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なうろう作家とメガミ様  作者: 昼熊


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ランキングと書籍化と存在価値

 バンッ、と近所迷惑を顧みず、勢いよく開け放たれたアパートの入り口には、何故か真っ赤なチャイナドレス姿の天聖子さんがいた。


「日間、週間、月間ランキング一位、おめでとおおおおおうっ!」


 パンパンッと手にしたクラッカーが立て続けに鳴り響く。顔は満面の笑みだ。


「ありがとう……ございます」


「あるうぇー、どうしたの元気ないぞぉ。念願のランキング一位をとったのに、どうしたんですかー」


 居間に座り込んでいる俺の周りをグルグル回りながら、粘り気のある口調で俺を褒めているというよりは、煽っているようにしか聞こえない。


「いえ、元気ですよ」


「そうには見えないぞぉー。あ、もしかして、言葉が足りなかったのかな。夢の書籍化も、おめでとうございますっ!」


 再び鳴るクラッカー。頭に色とりどりのテープと紙吹雪が乗っかって邪魔だ。


「はあぁぁぁぁ」


 その称賛の言葉を今の俺は素直に受け取ることができなかった。


「ね、ねえ、本当にどうしたの? 今までずっと、ランキング一位と書籍化を目指してきたじゃないの。もっと、素直に喜ばないと」


 無駄にテンションが高い天聖子さんが、珍しく俺を励ましている。


「喜ぶ、ですか。確かに日間、週間ランキング一位を取った時は、もう、自分でもやばいぐらいニヤついて、終始ご機嫌でしたよ。書籍化決定した時なんて、身内が引くぐらいに喜びました。でもね、違うんです。私はこの世界の真実に気づいてしまったのです……」


 たぶん、今の俺は虚ろな瞳をしている。正面から俺の顔を見据えている天聖子さんが戸惑い、若干挙動不審になってきている。


「私は今まで、天聖子さんと何をしてきましたか?」


「ええと、ランキング上位になる為の考察や『なうろう』についての情報を集めたりして、時に僻んだり、羨ましがったり、妬んだりしてきたわ」


「その通りです。そして、私はどういう設定でしょうか」


「そ、そうね。古参の投稿者の一人で、ランキング上位に中々上がれない、書籍化にも届かない、序盤だけ面白いと定評のある作者よね」


 何だろう。そう説明されると、心がギシギシ痛む。


「そうです。そんな私がランキング一位を達成しました。そして、書籍化の夢も叶いました。つまり……」


「つまり?」


 俺が真剣な表情をしているので、天聖子さんもつられて真面目な顔になっている。

 この先の言葉は、本当は口にしない方が良いのかもしれない。でも、避けることはできないのだ。ここで、言わなければ読者に対しても失礼になる。


「私と天聖子さんの役割は終わったということです」


 シーンと場が静まり返っている。天聖子さんは眼球が零れ落ちそうなぐらい目を見開き、大口を開けたまま硬直して動かない。

 そうなのだ。今までは、頑張ってもランキング上位に入り込めなかったからこそ、この内容が成り立っていた。目的が達成された今、もう、俺たちには価値がないのだ。

 この状況で、ランキング考察なんかしたら、嫌味に取られる可能性だってある。


「じゃ、じゃあ、ほら、スタイルを切り替えたらいいじゃないの! 最近のラノベについて語ったり、するのもありじゃないかな」


「私にそんな知識はありませんよ。あくまで『なうろう』について思っていたことを無責任に撒き散らしていただけ。もう、やめましょう。偉そうに他作品を批評するのも、身勝手な観点から偉そうに語るのも」


 そうだ。嫉妬や他人の粗を探すなんて最低なことだ。役割を終えたのなら、静かに去るだけ。それが大人の対応というものだろう。

 俺の気持ちが通じたのか、天聖子さんが俯いたまま黙っている。厳しいことを言っている自覚はある。だけど、立つ鳥跡を濁さずと言うじゃないか。最後ぐらいは綺麗に終わるべきだ。


「ねえ……」


 すっと、顔を上げた天聖子さんは――落ち込んでもなく、半眼でこちらを見つめている。


「もしかして、書籍化が決まったから、迂闊なことを口走らないように自重しようとしている?」


「ナ、ナンノコトデスカ?」


「あの、妬みを原動力として、あくまで作者の意見ではないという保険をかけておいて、言いたい放題だった貴方は何処に行ってしまったの!」


「ヤ、ヤメテクダサイ。心当タリガ、全クナイデス」


「ねえ……牙とれちゃったの?」


 うぐっ! 耳元でささやかれた言葉に心がぐらつく。い、いや、負けるな俺。相手の話術に乗せられるんじゃない。


「読者は……書籍化が決まったからこそ、暴露できる危ない話を期待しているわよ?」


 や、やめろっ! ちょっと、これ書いたら受けるかな、とか思いそうなネタがあるだけに、やめてくれっ!


「そんな、安全策を取る貴方を見たくなかった……昔はもっとハングリーで目に輝きがあった。本当にいいの? 自分の個性を殺してまで、安全な作家生活を送りたいの?」


 耳を塞いでいるというのに、直接頭に滑り込んでくる天聖子さんの言葉が、脳内で反響している。

 俺が……間違っていたのか……ち、違う、惑わされるなっ……迂闊なことを口走って後悔することになるのは……。


「読者あっての、作家よね。人が読みたいと思う作品を提供できないのであれば、小説を書く意味なんて――ないわ」


「人が読みたいと思う作品……意味……求められているもの」


「そうよ。貴方は貴方らしく、今までの自分を大切にしながら、誰にもできないことをしなければならないの! 書籍化が決まってから、毒が抜けて面白くなくなったなんて言われたくないでしょ!」


 脳天に雷が落ちたような、昭和のノリを彷彿とさせる衝撃が俺を貫いた。

 そうだ、俺は何を迷っていたんだ。安全に、波風を立てず、書籍化が決まったからには品行方正で、誰も敵を作らず、トゥイッターを開始していい人アピールをしようだなんて……馬鹿かっ!


「すみません、天聖子さん。俺が間違っていました」


「わかってくれたのね。それでこそ、貴方よっ!」


 俺はなんて愚かだったのだろう。そうだ、今だからこそ、読者の皆様を満足させるネタがあるじゃないか。


「じゃあ、まずはこの話からしましょうか」


「うんうん、何々」


「実際にお会いしたことがある、出版社の編集者ランキング!」


「だめえええええええええええええええええええええっ!」


 すっ飛んできた天聖子さんが、俺の口を懸命に塞いでいる。これじゃ、話せないじゃないか。


「それはダメ! それはただの紐なしバンジー! 自殺と一緒よ!」


 顔面を蒼白にして、涙目で迫る天聖子さんが目の前にいる。

 どうやら、突き抜けすぎたようだ。やはり、段階は必要か。


「わかりました。さすがに、これはやり過ぎですよね。反省しました」


「わ、わかってくれたのね。もっと、ほら、ちょっとした裏事情とか。怒られない範囲の面白い話とか……あ、そうよ、これからやりたいこととかは?」


 何だ、その程度でいいのか。やりたいことなると、あれかな。


「やっぱり、トゥイッターですかね」


「ああ、書籍化した作者の人が宣伝も兼ねて、やっている人が多いわよね。で、何を呟いてみたいの」


「そうですね……知らない事が多いので、色々事前に調べておいたのですよ。何を呟くのが正しいのかを」


「あ、うん。大事よね、事前の情報収集は」


 書籍化をした作家の皆さんのトゥイッターを見て回り、話題になった発言をチェックしておいた。これさえ調べておけば注目の的間違いなしだ。


「まずは、書籍化が決まったことですし……上から目線でポイントの取れないテンプレ作品を書く人を蔑んでみたり」


「えっ」


「担当さんに情報公開の許可を得てないのに、ぽろっと呟いてみたり」


「いやいやいやいや!」


「政治や宗教について過激に語ってみた――」


「ストオオオオオオップ! なに、可愛らしく小首傾げているのよ! ダメに決まっているでしょ、そんなこと。この世の中、迂闊なことを書いたら、すぐにネットで晒しあげられてボロ糞に叩かれるのだから。ダメな見本ばかり参考にしちゃダメ……精神を解放する魔法の効き目が強すぎたかしら……」


「今、とんでもないこと呟きませんでした?」


「何も言ってないわ」


「魔法とか聞こえた気がしたのですが」


「気のせいよ」


 まあ、そう言うなら納得するしかない。


「あ、そうそう。魔法と言えば、私も一つだけ魔法の言葉が使えるのですよ」


「えっ、いやいや、そんな設定ないでしょ」


「ずっと秘密にしていたのですが、全てを無に帰し、誰にも危害を与えることなく、静かで平和な結末を迎える魔法の言葉があるのですよ」


「そ、そんな都合のいい魔法が存在するわけが……はっ、まさかっ!?」


 何かに気づいたようで、天聖子さんが口元に手を当てて小刻みに震えている。


「この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです」


怒られたら消します。

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