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前編-8

 ふと、波打ち際を見れば、直之と武、美月さんと麗奈さんが楽しそうにビーチボールで遊んでいた。

 奴隷やらなんやら言われておきながら武たちは結構楽しんでるわけで、こっちは二人悄然と砂浜を歩いているだけで、なんだこの差はいったい?



 しかし、僕も男なわけで、美月さんと麗奈さんの胸が走ったりボールをトスする度に揺れているのが――、



「どこ見てる!」



「え? ど・どこ見てるって何が?」



 それは、まるでテスト中に密かに行っていたカンニングが見つかったような心地だった。



「姉さんたちの胸見てた!」



「ええ!?」



 鋭い。とぼけても無駄なようだ。



「まあ・・・ちょっとだけ」



 僕は潔く認めた。



 神原さんは不機嫌そうに胸の前で腕を組むと、両腕の下にある小ぶりな胸を見下ろして、



「ふんっ、そ・そりゃあ私のは小さいけど・・・って、こっち見るなばかぁ!」



「ご・ごめん」



 話の主語の方を見てしまうのは不可抗力だ。でも、一応謝っておく。



「今に姉さんに負けないくらい成長してやるんだから!」



 彼女はふんっ、と鼻息混じりにそっぽを向いた。



「それよりも、部屋に戻るんでしょ? だったら鍵もらわないと」



「そうだ。すっかり忘れてた」



 僕たちはビーチボールに夢中の武たちのいる波打ち際へと向かった。



「よお。急にいなくなるからビックリしたぞ」



 と、武。

 その後ろでは直之が怪訝そうに僕と神原さんを見比べていた。



「やっぱりそうだ。君、登校の時にいつも同じ電車に乗ってるよね」



 どうやら直之は気づいていたらしい。観察眼が鋭いというか、いつも周りをよく見ている。



「え? そうなのか?」



「うん。いつも離れたところにいるから気づきにくいけど」



 気づいていたのは直之だけのようだ。



「美織? じゃあやっぱりその子があなたの言ってたおも――」



「しーっ!」



 神原さんは人差し指を口元にあてつつも本当にそう発音して麗奈さんを遮ると、今の話題に触れられたくないのか、早々に目的を果たそうと切り出した。



「ねえ? 部屋に戻るから鍵くれない?」



 と、神原さんが発言した瞬間、4人の顔が時間が止まったかのように凍りついた。



「何? どうかした?」



「・・・お前ら、もうそんな関係になったのかよ!?」



「は?」



 事態が飲み込めないのか、顔をしかめる神原さん。



「美織? あなたそれなりの覚悟はできてるんでしょうね?」



 妹に似た切れ長の目で僕らを睨み付ける麗奈さんは少し凄みがあって怖い。



「覚悟? なにを覚悟するのよ?」



 僕もだが、神原さんも麗奈さんと武の言っていることが飲み込めてないようだ。



 すーっと息を吸い込むと、麗奈さんは目を見開いて、



「なにって、あなたたち今から部屋に戻ってエッ――」



「しません!!」



 僕と神原さんの声が被って大きくなったのか、周りにいた人たちが一斉に僕らに注目したので、僕は声のトーンを落として、



「昨日から身体の調子が悪いから部屋に戻って寝るだけです」



 それにつられるように神原さんも小声になる。



「私も海で遊ぶ気分じゃないから部屋で過ごそうと思っただけよ」



 硬直していた武は緊張感を吐き出すように溜息をつくと、僕を見て照れ隠しするように笑った。



「そ・そうか。そうだよな! お前にそんな度胸ないもんな」



「どういう意味だよ?」



 武の隣では、安堵したのかほっと胸を撫で下ろした麗奈さんが、



「ごめんなさい。どうやら早合点だったようで。鍵はフロントに預けてあるわ。外出する際には預ける決まりになってるから。名前と部屋番号を伝えたら返してくれるわ」



 そうだったのか。昨日は鍵持ったままで出ていってたな。



 それから僕らは武たちと別れて旅館のフロントで鍵を受けとると、宿泊部屋のある三階へとやってきた・・・のであるが、



「えーっと、どこまでついてくるおつもりで?」



 鍵を挿して扉を少しあけたところで、僕は隣に立つ少女に早速疑問を述べた。



 神原さんも自分の部屋の鍵を持っているので来る途中のどこかで別れるのかと思っていたのだが、どういうわけかここまでついてきていた。



「今日1日あなたは私のなに?」



「なにって・・・下部でしたね」



 思い出した僕は肩を落として憮然そうに言うと、



「正解」



 彼女はにっこりと、したり顔で微笑んだ。



「今日1日許可なく私から離れることは許さないから」



「・・・さいですか」



「もう一つ言うと、あなたのせいで海で遊べなくなったのよ。その責任をとって私を退屈させないようつとめなさい!」



 それを言われると頭があがらない。



「わかったよ」



 扉を開けきって、靴脱ぎでスリッパに履き替えて部屋に入ると、僕は唖然とした。



 すっかり忘れていたのだ。

 眼前の光景を見て神原さんも絶句している。



 テレビにつなげられたゲーム機、テーブルの卓上に広げられたバツゲームの残骸その他諸々。

 朝部屋を出る前に布団だけは片付けたので、三人分畳んで部屋の端の方に寄せてあるが、それでもこの乱雑さはひどい。



 呆れ顔で部屋の中を見渡す神原さんは溜息まじりに、



「いったい何をしたらこれほどまで散らかるのよ?」



「ゲームで負けたやつがバツゲームをするという・・・」



 僕はテレビを指差し、控えめにそう囁いた。



「へぇー、じゃあこれがそうなんだ?」



 彼女はテーブルの上にある、あみだくじの紙を手にとって、



「面白そうじゃない。いい退屈しのぎにはなりそうね」



「え? もしかして・・・やるつもり?」



「じゃあ、なにか他にやることある?」



「他にって言われても・・・」



 部屋を見渡してみるがゲーム機以外何も見つからない。

 仕方ないので自分の鞄を漁ってみた。



「トランプならーー」



「却下。二人でやってもつまらない」



 こちらが言い終わる前に却下されてしまったので、泣く泣くトランプを戻すが、



「あれ・・・?」



 こんなの入れたっけ?



 カバンの中に入れた覚えのないものが入っていた。



「じゃあ早速電源を入れるわね」



 神原さんはテレビとゲーム機の電源をいれていったので、僕はカバンの中で見つけた物から目を離した。



「このゲーム私もやったことあるから、心して挑んできなさい。当然ながらこのバツゲームもありよ」



 ゲームの起動画面を尻目に、アミダクジの紙を僕の前に差し出して神原さんは上機嫌で宣言した。



 そしてコントローラーを持ったが最後、彼女は本当に強くて、こてんぱんにされた挙げ句に敗北してしまったのである。



 残ってるアミダくじは四つ。

 その内の、僕が選んだ数字を辿って出たバツゲームの内容とは、



「海に向かって、好きな人の名前に続けてバカヤローっと叫ぶ・・・ってなにその青春ドラマ」



 夜ならともかく、シーズン真っ盛りの海水浴客だらけの海でなんておそろしいことをしなければならんのだ?



「・・・好きな人」



 と、彼女の口からそう聞こえたので神原さんを見やったら、なぜか彼女が落ち込んでいた。



 いやいや、バツゲームを受けるのは僕なんだから落ち込むのは僕の方でしょうが。



「そ、そうよね。いたっておかしくな・・・」



 彼女の声は段々小さくなっていって最後まで聞き取れなかった。

 しかしその直後、



「じゃあ、私は窓から見ててあげるから心置きなく叫んできなさい」



 何か吹っ切れたかのように、神原さんはやつあたりよろしく言い切ったのである。



「いや、流石にこれはやだよ」



「えー。じゃあ姉さんに襲われたってー」



「あなたは鬼ですか?」



 仕方ないと、僕は部屋を後にして旅館の外へ出たのだった。



 振り返って三階の自分の宿泊部屋を見上げると、窓越しに神原さんが手を振っていた。



 ホントにやらなきゃいけないのかよ。



 一応、僕も年頃の一少年だ。好きな人くらいはいる。

 同じクラスの女子だ。でも、噂ではもう彼氏がいるらしい。同い年には見えない大人びた美女なので彼氏がいたって不自然ではない。



 彼氏のいる女の子の名前を叫ぶのは気が進まないし、適当に作った名前で叫ぶのも、それはそれで気が進まない。



 仕方ない。

 僕は覚悟を決めて波打ち際に立つと、息を吸い込んだ。



 そして大口を開けた。



「夏姫のばかやろーーーーーっ!!」



「うわっ!?」



 傍らからの唐突な声に振り返ると、そこには冬夜少年が立っていた。



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