この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです
「よっし、今日の投稿終了」
素人小説投稿サイトへ、いつものように投稿を終え一息ついた。
今最も熱いと言われている、投稿サイト。『なうろう』
名前の由来はゲームの長すぎるロード時間中に、暇つぶしに読んでみませんか? という趣旨で『Now Loading』 → ナウローディング → なうろう という流れらしい。
このサイト、何百万もの素人小説が投稿され、人気のある作品には出版社から声が掛かり、今や何十人もの『なうろう』出身の小説家が活躍している。小説家を目指す者の登竜門とまで呼ばれているぐらいだ。
このサイトのシステムは――小説を投稿すると、その作品を気に入った人が、お気に入りに登録してくれる。もしくは、評価という項目がありストーリーと文章力を数値で表すことができ、その数値がポイントとして作者の元に送られる。
そのポイントが大きければ大きい程、人気がある作品だと認められる。
俺はその『なうろう』に投稿する一作者だ。結構人気があり、累計ランキング800位以内に5作品も入っている。今日の投稿分は結構自信がある。どれだけ伸びるか、楽しみにしておこう。
「さってと、ランキングのチェックでもしておくか」
日刊のランキングは上位陣がころころと変わり、今の流行を反映してくれている。
その流れに乗るのは作者として当たり前であり、便乗やテンプレじゃねえかと、批判を受けることもあるが、そんなコメントは一切無視している。
……いちいち反応していたら、炎上する流れになり悪名が付く場合がある。いらっとして反論したくなっても、ぐっとこらえるのが作家としての正しい道だ。
どんな読者でも敵に回してはいけない。少しでも反論をしたら余計に叩かれるような世界だ。無視をするか下手に出ていれば問題は無い。
「やっぱり、異世界転生か異世界転移物だよな。VRMMOはちょっと下火だな。あとは、料理系がポイントを取りやすいか」
ちなみに説明すると、異世界転生とは日本で死んだ人が、何故かファンタジー溢れる異世界で転生して、赤ん坊から人生をやり直す作品。
日本であまり充実していない生活をしている人が惹かれる設定のようだ。実際の話、人生に満足している人なんてほんの一握りだろう。だから、このジャンルは廃れず、人気があるのだと思う……俺もこのジャンルは大好物だ。
異世界転移は生まれ変わるのではなく、今のままの状態で異世界に飛ばされ活躍する物語。
そしてVRMMOというのは近未来が舞台で、ゲームで作り上げられたリアルな仮想現実の空間で遊んでいる人の話といったところだ。
大まかな説明だが、これが『なうろう』における人気ジャンル。
この三つの共通点で上げられるのは、どれも主人公が尋常ではない力を手に入れ、大活躍しなければならないということだ。ここのサイトで小説を読む人の大半が、主人公を自分に置き換え、自分の代わりに願望を満たしてくれる人物を求めている。
ハーレム。無双。尊敬。美女。エロ。
これを盛り込んでおけば、取り敢えずある程度はポイントが取れる。
最近は主人公を弱く設定して、不幸にさせる趣旨の作品もあるようだが、俺に言わせると無謀な試みだ。わざわざ苦労するのが目に見えている作風で勝負してもメリットが無い。
あと、細かなポイントとしては……主人公は日本ではもてないダメ男の方が人気を取りやすい。さえない主人公の方が、読者が感情移入できるからだ。
何処で読んだのか忘れたが有名な小説家が雑誌のインタビューで
「娯楽小説を読む人は、リアルが充実していない人です。もちろん、書き手もですが。実際の生活が楽しく充実しているのであれば、小説なんかを読まずに現実を楽しんだ方がいいですからね。現実を楽しめていない人の方が妄想の内容が面白い。当たり前のことです」
という意見を読んで、目から鱗が滝のように流れ落ちたのを覚えている。
それ以来、俺はその言葉を指針として小説を書くことを心掛けている。なので、現役で彼女がいない歴を更新し続けている。
俺の書く作品は異世界転生、転移物ばかりで、それも流行に合わせて作品を作るように心掛けている。そして、10話か20話程あげてみて、あまりポイントが伸びなければ切り捨てるというのが俺のスタイルだ。
ただ、完結もせずに放置すると批判を浴びることがあるので注意だ。
どんな終わり方でもいいから、取り敢えず完結させておくと何故か悪い批判が消える。伏線を回収せずに、辻褄が合わなくても話を終わらせて、完結済み作品にしておくこと。意外とこれが大事なのだ。
途中で放置したままの作品が並ぶと、それだけで拒絶反応を示す読者も多い。「エタ作家」と陰口を叩かれることもあるので、注意したい項目だ。
「それだけ気を使ってもこんなもんなんだよな……くそっ、絶対ランキング上位より面白い筈なんだが」
最近ポイントが伸びていない。テンプレもふんだんに盛り込み、流行のジャンルでもある。なのにポイントが伸びてくれない。
「くそおおおぅ……はあ、何か疲れたな。やっぱ、俺には累計ランキング上位なんて無理なのかな。結局実力が無いってことだよな。累計上位は何だかんだ言ってもやっぱり、面白いもんな……認めたくないけど」
わかっている。わかっているんだ。ポイントの桁が違う作品には、何かしらの人を引きつける魅力がある。それが理解できず妬んでばかりで、作品にいかせないということは、つまり俺には才能が無いって事だ。
「はああぁ、異世界に転生か転移してえなぁ」
俺の願望が詰まった異世界に都合よくチートを手に入れ、転移もしくは転生する。そんな物語の主人公になれたらな……。
「あの、お忙しいところ恐縮ですが、お話を聞いてもらえませんでしょうか」
突如、頭の上から女性の声が響いてきた。
幻聴が聞こえてくるようになったら、終わりだよなぁ。そろそろ、作家になる夢なんて捨てて、現実と向き合って真面目に再就職しないとな。
「あのぉ、もしもし、お話を」
ハッキリと聞こえた。
パソコンに向かっている俺の背後から、確かに女性の声が……する!?
慌てて振り向いた俺の視線の先には、紺色の地味なスーツを着込んだ女性がいた。
黒縁の眼鏡に日本人形のように切りそろえられた前髪。かなり小柄の可愛らしい顔立ちをしているだけに、髪形と眼鏡が勿体ない。
俺が住むアパートに身内以外の女性が存在するのは何年ぶりだろうか……じゃ、ねえ!
「えっ、あなた誰ですか! 何、勝手に人んちに入ってきているんですか! 鍵は!?」
「落ち着いてください。私はこういう者です」
差し出されたのは一枚の名刺。思わず、サラリーマン時代の習性で受け取ってしまう。
ええと、何々『天使役所 異世界転生課』と書いてあった。
「はい? え、何、友人に頼まれて、悪戯に加担しているの?」
「よく考えてください。そんな悪戯をしてくるほど、仲のいい友人がいらっしゃいますか」
「あ、はい……」
この女、俺の心を的確に抉ってきやがる。
「信じられないかもしれませんが、私は人々を異世界に転生させるのが仕事の神見習いです」
何だと……。こ、これは、憧れていた展開だと確定していいのか!?
いや、いや、待て待て。早まるな俺。こんな都合のいい展開、リアルな夢の方がまだ可能性が高い。
「ちょ、ちょっと待ってください。すうううううぅ、はああああぁ、うりゃっ!」
自分の頬を殴ってみたが、かなり痛い……泣きそうだ。
つまり、夢じゃないということか。い、いや、でも、まだ悪戯やびっくりの可能性が。
「あの、その、神見習いという証拠か何かあったら、見せてもらいたいのですが」
「そうですね。では、お渡しした名刺の四隅が少し黒いのがわかりますか。そこを強く押してみてください」
言われるがままに名刺を机に置き、隅を強く押してみた。
「のおおおう、うわっ」
名刺から怪しげな光が天井に向けて放出され、その光に触れた天井一杯に、とんでもない光景が映し出される。
空から下を眺めているような風景。広大な草原には何十メートルもある巨大な恐竜のようなものが見える。その周辺にはゲームのキャラが着てそうな甲冑を着込んだ男性や、コミケで見るコスプレ女性のような露出度が無駄に高い女性。
そんな人たちが、手から炎を噴射したり、振り下ろした剣から光る光線のようなものが射出され、恐竜のようなものに突き刺さっている。
「へうっ? はあっ!?」
「ご理解いただけましたでしょうか。今、異世界の映像をリアルタイムで放映しています。あの恐竜のような生き物が、あの世界で俗に言う魔物ですね」
へ、へえ、そうなんだ。あ、うん。驚きすぎて脳が現状を処理できていない。
あ、うん。あれ冒険者かな。必殺技っぽいのが炸裂した……あ、勝った。
「はい、これで信じてもらえましたでしょうか」
「え、ええ、信じないわけにはいきませんよね。と、いうことは、つまり、あれですか。俺もとうとう異世界転生を!」
「違います」
「な、なんだと……」
何即答してくれているわけ! このシチュエーションでおかしいだろ、その対応!
「期待させてしまいましたか。失礼しました。なうろう作者としてご活躍の貴方に、異世界転生についてのアドバイスをいただけないかと思いまして」
「す、すみません。状況が掴めなくて。ええと、もう一度説明をお願いします」
「初めから説明しますね。まずは自己紹介から。天使役所、異世界転生課に勤める、目神 天聖子と申します」
めがみてんせいこ……いや、もう少し名前捻ろうよ。
「就職二年目の新人です。この度は急な申し出で申し訳ありません。我々、転生課は日本で死んだ人を適当に選び出して、異世界に送り込むのが仕事となっています」
「え、ええと、転生する人と言うのは、何かしら理由があったり、誰かを庇った褒美に転生の権利を与えられるというのが……」
「あ、それは建前ですね。出来るだけ変わった死に方や、掴みが良さそうな死に方をした人を優先的に回しては貰っていますが」
「掴みが良さそうな死に方って何!?」
「え、定番の誰かを助けて死ぬとか、何かしらの因縁があって殺されるのがベストですね」
ベストって何が!?
「まあ、納得できないのであれば、理由があって選ばれたってことにしておきましょう……そういう人の前に現れて、異世界転生の話をする。というのが私の業務です」
業務って……。い、イメージと違うな。
「そこまではいいのですが、最近、転生の話をする度に、若い人に多いのですが「あ、これ知ってる」とか「異世界転生でしょこれ」とドヤ顔で偉そうな態度を取る人間が多いのですよ。でまあ、それでも事務的に話を進めて、転生先がどういったところか、何に転生するかを話すと「えー、ありきたりだな」とか「チートは、チートくれないの?」とか返す馬鹿が多いのですよ」
そこまで話すと眼鏡を取り、大きくため息を吐いている。
そういった輩の相手に疲れている様子だ。ストレスが溜まっている状態のOLみたいだな。
「ぶっちゃけ、鬱陶しいのですよ。最近の転生者は! 口には出さなくても、心の中で、ありきたりだとか馬鹿にしてっ! マンネリ化は良くないと、先輩方を参考にして神のミスで殺してしまった展開にしたら、ちょー強気になって偉そうな口をききやがる! あまりに腹が立ったから、最強のボウフラにして異世界に送り込んでやったわ!」
こ、怖いっ!
神見習いは髪を振り乱し、唾を吐き散らしながら鬱憤を爆発させている。
さっきまでの丁寧な口調は完全に消え失せ、乱暴な話し方で愚痴をぶちまけてらっしゃる。
「あ、すみません。というか、もう丁寧な口調はいらないわよね。まあ、そんな感じで転生の仕方に迷っているのよ。在り来たりな転生だと掴みが弱くて、ポイントも伸びないからね。貴方は初っ端だけは面白いことで有名でしょ? だから知恵を拝借できないかと思って」
初っ端だけは余計だ。確かに、序盤は相手が興味を持つような展開にしてポイントも稼げるが、その後がつまらなくていつも失速してしまう。人気作をパク――リスペクトしてばかりだと、本筋が面白くない。わかってはいるけど、そこが改善できない。
「知恵ですか……あれ? ええと、今、ポイントとか言ってましたけど、それって?」
「ああ、そこ。私たち天使役所の転生課や転移課って、異世界に人間を送り込むのが仕事なんだけど。その人がどういう人生を歩むのかレポートを書かないといけないの。それも、出来るだけ面白く」
「は、はあ」
「正直面倒なんだけど上司(創造神)から命令なわけよ。で、内容が面白く上司を喜ばせることが出来れば昇進も早まるって寸法なの。神の暇つぶしって奴ね。で、自分のレポートについての客観的な意見を得る為に、なうろうに小説って形で投稿しているの」
「はい? えっ?」
何を言っているんだ、この人……じゃない、神見習いは……。
「だーかーらー、なうろうに投稿してポイントを貰ってランキングの上位にのれば、面白いってことよね? 天使役所の転移転生担当者は全員、なうろう作家もやっているのよ」
「いやいやいやいや! ちょっと待ってください! え、何で女神様たちが、なうろうに投稿しちゃってんですか!?」
「天使役所の人が書いている作品で、かなり人気なのもあるのよ。累計ランキング〇位とか〇位とか〇〇位とかもそうね」
はああああああああああああああああっ!? その作品目を通したことがあるけど、妙に異世界の描写が上手くて、リアリティーすら感じると思っていたら、リアルだったのかいっ!
「累計100位以内なら3分の1ぐらいが、天使役所の人が書いた物よ。書籍化の打診が来たら、人間に化けて地上に降りる許可が出るから、皆羨ましがるのよ」
ライバル作家は女神様でした。
って、笑い話にもならんわっ!
「でさあ、初めは転生してからのレポートだけで良かったんだけど、なうろうに投稿するようになってからは、書き出しに気を付けるようになってね。色々、意表を突くような始まり方をさせて、読者の心と、昇進への近道を得たいの!」
欲望丸出しの神見習いだなぁ。
「本編は転生者のリアルな生活を描写するだけだから、まあいいとして、こちらが干渉できる死に方と何に転生させるかってのが問題なわけ。そこで、初っ端だけは面白い貴方に白羽の矢が立ったのよ!」
色々と失礼なお方だ。
転生者に選ばれたのかと思えばぬか喜びで、実はアドバイスを求められるだけとは……あれこれって……。
「あの、失礼だとは思うのですが、これって俺は自分のアイデアを提供するだけで、メリットが何もないですよね」
女神相手に駆け引きしようなんて考えは無いが、小説のアイデアを提供してこっちは何も見返りないのは、少々つらいんだが。
「そこは、ちゃーんと考えているわよ。もし、この依頼を受けてくれるなら……リアル転生者が異世界でどう過ごしているのか、リアルタイムで見られるチャンネルを、そのテレビに増やしてあげるわよ。どう、これで小説が捗るんじゃない?」
「何でも仰ってください、女神様」
迷わず即答した。
こうして、女神様にアイデアを提供して、人気なうろう作品を目指す、という訳のわからない事態となった。
これは天が与えたチャンスなのか、それともただの厄介事なのか……それがわかるのはもう少し後になってからのようだ。
この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです