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中編-2

 そこは森の中だった。

 砂浜にあったトイレ横の雑木林の中よりも、もっと深い光の届きにくい森の中。薄暗くて不気味な道なき道を、落ち葉やぬかるんだ土を踏みしめながら進んでいく。いや、もはや道とは呼べないだろう。なにしろここは山の中。急勾配がずっと続いているのだから。

 先頭を歩くのは金髪、その後ろを巨漢の萩尾が続く。萩尾の手には言うまでもなくトランクの取っ手が握られている。無論、その中身も言うまでもないだろう。

 どちらも荒い呼吸を繰り返している。真夏の午後だけに蒸し暑さで汗だくになっていた。怪力のありそうな萩尾ですらバテバテのようである。見かけ倒しの貧弱男なのか。もしくは、道とは呼べない急勾配と少女一人分のトランクの重さが案外応えているのか。

「なあ? あとどれくらいなんだ?」

 金髪が眼前に続く深い森にうんざりしながら尋ねた。

「わからない。噂では徒歩20分と聞いた。俺も初めて行くからあとどのくらいかは知らない」

「そうかよ。入る前に時間見とけばよかったぜ」

 それからしばらく歩くと、急勾配の道から急に平坦な地面に出た。

「ようやくゴールか?」

 立ち止まって両膝に手をついて肩で息をする金髪。その隣で萩尾も立ち止まるが、眼前に広がる光景に凍りついた。

 二人のいる先からは腰の高さまで生い茂った草原が続いている。そして50メートルほど先に建物らしき不気味な影があった。

「・・・あれか?」

「・・・だと思う」

 二人とも開いた口が塞がらないといった状況だ。

 目の前にあるのが噂の師走の館。その様相は不気味さを通り越し、廃墟とは言えないほど荘厳な姿だった。人工的なものであるはずなのに、人工的とは感じさせない、神々しいものがあった。

 明るい土色の壁に切妻造の屋根、建物の右端の方では植物のつるが絡み合って壁を覆っていた。木造三階建てで、幅は小さな雑居ビルを5つ程横に並べた豪邸級の建物。全ての階にほぼ等間隔で並ぶ小さな窓は、半分以上が割られていた。管理されなくなったが故に自然に割れたのか、肝試しに入った連中が作為的に割っていったのか、知る術はない。

 一階の左隅に小さな扉があった。ここは建物の裏側にあたるようである。

「こんなところ好きこのんで入ってくやつの気が知れねえ・・・」

 建物を見上げながら、金髪は信じられないという面持ちで呟いた。

 二人は腰ほどの高さのある茂みを突き進んでいくが、途中萩尾が怖じ気づいたらしく弱音を吐いた。

「マジで入るのか? やっぱりやめにしないか?」

 金髪は立ち止まると後ろの萩尾に向かい合った。

 つられて萩尾も立ち止まる。

「お前が言い出したんだろ? それとも他に候補でもあるか?」

「・・・ない」

 きまり悪そうに萩尾は肩を落とした。

 がさがさと音を立たせながら茂みの中を突き進み、やっとこさ二人は建物の端にある扉の前までやってきた。

 扉は木製で、木目調の板の上半分にガラス窓が埋め込まれたごく一般的なものだった。ガラス窓は石でも投げつけられたのか蜘蛛の巣状のヒビが入っていた。

 金髪はドアノブを回してみたが、錆びついてるのかぴくりとも動かない。

「ちっ、開かないか」

 舌打ちしながら視線をずらすと、扉から右側5メートルのところに窓枠だけが残された窓があった。窓枠に挟まってるはずのガラスは破片すら残っていない。

「肝試しにきた連中はここから出入りしてるんだな?」

 金髪は窓枠だけの窓から中を覗き込んだ。日差しの届きにくい森の中とあって、建物の中となると余計暗い。金髪はポケットからペンライトを取り出し、中を照らした。

 室内の床は畳で広さは六畳、和室のようだ。壁際には画面の割られた、色あせたブラウン管テレビが置いてあった。テレビの反対側にはボロボロに破られた障子があった。奥にはおそらく押し入れがあるのだろう。天井には照明はなく、取り付け用の金具のみが残っていた。

 金髪は床を見下ろした。窓から部屋の奥の方へと足跡が続いていた。窓枠の直下にはガラスの破片が散乱していて、泥の足跡が子供が地団駄を何度も踏んだようについていた。

「見た目旅館だな」

「そう。ここ、もとは割烹旅館だったんだ」

「へぇー」

 金髪はもう一度部屋の中を見渡した。

「昔ここに泊まった女性が発狂して何人か人を刺し殺したそうだ。なんでも薬をやってたみたいで、最後に自分の頭に凶器を突き刺して自殺したらしい。その女がここに出るみたいで・・・どうかしたか?」

 金髪は嫌悪感いっぱいに萩尾を睨んでいた。

「今から入ろうとしてるのになんでそんな話題を持ち出すかな?」

「す・すまん」

 萩尾は目に見えてしょぼくれた。

 先に金髪が窓枠をよじ登り、続いて萩尾が室内に侵入した。入る際に一旦置いたトランクも忘れずに持って行く。

 室内を抜けて旅館通路側にあたる扉を開けて、隙間からペンライトで辺りを照らし出す。

 中は完全な闇でペンライトがなければ進むことができないほど荒れ果てていた。

 足元を照らせば赤い絨毯が続いている。今までの侵入者の泥の足跡つきだ。雨漏りがあるのか絨毯の上にはいくつか水たまりが確認できた。天井を照らせば、案の定雨漏りの跡が残っていた。張り巡らされた木造の梁はところどことが腐っていて、あと数年もすれば崩壊するのではないかという朽ち様だった。

 二人は扉を全開にして通路に出ると、右手に進み始めた。通路を挟んだ左右の白壁には宿泊部屋と思われる扉がいくつもあった。扉には部屋番号の振られた札がはってあった。

 梁と柱によって支えられたその白壁には前の侵入者のものと思われる落書きがあり、ライトで照らし出す度に鮮明に映し出された。筆記体で書かれた謎の英語のメッセージ、でかでかと書かれた卑猥な単語、侵入者が記念に残していったらしい赤いマジックで走り書きされた日付と名前・・・、

「この名前・・・聞いたことある」

「ん?」

 萩尾がぼそっと呟くと、金髪は怪訝そうに小さく記された赤字の名前に目をやった。

「数年前にニュースや新聞が取り上げてた、今も行方不明の少年の名前」

「ははは、まさか! 誰かが悪戯目的で書いただけだろ。俺らみたいに後からくる侵入者を驚かすためのもんだろ」

 不安げな萩尾の背中を金髪はぽんっと叩く。

「ん、それもそうか」

 しかし萩尾は腑に落ちない面持ちだった。

 廊下を更に進んでいくと、途中で階段を見つけた。

 金髪はペンライトで頭上に続く階段を照らした。

「外から見た分じゃ3階建てだったよな」

「ああ」

 萩尾も階段を見上げて返事した。

 それから二人は躊躇いもなく階段を上がっていった。階段の一段一段が二人に踏まれる度にぎーっという怪しい音をともなって反る。近い内に崩れるのは目に見えていた。

 と、その瞬間、

「おわっ!!」

 萩尾が階段の一段を割ってしまい、片足が階段を貫いてしまった。階段の下は空間になっているので何もない。おそらくそこから見上げれば板の裏から太い足が生えてるように見えただろう。

「大丈夫か!?」

「いやぁ・・・面目ない」

 引き返してきた金髪に手を借りて萩尾は階段の穴から抜けることができた。

 ただでさえ巨漢なのだ。そこに少女一人分のトランクを持っていては階段も一溜まりもなかっただろう。

「貸しな! トランクは俺が持つよ」

「ホントに面目ない」

 金髪は渋々差し出してきた萩尾からトランクを受け取った。

「この分じゃあ数ヶ月程度で崩壊するんじゃないか? もしくは大きな地震がきたら一発でつぶれるだろうな」

「俺もそう思う」

 答えながら萩尾はズボンにこびりついた木屑を払った。



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