前編-5
翌朝、午前6時過ぎに僕は目を覚ました。
軽快なBGMが夢のなかに流れ込んできたからだ。テレビもゲーム機も電源が入れっぱなしだった。
「・・・ったく、寝落ちするまでゲームし続けるなんて」
ため息混じりに両方の電源を落とすと、広縁に歩み寄ってみる。
ほんの少しだけ窓を押し開けてみた。といってもやはり安全のために全開はできないようだ。
深夜から早朝にかけての空気は澄んでて清々しい。
微かな風も吹いていて、寝ぼけ眼の僕の頬をやんわりとかすめていった。
昨晩、いや、既に今日だったが、砂浜で幽霊を見ることはなかった。
しかし、陽が差すと影の住人は活動するようだ。
波打ち際に軍服姿の男性の影があった。
早起きだな。もとい、活動時間が逆だろ?
もしかすると、近くにあるという廃墟『師走の館』のせいなのだろうか?
それはさておきだ。
実は言うと昨日から僕は変な違和感を感じていた。その違和感の根本がちょうど今しがたわかった。
昨日の女性二人組とのちょっとした騒動の時だ。
こっちの人数がばれた時、どちらの女性が言ったのかはわからないが、こう言ったのだ。
『こっちは三人、あなたたちも三人でちょうどいいもの』
そう。あそこにいたのは女性二人だけ。彼女たちにはあと一人連れがいるということになる。
こんなことに気づいたところで、先の奴隷イベントが回避できるわけではないので、嘆息をつくしかないのだが。
そして時は流れて午前8時前。
その頃には武も直之も目覚めていたが、どちらも寝不足の影響で目の下に隈ができていた。
聞くところによれば、4時過ぎまでゲームをやっていたらしい。
それから僕たち三人は一様に身支度し、昨日夕食をとった館内にあるレストランにて簡単に朝食を済ませると、時刻は約束の9時を後5分程でまわる頃。
待ち合わせ場所であるエントランスに着くと、そこには既に昨夜の女性二人が待っていた。
だが、三人目の姿はなかった。
僕の両隣には、仏頂面の武と無機的な面持ちの直之が立ち尽くしている。
「来たわね」
「感心感心」
女性二人はどちらも水着姿だった。
黒髪はオレンジのビキニに水色チェック柄の薄手のパーカーを、茶髪サイドポニーはディープグリーンのワンピース水着に白一色の薄手のパーカーを羽織っていた。
しかし、どうあがいても二組の大きな胸に目がいってしまう。
「じゃあ、今から水着に着替えてきてもらいましょうか?」
「・・・え?」
黒髪が腰に両手をあててそう言うと、武はポカンとしながら疑問符を口からもらした。
そう。今の僕たちはみんな私服姿だった。
「ほら! さっさと着替える。海行くわよ」
「え? 今日一日奴隷だって・・・」
「確かに奴隷だって言ったけど、そんな手酷く扱ったりしないわよ。せっかく遊びに来てるんでしょ? なら互いに楽しまなきゃ」
武と黒髪の応酬に、茶髪サイドポニーが割って入り、そう説明するが、
「はあ・・・」
まだ武は状況が飲み込めてないらしい。
それよりどういうことだ? なんか素敵イベントになってないか?
「じゃあ、とりあえず自己紹介。そちらから」
茶髪サイドポニーに促されて僕たち三人は順番に名乗っていった。
「私は南条 美月。衣澄大学の一年」
黒髪の女性が僕らに続いて自己紹介し、
「私は神原 麗奈。同じく衣澄大学の一年よ。そしてあと一人は私の妹。もうすぐくるはずなんだけど」
と、茶髪サイドポニーが自己紹介と、僕にとっては三人目の正体についてのヒントを与えてくれた。
昨日は暗くてよく見えなかったが、神原 麗奈さんという方は、昨日コンビニで僕を凝視してきた少女に顔立ちがよく似ていたのだ。
あれ・・・? そんなことより、このままの流れだと、僕は海に行くことになるんじゃ・・・。
今朝波打ち際にいた軍服姿の男の影が頭を過る。
どうにかして海に出ることは回避しなくては。
「ごめん。二人で楽しんできなよ。僕、まだちょっと体調悪いから」
武と直之に断りを入れたちょうどその時である。
「ああ!!」
と、唐突に上がった声に、僕は面食らった。
声を上げたのは、階段のある方向からやってきた少女である。
少女はかけてくると黒髪と茶髪サイドポニーの間に割って入った。
「どうしたの美織? いきなり大声あげて」
茶髪サイドポニーが目を丸くして言った。
驚いたのは僕も同じだ。
予想通り、昨日コンビニで凝視してきた例の彼女だったからだ。
「ううん、なんでもない」
と、かぶりをふって誤魔化す少女。
自惚れかもしれないが、多分、僕の姿を見て驚いたのだと思う。
「この子が今言った妹の美織よ」
美織という少女は、先述したように、ウェーブの入った茶髪のセミロングに、姉の麗奈さんとよくにた端麗な顔立ちで、小柄で細く華奢な体躯だった。
女性二人と同様に、既に水着を着ていた。ツーピースのレモン色の水着で、胸元にはリボンがついている。その上に薄緑のカーディガンを羽織っていた。
容姿は姉にひけをとらないかもしれないが、胸のサイズは小ぶりだった。
「姉さん? 今日一日この三人が私たちに尽くしてくれるんだよね?」
「え? まあ、そうだけど」
「じゃあ、この人いただき!」
と、例の少女はいきなり僕の腕を掴むと、砂浜のある裏出口の方へ駆け出した。
「ちょっ・ちょっと・・・!?」
引っ張られながら後ろを振り返ると、残された四人が呆気にとられた顔で僕を見送っていた。