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ぱちり。
僕の魔法を正面から食らって気絶していた間抜けな女が目を開いた。
今まで「ごめんって・・・」だの「いや悪気はなくて・・・」だのと訳の分からない寝言を繰り返していたが、最後の最後に「本当に申し訳ありませんでした!」と土下座しそうな勢いで謝り、自分の声で目を覚ましたアホみたいなヤツである。(でもなんだか可哀相になったから黙っててやることにした)
まあそんなわけで起きた彼女はガバッと上体を起こしキョロキョロろ周囲を見回す。
その途中で僕の姿を見留めて暫く考え込んだ。今の状況が分かっていないのだろう。
「っ、あ、ぁああああああああ!」
「煩いんだけど。音量下げて」
どうやら漸く自分が置かれた立場を理解したようで、悔しそうに顔を歪ませた。
「アタシ負けたんだ・・・」
「当然。僕に敵うわけないじゃんか」
「くぅ・・・!あそこ以外じゃ負けることもないと思ってたのに」
コイツの話に時々出てくる“あそこ”や“あのこ”といった単語。それが何を意味するのか僕には流石に推し量れないけど、聞きはしない。僕にだって話したくないことはある。他人の事情に踏み入る気は欠片もないのだ。
どうせ深く人と関わることだって大してありはしない。まあ最も、この女は人間ではなく魔術師だけれど。
「あんた、旅人なんでしょ!?アタシも一緒に行くわ!」
「・・・は?」
「強くなるために旅に出てるのよアタシ!アンタに勝つことを暫くの目標にする!」
なんて押し付けがましい女だろう。こちらの意見なんか聞きやしない。
女三人寄ればかしましいというが、一人でも十二分に姦しい。
「僕、許可した覚えないんだけど?」
「アンタの意見とか聞いてないわ!アタシ、飛行だけは昔から上手いの。着いて行くのくらい朝飯前!」
「げ、ストーカーする気・・・?」
「人聞きの悪い!」
なんてことだ。僕はあくまで一人で“あれ”を探し出したいのに。
こんな煩い同行人なんて御免である。
「アンタ、身勝手って言われない?」
「何回も言われたから覚えてないわ。・・・ところで、アンタは勿論、理由があって旅してるんでしょ?」
「・・・話さないよ」
念を押す。随分と不躾な質問だ。
“ちょっと人には言えない事情”とやらが僕にはある。
それのせいでかなりの間悩んできたし、こういうお気楽な“人間”が羨ましかった。
「聞きゃあしないわよ。ただ、物によってはとっても強いツテがあるの」
「・・・それは、魔法関係?」
解答を待つ。
コイツは魔術師だ。もしかしたら、“そういったこと”に詳しい人間の知人がいるのかもしれない。
彼女は僕から目を逸らさないまま、コクリと頷いてその顔に笑みをたたえた。
「“マグム機関”___知ってるでしょ?」
マグム機関___多くの魔術師が所属し、その力を様々な任務に行使しているという機関。
そこになら僕の欲している情報があるかもしれないとは踏んでいた。
・・・都合が良すぎるほど、願ったり叶ったりな話だ。
「そのうち、一つの支部に知り合いが居る。でも、ちょーっと地図をなくしちゃってね、武者修行したって帰り道が分かんなきゃ意味もない。そこまでアタシを連れてく間、時々手合わせしてよ」
「・・・証拠が足りないし、何より君が道を覚えてないんじゃどうしようもないだろ」
「アタシが居るってだけでもなかなかの価値よ?___だって、そこには本来支部員しか入れない。幻の支部ってヤツだもの___賭けてみる気はない?」
ゴクリ。ありもしない唾を飲み下す。
我ながら少し興奮状態にあるみたいだ。漠然とした高揚感に包まれている。
コイツが何かを知っているとは思えない。でも、そこで、もし、
僕の心臓の在処が、分かるとしたら。
分かると、したら。
「賭けてあげるよ、満足?」
「____上々!」
斯くして、二人の珍妙な旅は始まった。
それを見つめる一つの影に___
「ころしてやる・・・ころして、やる・・・!」
二人は気付かずにいたのでした。