予言の書
これは予言である。
作家として、日々もがき苦しむ汝らのために創作された予言の書である。
我は以前、オッサン主人公が流行るという予言を的中させた。これは妄言ではない。経験と観察眼により流れを完璧に読んだ、とある予言者の……アドバイス。
「ねえ、頭おかしくなったの?」
後ろからPCを覗き込んで失礼なことを言っているのは、スーツ姿のおかっぱ女神候補、天聖子さんだ。
「正気ですよ。インパクトのある書き出しで読者を掴む。これもテクニックの一つです」
「確かにインパクトだけはあるよね。で、予言がどうしたの?」
天聖子さんが背後から離れると、押し入れからクッションを取り出して対面に移動する。
いつの間にか手にしているスティック状のお菓子は、俺が買い込んで棚に保管していた物で間違いない。
「ほら、以前にオッサン主人公が流行るって予言を的中させたじゃないですか」
「あー、《流行》ってサブタイで読者を一本釣りしたやつね。適当に予想したら偶然当たったんでしょ、あれ」
「しーっ。ここで情報に基づいて予想したとでも言っておけば格が上がるじゃないですか。なので、あれは冷静に分析した結果なのですよ」
「……別にそれでいいなら、それでいいけど」
こういうのは断言して、自信満々に振る舞っておけばいい。
最近読んだ元詐欺師が書いた、テクニック本にはそう書いてあった。
保険として予言の中身はどっちとも取れる曖昧なものしておけば、間違えたとしても「別の受け取り方もある」とでも言っておけば安心だ。
「でさ、話を戻すけど。なんで予言がどうこうとか言い出したの?」
「いえね、なうろうって新しいジャンルの大人気作品が現れたら、次々とそのジャンルに便乗した作品が出てくるじゃないですか」
「あー、そういう傾向あるわね。なうろう嫌いな人が叩くポイントの一つよね」
今や、投稿サイトのなうろう自体が流行の一つとなっていて、多くの人に広まれば必然的に、あらを探して叩く人が増える。
よく目にするのは「日本人の転生ばっかじゃねえか」「俺tueeeとか気持ち悪い」「作者の欲望が丸見えのハーレムとか引くわー」とかだろうか。
これに対する反論としては、日本人の転生はもう廃れたジャンルだったりする。
最近はなうろう原作のアニメがいくつもあって、日本人が転生や転移してばっかりだから、そう思ってしまうのも無理はない。
だけど、アニメ化される作品は、なうろうでは数年前に流行ったものばかりなので、今の流行より数年遅れている。
なうろうで強いジャンルは相変わらず異世界だが、その中身は結構変わっているのを知らない人が多い。
「でも、流行に便乗するのってどの業界でも常識なんですよ。ほら、今はどこもかしこもタピオカ、タピオカじゃないですか。流行 = 儲かる ですからね。そりゃその業界の人は飛びつくでしょ」
このタピオカブームの話も、投稿から数年後に読んだ人にとっては、懐かしい話題になっていることだろう。流行ってそんなもんだ。
異世界ブームなんて、なうろうが流行らせたようなものだ。
今じゃ、原作なうろうじゃないの? と思ってしまう内容の異世界が絡んだオリジナル漫画なんていくらでもある。
「そりゃそうか。ゲームとかも大当たりした作品が出たら、内容をパクったとしか思えないの出てくるよね」
特にゲーム業界はパク……似たような作品の方が本家を上回るなんて逆転現象が珍しくない。
流行るとみんなが真似をする、というのはもはや常識と化している。
「でまあ、私も便乗するのはやぶさかではないのですが、本音を言えば真似するよりも真似されたいじゃないですか! 流行を生み出す側になって、ははっ、こいつら俺の劣化コピーばっか書きやがって。ほらほら、本家を抜いてみな。パクりしかできない愚作家どもがっ! とかやってみたいじゃないですか」
「……いや、そんなこと思っている作家はいないと思うわよ。どんだけ承認欲求強いのよ」
「何を言っているのですか。私を含めた、なうろう作家はみんな承認欲求が服を着て歩いているようなものですよ?」
「……ねえ、いつかなうろう作家に刺されるわよ、あんた」
天聖子さんが半眼で冷たい視線を向けてきた。
あの顔はドン引きしているな。
「いいですか、ただ小説を読むのが好きなだけなら書く必要は無いのです。書くのが好きなだけなら、ネットに投稿する必要は無いのですよ。つまり、ネットに投稿しているということは、見られたい! 評価されたい! という欲求があるからです。つまり、そういうことです」
作家は自分の妄想や願望をふんだんに盛り込んだ、いわば恥部を読者に晒して評価を得ているのだ。なうろう作家はみんな変態の一種かもしれない。
ちなみに、この物語はフィクションであり、作中に出てくる過剰な表現は本心ではなく、ただの演出です。私はそんなこと思っていませんからね?
私はすべてのなろう作家を敬愛していますから。みんな仲良くしましょう。
「そろそろ、その言い訳が通用しなくなっていると思うんだ……。あと媚びかたが雑」
呆れた口調の天聖子さんが何か言っているが、聞こえなかったことにしておこう。
「話が脱線しまくってますが、戻しますよ。そこで私は流行を生み出す作品を書こうと思ったのですが、今は結構忙しくて新連載を始める余裕がないのですよ」
「そのわりに、これを書く余裕はあるのね」
「天聖子さん。この作品は作者とは何の関係もない物語ですよ? 主義主張だって、作者は読者を楽しませるために、あえて道化を演じ、憎まれ役を買って出て、危険な道を進んでいるのです。本当は心優しい作者なのですよ。アスファルトに咲いている小さな花を愛でるような人なのに」
「嘘くさい、というか嘘でしょ。で、メタ発言はいいから話の続きを」
ここまでフォローを入れておけば嫌われることもないだろう。
「では、ここで次の流行を予言してみようかと思います」
「というか、そもそも今の2019年8月末現在に流行っているジャンルって何?」
「よい質問ですね。では、現在の総合日間ランキング、週間ランキング、月間ランキングを見てみましょう」
こうやって投稿日を書いておかないと、勘違いして流行遅れに飛び乗ってしまう読者が出てしまうかもしれない。
「ジャンルだけを抜粋しますね。日間は一位から十位までを。現実世界[恋愛]、ハイファンタジー、ローファンタジー、異世界[恋愛]、異世界[恋愛]、異世界[恋愛]、ハイファンタジー、ローファンタジー、現実世界[恋愛]、ハイファンタジーですね」
「怒濤の恋愛ラッシュね。……なうろうって男性向けのイメージが強かったんだけど、最近は女性向けの要素の方が強いの?」
「そう見えてしまいますよね、日間ランキングだけを見るなら。では続いて週間ランキングにも触れてみましょうか」
天聖子さんの疑問はもっともだ。ここだけで判断するなら、そう思ってもしょうがない。
「ハイファンタジー、ハイファンタジー、異世界[恋愛]、異世界[恋愛]、ハイファンタジー、ハイファンタジー、ローファンタジー、ハイファンタジー、異世界[恋愛]、異世界[恋愛]となってます」
「ちょっとだけ、恋愛が減ったみたいね。それでも四つランクインしているんだ」
「女性読者が増えているのは間違いないと思いますよ。なので、男性向け作品を書いていた男性作者でも、女性向けにシフトチェンジした人もいるようです」
悪役令嬢が有名な女性向けだと思われがちな恋愛ジャンル。最近は男性が読んでも面白い作品が多かったりする。
というか、読者も作者も増えた影響でランキング上位に入ってくる作品のクオリティーが年々上がってきているような?
まあ、たまにアレな作品もあるのは、なうろうらしさでもあるけど。
「最後に月間ランキングですが、ハイファンタジー、ハイファンタジー、異世界[恋愛]、ハイファンタジー、ハイファンタジー、異世界[恋愛]、現実世界[恋愛]、ローファンタジー、ハイファンタジー、ハイファンタジー、ですね」
「また恋愛ジャンルが一つ減ったのね。あれ……これってランキング順よね。恋愛ジャンルって、日間とか週間だとベスト5までに結構入っているけど、月間になると一つだけなんだ」
「そこに気づくとはなかなかですよ。一概には言えないのですが、恋愛ジャンルって瞬発力は高いのですが長期戦に弱い傾向があるようです。これは女性読者が増えているけど、絶対数はまだまだ男性が多い、ということなのでしょうね」
女性読者は面白いと思ったらすぐにポイントを入れてくれる傾向があるので、恋愛ジャンルは日間、週間ランキングだと強い。
だけど絶対数が男性読者より少ないので、長期間の統計となると負ける傾向にある。
四半期ランキングとなるともっと露骨で、ベスト10に恋愛ジャンルは二つしかない。
「それにもう一つ気になったんだけど、異世界転生どこ? ジャンルに存在しないんだけど」
「ああ、それですか。実は異世界転生ってジャンル表示は載らないようになっているのですよ。なので異世界転生でも、表記上はハイファンタジーやローファンタジーになってますよ」
「じゃあ、今も日本人の異世界転生はあるのね。よかった」
天聖子さんが、ほっと胸を撫で下ろしているのには理由がある。
読者も忘れていると思うが、そもそも天聖子さんは日本人を異世界に送る仕事をしている、という設定だった。
なので日本人の転生者がいなくなると、その存在価値が……。
それでも辛い現実を伝えなければならない。
「でも、最近は転生するパターンでも日本人じゃ無くて、異世界人が同じ世界に転生するってパターンが主流みたいですよ」
「えっ?」
「ぶっちゃけ、日本人が転生するパターンはもう流行ってないです。だいたいが異世界の現地人が活躍する物語です。あー、令嬢系は今も異世界転生が主流のようですが」
衝撃の事実に天聖子さんがお菓子の上に崩れ落ちた。
あの散らばったお菓子を誰が掃除するんだろう。
「まあ、いいじゃないですか。私だって立ち位置がぶれていますからね。書籍化に手が届かず、他作品を妬みながら考察するというキャラだったはずなのですが、こんなんになってますし。作中でキャラが変わるなんて、長期連載あるあるですよ」
「それもそっか。じゃあ、気にしない!」
勢いよく上半身を戻すと、生き残ったお菓子を貪っている。
立ち直りが早くて助かるよ。
「これまでの傾向で何が流行りそうかわかりますか?」
「ジャンルだけ見てもわかんないわよ。ハイファンタジー強いなーってぐらいしか」
そう、恋愛とハイファンタジーは強い。それは一目でわかる。
だけど、それだけじゃない。ここにはこれから流行るジャンルのヒントが含まれている。
「じゃあ、ローファンタジーはどうですか?」
「日間に二つで、週間、月間には一つしか無いわ。ちょっと、かわいそうになってくるわね」
「ちっちっちっ。甘いですよ、天聖子さん」
口を鳴らして人差し指を左右に振る。
その言動にイラッとしたのか、天聖子さんの眉間にしわが寄った。
「私が断言する次のブームはズバリ、ローファンタジーです!」
「えー、嘘だー」
あのあきれ顔。これっぽっちも信用してないな。
「いいですか。なうろうは流行廃りが早いという話はしましたよね。日本人転生が飽きられて、今は現地人が主流。でも、コミカライズやアニメでは日本人転生者の話ばかり。そこで考える訳ですよ。日本人が主人公の方がやはり受けはいい。でも、異世界転生はもう流行遅れだと」
「まあ、そう考える人もいるかもしれないわね」
「そこで、日本人を活躍させつつ異世界の要素を取り込むには何が最適か。そう、ローファンタジーですよ! 日本を舞台にして、そこにファンタジー要素をぶち込む。そうすれば、何も問題なくないですか?」
俺の説明に少しは心が動いたのか、天聖子さんが腕組みをして唸っている。
「そもそも、ローファンタジーの定義ってなに?」
「これは諸説あるのですが、なうろうにおいては舞台が異世界か現実かで分けられているようです」
本当のハイファンタジーとローファンタジーの違いを語ると、話が長くなるし反論も多くなるので、あくまでなうろうでの定義上の話をしておく。
「現実世界にファンタジーを入れ込むってどうするの?」
「わかりやすく言えば、ゾンビパニック映画ですよ。現実にゾンビというファンタジーが紛れ込んだのですから、これはローファンタジーということになります。なうろうではホラーというジャンルがあるので、書く場合はそっちに分けられそうですが」
当初、ローファンタジーといえば学園異能バトルかと思っていたのだが、これがなうろうの面白いところで、異世界要素は切っても切れない間柄のようだ。
「あー、なるほど。じゃあ、なうろうのローファンタジーの主流ってなんなの?」
「今の流行はダンジョン系か、異世界の人がやってくるパターンですね。現代日本にダンジョンが現れて、そこを日本人が攻略していく。もしくは異世界の騎士やエルフが日本にやって来て、なんやかんやする。ってパターンが多いみたいですよ」
「そういう風に絡めるんだ」
どうやら納得してくれたようで、何度も頷いている。
「もちろん、違うパターンもありますよ。日本にモンスターがあふれ出して、なんとか生き延びていく物語とか、異世界を舞台にした村づくりゲームをやっていたら、キャラの挙動が人間っぽくてそこから広がっていく物語とか」
そこまで説明すると、天聖子さんが机の上に上半身を乗り出して、額と額がぶつかりそうになるぐらい顔を寄せてきた。
そんな気はないのに、間近で見る天聖子さんの顔にドキドキしてしまう。性格はあれだけど、見た目はいいんだよな、この女神候補。
「もしかして、予言とか大層なことを言ってるけど、自分が最近書いた小説がローファンタジーだから、そのジャンルが流行るように誘導したいだけじゃないの?」
「……ソンナコトハナイデスヨ?」




