新戦略
「新作が書籍化なんだってね、おめでとうー!」
少し早めに設置しておいたコタツに足を突っ込んだまま、天聖子さんが振り返った。
コンビニに飲み物を買いに行った数分の間に部屋に入り込んだのか。
彼女に関しては防犯が何の意味も無いことを理解しているので、驚くことなく冷蔵庫に炭酸飲料を入れる。
「ありがとうございます。今回は新たな方法を模索しながら作品を完成させたので、結果が出てほっとしていますよ」
天聖子さんの好きなオレンジ炭酸飲料を手渡して対面に座る。
コタツの上にはお菓子が幾つか置かれているが、それは全て我が家の備蓄だ。
殆どが彼女の為に購入しておいた物なので文句はないのだが。
「あからさまに今までと違う作風だもんね。じゃあ、今回はどんな戦略で書籍化を勝ち取ったか教えてよ、先生!」
「先生はやめてください。うーん、もったいぶるような内容ではないので話すのは構いませんが、一歩間違えると自慢と嫌味にとられませんか?」
「そんなの気にしないって。読者も気にしてないわよ。どうせならドヤ顔で上から目線で語ったらいいんじゃないかな」
「実力を勘違いした作家が炎上する案件ですよね。……まあ、うちの読者なら何を言っても察してくれるでしょうけど。それにこれはフィクションですからね」
そう、ここでの話は真実ではないのだから。
あくまで『なうろう』という架空の小説投稿サイトでの話。
「まず、書籍化を得た作品を書くまでに幾つか短編を書いてみたのですよ。様々なジャンルで好き勝手に。その中で一番ポイントが高かったのがこの作品です」
「あー、童話から推理やホラーまで手を出していたよね」
「ええ、結構楽しく書かせてもらいました。幾つかの短編の中で最もポイントが高く連載化の要望も多かったので、これは連載すれば確実に受けると判断したわけです」
二番目にポイントが高かった作品の三倍以上をはじき出したので、これは人気が出るという確信があった。
「でもさ、内容が『なうろう』らしくないよね。一話完結だし」
「その点は少し珍しいかもしれませんね。ただ『なうろう』受けするポイントは押さえているのですよ」
ノートパソコンを起動させて、今作のプロットを天聖子さんに見せた。
「まず主人公はスキルを奪う能力があるという、定番中の定番の能力者です」
「あーそっか、言われてみれば強奪系なんだ。人が鍛え上げた能力を奪ってドヤ顔する、外道主人公の得意技」
苦々しげに顔を歪めて吐き捨てるように口にする。
天聖子さんは強奪系に嫌な思い出でもあるのだろうか。
「それは若干言い過ぎですが、そういう感想を抱く読者も少なからずいるようです。なので強奪系の主人公にするのであれば、読者に嫌われない理由付けが欲しかったのですよ」
個人的にも初めから強いチートキャラや楽して強くなる系より、強奪系の方が苦手だったりする。完全に好みの問題なのだが。
「そこで奪うにも条件を付けて、それだけではなくスキルを相手に渡せる能力はどうかと考えたわけです」
「ふむふむ。だからあんなスキルを思いついたのね」
「ええ、主人公は『売買』というスキルが使えますが、これは相手の合意がなければ使えません」
こうすることで問答無用でスキルを奪えず、同意のもとでの受け渡しとなる。
それに対価も支払われるので主人公が嫌われることもない……のではないかという発想だ。
「回収屋ってネーミングもいいよね。あれは何で思いついたの?」
「あ、あー、そこですか。ええとですね、プロットを書いている最中に外を通ったのですよ……廃品回収車が」
「はい?」
頭の上に?が出ていそうな顔をして、天聖子さんが首を傾げている。
「ですから、廃品回収車が通っていたのですよ。『ご家庭で不要になった家具や家電を、無料で回収にうかがっております』って」
あれを聞いて頭の中で歯車がかみ合い、プロットが完成したと言ってもいい。
「だから回収屋なの? 何がヒントになるか分かんないのね……」
「どれだけ考えも案が浮かばない時もあれば、ちょっとしたきっかけで妙案が浮かんだりするものですよ。あとは今までの下地があったのが大きかったです。私の作品にはスキルやそれと似た能力が出てきますよね」
「うんうん、多いよね」
名称を変えている場合もがあるが内容はスキルと似た能力を多用してきたので、幾つものスキルを直ぐに思い付き作品に活かせた。
閃きと積み重ねが生んだ作品だと言ってもいいだろう。
「更に一話完結の強みです」
「強み?」
指先に円錐形のお菓子を被せた状態で質問するのはやめて欲しい。
会話中に袋菓子を既に二つ食べきっているな。
「『なうろう』に投稿する場合、ポイントを稼ぐのに最も有効な手段は毎日投稿です。それで読者に読むことを習慣づけるわけです。ですが毎日投稿なんて普通は続けられません」
「そうよね。誰かさんは自販機転生で、ほぼ半年近く毎日投稿していたけど」
「奇特な人もいたものですね。投稿が不規則で間隔が空くと読者が前の話を忘れている場合もあります。ですが、一話完結方式であれば投稿が週一であっても、読者は違和感なく新作を読むことが可能となるのですよ」
「あー、それは分かるわ。連載を追っている作品でも久しぶりに更新されたら前までのストーリー忘れていて、読み直すのが面倒で読まなくなった作品が幾つかあるもの」
何かしらの理由があって連載を追えなくなって、一か月後に続きを読むとしても一話完結であればスムーズに頭に入ってくる。
そこを狙ったのだが。
「そうなると、これからはもっと一話完結方式の作品が出てくるかもしれないわね」
「今までにもあるにはあるのですが、私が目にした一話完結は料理系が多かったですよ。作品との相性がいいのでしょうね」
「そう言えば、珍しく料理系の小説書いてなかった?」
すっと天聖子さんから目を逸らして大きく息を吐く。
その話題に触れてきたか。
「な、何よ、その反応は」
「ご指摘の通り、流行りに便乗して料理系を書いたのですよ。このブームに乗るしかない!と。ですがポイントの伸びが悪くて……」
「そうなんだ。料理系を書いておけばある程度は人気が出るようなイメージがあるわ」
「人気作を取り込みアレンジする能力に長けた人なら、ある程度はポイントが稼げるかもしれません。ですが私の作風とは合わなかったようです。いっそのことキッチンに転生をさせた方が受けたかもしれませんよ」
こればかりは才能と作風の問題だと思う。
個人的には結構面白く書けたと思ったのだが、読者に受けなかったのは問題点があったということだ。
あと料理系は面倒なことが多い。料理についてはある程度知識がある人が多いので、ちょっとでも自分の知識と異なる内容だった時のツッコミが激しい激しい。
内容が正しい正しくないではなく自分の知識とは違う。というのがポイントだったりする。思い込み怖いです。
「って、また話が逸れましたね、戻しますよ。と言っても話すことはもうないですね。簡単にまとめると、主人公に嫌われない強奪系の能力を付けた一話完結方式。それが今回の作品です」
「なうろうに受ける内容でありながら、自分の個性と言うか作風を貫いたって感じよね」
「そんな大袈裟なものではありませんよ。前から一話完結というか連作短編を書いてみたいと思っていましたので」
尊敬している作家の短編集に憧れていたのも大きい。
それに短編方式だと、その話が面白くなかったとしても次の話で取り戻せるというメリットがある。
五話連続で面白くて六話目が面白くなくても読者が逃げる確率は低い。七話目に期待してもらえるからだ。
挽回ができるのが一話完結の良さの一つだと思う。
それに書籍化した際には、人気のなかった話はなかったことにするのもありかなと……。これは言う必要はないか。
「話を聞いていると、一話完結の方が何かとお得じゃない? 何でみんなやらないの」
「長編方式の方が圧倒的に楽だからですよ」
「楽? なんで?」
「短編は一話ごとに新たな物語が必要となり、起承転結を考えなければいけません。長編なら長々と引き延ばせる話でも一話で完結させないといけない。その労力は長編の比じゃないです」
特にオチが毎回頭を悩ませてくれる。
そこが曖昧になると作品の評価が格段に落ちてしまう。
「今までなら一話書き上げるのに調子がいい時は一日で済んでいたのが、オチを考えるのに更に二日必要となりましたからね。だから正直な話、同じように一話完結で連載しようと考えている人がいるなら……おすすめはしません」
「それは、面倒ね」
「漫画雑誌で一話完結の毎週連載している漫画家さんを、尊敬するようにまでなりましたよ……」
週刊連載をしている漫画家さんの最近の話は面白くないなー。とか思ってすみません。と謝りたくなった。
俺の説明を聞いて満足したのか、それとも菓子で腹が膨れたのか、コタツに上半身を預けて今にも眠りそうな天聖子さんがいる。
「寝るなら自宅へ帰ってくださいよ」
「えー、面倒だから今日は泊るぅ」
「そ、それは」
何を言っているんだ、この女神様は。
神と人という関係だがそれ以前に男女が同じ部屋で一晩共にするのはなしだろ。
部屋が幾つもあればまだいいが、ここは1LDK。
「ラノベ書いているんだから、主人公みたいに気のきいたセリフ言いなさいよぉ」
あっ、動揺している俺を見てニヤニヤしてやがる。
くそっ、これを狙ってからかいやがったな。
じゃあ、ご要望に応えようじゃないか。ラノベの主人公らしく。
「布団敷きますから、俺はここで寝ます。天聖子さんは風呂場で寝てください」
「えっ、逆よね⁉」




