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なうろう作家とメガミ様  作者: 昼熊


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社会経験と若さ

 目覚めると共にパソコンを起動する。

 起きてすぐにパソコンをするのは良くないと、どこかで見た気がするが今更だな。


「あれ、トゥイッターにダイレクトメールが来ているな。知らない人だけど何だろう?」


 見知らぬ名前のメールが届いていたので開いてみると、ファンらしき人から作家についての質問が書いてあった。


『初めまして。新作楽しみにしています。唐突で申し訳ありませんが、先生に一つ作家としてアドバイスをいただけたらと思いメールをしました。私は働いたことが一度もなくて社会経験がありません。やはり、一度社会に出て学び経験を活かした方が良い作品を書けるのでしょうか?』


 小説についてのアドバイスを求められたことはあるが、この質問は初めてだ。

 メールを送ってきたのは高校生のようだが、就職するか小説家を目指して勉強をするか悩んでいるのか。


「うーん、自分の意見でこの子の人生を左右するのは重すぎる。ここは申し訳ないが、見なかったことにして――」

「ねえ、ねえ、なんて答えるの? 就職が嫌だからって理由を付けて逃げてんじゃねえよ! って返すの?」

「……それが真実だとしても、正論は時に暴言よりも人を傷つけるのですよ」


 俺の肩に顎を乗せてディスプレイを覗き込んでいる天聖子さんがいる。

 頬が触れあっているが、これっぽっちも気にしていないようだ。

 基本は夜に出没する天聖子さんだが、稀に朝もやって来る時がある。今のように。


「夜も朝も現れますが、仕事は大丈夫なんですか?」

「ほらあれよ。天界と地上は時間の流れが異なる、って定番の設定あるでしょ」


 確かにそういう設定は何度も見たことがある。

 最近は天聖子さんが図々しい友人にしか思えなくなっているが、一応は女神候補という設定だったような?


「ねえ、なんで訝しげにこっち見てんの?」

「いえ、別に」


 俺がとぼけたのが気に食わないのか、膨らました頬で顔を押してくる。

 不満顔の天聖子さんが肩から顎を離すと、髪の毛をかき上げてから押し入れに向かう。

 そして、自分のクッションを取り出すとコタツを挟んだ対面に座る。


「さっきの返信してあげないの?」

「ええ。小説のアドバイス程度ならいいのですが、人生を左右する選択に口は出せませんよ」

「そっかー。なら、もし答えるならどう返事するつもりだった?」


 難しい質問だ。

 ここは素直な意見を伝えるか。


「社会に出ることで作品の幅が広がり、経験を作品に活かせるのも否定はしません。社会に出ると理不尽なことも経験しますし、多くの人と触れ合うことになります。それは学生では絶対に知ることの出来ない世界ですからね」

「うんうん、そうよね。学生が書いた小説って、ちょっとした会話文にも若さが見えるよね」


 偉そうなことを言う気はないのだが、若者同士の会話は問題ないのに大人のキャラに違和感を覚える作品がある。

 どこかで見覚えのある会話文ばかりで、そこに生き物としての個性をあまり感じられない。


「経験を作品に生かすことでリアリティーを感じさせる。……でも、それが良いというわけでもないのですよ」

「えっ、どうして?」

「実体験を基にした生々しい表現を読者が好むとは限らないからですよ」


 俺はパソコンの横に置いてあったペットボトルの蓋を開けて、お茶を一口飲む。


「例えば逆境物の作品を書くとして、主人公が凄惨ないじめにあう場面があったとします。それを実際に作者が、その身に受けた酷い体験を生々しく描写したとして読みたいですか?」

「う、うーん」


 天聖子さんは腕を組んで唸り考え込んでいる。


「部下いびりが趣味な上司の心を折りにくる罵詈雑言の嵐を読みたいですか?」

「読みたいかどうかは微妙だけど、嫌な敵キャラって大事じゃない。そういう人って皆に嫌われているだろうから、理想的な敵キャラにならない?」

「そういう使い方ならありかもしれませんね。でも、本当に人の醜い部分をむき出しにした精神を削ってくるキャラって、定番の悪役よりもきついんです。捕まえて人質。もしくは暴行虐待。なんてありきたりな展開よりも、本気で人の傷つくポイントを攻撃してくる人は、それを文章に起こすと読者の心に悪い意味で突き刺さりますよ」


 あと作風の問題もある。復讐物であれば悪役が外道であればあるほど、それを覆した時の快感が大きくなり、主人公がやり返す時の大義名分になる。

 だけど、ハーレムで俺tueee系の敵にそんな描写を求めている人は極わずかだ。ギャグやコメディータッチの作品ならそんなキャラは不要だろう。


「あれですね、内政系や商売関係の作品を書きたいのなら社会経験はやっておいて損はないと思いますよ。でも必須ではないです、想像力でも補えます」

「えー、経験してないと書けなくない?」

「私は異世界に行ったこともありませんし、武器を振り回したことも防具を身に着けた事もありませんが、異世界系の小説を書きましたよ」

「た、確かに……」


 結論としてはどっちでもいい、ということになってしまう。


「これで終わっては話として成り立たないので、私が小説家になって感じた社会人を経験しておくことのメリットにも触れておきましょうか」

「聞かせて、聞かせて」


 なんで天聖子さんはこんなに乗り気なんだろうか。

 いつの間にか自分用のコップにジュースをなみなみと注いで、買い置きしていたお得サイズのポテチを食べながら身を乗り出している。


「その一。書籍化の打診を受けた際に受け答えを、さほど緊張せずにできる」

「……それって誰だってできない?」

「いえいえ。学生だとそういったノウハウが身についていない場合があるのですよ。そりゃそうですよね。私だって高校時代にそんな知識があったかと問われたらNOですから。入社試験の面接もどれだけ緊張したか」


 社会人にも内向的な人はいるが、それでも働いていれば最低限のやり取りは身につくものだ。

 初体験と経験済みの差はかなり大きい。


「その二。好きなことをして金を稼げる幸せを実感できる」

「あー、それはなんとなく分かるかも」


 これは天聖子さんも思い当たる節があったようで、何度も頷いている。


「やりたい業種につけて毎日が充実している人は別ですよ? 大抵の人は自分のやりたかった仕事で金を稼ぐのは難しいです。少なくとも私はそうでした。ですが自分のやりたいことで収入を得られた時の嬉しさ……。これは社会人を一度経験しなければ決して味わえません!」


 拳を握りしめ強い口調で語る。

 残業に明け暮れ、上司に嫌味を毎日言われ、自分を殺してストレスをためて得られた薄給。

 それに比べ、自分の書きたい小説で人を楽しませて得た印税。どちらが嬉しいかなんて語る必要もない。


「その三。人に頼まれて仕事ができる」

「先生、よく分からないです」


 びしっと手を上げて質問するのはいいが、机の上に手についていたポテチの破片が飛び散っている。

 後で天聖子さんに掃除させよう。


「どんな仕事でも初めは下っ端なので、指示や命令をされて働きますよね」

「そりゃそうよね」

「なうろうに投稿して書籍化された場合は、出版社から出版させて欲しいと頼まれるのですよ! サラリーマン時代に上司や取引先に頭を下げ、自営業の頃は元請けに媚び、たまに元請けが仕事を依頼する時は、上から目線で断ることを許さない態度でしたからね! そこに選択肢などあり得ません!」


 熱弁を振るうと天聖子さんが困った顔をしている。

 どうやら熱が入りすぎたようだ。


「失礼しました。少々取り乱してしまったようです」

「それはいいんだけど……。この話を聞いたら社会人経験なしに若くしてデビューする意味がない気がするんだけど」


 そう思ったのか。今は良いところを無理やり絞り出しただけに過ぎない。

 どんなことでもメリットを探せば意外と見つかるものだから。


「では若くして小説家になる利点の方を。その一、若い感性。これは言うまでもなく、若いと発想力や勢いが年配とは違いますからね。妄想力は中高生ぐらいが一番優れているのではないでしょうか。少なくとも私はそうでした。私は若い頃に鍛えに鍛えた妄想力。貯めに貯め込んだ妄想を吐き出していますが」

「学生時代に妄想してそうな顔しているもんね」

「どんな顔ですか……」


 そう言うと天聖子さんが手鏡を出して俺の顔を映してくれた。

 無精ひげで眠たそうな目の男がいる。……これが日夜、妄想してそうな顔かっ。

 仮にも女性がいるのだから髭ぐらいはこまめに剃っておくべきだろうか。


「久しぶりにまじまじと自分の顔を見た気がします。これは酷い」

「そう? 私は嫌いじゃないわよ。作家っぽくていいじゃないの」


 ニヤリと楽しそうに笑う天聖子さんの顔をまじまじと見つめてしまう。

 そういう意味ではないと分かっているのだが、一瞬だけドキリとした。

 こういうことをさらっと言えるのは凄い。俺なんてそう思っていたとしても恥ずかしくて口にできない。

 天聖子さんは平然と……よく見ると若干頬が赤い。少しだけ恥ずかしかったのか。


「話を戻しますね。あとは学生デビューだと話題性があり宣伝効果があります。僻みの対象にもなりますが話題にもなります」

「中高年デビュー! よりも 中高生がデビュー! の方が確かに目につくわね」

「ちょうど今だと将棋の彼が若くして強さを発揮して話題になっていますが、あれが二十代半ばぐらいだったら、こんなにももてはやされていません。若いというのはそれだけで宣伝効果抜群の売りになるのですよ。出版社もそれは分かっていますからね」


 なので、他作品と比べて一歩二歩劣る作品であっても高校生であれば出版へのハードルは下がる。それは将来性を期待している場合もあるので、どちらにしても若さ故の特権だろう。

 もちろん、若くして一流作家なみに才能があふれる天才だっているのも確かだが。

 個人的な意見だが、中学生以下でなうろうに投稿しているのであれば、自分が若いことを利用……アピールした方が人気は出ると思う。

 ただし、相手が若いと分かると見下す連中が絡んでくるのも覚悟しなければならない。諸刃の剣なので注意は必要だ。


「あとは若い人に受ける要素を自然に書くことができる。我々だって若い頃を思い出せば書けますが、やはり時代が古いのですよ。今の学生を一番知るのは現役ですから」

「そりゃそうよね。若者設定が無理ある作品って結構あるし」

「でも、それも転生して若返った設定だったら、中身がオッサンなので何の問題もなかったりします」


 言ってしまえば、投稿サイトなうろうでは問題がなかったりする。

 転生した人間は中身が大体中高年なので言動がオッサン臭くて当たり前だ。現地人の若者だったとしても、日本とは違うので無理に現代風にする必要はない。

 むしろ、この要素は学園物を書く際に有利だろう。

 ただ、学園を舞台にした作品でも読者が学生でなければ、そこまでリアルな学園生活の描写は求めていない。

 つまり、矛盾があろうが時代考証がおかしかろうが読者が納得すればいいのだ。


「でさ、結局若い学生デビューの方がいいの? 社会人経験してからの方がいいの?」

「どっちでもいいのでは。どちらもメリットとデメリットが存在します。個人的な意見を言わせてもらえば社会を経験してから書籍化して出版すると、若い頃よりも嬉しいのではないでしょうか」


 人に称賛され書籍化になり感想を貰う。

 社会人として疲れ切った心にこの喜びはヤバい。中毒性と快感が健全な麻薬と言っていいほどに作者を魅了する。


「でもさ、思ったんだけど。さっき言っていた社会人デビューのメリットの幾つかがブラック企業に勤めてないと意味なくない? 健全で楽しい職場環境ならその喜びも薄れるような」

「えっ、何を言っているのですか? 楽しい職場や健全な職場環境なんて存在するわけないですよ。あんなの都市伝説に過ぎません」


 俺が正論を返すと何故か天聖子さんが怯えたような目になり、頬がぴくぴくと痙攣し始めた。


「ね、ねえ、目が怖いんだけど。目の光消えてるわよ……」

「はっはっは。私はいつも通りですよ」

「あ、うん。あれね、今回のお話は若さへの嫉妬も含めてフィクションであり、実際の登場人物団体名、ヌーンベアーは存在しません」


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