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前編-2(H25改)

 特急電車に揺られること一時間半、ようやく駅に着いた。

 改札を抜けて駅の中央出入り口をくぐり、バスロータリーを抜けて徒歩五分程のところに、僕らが宿泊する旅館があった。三階建てのその旅館は海水浴場に背を向けて建っていた。

 旅館の玄関は古い歴史を思わせる重厚のあるつくりで、いかにも値が張りそうな雰囲気に僕は少し後ずさりしそうになった。この旅館は実は直之の両親の友人が経営していて、彼の両親が話をつけてくれたお陰で今回僕たちは特別に値引きという計らいをしてもらっていた。だから、本来ならこんな高そうな旅館には泊まることはない。

 入り口の自動ドアをくぐると絢爛豪華なロビーが僕らを出迎えた。フロントの女性係員に名前を告げ、値引きしてもらったことへのお礼の挨拶をしたい旨を伝えると、今女将は忙しいので私から後で伝えておきます、と鍵を渡された。そして向かったのは最上階である三階の部屋。扉を開けるとそこは畳十畳分の広さの和室だった。ここでは二泊お世話になる予定である。

 数ヵ月後に待ち構えている進学に向けての受験勉強の息抜きにと計画された二泊三日の小旅行。言い出したのは武だった。そして直之が動いてくれたので、この小旅行が意外な形で実現した。

 部屋に入るなり、皆一様に荷物を畳に下ろした。部屋の真ん中には高級感のある漆塗りらしきテーブルがあり、その周りを四つの座椅子が囲んでいる。テーブルの上には茶櫃(ちゃびつ)があり、そこに急須と茶筒、湯飲みが三つ置いてあった。壁際には中型の液晶テレビ、その隣にある腰ほどの高さの白い冷蔵庫の扉には『冷蔵庫の中にミネラルウォーターが冷えています。ご自由にどうぞ!』というシールが貼ってあった。親切なホテルだこと。

 部屋の奥には広縁(ひろえん)があり、荷物を下ろして身軽となった僕たちは自然とそこに寄り集まっていた。広縁の窓からは、旅館裏側にある砂浜が見下ろせるのは当然のことながら、遠くの水平線を一望することもできた。沖の方を漂っているタンカー船らしき影まで見つけることができた。まさに絶景である。

 時刻は午前十時過ぎ。砂浜は海水浴客でいっぱいだ。そのほとんどは家族連れやカップルと言っていい。砂浜にはカラフルなビーチパラソルがうちつけられ、色鮮やかなビーチシートで埋め尽くされていた。また、等間隔に監視台が設置されていて、監視員が目を光らせていた。

 この旅館のすぐ近くにある海の家では、水着姿にエプロンを着た女性がウェイトレスをやっていて、僕はつい見惚れそうになった。

 もちろん、前述した通り海で遊ぶ計画もしている。しかし、僕はまた見てしまったのだ。

 砂浜を滑るように不自然に移動する人影。海面に立ち、一向に動こうとしない人影。そして一番ぞっとさせられたのが、旅館の袂からじっとこちらを睨んでいる不気味な女性の影だ。

「ひっ!?」

 僕は面食らって慌てて半回転して海から目を逸した。室内にはなにもいないことを確認してほっとため息をつく。

「お昼はあの海の家で済ますか?」

「そうですね」

 武の問いかけに返答する直之の声が背後から聞こえてきた。しかし、一人だけ反対側を向いている僕に気づいたのか、

「大丈夫か? なんか顔色悪いぞ?」

 武が前に回り込んで僕の顔を覗き込んできた。

「ああ・うん。ちょっと体調おかしくなってきたから、今日はここで留守番してるよ」

「ここまで来といてもったいないなー。まあ、明日もあるから今日一日で完治させなよ」

「あ・ああ」

 そうして二人は準備を済ませると早速海に出かけていった。

 静かになった室内に一人取り残された僕は、旅行カバンに入れていた読み始めて間もない推理小説を手にとると、畳にごろんと寝ころんだ。

 しおりの挟んだページを開く。そのページの一フレーズに目がとまり、僕はふとその言葉を呟いた。

「汝、夜歩くなかれ」





 正午過ぎに武から連絡があった。先ほど言っていた海の家で昼食をとろうと誘われたのだが、僕は断りを入れて小説を読み続けた。

 そのまま読むことに没頭し、気づけば時刻は午後三時前。空腹を告げる腹の虫を静かにさせようと僕は旅館から出ることにした。来る時に見つけた駅前ロータリー沿いにあるコンビニで弁当を買って旅館に戻るという段取りで向かったのだが、そこで気になることが二点できた。

 一つはコンビニへと向かう道中で聞こえた噂話だ。

 三組のカップルの団体が僕の泊まっている旅館の方角に向かっていて、すれ違った時にそれは聞こえてきた。

「ねえねえ? 今日の夜さ? 師走の館に行ってみない?」

「あ? 確かこの近くにあるっていう有名なお化け屋敷のことか?」

 僕はぞっとした。幽霊が見えるという身ゆえ、そんな場所に近づきたくもない。

 もし武がそこで肝試ししようとでも言い出すなら是が非でも止めようと思った。ただ男三人で肝試ししてもむなしいだけなので杞憂に終わるだろうが。ただ、師走の館という名前だけは頭の隅に記憶しておくことにした。

 もう一つはコンビニの中でだ。

 店の中にいる時、ずっと視線を感じていた。というより凝視されていた。

 相手は幽霊ではなく、人間だった。しかも意外なことに僕と同い年くらいの女の子。でも全く知らない子だった。

 ウェーブのかかった茶髪セミロングの少女。背は僕より低くて、透明感のある真白な肌に、同じく真っ白なワンピースドレスを着ていた。

 見ず知らずの子からなぜこうも凝視されるのか理由が全く浮かばなかった。

 こちらも女の子の方へ振り返ると彼女はわざとらしくぷいっとそっぽを向いた。でも、気にせずに弁当を選んでいるとまた凝視される。

 接触してくる気配は一向になかった。恨みや憐れみをこめた視線というものではなく、ただ普通に見られているだけ。

 気にせずにコンビニを出たが、彼女がつけてくるということもなかったので、深く考えずに旅館まで帰ってきたわけである。

 そしてコンビニ弁当を完食すると、食後の満足感から僕は眠気に襲われ、夕方戻ってきた直之と武に起こされるまで眠りについてしまったのだった。

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