましたよね」
「あー、あったわね」
「どんなジャンルでも、起爆剤となる何かが流行ると一斉に類似品であふれるのです。私だって何度も言ってますが、料理系や俺tueeeハーレムに便乗して作品を書いた結果、両方とも鳴かず飛ばずでしたから」
流行っているから、俺もそれを真似て書いたら人気が出る! というのは間違いで、流行るから似た作品が大量に発生する。からこそ、無数にあふれる同ジャンルの作品の中で光る物がないと生き残れないのだ。
それが個性のあるキャラや、その作者のオリジナル要素だ。
「でさー、結局ゆるパクってどうなの?」
「んー、以前こんなことがあったのですよ。読者から送られてきたメールなのですが。――先生の『自分が異世界に転〇するなら』と序盤がそっくりな作品があります。一度読んでみてください。と」
「へー、そんなことあったんだ。それで確かめてみたのよね?」
「そりゃ気になりますからね。で、読んでみた結果、確かに似ているんですよ。多くの人がその場でスキルを選ぶシーンや、そのスキルには罠があって、主人公がそれを見抜くとか」
「パクりじゃん」
「いえいえ、それが一概には言えないのですよ」
正直、俺も似ているなとは思った。
でも、そのとき、『自分が異世界に転〇するなら』を書いていた頃の読者コメを思い出したのだ。
《ヌーンベアーの新作、〇〇って作品に似てないか?》
俺はそのコメントを見て、指摘された作品を見に行ったら確かに似ている部分があった。
もちろん、誓ってパクってはないのだが似ているところが多いのは、紛れもない事実だった。
そこで、何故こんなことが起こったのかを自分なりに考えてみた。
「異世界転生が流行っている。だから、異世界転生作品を書こう、と思い立つ。だけど、普通に召喚されるのもマンネリ化していて嫌だ。よーし、神様から能力をもらうシーンに個性を出そう! と思った人が私以外にも複数人いたはずです。そこで、なうろうらしさを出しつつ、裏切りや罠の要素を加えたい」
「うんうん、そう思う人もいるかもしれないわね」
「で、どういうシチュエーションにしようか。そこで私の場合は、異世界で多くの転移者が生き残りをかけたバトルロイヤルにしよう、と主軸が決まっていたので、バトルロイヤルといえば、とある有名な作品が頭によぎるわけですよ」
「あー、実写映画が有名な、今から皆さんに殺し合いをなんたらうんたらーってやつね」
その作品を知っていれば、バトルロイヤルという言葉から真っ先に思い浮かぶのはそれだろう。プロレス好きなら、別の方が思い浮かぶかもしれないが。
「そこで、学校の教室で先生が能力の割り振りについて説明する。それには罠がある、という展開にしようと思ったわけです。これも、人に言わせるとパクりなのかもしれません」
「う、うーん、それは違うんじゃないかな」
「じゃあ、ゆるパクならどうです?」
「あ、あー、うん、なんか当てはまるような気がする」
作者は完全な無から何かを生み出しているわけじゃない。今までの経験や記憶の中から、何かを参考にして作品が作られる。
「結局、露骨なパクり以外はわからないところが多いんですよ。偶然、似たような発想をする人だっているはずですから。ただ、まあ、パクりかどうかを見分ける方法が、あるにはあるのですが……」
「あら、どうしたの。珍しく言いよどんでいるみたいだけど。言っちゃいなさいよ。吐き出した方がすっとするわよ」
体を密着させて誘惑をしないで欲しい。
言ってはいけないことまで口走りそうになるから。
「そのパクり行為が常連か否かですよ。一作だけなら偶然かもしれない。でも、二作、三作、四作と連続して「他作品と似ているよなこの作品」となったら、それはもう故意です。常連さんです」
「……そんな人、いるの?」
「さーて、どうでしょうね。私の個人的な意見を言わせてもらえば、「流行だから便乗しよう」ではなく「この作風が流行っているのか。面白いな、俺もこのジャンルを書いてみたい!」と思える人はパクりではない、のではないでしょうか」




