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中編-4

 通路に出てもペンライトを使う必要はなかった。天井に円錐状のアンティークな照明が等間隔についていて、それらがみな明かりを灯していたからだ。その明かりの下では綺麗な赤絨毯が隙間なく敷かれていた。

 黒田は今出てきた部屋の隣の部屋を開けてみた。室内のつくりは先の部屋と同じ洋風だ。照明の明かりも灯っていた。外はもう真っ暗だ。いくら山奥にあるからといって、いくつかの部屋が光を放っていれば、外にいる人に見つかって不自然に思われるだろう。人の住んでいないお化け屋敷になぜ明かりがついてるのか、と。

 二人は先ほど上がってきた階段を通り過ぎて、更に通路を進んだ。が、しばらく進むと二人の足が止まった。そこは部屋を出てだいたい20メートルほど歩いたところだった。今二人のいる位置から5メートルほど先のところで角になっていて、そこから右方向へ通路が続いている。

「な・何の音だ?」

 前を向いたまま黒田は隣の萩尾に尋ねた。

「さあ」

 きーこー、と金属がこすれるような音が、角を曲がった先から聞こえてきたのである。金属音は鳴ってはやみ、鳴ってはやみと断続的に続いた。

 しばらく固まっていた二人は互いに頷き合うと忍び足で突き当たりの角へと近づいた。

「仕留めるぜ」

 黒田は声を抑えて通路の角を睨み据えると、ポケットに右手を突っ込み、ナイフを取り出した。折り畳みナイフだ。右手を軽く振ると、ジャキン、と鋭い金属音をともなって刃先が現れた。

 角の手前までくると、二人は壁に背中をはりつけ、じっと息を凝らした。

 依然、キーコー、という音は鳴ってはやみを繰り返している。

 顔を見合わせた二人はまた頷き合った。

 直後、黒田が先頭切って、平坦な赤絨毯を蹴って飛び出した。続くように萩尾が飛び出す。が、勢いはそがれ、次の瞬間には二人は呆然と立ち尽くしていた。

 コツンと壁にぶつかった赤い三輪車。それには誰も乗ってはいなかった。

 キーコーと音を発していたのは言うまでもなくこの三輪車だ。仮に誰かが乗っていたとしても、この先の通路に扉はないので隠れる場所はない。障害物もなかった。

「・・・ヤバくないか?」

「あ・ああ」

 互いに顔を突き合わせて声を震わせ合う、うろたえ気味の二人。

「出よう!」

「そうしたほうがいいと思う。でもあの子は?」

 不安げに部屋に置いてきた少女のことを尋ねる萩尾に黒田は自分勝手に吐き捨てた。

「知らん! 放っとけ!」

「うわ、人でなし」

「襲うつもりでいた俺らは人でなしに決まってるだろ!」

 納得したように頷こうとした萩尾。

「それもそう--」

 その時、

「きゃーーーーーーーーーっ」

 突然館内に響き渡る裂帛(れっぱく)の声に二人の身が縮こまった。それはベッドに寝かされていた少女の悲鳴だった。

「な・なんだ?」

 萩尾は目を白黒させた。

「いいから! さっさとここを出るぞ!」

 二人はその場を後にして、少女を寝かせた部屋の手前にあった階段を下りていった。

 先ほど上る時は老朽化で脆くなっていた階段。途中には萩尾が脚を突っ込んで穴を開けた跡があるはずだ。だが、部屋がきれいになったのと同じく階段もきれいになっていた。穴もなかった。が、そんなことは歯牙にもかけず、二人は乱暴にばたばたと階段を駆け下りていく。

 二階、踊場、二階、踊場、二階・・・、

「おいっ! 何だよこれ!」

 踊場で黒田は大声をあげた。

「下りても下りても二階・・・」

「言わなくてもわかってる!!」

 動揺の色を浮かべる萩尾に黒田は奥歯をぎりっと噛み締める。

「くそっ! 2階から飛び降りるぞ!!」

「わかった」

 階段の踊場を駆け上がるが、やはりそこも二階だった。

 階段を上がってすぐ目の前にあった部屋の扉に黒田が体当たりして室内に飛び込んだ。後から萩尾も部屋に入った。その直後、扉がバタンッと、まるで強風にあおられたかのようにしたたかな音を立てて閉まった。

 外は雨が降っているから、風が吹いていてもおかしくはない。しかし、建物内部がどこもかしこもきれいになってるから隙間風が入り込む余地はないはずだ。

 そう。それはあたかも二人を閉じ込めたかのよう。

 室内は暗闇だったので、黒田は再びペンライトを灯した。その瞬間、愕然たる面持ちで部屋の中を見回したのである。

「何なんだよこれは・・・?」

「た・祟りだよ。帰さないつもりなんだよ」

 巨漢の身体と野太い声を震わせて萩尾は何かを拒むようにぶんぶんと首を振った。

 今まで強気に振る舞っていた黒田でさえ顎をガクガクと震わせている。

 それもそのはず、黒田と萩尾の入ったこの部屋には、天井、壁、床、至る所にお札が貼られていた。隙間すらない程にだ。

 お札は白地で、上半分にある円の中には不思議な赤い紋様、その下には走り書きのように縦に記された念仏のような赤い文字という、不気味さ極まりないものだった。

 部屋の窓も例の如くお札で埋め尽くされており、外からの微かな光を完全に遮断していた。

 見たところ和室の部屋らしいが、先ほどの廊下や階段とは違い、ボロボロだった。いや、元の姿に戻ったというべきだろうか。

 畳や壁を覆っているお札は泥や埃にまみれていた。足跡らしきものもいくつか確認できた。

 部屋の中でお札のはられていないヶ所が一つだけあった。正確に言えばもともと貼られていたのが後になって剥がれ落ちたのかもしれない。その下にはお札が散らかっていたのだ。

「ここにだけ、お札がない」

 萩尾は壁に沿うように置いてある三面鏡を見やった。上半分が三面鏡で、下半分が簡易のテーブル台と引き出しになっている。木製のようだが、率直に表現するならば黒光りしたグランドピアノをイメージしてもらえればいい。

 テーブル台の上には、先述した剥がれ落ちたらしきお札は散らかっていた。

 三つの鏡面には確かにお札がなかった。それはまるで耳なし芳一のよう。

 黒田も鏡を見やったその瞬間、二人同時に凍りついた。

 鏡には黒田と萩尾の姿が映っていた。そして二人の背後には押し入れとおぼしきふすまがあった。

 鏡に映ったそのふすまに、微かな隙間が開いたのだ。

 黒田は後ろのふすまを見やった。しかし、開いてなかった。呆気にとられつつも再び鏡を見やったら、すでに鏡面の向こう側にあるふすまが開ききっていた。

 ごく普通の上下二段式の押し入れだ。中は空っぽだった。

 が、下段から何かが現れた。

 四つん這いになって現れたそれは徐に立ち上がった。

 黒田は再び後ろを見る。やっぱりふすまは開いていない。

「な・なんだよこれ・・・」

 黒田の目の前にある鏡の中で立っていたのは髪の長い女性らしき人影。俯いていて、長い髪はだらんと前に垂れて顔を見ることができない。髪の色は赤・・・いや、正確には黒だが、赤い液体の入ったバケツを頭の上でひっくり返したように、上にいくほど赤に染まっていた。そして恰好は、全身を覆うかのように膝下まであるグレーのコート。

 鏡の中の影は唐突に両腕を前に伸ばした。手首から先は骨が折れてるかのようにだらんと垂れ下がっていた。

 黒田はごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

 二人の目は鏡の向こう側の人影に釘付けだった。

 次の瞬間、鏡の中の影は駆け足で二人に向かって走ってきたのである。

 伸ばした手は、まるで恨んでる相手の首を絞めにかかろうとしているかのよう。

「やばい。早く逃げろ!」

「逃げるって!?」

「さっき言ったろ! 窓から飛び降りるんだよ!」

 二人は窓の方へ走った。

 そして窓の前まできて黒田は振り返った。そこでは衝撃的なことが起きていた。

 鏡面から両腕が出てきたのだ。

 やがて長く垂れた赤い髪が現れ、グレーのコートが出てきて、三面鏡から飛び出したように人影は床に崩れ落ちた。

 しかし、またゆっくりと立ち上がる。今度は二人の方に体を向けてだ。

「行けって!」

 叫ぶ黒田。しかし再び両腕を伸ばして赤い髪の影はこっちに走ってきたのである。

 萩尾は凍りついて動けない。黒田も瞠目したまま固まっていた。

 やがて赤髪は二人の前で立ち止まった。

 そしてゆっくり顔を上げていく。

 垂れていた赤い髪が二股に分かれ、次第に顔が、顔が・・・、

「ーーーーーーーーーっ!!」

 二人は声にならない悲鳴を上げて白目を向いて床に崩れた。

 赤髪の顔の上半分は、血をかぶったように真っ赤だった。目は開いていない。かぶった血が目に入らぬように閉じてるかのよう。そして目を閉じてるせいか口の両端が極端につり上がり、目の下に幾重にもしわができている。口の中では真っ赤に染まった前歯が露わになっていた。着ていたグレーのコートはよく見ると、肩から腹部にかけて濃いシミができていた。おそらくそれは、髪を真っ赤に染めたものと同じものだろう。

 その姿は、この世の者とは遠くかけ離れた化け物だった。



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