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桜の花が散るのを窓から眺めていたから、きっとそのときの季節は春から夏に変わる辺りだったと思う。僕とジョンと、彼女は博士の部屋で授業を受けていた。
「――パラドックスの恋文っていうのはな、タイムトラベルなどをして時間的にズレが発生した人間に出る現象のことなんだ」
博士は黒板を背に言った。僕ら三人は知識も詰め込む必要があるから、と博士が言ったのである程度の勉強をしなくてはならなかった。まあ、それでもイブはまだ試験管の中にいるから言葉が聞こえているかも解らない。けれど博士は「彼女も聞いているよ。ちゃんと勉強しような。彼女に先を越されるぞ?」と茶化されて結局は彼女が最後まで言葉が聞こえているのかは解らなかったけれど。
「博士、それってどういうことなんですか?」
僕ではなくて、ジョンが訊ねた。ここでは博士ではなくて先生と呼ぼうなと、念をおして博士は答えた。
「そうだな。……例えば、彼女が死んだ後の日付のラブレターが出てきたらどうする?」
「……それ、一種の心霊現象ですよね?」
「いいや、れっきとした科学だよ。ただね、これの確証が取れていないんだよ」
博士は笑って言った。
「例えばだ」
博士はチョークを手に取り、黒板に図を描き始める。
暫くして、描き上げたのは二つの棒人間だった。
「例えば、この棒人間をA、Bとする」
そう言って左から『A』『B』と顔に書いていく。
「このAがBに恋心を寄せていたとしようか」
そう言ってAからBに矢印を伸ばし、真ん中にハートマークを描いた。
「だが……Aは死んでしまった。この時間をtとしようか」
そして上にtと書き、Aと書いた棒人間を消した。
「tで死んでしまったのだから、進んだ時間軸t+1ではAは死んでいるはずだ」
そのすこし離れた隣にt+1と書き、今度は棒人間を一つ――Bだけを描いた。
「だが、t+1で居ないはずのAからラブレターが届くとしよう」
そう言って黒板にtでAが居た場所から矢印をBに向けて描いて、その真ん中に手紙を示す絵を描いた。
「……これでは矛盾してしまう。だって、t+1ではAは死んでいるのだから。だけど、これが成り立ってしまう。……これが『パラドックスの恋文』だ」
◇◇◇
授業が終わって、僕らは歓談していた。テーマは勿論、『パラドックスの恋文』についてだ。
「どう思う?」
訊ねたのはジョンだった。
「僕はあってもいいと思うな。なんかそういう……すこし不思議な感じがあってもいいと思うんだよ」
「お前はいつもそうだよなー」
そうなんだろうか。僕はいつもジョンに結構ふわふわした考えをしていると言われる。そもそも、『ふわふわした考え』ってのが何なのだろうか。ジョンに訊ねても、「まあそういうもんだよ」としか言ってくれない。彼もその答えを知らないんじゃないか、って思えてしまう。
「……まあ、そういうのもあればいいよな」
「おおっ。とうとうジョンも僕の気持ちが解ってくれた?」
そう言うとジョンに殴られてしまった。いいじゃないか別に。彼だって同じような考えをして、笑う時もある。そういう人間だからこそ、僕はジョンと仲がいいのかもしれない。
「……まあ、パラドックスの恋文、だなんて実際に起きたら信じちゃうのかな」
ジョンは、僕に告げた。その目はなんだか悲しそうだった。




