ポイントを得る方法
少し遅めの昼食を取りながら俺はテレビのモニターを眺めている。
今日も赤黒い肉質ばっちりの世界が映されている。普通の人が見たら代わり映えのしない映像なのだろうが、毎日見ている俺から言わせれば観察力が無いと言わざるを得ない。
胎児の目がかなり成長してきているのだろう、始めの頃に比べたらぼやけ具合も減り、視界がクリアになっている。
「4jo&#$=~=%~$”W」
表現のできない妙な言語が微かに耳に届いてくる。言葉の意味は理解できないが、その声に含まれている優しさや嬉しさが伝わってきた。
今は女性の声だが、たまに男性の声も聞こえることがある。
父と母なのだろう。
「今日も元気みたいだな。立派に成長して、早く生まれてくるんだよ」
このある意味グロ映像も見慣れると気持ち悪いものではなくなり、それどころか最近では安心すら覚えるようになってきている。
この転生者が生まれるのが待ち遠しい。最近では親戚の叔父のような心境になっている。
あのはた迷惑な神見習い――天聖子さんが現れてから一か月が過ぎた。あれから一度の連絡もなく、全て嘘だったのかと思ったのだが、テレビに映るこの胎内映像が何よりの証拠だ。
「今日も元気に転生者を異世界に送っているのかな」
自分の呟きに思わず苦笑いを浮かべてしまう。傍から聞いていたら頭のおかしい人の発言だが、嘘偽りは一切ない。
彼女は本当に転生者を異世界に送り込むことを業務としている、女神の一端なのだ。
それに加え、自分の送り込んだ転生者を題材に小説を書いて、なうろうに投稿していた。まさに嘘のような本当の話である。
「転生できなかったのは残念だったけど、平穏は大切だよな」
バンッ! と、俺の言葉を全力で否定するかのように、扉が大きな音を立てて開かれると、そこにはスーツ姿の天聖子さんがいた。
「地面転生ポイント伸びないわよっ! どうなっているのっ!」
その言葉に驚きの感情がすっと引く。
「まあ、そうでしょうね」
「どうしてよ! 全く新しい転生じゃないの。二番煎じを繰り返して、最早、オリジナリティーが限界まで薄まって、さ湯状態の他作品と違ってオリジナル要素ばっちりじゃないの!」
「さりげなく毒吐きまくっていますね。知っていますか。長い歴史の中でこれだけの小説が氾濫している世界で、完全オリジナルなんてほぼ不可能なのですよ。意図しなくても何かしらネタが被るもんです。それでも、被らない斬新なネタというのは、考えはしたけれど面白そうじゃないから誰も書かなかった話なのです」
「な、なんだってええええっ!」
そんな劇画チックな顔で驚かれてもなあ。
ちなみにその驚きかたも漫画では定番中の定番なのだけど。
「一応聞いておきますけど、地面転生は、どんな感じにしたのですか」
「ええとね、あなたの意見を参考にして、死ぬ間際の描写を省いて、いきなり転生した場面から始めたのよ。地面になっている状態からいきなり始まったから、凄く戸惑っていて良いリアクションをしてくれたのよ!」
嬉しそうだな。転生者の処遇については色々思うところはあるが、そこは目を瞑っておこう。この展開、出だしの掴みとしては悪くないと思うんだが。
「でね、地面転生だとしてもあんまり範囲が広いと収拾がつかないと思って、範囲を畑に絞ったのよ。とある民家の畑の地面に転生させたの」
「へえー、悪くないですね。その民家には身寄りのない美しい女性が一人で住んでいるという展開ですか?」
「えっ、住んでいるのはお婆ちゃんよ?」
「いやいやいや! そこはヒロイン候補の女性を出すべきでしょ! ただでさえ、地面という地味な展開なのですから、ポイントが欲しいのなら少々露骨でも美少女でも出しておいかないと!」
「お婆ちゃんと、地面のほのぼの日常転生生活って斬新じゃね?」
個人的には興味が湧く内容だけど、ランキング上位を目指すには押しが弱いと思う。
「ま、まあ、そこも諦めるとして、その後の展開は?」
「地面に転生した子って、祖父母と仲が良くて農業を営んでいたらしく、その知識を利用して畑を豊作に導こうと努力をし始めたのよ。時折、農作物を狙ってくる動物や巨大な昆虫は自ら変形させた地面の落とし穴や、石つぶて、土の槍、泥の地面といったトラップを生み出し撃退したの。倒した動物と昆虫は、養分として吸収して、畑の土も日に日によくなり、今では毎回豊作で農作物もかなり美味しいらしくて、高値で買い取ってもらえているわよ」
お、良い話じゃないか。ストーリーとしても悪くないと思う。
地面に転生して何ができるのかと思っていたけど、色々やりようはあるもんだ。
「面白いじゃないですか。それなら、人の目についたら結構ポイントを稼げそうですが」
「うーん、序盤はね結構ポイント入ったのよ。斬新で面白いってコメントも貰ったし。でもね、今は安定期に入って、毎日変わらない日常が続いているだけで山も谷もないのよねぇ」
ため息を吐きながら、流しの上の棚から俺のポテチを無許可で取り出し、まるで我が家のように胡坐をかきポテチを貪っている。
突っ込んだら負けなのだろうか……。
「転生した相手に手を出すのは禁止事項でしたか?」
「まあ、そんなに干渉しないのであればグレーゾーンだから、転生課も転移課も多かれ少なかれ、みんなやっていることだけど。魔王を新たに召喚とか、世界観を揺るがすような行為に手を貸すのは禁止事項よ」
なるほど、なら影響を与えない程度の干渉なら大丈夫だと。
「それなら、そのお婆ちゃんの家に孫が訪ねてくるという展開はできませんか? そして、その孫の畑が不作で畑の土を少し貰い受けるという流れに持っていくのはどうです」
「まあ、できると思うけど、そんなことしてどうするの」
「まず、その娘さんをヒロイン候補にします。見た目が美しい方が読者を引き込みやすいですが、そこは文章にする際に何とでもできますから、拘らなくてもいいと思います」
別にそれ程可愛くなくても、垂れ目なら――目尻が少し下がっているのが彼女の穏やかな気性を現しているかのようだ。とでもしておけば、あとは読み手が勝手に都合よく妄想してくれる。
「ふむふむ、それでそれで」
「あとは、土を貰って自分の家の庭に移すと、地面に転生した彼の意識もそちらに移る……もしくは、どっちにも彼の意識が宿るという展開で良いと思いますよ」
「あー、なるほど! ちょっと待ってね。都合のいい孫がいないか探してみるから!」
どう見てもスマホにしか見えないそれを取り出すと、何やら忙しく操作している。
後ろから覗き込むと、特殊なアプリを起動しているようで、そこには孫リストと書かれた一覧表があった。
「ええと、この子は既婚者か。こっちは独身だけど40代で見た目もあれよねぇ……うーん、この子は、十代半ばで母親しかいない。この村よりかなり北の険しい土地に住んでいるのか。魔物も多く、土も肥えていない。人も減っていて限界集落か……ないわ」
「いや、ありありでしょ!」
「ふひうわっ! な、なによ、いきなり耳元で大声出さないでよ」
「その子、理想的じゃないですか。病弱な母親はまだ30代半ばで美しいですし、その娘さんも素朴ですがかなり可愛らしい。保護欲が疼くいいキャラしています」
腐っても神が所有するアプリだけあって、対象となった人物の容姿までもが画面に表示されている。
「で、でも、いつ魔物に襲われるかもしれないし」
「だからこそでしょ。動物や昆虫を撃退した方法で、魔物も撃退させればいいだけの話。むしろ、魔物相手の方が盛り上がるでしょうし」
「はっ、その発想はなかったわ」
一応、書き手なのだから、それぐらいは思いつかないとダメだと思うんだが。
「まあ、そんな感じで自分が地面になっているのを隠しながら撃退している内に、娘さんが何となく感づいて、地面や畑にお礼を言うような展開が理想でしょうか」
「そして、ある日、畑の土を人間の形に作り上げて、土の体ではあるが人間としての仮のボディーを手に入れるのね!」
「ああ、それは……どうでしょうか」
「え、だって、そうでもしないと、彼女といちゃいちゃできないわよ?」
「それはそうなのですが。魔物に転生する話でも良くある流れなのですが、人間、もしくは人型に近い形状に変化すると、個性がなくなってしまうのですよ。もうそうなったら、土魔法が使える魔法使いと区別つかないですよね?」
異形転生で一番困るのがここだ。
人間に戻ってしまうと、作品の売りがそこで消滅してしまうのだ。
よく、物語の序盤で人間に戻る作品があるが、それをしてしまうと一気に客が離れてしまうことが多い。読者は人間ではない主人公を見に来たのであって、魔物にもなれる人間の物語を読みに来たのではない。
異形の主人公というのは一定の根強いファンがついているようだ。
「人型になるのは終盤、もしくは最後。あとは、特定条件を作るとかですかね。一日10分しか人型を保てないとか」
「そういうの考慮するんだ。今まで、考えたこともなかったなー」
まあ、転生した人を観察した日記を書いているだけの神見習いと、一から話を考えて書いている俺のような普通の書き手とでは、発想力が違うのだろう。
「ただまあ、それで中盤の展開は良いと思うのですが、こういう行き当たりばったり転生には最大の欠点があります」
「欠点……なんだろう。これといって思いつかないわね」
手についた塩と油を舐めながら言われても説得力がない。というか、全く考える気が無いだろ。
「最終目的が示されていないのですよ。畑を豊かにして、少女と村が救われてそこで終わるなら理想的ではありますけどね。よくエタる……つまり途中で話を投げ出す作者さんが多いですが、ああいう人の大半は最後を全く考えていません」
「私たちみたいに現場の判断に任せているなら兎も角、小説を書く人って話の終わりまで考えているものじゃないの?」
「いえ、全然。何となくいいアイデアが浮かぶとしますよね。そして勢いで書き始めるのですが、物語の骨組みが全くできていないので、途中で失速するのですよ」
「ん、んー、でもそんな作品誰も読まないんじゃ……」
「ところがどっこい、序盤さえ面白ければ読者はつくのです。何千、何万と作品があるのですよ。その中から読みたい作品を選ぶ基準となるのは、題名とあらすじ、そして出だしの一話。これが全てです」
「で、でも、じわじわ伸びる作品もあるわよね」
「そういうのは、以前別の作品でそれなりに人気があり顧客がついている人ですかね。それ以外の人で急に日刊を駆けあがる作品は、何処か有名なサイトで晒された、題名にインパクトがあって内容も面白かった。何かしら謎の力が働いた」
「な、謎の力?」
「これはただの仮説で、根拠も何もないただの妄想ですので、苦情は一切受け付けません。所詮フィクションですから、間違っても参考にしないように」
「だから、何処に向かって言っているのよ……」
こういう注意書きは大切ですから。
それに、ポイントが伸びない僻みが入っているだけだし。
「まずは、軽いところから言うと、家族親戚やリアルの友人が多く、ポイントを入れてもらうように頼んだ」
「それって、頑張っても十数人がいいところじゃないの? それだけのポイントじゃ日刊の一位とか無理よね?」
「別に日刊の一位を取らなくてもいいのですよ。日刊ランキングに入りさえすればいいのです。300位以内なら載りますからね。現在、何ポイントぐらい取れば日刊ランキング300位以内に入れると思いますか?」
「う、うーん200ポイントぐらい?」
「多すぎです。正解は60以上といったところでしょうか。一日で100ポイントを取れたら、間違いなく日刊ランキングに入ります。150ポイントも入れば100位に入れるので、もっと人の目につくでしょうね。そして、日刊ランキングに入っている作品の半数以上が既存の作品なので、その中で新作となると……チェックする人も多いのです」
ランキングというのは思っているよりも影響力が大きい。
余程の暇人でもない限りは、ランキングで見る作品を選ぶ人が殆どだろう。もしくは、タグ検索といったところか。
「10人知り合いがいたら……お気に入りで2ポイント、最高の評価を入れるとして5+5で10ポイント。合計12ポイントよね。それを10人に頼んだとすると120ポイントになるのね。なるほど……美味しいわね」
「ただし、私自身は疑っていますけどね。家族は兎も角親戚にポイント入れてと頼む勇気が、普通の人にあるのかと。あと、学友に頼むのもそうですが。普通の硬派な作品ならまだましですが、ハーレム願望剥き出しで、中二病の香りがプンプンして、エロ盛りだくさんの作品を友人に見せられますか?」
「うっ、それきっついわね。私ならそんな作品が親にバレたら家出するかもしれない……」
昔、学生時代に自分を主役とした小説を書いたときに、傑作だと思い親しい友人に見せた時の反応が脳裏に浮かぶ。
あ、思い出しただけで吐き気がする。
苦笑いと「あ、うん、いいんじゃないか」という気遣う言葉。
もし、友達全員にそれを明かしたというのなら、その人は心臓に毛が生えているのかもしれない。
「ポイントの重要性は理解できたと思いますので、その他のポイントを稼ぐ方法なのですが……ここからは、なうろうのルールに引っかかるおそれがありますので、実際にやるとアカウント削除されかねませんから、お気を付けください」
「だから、誰に向かって――」
「なうろうの作者同士で繋がりがある人が多いのはご存知ですか?」
「ええと、まあ。リレー小説とか書いている作者もいるし、活動報告とかで楽しげに会話している作者とか」
「そうですね。それ自体は何の問題もありません。ただし、その作者同士がお互いの作品にポイントを入れてと頼むのは禁止されています」
「へっ!? それって駄目なの!?」
意外と知らない人もいるんだよな。
俺もそれぐらいは問題ないのかと思っていたが、実はそうじゃない。
「ちゃんと利用規約にも書かれていますよ。一人又は複数のユーザが、本サイト内の投稿可能な箇所に、特定の作品に対する評価を依頼する文章を投稿する、又はメッセージで送信する行為。ってね。ちなみに、小説の後書きや活動報告で露骨に『ポイントや評価お願いします!』という記載もアウトですよ」
「うそっ……知らないで書いたことある気がする……」
「警告が来てアカウント停止される前に、その文章を消しておくことをお勧めします」
本当に知らないでこういった行為をしているのなら同情の余地はあるのだが、作者同士のグループでやっている人たちは理解した上で、ばれないように上手くやっている。
ポイントは低いのにレビューがやたらある作品が稀にあるのだが、レビューを書いている人が全員作者で、お互いにレビューを書き合っているなんてことは良くある話だ。
ちなみに、俺はリアルにそんな友達もいないから無理だし、作者同士でコミュニケーションをとりませんかというメールが来たことはあるが、生来の疑い深さにより全て拒絶した。
どうも、ああいう勧誘は昔、絵画を買わされそうになった思い出が疼いてしまう。
「とまあ、ここまでは可愛らしいグレーゾーンのテクニックだと思います」
「これで可愛らしいの!?」
「まあ、作者同士が仲良くなることは違反ではないですからね? 気の合う作者が新作を立ち上げて、読んでみたら気に入ったのでお気に入りと評価を入れた。という建前が通りますから、何も問題ありません」
実際、話が合う作者同士なら作品を気に入る割合も高いと思う。
そんな感じで、関わりを持つ程度なら悪いことではないと思うが、疑われやすいのは確かだ。
「で、完全にアウトな方法だと、良く知られているのですが、複アカを持って自分の作品に大量にポイントを注ぎ込む方法ですね」
「ええと、つまり?」
「なうろうの規定では、特別な許可を貰えない限り、一人一つのアカウントしか所有してはいけないとなっています。だというのに、複数のアカウントを制作して、自分の作品にポイントを入れまくって、日刊ランキングに割り込む方法ですね」
「それって、かなりやばいんじゃ……そんなことする人、本当にいるの?」
「いますよ。書籍化が決定して本を出した作者の何人かが、あとで複アカを所有していたことがバレて、アカウント削除されていますし」
「書籍化された作品が累計ランキングに見当たらないことがあったけど、そういうことなのね。人間て欲深いわ」
「まあ、別の違反で消された人もいますけど」
違反を犯した者を庇う気は毛頭ないが、彼らは悪魔の誘惑に負けたのだろう。自分の作品は面白い。人の目につけばきっと人気が出る筈だと。
実際、いかさまをしてランキングに入ったら人気が出たのだから、その考えは間違えていなかった。だが、その代償は決して安くない。
一生残り続ける汚名と後悔。俺はそれを抱えて、自分が面白いと思える作品を書き続ける自信は無い。
「まあ、ポイントを上げる方法としては、ざっとこんなものでしょうか」
「全然参考にならないじゃないの! どれもアウトでしょ!」
手っ取り早く人気を取る方法何て、そんなものだと思う。
「あ、そうだ。ポイントを得て人気を取る確実な方法がありますよ!」
「え、なになに! もう、そういうのあるのなら早く言いなさいよ。もったいつけて、このこのぉ」
笑顔を浮かべながら、脇腹を肘で抉るのはやめてください。
「誰よりも面白い作品を書くことです」
俺がそう断言すると、天聖子さんは眉根を寄せ、大きなため息を吐いた。
「それができるなら、苦労しないっての……」
ですよねー。
この物語はフィクションであり……以下略。