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なうろう作家とメガミ様  作者: 昼熊


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16/39

フィクションと経験

 今日の分を書き終えたので、そろそろ晩御飯にしようかと思ったのだが……今日はまだ来てないな。晩御飯の準備だけしておくか。

 いつも二日に一回のペースで唐突にやってくるので、毎食二人分を作るのが癖になっている。

 食べる量は自分の倍以上なので食費の請求をしようかとも考えたが、彼女の存在に癒されている部分もあるので、その言葉は呑み込むことにした。

 ピンポーン

 あれ、玄関の呼び鈴がなった。この時間の訪問者は珍しいな。

 陽が沈み、結構な時間が過ぎ去っている。誰だろう、そう訝しみながらも期待を込めて、声を返す。


「はーい、ちょっと待ってください」


 タオルで手を拭いてから、いそいそと玄関に向かい扉を開け放つ。

 するとそこには――天聖子さんがいた。

 前髪が切りそろえられた黒髪。白い肌に思わず見とれてしまう大きな瞳。白い吐息が漏れる小ぶりな唇に思わず目がいく。

 今日も来たのか、面倒だな。と心でぼやきながらも、ほんの少し嬉しく思ってしまう自分。


「ただいま!」


 パッと見は明るく見えるが何処か物憂げで、僕は直ぐに言葉が出なかった。


「お、おかえりなさい。って、玄関から来ることが最近なかったので、驚きましたよ」


「いやね、マンネリの登場パターンじゃ、飽きられるかと思ってあえて王道を貫いたのよ」


「王道というか常識ですけどね。そんなところじゃ、寒いでしょ。コタツにどうぞ」


「はーい、寒い寒い」


 コタツに飛び込んでいく天聖子さんの後姿を眺めていると、思わず苦笑いを浮かべていた。僕の家なのに「ただいま」と言って帰ってきて、それに違和感を覚えない自分の現状はまるで――いや、やめておこう。

 今はこの関係が心地いい。


「あれ、さっきまで執筆してたんだ……あれ、この作品って」


 彼女は自分の定位置ではなく僕の席に座り、付きっぱなしの液晶を覗き込むと、面白い反応を見せた。


「あ、それですか。現代物の小説を書いているのですよ」


「だから、出だしから今までの文章がそれっぽかったのね!」


「メタ発言ありがとうございます。まあ、意識してそういう表現はしていましたが」


 ふぅ、肩凝るから戻そう。こういう文章って柄じゃないなと自覚した。

 なんというか、書いていてむず痒くなる。天聖子さんをヒロイン扱いするのに、そもそも無理があったな。はぁ、疲れた、人間慣れないことをするもんじゃない。


「現代物かー、もう異世界系は書かないの?」


「いえ、気分転換に書いただけですよ。ラノベで頑張るにしても、舞台が異世界じゃなくて現代や近未来設定もあるじゃないですか」


「あー! それなんだけど、学園物を見ていて思ったことがあるのよ」


 コタツに入ると何の躊躇もなくミカンを剥き始めたので、後ろからひょいっと奪い取る。


「私のみーかーんー」


「いいえ、そもそも私のです。それにご飯食べる前に間食は許しませんよ」


「はーい。でね、なんで高校を舞台にした作品で学力にあんなにバラつきがあるの? それも進学校設定だとおかしくない? 中学校ならわかるけどさー」


 その疑問は俺も抱いたことがある。中学までなら頭の良い子から、成績の悪い子まで揃っていたが、高校だと同レベルの子が集められるというのに、どう見ても学力が高すぎたり低すぎる子が混ざっていることが多々ある。

 いや、必ずと言っていいほど、存在する。


「まず、考えられるのは……たまたま、やまが当たって当人の実力以上の学校に合格した」


「ふむふむ、あ、ご飯これぐらいでいい」


 最近、食事の準備を積極的に手伝ってくれるな。


「ええ、それでいいです。あとは運動が盛んな学校でスカウトされた運動部員と学力の差がある」


「そうなんだ。高校ってそんなシステムもあるのね。日本の高校に通ったことがないから知らなかったわ」


 残りは鍋を運ぶぐらいかな。寒い日はやっぱり鍋でしょ。


「他には逆パターンで、もっと優秀な高校にいけた人が受験を失敗して滑り止めの格下の高校に来た……とか」


「うんうん、なるほどぉ、納得したわ。じゃあ、もう一つ質問。制服のデザインおかしくない? スカート短すぎでしょ」


「あれは、既存の高校と同じ制服になると色々問題があるので、わざと妙なデザインにしたりするのと、読者サービスですかね」


 スカートが短い方が喜ぶ男性が多いのは、もう仕方ないことだと思う。

 それに実際の話、正気を疑いたくなるぐらい短いスカートの女子高生も存在する。


「だってさー、制服とか私服とか戦闘服とかでもいいんだけど、あんな短いスカートはいてアクションシーンとか正気の沙汰じゃないわよ。パンツ見せたいとしか思えないもんね」


「そんなの作者も理解していますよ。読者サービスです。まあ、そういう矛盾を言い出すとキリがないですからね。小説はあくまでフィクションですから」


 漫画や小説やアニメを観ていて違和感を覚える人はいるだろう。

 特に服装や体型へのツッコミを入れ始めるとキリがない。やたらと巨乳率が高いとか、暴れるのわかっているのだから、スカートじゃなくてズボンにしとけよとか。

 後は女性がアニメでツッコミを入れたいシーンの一つが、入浴中に長い髪を上でまとめないで湯船に入っているところらしい。

 特に家族が多い家だと浴槽のお湯に洗い立ての髪の毛をつけると髪が汚れるので、あれは信じられない行為だと女友達が言っていた。男の俺としては思いもしない着眼点で驚いたのを覚えている。


「続きはご飯食べながらにしましょう。いただきます」


「いただきます。はふはふ、うん、味染みていて美味しいわ。今日も完璧よ」


「お褒めに与り光栄です。肉ばかりじゃなくて野菜も食べましょう」


「ういうい。でね、フィクションっていうけど、異世界物でも許されることと許されないことってあると思うのよ。これはあり得ないって思うことあるでしょ」


「まあ、確かに。でも作者側としてはその矛盾を生み出している方なので、あまり突っ込めないのですが」


 思うところはあるが、自分も今まで色々やらかしているので他人事じゃない。


「まずはね、異世界に飛ばされた人ってなんで、あんなに知識が豊富なの? 内政系でいつも思うんだけど、畑の耕し方とか肥料の作り方とか、道具の仕組みとか普通に把握しているものなの? 私が送り込んだ普通の人は、そんな知識がある人は一人もいなかったわよ」


「いきなり凄いところに切り込んできますね。世の中の人が私と同じじゃないかもしれませんが、普通は知りませんよ。実在していた歴史上の人物や、そういった専門の業種で働いていた人は除きますが」


 そう、実は医者とか医学生、自衛隊や警察といった職業を経験した方が、なうろうで小説を書いている場合があり、そういった方の小説は似た内容の作品より描写が何ランクも上だったりする。


「専門職の人はわかるのよ、そういった知識があっても。でもさー、ニートとか高校生とか普通のサラリーマンがそういった知識があるって変じゃない?」


「まあ……変ですよね。今の世の中、そういった知識を活かす場面がありませんので、知っている方が変ですよね、やっぱり。その場合、異様にアウトドアが好きだったとか、父や祖父の技術を叩き込まれたとか設定を付けるしかないですよ」


 これも厳しくはあるが、設定があれば読者も納得してくれるだろう。


「それって普通のサラリーマンとか学生じゃないような……まあいいわ。でさ、内政系って描写が細かかったりするじゃない。あれって作者は知識として知っているってことよね。たまにおかしなことやっているけど」


「あーうー、まあ、ちゃんと調べて書いている人もいる、ということを前提として聞いてくださいね」


「なんか、えらく言いにくそうね」


「今の時代ネットがあるのですよ。それこそ「農業シーンや戦闘シーンどうしよっかな、検索しよう!」で答えが転がっていますから、作者に専門の知識がなくても書けたりします」


「だから、みょうちくりんな戦略や本業の人に怒られそうな間違った知識を、ドヤ顔でひけらかす主人公がい――」


「ストーーーップ! その言葉は私にもダメージが通ります。いいですか、そういうのは昔からよくあることなのです。少年時代に読んでいた漫画で、当時は疑問にすら思わなかったけど、今になったらツッコミどころしかない作品って、ありませんでしたか?」


「あっ、あるある! てか、今もあるよ。格闘ものとか料理とか異能バトルの理屈とか推理物のトリックとか。いやいや、それは無理だっていうのが」


「でしょう。そういう矛盾は作品の勢いがあれば、矛盾をそんなに気にせずに読み進めることができるのですよ。実際私も何度かやらかしていますよ。重さが落下中に変わっても、落下速度が極端に変わったりしないとかね。コメントで突っ込まれました」


 恥ずかしい間違いをするたびに、学生時代にもう少し勉強しておくべきだったと何度思ったことか。今、学生の方は今後、小説を書くつもりなら勉強をしっかりやっておいた方がいいですよ。


「あらぬ方向を見てどうしたの」


「いえ、ちょっと過去を思い出しまして。個人的な意見としては内政系も軍師系もかなり難しいジャンルだと思っています。まあ、いっそのこと、そういったネット頼みの知識をひけらかさずに、魔法で全部やっちゃいました! という作品の方が読者も作者にも優しいのかもしれません。ちゃんとした知識がある人は別ですよ」


「つまり、そういった専門職の人が書く作品はいいけど、特殊な知識が必要となる職業系は避けた方が無難なのね」


「実際に働いた経験があれば矛盾も少ないので楽なのですけどね。あ、ちなみに、経験者が書いたからといって人気が出るとは限りませんよ。だって、実際に刀を振ったり魔法を放ったことがなくても、ファンタジー小説は書けますから」


「その理屈はわかるけど、実際の経験があってそれを活かして書く作品は面白くて、人気が出るものじゃないの?」


 ふっ、甘いな。当初俺もそう考えて作品を書き上げた――その結果は散々だったが。


「私が初めに描いた作品の題名は【ポリッシャー】というのですが、あっ、リメイク版は加筆修正して【ポリッシャー 勇者は清掃員】という名前で上げていますので、興味のある方はリメイク版をお読みください」


「また、見えない人に向かって話しかけてる……慣れたけど。で、その処女作がどうしたの」


「その作品がまさに、専門知識を活かして書いた作品なのですよ。主人公は清掃員なのですが、一時期ですが実際に本格的な清掃の仕事をやっていましたからね」


 自分が学んだ仕事場での知識を活用した、自信作だったんだよなぁ。あの頃は、この作品で一躍有名になったらどうしようかとか、妄想を楽しんでいた。今思うと浅はかすぎる考えに恥ずかしくなるが。


「それってどんな内容なの? 前に軽く聞いたことがあるような気もするけど」


「簡単に言うと。ビルの清掃中に異世界に飛ばされた清掃員の主人公。ありがちなファンタジーな異世界なのになぜか、そこでは清掃員が伝説の勇者としてもてはやされていて、主人公の格好が伝説の勇者とそっくりだから勘違いされて勇者にさせられるという話です」


「それって、清掃員である意味ある?」


「ちゃんとありますよ。ポリッシャー……というのは床を洗う清掃機器なのですが、それと一緒に飛ばされた主人公は身体能力が上がっていて、尚且つ清掃機器もまるで魔法の道具のような能力が使えるようになるのです」


「先生、ここまで聞いても意味不明です。なんで清掃機器が魔法の道具になるんですかぁー」


 あっ、イラッとする馬鹿にした顔してやがるぞ。ここだけ聞いたら確かにご都合主義にも程がある話だよな。


「ええとですね、まあ、ある程度ネタバレになりますがいいでしょう。その異世界には主人公が中学時代に書いた、【僕の考えた最強の勇者】を書きこんだ黒歴史が詰まったノートが先に召喚されていたのですよ。そして、それを翻訳した魔法使いが「これは異世界の勇者の物語だ!」と勘違いして、翻訳した作品を本として売り出し、国中に広まった訳です」


「えっ? てことはその国では主人公の黒歴史が英雄譚として広まっているってこと?」


「そうです。そして、その世界の魔力の源は人の想いなのです。そこに住む人々は誰もが魔力を有していて、想いの強さに応じてその魔力が対象者や物に分け与えられるのですよ。だから、伝説の勇者とそっくりな見た目をしている主人公には人々の強い想いと共に魔力が注ぎ込まれ、その世界ではかなりの力を得ることができるのです」


「へえー頑張って設定考えているじゃないの。で、その作品の結果は?」


「ポイント二桁でしたが何か?」


 かなりの自信作だっただけに、当時は落ち込んだなー。


「……マジで?」


「マジです。今は三桁までポイント増えていますが、その後に出した作品の人気で、流れてきた読者がポイントを入れてくださったようです。つまり、専門の知識があったとしても、ストーリーや他の要素が駄目なら意味がないってことですね! 当たり前ですけど!」


 この説明は天聖子さんに聞かせるというより、自分に言い聞かせている。


「専門の知識があっても、それを活かせる世界観やストーリーがなければダメだってことね」


「そうです。裏を返せば、専門の知識がなくてもストーリーや設定が面白くて勢いがあれば、矛盾や間違った知識が問題になっても人気が出るということです」


「難しいわね、小説って」


 深々とため息を吐いた天聖子さんの箸が止まる。

 最近伸び悩んでいるようだから思うところがあるのだろう。彼女の呟いた言葉には同意するが、でも、だからこそ俺は――


「難しいからこそ、人気が出てポイントが増えた時の喜びは格別です。これも実際に人気のなかった時期の経験がなければ、一生わからなかったことですね」


 何事も経験は大事だということだ。


「でも、処女作で、どこかで見たことのある内容のツギハギで、大当たりした人もいるんじゃないの。そういう人に関してはどう思う?」


「上手くやったなーと感心して、ただひたすらに僻んで妬んで羨ましいだけですが、何か?」


「じゃあ、不人気の経験なくてもいいじゃないのよ……」


「…………」


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