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なうろう作家とメガミ様  作者: 昼熊


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作家とパーティー

 年に数回しか出番のない一張羅をクローゼットから取り出す。

 このスーツは十二月と一月限定なので、虫食いや着られるかどうかのチェックをしておかないといけない。


「んー、年に一回か二回しか会わない相手だから、同じスーツでも大丈夫だよな。どうせ、他人は自分のことなんて興味ないだろうし」


 四年連続でお世話になるスーツに袖を通す。

 ほんの少し窮屈に感じるが、まだ大丈夫だな。

 初めて出版社のパーティーに呼ばれた際に奮発して購入したスーツなので愛着がある。……年末年始に数回しか着ないけど。


「スーツなんて着てどうしたの? 七五三?」

「誰のですか」


 背後から聞こえた声に振り返ると、同じくスーツ姿の天聖子さんがいた。

 突然、背後に現れたというのに自然に受け止めている自分が若干怖い。


「出版社のパーティーが年末と年始にあるので、その準備ですよ」

「まだ一か月以上先の話でしょ、早くない?」


 外が寒かったのか足早に背後からこたつに移動すると、足を突っ込んでミカンを無断で食べている。

 こたつを出すには少し早かったが、天聖子さんが喜んでいるので良しとしよう。


「この時期にしか着ないので、もし着られなくなっていたら買い替えないといけません。早いに越したことはないですよ」

「日頃スーツなんて着ないもんね。ジャージかトレーナーか半そでか作務衣しか着てないでしょ」

「……よくご存じで」


 他にも外出着はあるが家でしか会わない天聖子さんは、その恰好しか見たことがないはずだ。


「あれ? そのスーツ結構質がよさそうね、高かったりする?」

「わかるのですか。初めての印税を使っていいのを買いましたから」


 ああいったパーティーの経験がないので、せめて恥をかかないようにと見栄を張って、高価なスーツを購入したのを覚えている。


「自分には不釣り合いなのですけどね」

「いいんじゃないの。あれでしょ、出版社のパーティーって作家同士が火花を散らしながら、相手の作品の寸評をはじめて殴り合いの喧嘩に発展したり、作中の必殺技を叫んでどっちの方がカッコイイか競い合ったりするんだよね」

「冗談でも恐ろしいことを言わないでください。もっと穏やかな感じですよ」

「そうなんだ。じゃあ、ちょうどいいから出版社のパーティーについて教えてよ。こういう話が好きな人もいるんじゃないかな。それに作家志望の人とか、初めてそういうのに参加する作家さんの参考になるかもしれないわよ」

「なるほど……。私も初参加の時は緊張して、自分から何も行動できませんでしたからね。少しでも助けになるのであれば」


 初めて出版社のパーティーに参加した時は自分から話し掛けるなんて恐れ多くて、先輩の先生方に話し掛けてもらえて安堵したんだよな。

 もし、あのまま放置されていたら棒立ちのままパーティーを終えていた自信がある。


「じゃあ、まずは何を話しましょうか。そうですね、出版社のパーティーは基本東京で行われますので、関東以外に住んでいる作家はちょっとした旅行気分を味わえます」

「……遠くて面倒だってこと?」

「違います。そういう意図はございません。引きこもりがちの作家を外に連れ出してくれるイベントです。新幹線に乗って駅弁食べるのが今から楽しみです」


 実際の話、兼業作家の方は別だが、専業で外出をしないタイプの自分にとっては、とーってもありがたい。

 まあ、一社ぐらい関西に本社ないかなー、と思ったことはあるけど。


「そのパーティーって行かないとダメなの?」

「いえいえ。参加は自由ですよ。超売れっ子の先生は出版社側も参加して欲しいようですけどね。有名な先生を目当てにしている、他の先生もいらっしゃるでしょうし」


 自分も初めて参加した時は目を凝らして聞き耳を立てて、憧れの先生を探したもんだ。

 もちろん、話し掛ける勇気はないので遠くから見つめていただけだったが。


「何か必要な物とかあるの?」

「うーん、特には。あー名刺は必須ですよ。ない場合はパソコンで簡単に作れますからね。他にも名刺を作ってくれるところもありますし、名刺を製作できる自販機もありますので準備は怠らないように」


 名刺があると自分の名前を覚えてもらえるのに使えるので、会話が苦手な方は用意しておいて損はない。

 多めに作っておいて数枚しか交換できないと物悲しいものがあるが、少なくて足りないよりマシなので多めに持っておくと吉。


「あとは初参加の場合、参加する出版社の売れ筋作品と、自分と同じ新人の作品をチェックしておくと会話が弾むのではないでしょうか。新人の作家先生と仲良くなるチャンスですからね。これを逃すと寂しい作家生活が始まりますのでご注意を……」

「ど、どうしたの!? 死んで腐りかけの魚の目みたいになってるわよ!」


 これは架空の話であって、決して知り合いのヌーンベアーの実体験ではありません。


「ま、まあ、それはさておき。出版社のパーティーって何をするか知っていますか?」

「えっと、テレビドラマでそういうの見たことあるけど、スピーチがあって立食パーティーみたいな感じ?」

「間違ってはいませんね。私は三社のパーティーを経験していますので、共通していたことだけ話すとします。そうすることで、どの出版社の話なのか限定されませんので! 架空の話ですけどね!」

「説得力が……」


 毎度おなじみ、この物語はフィクションなので実際とは異なりますよ?


「話を戻します。パーティーの共通点としては……司会はプロの方か声優さんが担当する場合が多いようです。それもその出版社で売れた作品の人気キャラを担当していた人だったりしますね」

「そうなんだ! アニメのファンとかだったら垂涎(すいえん)ものじゃないの。私もあの作品の主人公キャラを担当していた〇〇さんに会いたい!」


 天聖子さんは仕事と割り切ってラノベの勉強をしているのかと思っていたのだが、意外とオタク気質だったのか。


「あとはさっき天聖子さんが言っていたように立食パーティーが基本みたいですね。初回は緊張してほとんど口にできませんでしたが、二回目以降は食べまくりですよ。インスタ映えしそうな料理がずらっと並んでいて、味も抜群でした」

「妬ましい……」


 指をくわえて恨みがましい目で、こっちを見ないで欲しい。

 三大欲求で食欲だけが桁外れに高そうな天聖子さんなら、羨ましがると思っていた。


「あとはビンゴ大会がありましたよ。私は一度も当たったことがありませんが」

「妬ましい、妬ましい、妬ましい! 私なんて年末年始は上司の神に、転生した人のレポート提出と、クッソくだらない宴会に連れていかれるだけなのに!」


 神の世界も人間の社会とさほど変わらないようだ。

 罰が当たりそうな愚痴をこぼしているが、天聖子さんは女神候補なので問題ないのだろう。人の身である俺は安全のためにツッコミは入れないでおく。


「酔っぱらったら下ネタが酷いのよ! 神様って近親相姦とか、よその女を無理やりとか、そういう逸話山ほどあるからエグいの!」


 確かに海外や日本の神話では、神様って結構エグいことをしている。天聖子さんの神様がどの系統なのかは知らないが、そんな話を酔っぱらった勢いでされたら聞く方はたまったもんじゃない。


「どうどう、天聖子さん。他に何か聞きたいことはありませんか?」


 話を逸らさないと、このまま延々と愚痴を聞かされる。


「自分の妹に手を出した姉の話なんて……えっ? 他に聞きたいこと、ね。うーん、パーティーで困ったこととかなかった?」

「あー、そうですね。作家って座り仕事じゃないですか、だから腰痛持ちが多いんですよ。なのでパーティーの途中で腰の痛みがピークに……。腰痛の酷い人はコルセット装着か、痛み止めのシップ貼っていった方がいいと思います」

「オッサン臭い……」

「ふっ、天聖子さんも腰痛になってみたらわかりますよ」


 前に作家として若い頃にデビューするメリットを語ったことがあるが、若いと腰痛で悩まない、というのも付け加えておきたい。


「他にはパーティーでの面白ネタとかは?」

「面白というわけではないですが、とある著名な先生に挨拶をしようと思ったら、周りに人垣ができていて全く近寄れなかったというのはありますね。アニメ化もあって関係者にぐるっと取り囲まれていました」

「やっぱり、売れると違うのね。でもさ実際の話、パーティーで他の先生に話し掛けるのって迷惑じゃないの?」


 これは難しい質問だ。

 俺も現場に着くまでは多くの作者と交流できたらいいなー、なんて甘い考えを抱いていたが土壇場で、迷惑じゃないのか? と気が引けたんだよな。


「う、うーん、一概にどうとは言えませんが、私や知り合いのヌーンベアーさんは声を掛けてもらえたら、めっちゃ喜びますよ。特に『〇〇読みました、ファンなんですよ』なんて言われた日には、その人が天使に見えると思います」

「うわー、ちょろっ!」


 ドン引きしたのか天聖子さんが半眼で睨んできた。

 なんで怒っているのかがわからないが、面と向かってファンとか言われたら嬉しいに決まっている。


「でもさー、そういう華やかな場所が嫌いな人っているんじゃないの。だからパーティーに招待されたから行きたくない、って作家さんいるんじゃないのかな」

「あー、そうですね。私も行くかで迷った方ですよ。そもそも人付き合い苦手でしたので、周りの人と話せるか不安でした。それに情けない話なのですが、一人で遠距離を移動した経験が殆どなくて新幹線に乗る方法すら知らなかったので、ネットで念入りに下調べしていました」


 自由席と指定席はどっちの方がいいのか?

 ひかりとのぞみの差は何だ?

 一時間前ぐらいに駅についていれば問題ないのか?

 とか本気で悩んでいたことは天聖子さんには言えない。


「そんなんで、よくパーティーに行く気になったわね」

「行くことを決めた理由は単純ですよ。もう二度とこんな経験ができないかもしれない。だとしたら、場違いであろうが浮いてようが参加したい! それだけです」


 それこそ、作家として今年で消えてしまうかもしれない。

 だとしたら、今、このチャンスを逃したら一生後悔する! ぐらいの意気込みで初参加したのだったな、懐かしい。


「初々しい頃があったのね……。今はどんな気持ちで参加しているの?」

「旅行気分と美味しい料理って素敵ですよね。あとビンゴ当たったら嬉しいなー」

「ううううっ、俗世に染まってしまっているわ」


 わざとらしく泣いた振りするのを、やめてもらっていいですかね。

 人は環境に順応する生き物なのです。


「他にも作家さんとの交流や、私と同じように初めての経験で緊張している作家さんを観察したりしていますよ」

「……戸惑っている新人さんがいるなら声掛けて助けてあげなさいよ」

「知らない人に話しかけるのって、恥ずかしいじゃないですか」

「それは慣れないんだ……」


 コミュ障を侮らないでいただきたい!

 社会人をやっていたころも苦手だったが仕事だと割り切っていたので、別に交渉が苦手というわけでもない。だけど、こういった華やかな場は経験不足なのでどうしても怖気づいてしまう。


「たまに思うんですよ、一人ぐらい親しい作家さんがいたら、こういう場をもっと楽しめるのだろうなーって」

「じゃあ、作家の知り合い作ったらいいじゃないの」

「日頃のやり取りが面倒くさいです」

「……一生ボッチ作家っぽいわね。まあ、あれよ私は見捨てずに相手してあげるから、感謝しなさい!」


 顔を真っ赤にしてそっぽを向いている天聖子さんが、今日ばかりは眩しく見えた。

 日頃はなんやかんやでお世話になっているというより、お世話しかしていない気もするが、こうやって話し相手になってくれているだけでどれだけ救われているか。

 せめてもの感謝の気持ちに、今日の晩御飯のグレードをワンランク上げるとしよう。


「と、ところで、そのパーティーって他の人も連れていけないの? べ、別に料理とかビンゴ目当てじゃないんだからねっ!」


 ……こんなツンデレはいらないな。


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