表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なうろう作家とメガミ様  作者: 昼熊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/39

エタる テンプレ

「はぁぁぁ、風呂はいい。人が生み出した最高の贅沢だよ」


 1LDKのけっして広くないアパートに住んでいるのだけど、ここの最大のメリットは浴槽が大きいことだ。足を伸ばせて風呂に入れるという条件だけで、ここを選んだからな。

 最近は不意打ちで天聖子さんが現れることが多いから、風呂ぐらいしか無防備にくつろげる場所がなくなってしまった。

 だからといって、迷惑というわけでもないのだけど。


「ふぅ、極楽極楽。このまま、のんびりと続きを考えるかな」


 途中で中断している作品があるので、そろそろ更新をしたいのだが新作が忙しくて手を出せないでいる。古参のファンに逃げられる前に手を打ちたいところだ。


「ねえ、『なうろう』の小説家って、なんで作品を途中で放り出すの!」


 浴室の扉を開けて問いかけてきたのは、言うまでもなく天聖子さんだ。

 俺が女性なら望まれるリアクションができたんだが、この状況逆だろ。誰も得をしない入浴シーンだよな。


「知ってますか、セクハラや痴漢行為は女性から男性へも成り立つのですよ」


「私、神見習いだから大丈夫!」


 扉を閉めることもなく、堂々と言い放つその根性だけは立派だ。

 まあ、浴槽には乳白色の入浴剤を入れているから、別に問題はないか。扉から彼女が動く気もないようだから、半身浴ついでにこのまま話を続けよう。


「はぁ、エタる理由ですか」


「エタる?」


「エターナルが元になった造語ですよ。元々はゲーム用語らしく、意味は永遠に続きがないという意味です。つまり作者が続きを書くことを放棄したって意味ですね」


「あーそうなんだ。ネットとかでたまに見かけてたけど、そういう意味なんだ」


 特に『なうろう』関連のスレッドでは見る機会が多い。実際、エタる人が多いからだろう。


「それで、何故、続きを書かなくなるのかということですが、幾つかのパターンがあります。その1、作者が飽きた。もしくはネタが思い浮かばなくなった」


「うーん、それはわかるけど、話の終盤とかじゃなくて序盤を書き終えてから放置する人って多くない?」


「まあ、そうですね。終盤ギリギリでやめる人の方が少ないですよ。飽きた理由としては、書きたいことを書き終えたからというのがあります。そういう人はパッと面白いネタが思いついて書き始めるのですけど、それだけなんですよ。ストーリーも考えずに、今までにない面白い能力を思いついた! こんな主人公なら受ける! 人気のある作品を俺ならもっと面白くアレンジできる! という理由で書き始めた人が陥りやすいです」


「そっか、だからエタる人の多くは、序盤で書きたいことを書いちゃったから後が続かないんだ」


「もちろんそれもありますが、そういう人って序盤のテンプレストーリーをなぞるだけなので、それが終わると続きが書けないのですよ。『なうろう』には、お手本となるテンプレストーリーというのがありますから」


 天聖子さんの疑問は俺も抱いたことがあるんだよな。序盤は面白いのに、なんですぐに続きを書かなくなるんだろうって。

 ちなみに俺も「序盤は面白いのにな……」と言われることが多いけどね!

 しかし、彼女はエタる作品よりも、風呂場の俺に話しかけている現状に疑問を抱かないのだろうか。


「テンプレストーリー?」


「まず事故で死にます。神様の類いに会います。能力を貰います。この際にチート系か不遇系にわかれます。異世界に転移、もしくは転生します。あっ、神様を省く場合もありますのでご注意ください」


「ふむふむ」


 これをメモってもしょうがないと思うが、真剣に聞いてくれているだけよしとしよう。あと、メモ帳の紙が湿気るよ。


「ここから転生の場合は赤ちゃんスタートか、いきなり日本での記憶が目覚めるパターンにわかれます。赤ちゃんスタートの場合は精神が大人だから、気持ち悪い言動をする赤ん坊となって、体が動かせないから魔力を練って成長するまで鍛錬を続けます。そうすると――大きく成長した頃には誰にも負けない魔力を秘めた魔法使いルート。もしくは、子供とは思えない知識をひけらかす神童といったバリエーションが楽しめます」


「その話って、気のせいかも知れないけど、何十作品も見てきたことがあるような……」


「だから、テンプレなのですよ。さて、話を戻します。そうして成長した転生組の場合は学校に通って『〇〇くんってすっごーい』展開か、実は領主や権力者の息子で日本での知識を生かして内政に励むというのが定番です」


「えっと、急に記憶が蘇った人は?」


「領主系だと内政ルートですね。急に頭が冴えて天才になるので周りの人が不思議がるというのが王道でしょうか。ちなみに内政も無双もひっくるめた欲張りな作品もありますよ」


「たまに二歳とか三歳で流暢に話して、大人顔負けの動きや考え方をする転生した子供とかいるよね……普通、その年でそんな子供いたら頭がいいというより、化け物扱いされそうなんだけど。下手したら処分されかねないような」


 そこに気づいてしまったか。でもまあ、その疑問は直ぐに払拭できる。


「そこは異世界ですから、魔法もありの世界だとそういう常識外れの存在がいても違和感がない……といいですね」


「言葉濁さないでよ。まあ、異世界だもんね」


 そう、悪魔や魔物がいる世界なので、少々おかしなことでも受け入れられる土壌ができている。ということにしておくしかない。

 実際、歴史上の人物で幼い頃から才能に目覚める人だっている。まあ、それでも幼児は無理があるけど。

 大人の魂が宿っているのだから、そういった言動をするのは間違いじゃないし、実際にそんな赤ん坊に遭遇したら、意外とすんなり受けいれられるのかもしれない。

 この部分を納得させられるかどうかが作者の腕の見せどころじゃないかなと、勝手ながらに思っている。


「内政ストーリーに進まなかった場合の大半は冒険者になります。ちなみに異世界転移組と赤ちゃん転生の在学中、もしくは卒業組もここで合流します」


「合流って……つまり、ここから同じ展開になるってこと?」


「ええ、困った時の冒険者です。冒険者ギルドに加入して、一番下のランクから始めて、かなりの実力者だということがわかって、急激にランクを上げていくか、飛び級して……おしまいです」


「えっ、ちょっと待って。物語はここから始まるのよね?」


「いえ、ここまでがテンプレの道筋なので、ここから先は自分で考えないといけません。詳細は違えど、この展開は腐るほどあると思いますよ。むしろ、少し前までは決まり事のようなものでしたから、同じような展開をしても非難も殆ど受けませんでした。雨が降ったら地面が濡れるのと同じです」


「それは、さすがに飛躍しすぎじゃないかな……」


 いやいや、甘い。これは小、中、高、大を卒業して就職するという、日本での一般的な流れの異世界バージョンだから。サラリーマンにあたるのが冒険者なだけ。

 なので、多くの人が同じ展開になっても不自然なことじゃない――と、いうことにしておこう。


「実はこのパターン使い古され過ぎていて、今では逆に珍しくなりつつあるんですけどね。数年前なら頻繁に見かけたのですが」


 ちなみにテンプレストーリーは他にもある。クラス転移バージョンや、逆境バージョンも、これ程じゃないがテンプレストーリーが存在する。

 いじめられっ子→与えられた能力が役立たずに見える→クラスから迫害される→見捨てられるか生贄にされる→実はかなり強い能力だということが判明する→復讐する。

 というのが流れだろう。ちなみにこういうテンプレストーリーは、元となった第一人者がいるということを忘れてはいけない。

 大人気作品がまず存在して、それを真似て続々と似たような作品が作られるから、テンプレが構築されていく。なので、元となった作品もテンプレだと非難する人がたまにいるので注意が必要だ。


「でもさ、それがテンプレなら続きも、そのまま他作品の同じようなストーリーで書いたらいいんじゃ?」


「いえ、そこまでの展開は異世界作品のチュートリアルですから、まだ許されるのですが、そこから先は独自の色を出さないと読者が離れます。この先の展開も他作品の真似をすると、さすがに読者からツッコミがありますし、非難されることにもなります」


 そう、ここまでなら読者も大目に見てくれることが多い。だからこそ、そこから先はオリジナル展開でなければならない。


「そこで、人の目を引くストーリーを考えないといけないのね」


「まあ、そうです。ですが、思い付きの設定や人気作品の真似だけで書いてきた人は、ここで行き詰ります。ここからはパク……見本をトレースするわけにはいかないのですから」


「だから、序盤を過ぎたところでエタるんだ」


「これはただの一例ですよ。単純に忙しくて時間が取れなかったり、小説を書くことに飽きたって人もいますからね。では、エタる理由その2にいきましょうか。それは、ポイントが少ない。です」


「ポイントって、ブックマークとか評価入れたら入るポイントだよね」


「ええ、そのポイントです。何話も書いているのに全然増えないポイント。これはモチベーションが下がりますから……評価されるために書いているんじゃない、という人もいるでしょう。ですが、ポイントを貰えて嬉しくない人は一人もいないと思うのですよ」


 自分の作品を面白いと思ってくれる人がいる。作者にとってこんなに嬉しいことはない。作品が読者に認められているかどうかの目安になるのが、ポイントなのだから。


「わかる、わかるわー。ポイントって読者が思っているより、作者のやる気に繋がるわよね、うんうん」


 頭を激しく上下に振って同意してくれている。

 この意見は作者なら誰しも理解してくれるだろう。なので、面白いと思った作品には迷わずポイントを入れてあげて欲しい。


「次のエタる理由は、このポイントに絡んでくるのですが……他の作品のポイントが伸びて、ポイントの少ない方を更新する気力が失われた」


「あー、それも気持ちわかるかも」


「これは作者のスタンスにもよりますが、書籍化を目指す場合、設定を練りに練って内容が面白くても、ポイントが低ければ望みはかなり薄くなります。逆に言えば勢いだけで適当に書いた作品でも、ポイントが高ければ書籍化は叶うのですよ。となると、書籍化を目標としている作者ならどうしますか?」


「それは……ポイントの高い方を優先するわよね」


「正解です。そして、これをもっと効率よく行うには……パッと思いついた面白そうなネタを次々に小説にするのです。そうして、一番ポイントを稼いだ作品だけ続けて、後はエタらせればいいんですよ」


「あ、うー、理屈はわかるんだけど、でもそれって、どうなの? ポイントが少ない方の作品を好きな読者だっているよね……」


 天聖子さんの表情に嫌悪感がありありと見える。彼女の言いたいことも気持ちも充分すぎるぐらい理解できるが、話を続けさせてもらおう。


「読者の気持ちを踏みにじっていると言われると、確かにそうかもしれません。ですが、小説家になりたい、書籍化することを最優先にして何故、責められるのです?」


「そ、そうだけど、読者あっての作者でしょ?」


「ハッキリ言うなら、エタらせたことで文句いう読者は、作者の作品が書籍化したとしても買うことはないです。書籍化、小説家を目指す人にとって本を買わない読者は本当に必要だと思いますか? 本物のファンは肯定的に受け止めて応援して、本も購入してくれます。コメントで批判や罵倒してくる読者は、それが書籍化されても絶対に買いません。なら、どっちを優先するかなんて決まりきっていますよ」


「う、うん、そうだろうけど」


「――と、どこかの売れている作者さんや業界関係者が、似たようなことをネットで言っていました」


 こんな過激な発言するなんて、余程自分の作品に自信があるんだな。俺には口が裂けても言えないし、思ったこともない。


「えっ、ここで責任転嫁!? ここまで言っておいて、自分の考えじゃないって逃げるの!?」


「はっはっは、何を仰っているのですか。私は『なうろう』界隈で一番、読者を大切にする作者ですよ。さっきの話は、あくまで人づてに聞いた噂話や、ネットで集めた情報に過ぎません。私は応援してくれる読者がいるから、頑張れるのです。皆さん、いつも本当にありがとうございます。皆さんが読んでくれるだけで、心が満たされていくようです」


「うわぁ……自分だけ善人ぶろうとしてる」


「真面目な話をすると、ポイントを取ろうとしてエタらせまくる作者の気持ちもわかりますし、一読者として好きな作品の投稿が止まった悲しみも知っています。今も再開を待ち望んでいる作品が幾つかありますからね……」


 それは『なうろう』だけではなく市販されているラノベでも続きを望む作品がある。

 前の巻を出してから数年が経過しているので、おそらく続きは出ないのだろうが、それでも俺は諦めずに待ち続けるぞ。


「結局、エタるのは作者の気持ち次第ってことよね」


「今までの説明ちゃんと聞いてましたか。確かに作者の気持ちが一番大きいですけど、読者としてできることはあるのですよ。まず、楽しみにしている作品なら応援のコメントを書きこむか、ブックマークや評価をして目に見える応援をする。ただ待っているだけでは、作者には伝わりませんから」


「あっ、そうよね」


 ふぅ、顔から汗が出てきたな。半身浴だとしても、そろそろ上がりたい。


「エタっているのが書籍化されている作品なら、購入することで応援するのも大事ですよ」


「それは、関係ないんじゃないの?」


「いえいえ。本が売れれば続刊が出ます。続刊が出るということは続きのストーリーがなければ書けません。必然的に『なうろう』の更新をするか、もしくは書籍として続きが読めるというわけです。書籍化のお礼や宣伝効果を狙って久々に更新する作者もいますからね」


「そっかー。でも、無料だから読んでいる人って多くない? 本を買ってまで応援する人って少ないような」


「一説によると、ブックマークを入れている人の一割から二割程度の方が本を購入してくださるそうですよ。熱心な読者がいるかどうかで比率は変わるでしょうけど。まあ、証拠はないのですがね」


 実際に購入者の割合を調べることができたら、興味のある作者はいっぱいいると思う。


「それは多いのかな、それとも少ないのかな」


「どうでしょうね。ただ、本が売れたら作者のやる気に繋がることだけは確かだと思いますよ。あ、そういえば、私の知り合いのヌーンベアーさんが12月9日に新たな作品を出版するそうです。私の記憶が確かなら、『なうろう』テンプレを逆手に取ったような内容らしいですよ。詳しくは作者の活動報告を」


「ねえ……もしかして、今回の話って作品の宣伝したかっただけ? えっ、ステマ?」


 天聖子さんが眉根を寄せて俺を見下ろしている。

 やれやれ、失敬な。たまたま、知り合いの作品に触れただけじゃないですか。偶然ですよ、偶然の産物です。天聖子さんの質問に答えたら、たまたま、ヌーンベアーさんの作品の販売日が近いことを思い出しただけです。


「でもさー、そう言うあんただって、エタらせている作品があるわ――」


「んーーーっ、長風呂しすぎましたね。そろそろ上がるのでどいてもらえませんか」


「ちょ、ちょっと、話の途中で何立ち上がろうとしているのよ、セクハラよ!」


「それはこっちの台詞ですよ。露出趣味はありませんが、このままではのぼせてしまうので、私は容赦なく裸でそちらに向かいますよ」


「わ、わかったわよ! コタツに戻っているからねっ」


 少し赤らんだ顔で怒ったように扉から立ち去る、天聖子さん。

 よっし、話を逸らせた! 彼女の言う通り、俺も人のことは言えないんだよなぁ。

 途中で投げ出している作品が二つ? 三つだったか。自分も終わらせてから偉そうに語れって話だ。

 それにここまでの言動でテンプレ批判に思われるかもしれないけど、それは違う。

 俺はそのテンプレを利用して捻くれた作品を書いているわけだから、いわばテンプレストーリーの亜種だ。今回書籍化した作品だって、『なうろう』テンプレが存在していなければ書けなかった作品だと断言できる。


「今年中にエタらせている作品の続き書かないとな!」


 こういう宣言に効果がないのもテンプレの一つである。



我ながら、この作品は自由すぎではないかと思う時があります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ