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前編-7

 冬夜少年は神原さんの走っていった方角を一度見て、にこにこしながら尋ねてきた。



「可愛い女の子が走ってったけど、なんだかふられたように見えたが、君がふったのかい?」



「まさか。僕がそんなにモテるように見える?」



 何が癇に障ったのかは自分自身でもわからなかったが、僕はついぶっきらぼうな口調になってしまった。



「ああ。見えるよ」



 しかし、彼はそうあっさりと返答をよこした。



「なら君の目は節穴だね」



 どうにもイライラが募っていて、早く一人になりたい衝動に駆られた。



「とりあえず、もう旅館に戻るよ」



「え? 戻るのかい?」



「あまり外に長居したくないんだ」



「なぜ? せっかくあそびに来たんだろ?」



「そういう気分なんだ」



 応酬を繰り返しても埒が明かないと、僕は冬夜少年に背を向けて歩き出していた。



「じゃあ、質問を変えよう。君も見えてるんだろう? あそこで手招きしてる人が」



 背後から唐突に投げ掛けられた、全く予想だにしていなかった問いに、僕は全身が凍りついた。



「ああ。僕にも見えてるさ。あそこにいるのと、あっちにいるの」



 僕の返答を待たずに、彼は自分も霊が見えることを明かした。

 振り返ると、彼は複数の箇所を指差していった。

 神原さんがいた時に僕が示した場所と、それは同じだった。



「見えてるなら仕方ない。お気の毒だね」



 僕は氷づけにされたように動けず絶句していた。



 そうか。だからこの少年も夜中に会った時と同じ私服の格好をしていたわけだ。

 幽霊が見えてるのでは、水着に着替えて海に入るわけにもいかないのだから。



「君はいったいーー」



「おっと、戻ってきたみたいだね。じゃあ行くよ」



 言下に遮られ、自分が去るはずだったのに、冬夜少年が先に去っていってしまった。



 去っていく彼の姿を見届けていると、入れ違いのように駆けてくる足音。



「はぁ・・・はぁ・・・よかった。まだいたんだ」



 戻ってきたというのは、神原さんのことだったようだ。

 彼女は膝に手をついて肩で息をしていた。



 幽霊が苦手だろうから、さっきの話題でもう戻ってこないと思っていただけに、僕は暫し唖然としていた。



「はぁ・・・はぁ・・・これ!」



 呼吸を整えながら僕に差し出してきたもの、



「幽霊がいるっていってたけど、これ持ってれば大丈夫でしょ?」



 彼女の手の中にあったのは水色の小さなお守りだった。



 神原さんは魔除けになると思って持ってきてくれたのだろう。

 しかし、このお守りは、



「これ、交通安全て書いてるよ」



「これしか持ってなくて・・・やっぱりダメ?」



「いや、ダメってわけでもないけど」



 何かが吹っ切れた心地がした。だから僕は彼女の手からお守りをもらった。



「ありがと」



「え?」



「幽霊の話で怖がらせたから、てっきり僕のことを嫌って逃げてったのかと思って」



「べ、別にそんなことで嫌うほど私は、私は・・・」



 最後の方は蚊の鳴くような声だったので、小さすぎて何と言ったのかは聞き取れなかった。

 それよりも、どういうわけか彼女は唐突に顔を赤くして目に角を立てたのである。



「な、なに言わせる! それよりも、幽霊がいて海で遊べないのにどうしてこんなところに来たのよ?」



「こんなことになるなんて予想してなかった。というより忘れてた」



「間抜けね」



 不敵な面持ちでクスクス笑う神原さん。

 確かにその通りだから認めざるを得ない。



「ごもっとも。でも、まだ慣れてないんだ。見えるようになったのは半年くらい前からだから」



「え? そうなの?」



「ああ。それまでは僕はごく平凡に暮らしてたんだよ」



「そうだったんだ」



 半年前に何があったのか、経緯を訊かれるかと思ったけど、神原さんは何も尋ねてこなかった。

 やはり幽霊が苦手なのだろうから、それが見えるようになるきっかけなんて知りたくはないのだろう。



「じゃあこれからどうすんのよ?」



「残念だけど部屋に戻ってゆっくりするよ」



「そう? なら私もそうする」



「どうして? せっかく来たんだから皆と遊んできなよ」



 その瞬間、神原さんにギロッっと睨まれてしまった。



「何言ってんの? 幽霊がいるなんて言われたら海に近づけるわけないじゃない」



「そ・そっか。ごめん。巻き添えにしちゃって」



「いい。それにあなたは今日1日私の忠実な下部でしょう? 傍にいて仕えてもらうから。約束は果たしてもらわないとね」



「さいですか」



 そんなやりとりの末、僕らは旅館へ向けて歩き始めたのだった。



 旅館に近づくにつれ、海水浴客が多くなってきた。相変わらずすれ違うのはカップルや家族連ればかりだ。



 神原さんは僕のとなりを同じ歩幅で歩いているが、何かの話題で盛り上がってるというわけでもなく、ただ黙々と足を進めていた。

 こうして歩いているとカップルみたいで、二人並んで歩いているのが自分でも信じられなかった。



 澄んだ茶色の瞳を内に含んだ切れ長の目に、時折緩やかに吹くそよ風になびくウェーブの入った茶色の髪、まだまだ成長盛りだと言わんばかりの小柄で華奢な体躯、少し圧しの強い性格だが、隣を歩いている神原さんは美少女そのものだ。



 今しがたすれ違った同年齢くらいの男性三人組の視線を集めていたし、学校ではかなりモテるのではないだろうかと思う。



 一目でも見てしまうと目が離せなくなりそうな、そんな尊さと麗しさが彼女にはあった。



「なに?」



「いや、べ・別になんでもないです」



 だから見とれてしまって、今みたいに虚を衝かれて動揺している自分が恥ずかしくなった。



 しかし、僕の胸中などどこ吹く風、隣を歩く彼女は突然口火を切ったのである。



「ねえ? ちょっと聞きたいんだけど、この辺りで中学生くらいの男の子の幽霊って見たりした?」



「男の子の霊? いや、見てないけど、なぜ?」



「師走の館」



「え?」



 背筋が凍りついて、僕ははたと足を止めてしまった。



 またその館の話題か。

 ここに来てその館の名前を聞いたのは三度目だ。



 神原さんは僕の二歩先で振り返り、不思議そうに僕を見ていた。



「どうかした?」



「いや、何も。神原さんも知ってたのか。よほど有名なんだね」



「私は昨日姉さんから聞いただけ。有名かどうかは知らないわ」



「その男の子が師走の館と関係があって、この辺りに出没するとか?」



「そうらしいわね。私が聞いた話では、その男の子は師走の館の住人らしいんだけど、師走の館の中で男の子の名前を呟くと館から出られなくなるとか」



「それは物騒な」



「その男の子の名前が『きさらぎ とうや』って言うらしいわ」



「なんだって!?」



「きゃっ!!」



「あ、ごめん」



 僕は夢中になって鷲掴みしていた神原さんの肩から両手を引いた。



 まさかあいつが・・・。

 いや、でも昨日といいさっきといい、そんな雰囲気は感じなかったが。

 もしかすると同名かもしれないのだ。早合点しない方がいい。



「なに? なんか知ってるの?」



「・・・いや。ここにきてから同名の少年と何度か会っててさ。幽霊ではなかったけど」



「そうなの? 奇妙な巡り合わせね」



 そういえば彼にも霊が見えていたんだ。

 もしかすると、彼とは何か縁があって引き寄せられたのかもしれない。そう思った。



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