擬音とオノマトペ
ズドドドドド、ガガガガガガ!
バンッ! ダダダダダダ、ズシャアアアアア!
「扉は開けたら閉めてください。あと絨毯に滑り込むのも禁止です」
「今日は勢いよく登場してみました!」
キラリーン!
「はあー」
いつものことなのでこれ以上しつこく言う必要もないと、俺は扉をドガシャンと閉めた。
タッタッタッタッタ。
まったく落ち着きのない人だ。
これで一応女神候補だというのは信じられない。
ドタドタドンッ!
「ねえ、さっきからなんかおかしくない」
天聖子さんがコクリと小首を傾げる。
ビシュズバッと腕を組んで唸っているが、気になる原因を上手く伝えられないようだ。
別にいつもと変わらない日常だというのに何が不満なんだろう。
「そうですか?」
俺は頭をガリガリボリボリボリと掻いてぼーっと天聖子さんを眺める。
一見人形かと勘違いするような整った顔。同性が嫉妬するようなスタイル。美人だな間違いなく。
「気のせいかもしれないけど、変な音がさっきから聞こえてくるんだけど」
「それが何かはわかりませんが、今日は擬音語について語ってみましょうか」
「また唐突ね。でも擬音語と言えば最近なうろう界隈でも話題になっていたわよね。擬音ばかりの小説があるとかないとか」
「ありましたね。今更ですがまず擬音について説明しましょうか」
「そうね。わかっているつもりでも理解してないことって結構あるからね」
小説にとってわかりやすさは最重要だ。
あえて難しい表現で一定以上の知識人以外お断りといった作風もあるにはあるが、ラノベでそんなことをしてもメリットはほとんどない。
「擬音というのは簡単に言えば、小説や漫画等で音を文字化したようなものですね。風がビュービューと吹く。ドタドタと走る。ぼうぼうと火が燃える等です。本来は映画やドラマで使われる、実際にある音を道具で作り出すことを指すようですが、小説で擬音と言うと前述の方となりますね。正確には擬音語ですが」
擬音語、別名オノマトペという。
「うんうん、そうよね。漫画って擬音がつきものだけど、小説ってそんなに擬音が多いものなの?」
「作風によるとしか言えませんね。なうろうでは他の媒体と違って擬音率は高めですが」
昔の名作小説にも擬音は当たり前だが登場する。
有名な擬音語といえば「風の又三郎」ではないだろうか。
『どっどど どどうど どどうど どどう』
擬音語というのは作家の個性が出るので、すべてが悪いというわけではない。大事な場面でうまい具合に使えば作品のいいスパイスになる。
……と偉そうなことを言ってみたが、俺がそれを使いこなせているかどうかは別の話だ。
「小説で擬音を多用するとメリットは軽く読める。デメリットは多用しすぎると子供が書いた文章に見えるということでしょうか」
「えっ、それはさすがに言いすぎじゃない?」
「限度を超えればの話ですよ。一例をあげるとすれば。――互いに剣を構え同時に踏み出す。相手は上段からの振りおろし、それに対して横薙ぎの斬撃をぶつける。何度も刀が激突し、いくつかの斬撃は互いの体を掠めるが致命傷には至らない――これもうまい文章ではありませんが、それは目を瞑ってください」
「状況は伝わるよね」
「ではこれを擬音語で表現すると――ざっざっ! ビュン、ガキン! キンキンキンキン! シュッ! シュッ! キンキンッ!――こんな感じでしょうか」
「不思議だけどそれなりに状況が伝わるのね」
天聖子さんが少し驚いている。
確かに擬音だけだというのに状況が伝わるというのは最大のメリットだろう。この表現方法なら書く方は文章力がいらず、読む方はさらっと読むことができる。
「そうですね。スピード感が出るので使い方によっては効果的なのですよ。それに軽い作風の場合はこっちの方があっている、とも言えます。内容がチートでハーレムなのに情景を見事に表現した、思わず息を呑むような文章が読みたいですか?」
「あー……微妙かも」
「特になうろうでは、軽いタッチのあっという間に読める文章を好む人が少なからずいます。需要と供給ですね」
実際に書籍化された人気作の中に擬音語たっぷりな作品は存在する。
漫画だって精密な絵もあれば、言い方は失礼だが素人から見て落書きのように見える絵の漫画だってある。でも後者が好きな人も確実に存在するのだ。
小説だって読者によって好む文章が違って何が悪いのか、という話になる。
「でもさ、ネットでは叩かれるでしょ。擬音ばっかりだと」
「目立ちますし、叩きやすいネタですからね。一見すると誰でも書ける文章に見えるので、それで金を稼いだり人気があったりすると、文句の一つも言いたくなるのですよ。『誰でも書けそうな文章で楽に金稼ぎやがって』ってね」
「なるほどね。真面目に頭をひねって文章を書いている人にしてみれば、ふざけんな! って言いたくもなるわよね」
俺もさすがに一ページの大半が擬音で埋まっている作品を見ると眉をひそめるが、これも好みの問題であって文字や文章は時代によって変化するもの。
今の時代、文章を書くというのは特別な行為ではない。
トゥイッター、SNSなどで簡潔とはいえ当たり前に文章を書く時代。
若者の文字離れなんて言葉を聞くが、数十年前より今の方が手書きではないが文章を書き読む機会は増えていると断言できる。
「でさ、結局先生はどう思っているの? 擬音賛成派、反対派?」
「先生はやめてくださいって。ですから、効果的に使用したり適度な運用であれば問題ないですよね派ですよ。それに私だって使用していますから。それを否定するのもおかしな話では」
なんだって度が過ぎれば目立つし叩かれる。
「でもさー、書いている人は何を思って書いているのかしら? 普通に考えたら叩かれるとか思わないの」
「意外と狙ってやっているのかもしれませんよ。普通に書けるのに話題性を見越してわざと擬音語を多用する。実際、そうやったことで人の目について騒がれたわけです。炎上でも人の話題になるのとならないのとでは、宣伝効果に雲泥の差がありますからね」
「うーん、結局アンチが増えるだけでメリットないんじゃ?」
「一概にはそうとも言えないのですよ。ここであのセリフを一応言っておきますね。この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。よっし、これで大丈夫です」
「いつものやつご苦労様です」
保険という名の魔法の言葉を呟いたので、これから何を言っても問題にはならない。
ここでの発言はあくまで物語のキャラが話しているものであって、作者の意図とは関係がないのである。
「アンチの人ってまともな小説があっても買わない人が大半なのですよ。ほら、一時期有名になった話あったじゃないですか。ネット上で〇〇〇〇様とか呼ばれるの」
「ヒロインキャラがみんな主人公を全面肯定して持ち上げまくるやつね。あれって書籍化したのよね」
「結構売り上げ好調らしいですよ。コミカライズもしていましたからね。ネットでは散々叩かれていましたけど、この結果です。実際、出版社側も文章がしっかりしているけど目立たない作品よりも、悪目立ちでも話題性があり個性のある作品を求める風潮があるのですよ。成功例もあるわけですし」
「うーん、なんかもやっとするわね」
天聖子さんの気持ちは理解できる。
でも出版社側は商売でやっているのだ。作者に問題があろうと、パクリ疑惑があろうと、炎上案件であろうと、売れる作品を書ける作者を求める。
お金を稼いでくれる作者が出版社の求める最高の作者なのだから。
「世知辛いわー」
「でもそれが商売ですよ。ただ、なうろうに投稿するだけなら、そんなこと考えなくていいんです。自分の書きたいものを書く。それでいいじゃないですか」
「作家ってもうちょっと夢のある商売だと思ってた」
「夢はありますよ。出版社によっては、ぱっとしない作者でも才能を見込んで仕事を回してくれますからね。それにこれは苦肉の策であって、自分の書きたい作品を書いてヒットしている作家もいます。本当に才能のある人は、自分の個性も出しながら世の中が求めるものに敏感なアンテナを常に張っているのではないでしょうか」
作品が売れているのにアンチが異常に多い作者が、なうろうには何人か存在する。
でもそれは読者や作者側からすればムカつく相手であっても、出版社からしてみれば大事な作家なのだ。
そもそも、有名でなければ大量のアンチなんて現れない。
「ただ、最近はネットでの作者の発言には注意している出版社は多いようですよ。特にトゥイッターとかはね」
「あ、あー、あの一件ね。そういやここで触れそうな話題だったのに、どうしたの」
「一度触れようかと思ったのですが、色々と危険だと判明しましたのでやめました。その話は止めましょう。この世界には触れるとただではすまない話題というのがいくつかあるのですよ……」
小説家を止めてもいい覚悟があるならネタにしたい話題だが、そこまでの危険を冒す気は今のところはない。
「結局、書きたいことを人の目を気にせず書き続けたいなら、プロにならないで投稿し続けるのが一番なのかな」
「まあそうでしょうね。でも、小説を書くなら書籍化したい、と思うのが当然じゃないですか。自分の作品にイラストがついて、本屋に並んだ時の嬉しさは他に例えようがありません。あの時の感動は一生忘れないと思いますよ」
内容に対して厳しい意見をもらっても、アンチに粘着されても、あの嬉しさに比べたらどうってことはない。
……すみません強がりました。結構堪えますので程々にお願いします。
「できることなら流行りを追うのではなく、流行を生み出す側になりたいのですが……」
「流行の元になった作品の作者かー。そういうのカッコイイわよね。あっ、どうしよう!」
天聖子さんがスマホを取り出すと、急に慌てだした。
今日は何か別件でもあったのだろうか。
「どうしましたか。急ぎの用があるなら行ってください」
「違うの! もうすぐこの話が終わりそうだけど、オチがないの! だから、なんかうまいこと言って締めくくって!」
いきなり何というメタ発言を。
この流れでの無茶振りか。
小説は起承転結の結が特に重要なのは言うまでもない。ここは知的な感じで締めるとしよう。
「世の中は常に変化してくものなのですよ。なので一概に何が悪い、何が良いと決めつけるのは危険なのです。あえて言うならば『擬音小説金の声 諸行無常の響きあり』といったところでしょうか」
「………………よくわかんない」




