人気の出るヒロインを考えてみよう
「ぷはああああっ。男にモテる女ってどんなだと思う?」
風呂上がりに缶ビールを一気に飲み干し、ウサギの着ぐるみのような寝間着を装着した天聖子さんが何か言っている。
酒は滅多に飲まないのでアルコール類を買った覚えはないのに、常にうちの冷蔵庫にはチューハイとビールが入っていたりするのだが、誰の仕業かは言うまでもない。
最近食後になんの躊躇いもなく風呂に入って、こたつでくつろいでいるな。それを受け入れている自分にも呆れるが、天聖子さんが何を考えているのかはわからない。
「モテる女ですか……婚活にでも失敗しましたか?」
「ふっ、私は天界でモテモテよ! 合コンにも頻繁に呼ばれるからね。私がいると場が盛り上がるから、合コンには欠かせないって言われたもん!」
それは盛り上げ役で呼ばれているだけであって、モテているとはまた別だよな。天聖子さんは人懐っこくて話しやすい雰囲気があるから、場に一人は欲しいタイプだというのは理解できる。
「じゃあ、どうして男にモテる女とか言い出したんです?」
「それは、なうろうでの理想的なヒロインを考えていたからよ」
「そういうことですか。理想的なヒロイン像となると話が変わってきますね」
「あれでしょ、馬鹿みたいに簡単に主人公に惚れたらいいんでしょ」
暴論ではあるけど強く否定できない自分がいる。
「まあ、多いですけどね、実際」
「あれっておかしくない? 例えば盗賊に襲われているところを助けられた。命の恩人で感謝するってのはわかるけどさ、なんで簡単に惚れるの?」
「ほら、吊り橋効果とかあるじゃないですか。窮地で動揺して心臓の鼓動が早くなっているのと、恋愛でドキドキする感覚が似ていて恋と脳が錯覚すると聞いたことがありますよ。それに命を助けてもらえば、頼りがいのある男性だと思われ好感度は高くなるでしょうし」
「だってさ。異世界って魔物がそこら中にいて、馬車で移動する際は冒険者を雇うってのが定番よね。じゃあ、護衛に何度も命を救われたりしているわけじゃないの。そこで護衛に惚れたりしないの?」
「……ほら、そこは仕事ですし、死を感じる前に退治してもらっているわけですから。とことんまで追い詰められているのとは違うのでは?」
俺の説明に納得がいかないのか、腕を組んで「うーん」と唸っている。
その疑問は俺も抱いたことがあるので、言いたいことはわかるのだけどね。
「じゃあ、店の経営を救ってもらったとかで惚れるのは?」
「異世界では生きることに必死なので、自分の生活を守ってくれる人に惚れるのでは。それは現代社会でもあり得ることだと思いますよ」
「そうかなぁ、そんなに惚れっぽい子いるかなぁ。確かにさ、ちょっといいかなと思うことはあるけど、相手がイケメンでもない限り、そこから積極的になって相手を落とそう! と考えが直結したりはしないわよ。そういう子もいるけど、それはほんのごく一部だからね。それにさ、異世界に送られる人って基本的に中ぐらいか中の下って設定が多いから、イケメンでもない男に助けられて簡単に惚れるかなぁ」
「……異世界の女性は惚れやすい体質なのですよ、きっと」
自分でも言っていることに無理があると思う。
「ちょっと真面目に考えると、日本よりも死が近いシビアな世界に住んでいるので、頼れる男性に惚れやすい土壌が出来上がっているのかもしれません。日本みたいに恋愛を楽しむのではなく、自分の命に関わることなので」
「完全には納得いかないけど、まあいいわ。この話題は前もした気がするし……って、ヒロインが惚れることじゃなくて、モテるヒロインを考えていたんだった。ええと、男性が好むヒロイン像ってどんなの?」
また大雑把な質問だな。さて、どう答えるべきか。
「人の好みは千差万別なので完璧なヒロインを構築するのは不可能ですが、一般的に好まれるヒロインを独自の偏見で考えてみますね。あくまで自分の考えであって、これが正しいという保証はどこにもありませんので、ご注意ください」
「いつものセリフ終わった?」
頬杖を突いてミカンを頬張りながら、天聖子さんがこっちを見ている。
こういう注意事項を口にしておかないと噛みついてくる人がいるので、一応伝えておかないとな。
「では、まず一番大切なのは主人公だけが好きで裏切らないということです」
「まあ、それは誰だってそうよね。自分だけを好きになって欲しいと思うし」
「はい、そうですね。ですが、この場合そんな基本的なことではなく、絶対に裏切らない女性というのがポイントです。他にいい男が現れても見向きもせず、自分だけを好きでいる。その心が少しでも揺れたら罵倒が読者から飛んできます!」
「ね、ねえ、何か嫌な経験したことあるの? えと、みかん食べる?」
心配そうに俺を見つめ、気を使って剥いたみかんを差し出してくれている。
無意識で拳を握りしめ、熱く語っていたようだ。
「ありがとうございます。まあ、数年投稿しているとそういう経験もしますよ。っと、話が脱線してしまいました。主人公だけを好きでい続けるヒロイン設定を考える場合、天聖子さんはどうすればいいと思います?」
「う、うーん、恋愛経験が乏しいとか、一途なキャラにするとか……」
「それもありなのですが、もっと確実に裏切らずに自分だけを好きでいてくれるヒロインを作り上げることが可能なのですよ」
「えっ、そうなの! それ、教えて、教えて!」
かなりの食いつきだ。今から話すことは結構自信があるので、天聖子さんの力になってくれる貴重な情報となるはずだ。
「それはですね……奴隷ですよ」
「奴隷? そういや、前も奴隷ヒロインがどうとか言っていたような……?」
頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいそうな顔で首を傾げている。ピンとこなかったのか。もう少し詳しい説明が必要かな。
「ヒロインが奴隷だと生活は最底辺で、そこから救い出してくれた主人公に惚れるという設定もすんなり受け入れられるのですよ」
「あー、魔物から助けられてベタ惚れするよりかは説得力あるかも」
「尚且つ、奴隷の契約魔法や魔道具という設定で、絶対に裏切れない状態にすることができます。これで精神的にも肉体的にも主人公に従わなければならない存在が完成します。このことにより読者は、このヒロインは絶対に裏切らない子だと認識して安心するわけです」
「……うわぁ、ゲスいぃぃ」
蔑んだ目でこっちを見るのはやめてほしい。俺の物語には一人たりとも奴隷ヒロインは存在していないのに。
まあ、この答えにたどり着いたときに奴隷ヒロイン出そうかと考えたことは何度もあるし、今後出てこないとは断言しないけど。
「うんと、奴隷出身のヒロインが多い理由は納得できたわ。でもさ、なんでそこまでして束縛しないといけないの?」
「それは安心感が欲しいのと、女性に対しての不信感があるからじゃないでしょうか。最近は離婚率も高いですし、浮気や不倫の話なんてそこら中で耳にします。実際に裏切りを経験された読者もいらっしゃるかもしれません。……それにネットをしていると嫌な情報が自然と飛び込んできますからね。せめて創作物の中だけでも安心して好きになれるヒロインがいてほしいという願望なのかもしれません」
これは男性が女性に抱く感想だけではなく、もちろんこれは男女問わず、女性が男性に対して同じことを思ったりもするだろう。
徐々に自分のいいところを知ってもらい、時間をかけて相思相愛になって幸せな日々を過ごしていたところで、彼女が他の男を好きになり、あっさりと振られる。
これが一番堪える流れだろう。たまにそういうシチュエーションを好む人もいるが、それは少数なのでここでは省かせてもらう。
だから真逆の簡単に自分だけにベタ惚れして、絶対に裏切らない。そういうキャラが好まれるのではないかと考えている。
「つまり、自信がないってこと? 自分に?」
「うーん、ほら、主人公がモテる理由がわからないと天聖子さんが言っていたじゃないですか。読者も簡単に惚れるヒロインたちに対し、なんでこんな主人公に惚れてんだ? と心のどこかで疑問に思っているのかもしれません。物語でヒロインが寝取られる展開なんて見たくもないので、安心して読書を続けるために、奴隷契約で裏切らないという保険が欲しいのかもしれませんね」
「なるほど」
「勝手な考察による憶測ですから、そんなに真剣に受け取らないでください」
これはあくまで個人的な考えなので、実際はどうなのかわからない。それは読者に直接聞いてみないと答えは出ないだろう。
「じゃあ、理想的なヒロインを考える場合、奴隷ヒロインがベストってこと?」
「どうでしょうね。最近は奴隷ヒロイン減ってきてますから。一時期は人気作には奴隷ヒロインをよく見かけましたけど。つまり、奴隷じゃなくても主人公が惚れられて、裏切らないようなキャラを構築すれば人気が出るのではないでしょうか。少なくとも嫌われるヒロインにはならないと思いますよ」
別に奴隷でなくても主人公に惚れる理由がはっきりしていて、裏切らないタイプのヒロインなら大丈夫だと思う。
「あのさ、こう言ったらなんだけど……ヒロインを考えるよりも、ずっと好かれるような主人公を作ればいいんじゃないの? 誰もがこの主人公なら一途に惚れられて納得だと思えるような」
ここで正論がきたか。
「天聖子さん、それが一番難しいのですよ。魅力的な主人公を考えるというのは難易度が高い。実際の恋愛経験がないと、どんなヒロインからも本気で惚れられる矛盾のない主人公を考えるのは難しいと思いますよ。あと、清廉潔白で誰からも好かれる完璧な主人公なんて、物語としては面白くなかったりしますからね。欠点がある方が物語に起伏をもたせることができます」
「つまり、ヒロインを惚れやすく従順にさせる方が楽なのね」
「身も蓋もありませんが、そうです」
天聖子さんの顔が面白いことになっている。眉間にしわが寄り、口が何故かタコのようにとんがっている。納得する心と反論したい心が争っているのかもしれないな。
「あれ、そういや奴隷ヒロイン出てなかったわよね、貴方の作品」
「ええ、そうですね」
「それってつまり、自分は恋愛豊富で誰からも好かれる主人公を考えることができる。童貞恋愛未経験な作者とはレベルが違うんだよ、って自慢?」
とんでもないことを口にしやがったぞ。いや、これまでの説明だとそう誤解される可能性はあるのか。ここはちゃんとフォローしておくか……でもなぁ、これを話すと……まあ、いいか。
「俺の見た目と生活と女っ気の無さを見て、本気でそう思いますか?」
「思わないわね!」
即答で断言しやがった。
「じゃあ、自分はどうやって主人公やヒロイン考えたりするのよ」
「これはとっておきの秘策なのですが、仕方ないですね。お教えしましょう。ただ、本当に特殊で真似ても無駄かもしれませんが、そこはご了承ください」
「なんでもいいから、早く、早く」
今までで一番興奮しているぞ。そんなに急かさなくてもちゃんと教えるよ。
「ネットで不倫掲示板や浮気した人の体験談に目を通します。体験談を告白する人に対して罵倒している人の意見にも目を通します。そして、自分が嫌悪感を抱いた浮気した人の性格や、その行動を参考にするのですよ」
「それって……ゲスな主人公とヒロインが出来上がるだけじゃ」
「ああ、違います、違いますよ。それと真逆のキャラを作るのです。浮気する人の言い訳は、寂しいからとか、あなたが構ってくれなかったからとか、間男の方が魅力あったから。というのが定番です。ほら、これを真逆にすると……」
「はっ!? 寂しくても、かまってくれなくても、魅力的な男性が新たに現れても、ずっと主人公を一途に好きでい続けるヒロイン……」
「ねっ。浮気する人の考えって理想のヒロインを構築するのにとても参考になるのですよ」
「えっ、うん、そうね。ああ、うん」
納得はしてくれたようだが、心の整理がつかないようだ。みかんをこたつの上で転がしながら、考え込んでいる。
「ちなみに、あんたが好きな女性のタイプってどんなの?」
これが頬を赤らめながら口にしたら、ラブコメでありがちなシチュエーションなのだが、純粋な興味本位で質問したようだ。平然とみかんを剥きながらこっちを見ずに言っている。
「そうですね。私のことを好きになってくれる物好きな相手なら、誰でも歓迎しますよ」
「じゃあ、一生現れないわね! そんな物好き!」
失礼な。満面の笑みを浮かべて言い切りやがったぞ。
だが、言い返せない自分がいる。元から捻くれていた性格が、小説を書くことによって取り返しのつかない捻りが更に加えられてしまい、もう誰も解くことはできない状態だ。
「一生独身は覚悟の上ですよ」
「まあ、安心しなさい。独身の間は私がこうやって遊びに来てあげるから」
「じゃあ、一生の付き合いになりそうですね」
「かもね!」
なんで、そんなに嬉しそうな顔をしているのだろうか、天聖子さんは。
実際、作中内の方法でキャラを作ったことがあります。どのヒロインかは秘密ですが。




