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なうろう作家とメガミ様  作者: 昼熊


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獣人問題

「問題はヒロインの設定か。あー、獣人キャラが最近人気あるみたいだけどでもなぁ」


 小説を書く際に人気を取る方法の一つが『流行りに便乗する』というものだ。

 ……作家として当たり前の行為なのだが、どうにも抵抗がある。

 冷静に考えると、なうろう作品を考察して人気をゲットしようとするこの作品を完全否定する考えだが……それは、これはこれ。


「人気のためには流行りを取り入れる。わかっているけど、うーん」


 PCの前で腕を組んで考えこんでいると、エアコンから風が流れてくる音が耳に届く。

 集中できていないな。極限まで集中している時はどんな雑音も気にならないのに。


「ねえねえ、珍しく真面目な顔して何してんの?」


 そう、どんな雑音も耳に――


「おっ、そうやって小説書いていたら小説家みたい!」


 ディスプレイから視線を上げると、正面に天聖子さんが座っていた。

 何が面白いのか笑顔で俺を眺めている。こんなオッサンを至近距離で見ても楽しくないだろうに。


「一応、小説家なのですが」

「そういや、そうだったような。で、何を考えこんでいたの?」

「新たなヒロインをどうしようかと思いまして。どうせなら、今まで書いたことにないヒロイン設定にしようかと思ったのですが……」


 そこで口を噤んで視線を天井に向ける。

 やっぱり、納得いかないな。


「ん? シリアスな顔がすっごく似合わないよ?」

「それはすみませんね。いやね、ヒロインなのですが獣人にしてみないか? と提案されまして」

「提案って誰に?」

「まあ、書籍化すると色々とあったりするのですよ」

「それって出版社とか担当――」


 この物語はフィクションであり以下略。


「冗談はさておき、獣人ヒロインをオススメされたので獣人について調べていたのですよ」

「獣人? あー、動物の耳と尻尾が付いている人間ね」


 頭の上に両手を添えてぴょこぴょこと動かしている姿に、ちょっとかわいいと思ってしまった。


「そこなんですよ。私はそのなんちゃって獣人が苦手というか嫌いなんですよ」

「……どゆこと?」

「説明をする前に、天聖子さんはケモナーという言葉をご存知でしょうか?」

「獣人好きの人でしょ? 猫耳萌えーとか」


 さっきと同じように手で猫耳を表現して、可愛い子ぶった動きをしている。


「そう思いますよね。でもケモナーにも種類があるのですよ。どこまで獣要素を許容できるか。ケモ度を何段階まで受け入れられるか、その度合いによって派閥があるのです」

「あのー、そもそもケモ度って何?」


 小首を傾げる天聖子さんにわかりやすく説明するために、とあるサイトを開いて見せる。

 そこはケモナーの説明を簡潔な文章と絵で表記してくれているサイトだった。


「ケモ度というのは獣人の獣と人間の割合ですね。5段階評価で……例えばケモ度1だと耳と尻尾だけその獣の姿をした人間です」

「一番多いパターンよね。猫耳とかここでしょ」

「そうですね。ケモ度2になると腕や顔の一部が毛で覆われている感じでしょうか。3になると全身が体毛で覆われているけど、骨格は人間に近いですね」

「あーなるほど。獣っぽいけど妙な色気というか艶めかしさがあるわね」


 天聖子さんが絵を真剣に見つめて感心している。

 実際、この三段階ぐらいまで大丈夫という人も結構いるらしい。


「ケモ度4になると見た目は完全に動物なのですが、人間のように二足歩行しています」

「あー、ディ〇ニー映画のキャラみたい」

「そうですね。あれは4よりの3のような気もしますが、その認識でたぶん間違ってないかと」

「あれ? じゃあケモ度5はどうなるの」

「それはそのまんま獣の姿ですよ。それがケモ度5ですね」


 以前、獣人について調べていたら偶然この絵を見つけて、ケモ度という存在を知った。

 それから興味本位で少しだけ調べてみたのだが、なかなか興味深かったのを覚えている。


「へー、こういう世界もあるのね。で、これがどうしたの? さっきの似合わない真面目な顔と関係あるの?」

「似合わないは余計ですが、獣人をヒロインにするにしてもケモ度をどこに設定しようかと思いましてね」

「えっ、そこ悩むとこ? そんなの1でしょ。妥協しても2がいいとこよね。ほら、何年か前に流行ったじゃないの。なんちゃらパークとかいうの。あれってケモミミと尻尾が生えた獣人ばっかりで、どったんばったん大騒ぎだったんでしょ」


 確かに天聖子さんの言うことはごもっともだ。


「そうなんですよね。普通ならケモ度1を選ぶべきなのですが、私の作品に出てくる獣人は基本ケモ度4なのですよ」

「あ、あー、そういやそうね。でもさ、そこってこだわることないんじゃないの? 別にケモミミでいいじゃないの」

「それだったら、それこそケモミミのヘアバンドをしているコスプレでいいじゃないですか。例えば猫の獣人を出すとしますよね、猫の耳と尻尾があるだけの人間と、猫そのまんまだとどちらが可愛いか魅力的かなんて言うまでもないですよね! そう、猫は猫だからかわいいのです! 人間なんてオプションは不必要なのですよ!」

「あ、うん。でもそれって好みの問題だし、人それぞれじゃないかな……」


 俺が熱弁を振るっているというのに、天聖子さんは若干引いているように見える。どうやら説明不足だったか。


「まあ、百歩譲って猫獣人の見た目の要素は耳と尻尾だけにするとしましょう。でもね、こういう獣人設定って猫の要素ってジャンプ力と瞬発力があるとか、夜目が利く程度でしょ? ちゃんと猫の要素を入れるなら、一日の大半を寝ている。人の言うことは聞かない。ご飯の時と寝る時だけ寄ってくる。熱いものは食べられない。ぐらいの習性はアピールしてもらわないと」

「あっ、話し終わった?」


 床に寝ころびながらポテチを貪っていた天聖子さんが手を止めて、こっちを見ながら欠伸をする。

 くっ、天聖子さんも理解してくれないというのかっ!

 前に友人に話した時も微妙な反応だったから予想はしていたけど。


「ということでヒロインを猫そのまんまの姿に人間の服を着ている程度にしようと思うのですが、どうでしょうか?」

「……一部の人には人気出るんじゃないの。万人受けはしないと思うから、メインヒロインはやめようね」

「ぐぬぬぬぬ」


 やっぱりよくてもサブヒロインポジションか。

 意地でもメインに持ってくる方法としては異世界転移させられる時に、家で飼っていた猫も一緒に転移してしまうパターンか。

 こういう場合、動物がケモ度1で擬人化するのが一番多いパターンだが……一言申したい!

 猫は猫だからかわいいのであって、ケモ度4なら許せるが1や2は論外だと!

 まあ、結局は好みの問題だから強要や断言はよくないな、反省。

 ……前に異世界転生ネタでも話したが、個人的に安易な擬人化が嫌いなだけの話なのだ。

 同じ意見の人も結構いるが、数で言えばケモ度1や擬人化を求める読者の方が多いのは知っている。それが世の中の需要。

 なので、人気や売り上げを考えるならケモミミ程度で抑えた方がいい。

 しかーし、作品は愛だ! 作者の性癖もそっちよりならなんの問題はない。だが、自分の好みを抑えて我慢して創造したキャラは魅力が確実に薄まる。


「ねえ、ねえ、もう葛藤は終わった?」

「温かく見守ってくださり、ありがとうございます」


 天聖子さんが無駄に、女神のような慈悲を感じさせる穏やかな笑みを浮かべている。


「でもさ、獣人を出すなら習性を生かすってのは私も同意かな。語尾に安易にニャーをつけているだけのコスプレキャラはどうかと思うわ。せっかく獣人って題材なんだから、獣の特徴を生かさないでどうするのよね」

「ですよね。わかっていただけて嬉しいです」


 以前にタスマニアデビルの獣人を作品で出したことがあったが、もちろんタスマニアデビルについて調べてある。

 鳴き声に特徴があって、顎の力が強くかなりの大食漢。なので作品内では驚いた時に奇声を発する大食いキャラという設定だった。

 母体となった獣の特徴を生かすだけでキャラが立つので、むしろやらない方が損でもったいないと思うのだが。


「じゃあ、結局は猫耳コスプレとか嫌いなの?」

「好きですが、何か」

「えっ?」


 なんで驚いた顔をしているのだろうか。


「もしかして、誤解されていませんか。人間に猫の要素がプラスされるのですよ。そりゃ人としての魅力増し増しじゃないですか」

「……さっきの発言と矛盾してない?」

「何がですか。猫が人間になるのは魅力が薄まりますが、人間に猫の要素をプラスするのは魅力が増す。何も間違っていませんが」


 獣人というのは猫そのもので表現できるチャンスがあるというのに、無駄に人間要素を加えることで魅力が減っている。


「う、うーん、なんか偏っているわよね。ドン引きだわー」

「それはすみませんでした。やっぱり、自分の好みは抑えて需要の多い方を選ぶべきですかね。作者として」


 天聖子さんの相手はそこまでにして再びPCに向き直る。

 仕事に没頭して文字数も予定数を超えたので、ほっと一息ついて顔を上げるとかなりの時間が経過していた。


「あれ、天聖子さんは帰ったのですか。いつもなら備蓄のお菓子を食べ散らかしながら、勝手にうちの漫画や小説を読んでいるのに」


 夕飯には遅い時間帯だったので天聖子さんがやって来ることも考慮して、二人分を用意する。

 余ったら明日の朝食になるだけだ。

 焼きそばを多めに作って大皿二つに分けておく。


「一応ラップをしておくか」


 机の上を拭いて皿を置いたのだが、なんとなく天聖子さんが来る気がしたのでラップを掛けた皿の方も定位置に並べておく。

 あとは食べるだけとなったのでお茶をコップに注いでからしばらく待つ。

 ピンポーンと家のベルが鳴る。

 いつもは物音ひとつ立てずに室内に現れるのだが、たまにこうやってまともに家を訪れることがある。こういった時は何かしら企んでいるか疲れ切って頭が回っていないかのどちらかだ。


「さて、どっちかな。はーい、今開けますよー」


 扉を開けると天聖子さんがスーツ姿で立っていた。

 そこまではいい、そこまではいいんだが――なんで猫耳なんだ。

 上目遣いで猫っぽいポーズをしている。かなり恥ずかしいのか顔が真っ赤なのが、更に魅力を引き上げている。

 かなり酒臭いのは酔っぱらった勢いでやってしまったのだろう。今、絶賛後悔中っぽいな。


「…………」

「の、飲み会でもらった猫耳があったからつけてきてあげたのよ。感謝しなさい! ……な、なんか言いなさいよ」


 実はかなり動揺しているが、それは表に出さずに冷静さを心掛ける。

 一度、顔を逸らして深呼吸をしてから向き直った。


「正直、かなり好みですよ。素直に言えばドキッと――」

「ニャー、ニャー」


 俺の言葉を遮ったのは子猫の泣き声だった。

 思わず天聖子さんを脇にどけて、廊下に飛び出して辺りを見回す。

 野良猫が二匹並んで歩いていた。親猫と一緒の子猫か、かわいいなー。


「やっぱり、本物の猫はかわいいなぁ。見ていて癒される。そう思いますよね、天聖子さん」


 勢いよく振り返って同意を求めると、バンッと勢いよく扉が閉まりガチャリと鍵を閉められる。

 当然、俺は廊下に出たままで取り残された。


「あ、あのう、天聖子さん。鍵が……中に入れないんですが。もしもーし」


 インターホンを連打して訴えるが返事がない。

 扉をドンドンと叩くと、向こうから微かに声がする。


「大好きなケモ度5がいるじゃないの。ほら、ヒロインの参考になってもらいなさいよ。私はこの焼きそば二人前平らげておくから」

「ちょっ、ちょっと待ってください! 今日は昼飯抜いたので腹ペコなのですよ。だから、私の分は残して……ねえ、聞いてますか⁉」


 なんとか機嫌が直ったのは三十分後だった。もちろん、俺の分は食べつくされていた。

 腹いせに作品の新ヒロインを猫に嫉妬して猫耳をつける大食いキャラにしたら、結構人気が出た。ほんの少しだけ天聖子さんに感謝するとしよう。


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