前編-9
「急に叫ぶもんだからびっくりしたぞ」
周りは水を打ったようにしーんと静まり返っている。当たり前だ。
海水浴客はもとより、監視台に座る監視員やちょうど外に出ていた旅館の従業員までもが僕に注目しているのだから。
なんなんだこの羞恥プレイは?
宿泊部屋を見上げたら、この羞恥プレイを強要した本人の姿はなかった。関わりたくないと身を隠したのか、それとも床の上で笑い転げてるのか。
僕は嘆息をついて肩を竦めた。
「単なるバツゲームだ。気にしなくていいよ」
「バツゲーム?」
僕が冬夜少年と会話を交わすと、注目していた周りの人たちは何事もなかったようにみな目を逸らしていった。
そうだ。どうせなら彼も巻き込んでしまえ。二人より三人の方がゲームだって楽しいだろう。バツゲームにあう確率だって三分の一になるのだ。
ちなみに本心は言わずもがな後者だ。
「今部屋でテレビゲームやっててさ、一緒にどう?」
「なるほど。そのゲームで負けてバツゲームをやってたのか」
「まあ、そんなところ」
「ちょうど退屈してたんだ。お言葉に甘えて俺も混ぜてもらおう」
というわけで、早速部屋まで冬夜少年を連れてきたわけだが、突然現れた参加者に神原さんはきょとんとした。
「霜月 冬夜です」
冬夜少年・・・もとい、霜月君は軽く頭を下げた。
「じゃあ、その方がさっき言ってた」
「僕と同じで霊が見えるという方だよ」
神原さんはすっくと立ち上がり、自己紹介とともに一礼した。
それから僕の方を向くと、
「ところで、さっき叫んだ・・・いや、いい。なんでもない」
何か言いかけたものの、すぐに引っ込めてしまった。
僕は首を傾げて聞き出そうとしたがそっぽを向かれてしまった。
「気にしないで。続きしよ! 続き!」
そしてゲームは再開。霜月君はこのゲームをやったことがないらしいので、ハンディ機能をつけることになった。
そして今回の勝負では、僕が反撃に出て神原さんを集中攻撃したので、どうにか彼女を負かすことができた。
で、神原さんがひいたくじの内容は、
「パンツ一丁になる・・・」
僕が内容を読み上げると、彼女は困惑の面持ちで僕と霜月君を左見右見した。
神原さんは先述したように、水着に羽織りもの一枚という格好だ。
「これは仕切り直しでいいだろ?」
と、隣の彼。
僕も同意だと頷くと、彼女は安堵のため息をついた。
再度くじをひき、神原さんが次に出したバツゲームの内容は、
「好きな歌をアカペラで歌う。もう! まともなのがないわね」
うんざり気味な神原さん。でも言い出しっぺはあなたなんです。
「そりゃあバツゲームだもんな。もうパスはできないよ」
「わ・わかったわよ!」
辟易しながら神原さんは、僕の隣であぐらをかいている霜月君に言い返し、立ち上がる。
そして深呼吸してから一度口を閉じ、徐に小さな唇を開いた。
彼女の口元からやわらなかな音色がきこえてきた。
会話の時の声とはまた違った、心地よい音色。ハープのように澄んだその声は聴いていて吸い込まれそうになる。
曲は僕でも知っている、ちょっと前に流行った曲だ。映画のタイアップにもなっているから、予告編のCMなどで何度も耳にしたことがある。
映画のタイトルは思い出せなかったけど、余命幾ばくもない彼女と、そんな彼女を好きになった男との一時を描いた悲恋の物語らしい。
映画を見たことのない僕でさえ、彼女の声と歌詞に包まれていたら目頭が熱くなってきた。
おそらく、ストーリーの内容が織り交ぜられた歌詞なのだろう。それを自分に当てはめている僕がいた。
ふと、気づけば神原さんは口を閉じていた。
1コーラス分だけ歌った彼女は困憊したように畳に座り込んだ。
「も・もういいでしょ」
彼女の両頬は赤面していて耳まで赤くなっている。
もっと聴きたい。本当にそう思った。
隣の霜月君はどうだったんだろうかと、彼を見やった僕は少し驚いてしまった。
「ちょっ・・・泣くことないじゃない!」
神原さんも驚愕した。
彼の左頬に一筋の雫が垂れていたのだ。
「な・泣いてねえし! ちょっと昔を思い出しただけだ!」
言いながら右手の甲で頬をこすり、強がってみせる彼。案外涙もろいのかもしれない。
僕だけじゃなく、彼もそれだけメロディーと歌詞と彼女の声に陶酔しきっていたのだろう。
「ほれ! 続きしろよ!」
あまりからかうなと、霜月君は神原さんにコントローラーを差し出すと、彼女は満足そうにそれを受け取った。
さて、残りのバツゲームは1つとなった。次の対戦がおそらく最終戦だ。
そして十数分後、勝負に敗北して罰ゲームの最後の餌食に決まったのは霜月君だった。
ちなみに勝敗に順位をつければ神原さんが二位で、僕が一位となる。
残ったバツゲームの番号は10番。
僕はその内容を読み上げた。
「最下位が二位とキスする・・・は?」
何が面白いんだ? てか、誰得だよ?
昨日このバツゲームが出てたらどうなってたかと思うとぞっとした。男同士でやるものだから卑猥なものはないだろうとは思っていたのだが・・・。
「ほう。バツゲームというほどでもないな」
しかし霜月君はなんのためらいもなく隣に座る神原さんの腕をつかんで引き寄せると、間、髪いれずに彼女の唇をあっさりと奪ってしまったのである。
「ええ!?」
僕は絶句した。
ホントにやるなんて思ってなかった。
神原さんは目を開ききったまま硬直していた。
が、やがて、ばちんっ、という音があがった。
神原さんが彼の頬をひっぱたいたのだ。そして唐突に立ち上がると部屋から出ていってしまった。
「すまん。アメリカに滞在してた時期があって、キスにあまり抵抗がなかった」
面目なさそうに後頭部をかく霜月君。
「なんだよそれ」
理由になってないが深くは追求していられない。それよりも、とにかく神原さんを追いかけなくては。
僕は立ち上がって部屋を出ようとした。が、なぜかそこでもう一度室内に振り返った。
第六感というやつだろうか。
それがまさに的中していたのである。
「・・・霜月君?」
いないのだ。彼の姿がどこにもないのだ。
僕が目をはなした一瞬の隙に隠れたのか?
いや、そんなことはやりそうにない性格だろうし、クローゼットの中などに隠れたのなら開け閉めした時の物音1つくらいしてもよさそうだ。
部屋から出て行ったとしても、扉の前には僕がいるのだから気づかないわけがない。
なら結論は一つ。
「まさか、やっぱりあいつが如月 冬夜なのか・・・?」
僕は背筋が凍りついて暫く立ち尽くしていたが、
「いや、今は神原さんを追わなきゃ!!」
テーブルまで戻って卓上の部屋鍵を掴むと、僕は慌てて部屋を飛び出した。