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中編-1

 じりじりした真夏の日差しが照りつける中、少女は力なく砂浜を歩いていたが、海水浴客で賑やかな波打ち際をふと見やると、嘆息をついた。

 見知らぬ二組のカップルが楽しそうに水をかけ合って戯れている。

 美織はぼんやりしながらカップルたちを見つめていたが、

「きゃっ!!」

 よそ見をしていたため、通行人とぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい」

 慌てて頭を下げる美織。

「こっちこそすまん。携帯いじってた俺も悪いから」

 携帯片手にばつが悪そうに、美織とぶつかった大男も頭を軽く下げた。

 背丈は180センチはあるだろう。がたいもよく、昔はラグビーか格闘技でもやってたかのような風格があった。恰好はオレンジのタンクトップにホットパンツ。どちらもジャイアントサイズだ。

「急いでるから、失礼」

 大男は小走りでそそくさと去っていった。

 美織は大男の背中を見届けながら、急いでるんなら携帯いじらなきゃいいじゃない、とまたため息をついた。



 それから美織がやってきたのは雑木林だった。

 別にこんなところにくるつもりじゃなかった。自然と足が向かう方向に身を任せていただけ。どうしてここにきたんだろ、と思いながらも、実はここ以外に向かう候補がなかったことに今になって気づいた。

「なにやってんだろ、私・・・」

 海の向こうにある地平線をながめてみた。太陽の光で海は一面ぎらぎらと輝いている。

 相変わらずこの辺りに人はやってこない。ごくたまにトイレで用をたしにくる人くらいだ。

 美織は砂浜の後ろ側にあるコンクリートの斜面に背を預けてその場に腰を下りした。が、ちょうどその時、がさがさと草葉のこすれあう音を耳にした。

 美織はすぐに立ち上がると、音のした雑木林を見やった。別に誰かがいたとしてもおかしくはない。公共の場所なのだから。

 気にするまい、と腰をおろそうとしたが、またも草葉のこすれあう音。

 もう一度雑木林を見やると、奥の方にある茂みの中から犬が飛び出してきた。

 首輪がついてないところを見ると、どうやら野良犬らしい、褐色と白の毛並みの綺麗な柴犬だった。

 柴犬は美織の姿を見つけると雑木林から出て彼女の方へ寄ってきた。そして美織の前でお座りしたのだ。

 野良犬にしては人懐っこい。元々飼われていたのだろうか。

 犬の境遇を推測していたら突然立ち上がって、先ほど出てきた茂みの方を向いた。人間には聞こえない犬笛でも耳にしたかのようにだ。

 そして再び雑木林に入っていき、先ほどの茂みの前に着くとけたたましく吠え始めたのである

「何かあるの?」

 美織も犬の後を追って雑木林に踏み入った。

 犬が吠えている位置にやってくると、そこはトイレの建物の裏側だった。

「何このヒビ? 地震でできたのかしら」

 建物の壁に縦に大きく入ったヒビ。美織はそのヒビの前まで寄ると、ヒビの真ん中辺りに小さな穴を見つけた。好奇心から美織はその穴を覗き込んでしまったのである。

「え・・・?」

 一度目を離して、自分の目を疑うように手の甲でこすってもう一度覗き込む。

「カメラ・・・? ここって確かトイレよね? じゃあこれって盗撮!?」

 美織は殺人現場でも目の当たりにしたように一歩、二歩と尻込みした。

 ふと足元を見下ろすと、今までいた柴犬はいなくなっていた。

「通報しなきゃ!」

 美織は雑木林の中をひた走った。だが、

「きゃっ!?」

 砂浜に出る直前で何かに足をとられ転倒してしまった。

「見つかったからには逃がすわけにはいかないなー」

 美織の背後には、右足を伸ばして伸脚の体勢の男がいた。言わずもがな、彼女は男の足にひっかかり転倒したのだ。

「いったー・・・」

 上半身を起こした美織は顔をしかめながら背後を見やるが、そこにいたのは、薄ら笑いを浮かべて屹立する金髪の男だった。

 見た目の年齢は二十歳前半、痩身で小柄で身長は160にも満たないだろう。胸元を開けた薄手のワイシャツに真っ黒なスラックス、高そうな革靴を履き、目つきは鋭く、金色の髪も相まって夜の繁華街にいそうな男性を思わせる風貌だった。

「あんたがあれを仕掛けたわけ?」

「そうだよ」

「サイテーだわ!」

「そうとも。自覚はしている」

 嘲笑う金髪。

 美織は歯を食いしばると、砂を一握りし、男の顔面に投げつけた。

「うわっ!! てめえ!!」

 男が目を押さえて平静を失っている隙をつき、即座に立ち上がってその場から逃げようとした。が、闇雲に伸ばした男の手は偶然にも美織の左手首をがしっと掴んだ。

「やだ!! 離して!!」

 砂を浴びせられて左目を閉じた状態の金髪の腕は、あっさり振り解くことができた。

「逃すか!!」

 蛇のようにしつこくまた腕を伸ばす金髪。が、美織はそれをかわして反撃に出た。男の顔面に肘うちを入れたのだ。

「ぶわっ!!」

 後ろへと弾かれ、男はそのまま砂浜に仰向けに倒れた。その際、鼻から出た血が数滴砂浜に零れ落ちた。

 今だ。逃げられる。美織は走り出した。数百メートル先には監視台の上で見張り中の監視員がいる。そこでこのことを伝えれば・・・。

「ぐっ!!」

 が、走り出した美織は突然何らかの衝撃に襲われ、うつぶせに砂浜に倒れ込んだ。

 美織の傍らに立つのは、先ほど携帯電話を触りながら美織にぶつかった大男だった。右手には手刀がつくられていた。美織は後頭部に大男の手刀を受けたのだ。

「グッドタイミングだ。萩尾」

 片手の甲で血をこすりとり、その手で鼻を押さえながら金髪はやおら立ち上がった。

「大丈夫か?」

 萩尾と呼ばれた大男は体格に見合った野太い声だ。

 倒れた美織の左右を挟むようにして立つ金髪と大男の萩尾。

「誰かに見つかる前にこの娘さんなんとかしないとな」

 血は止まっているが鼻に痛みが残っているらしく、口元を手でおさえてるため金髪はくぐもった声だ。

「隠そう。とっておきの場所がある。この近くに師走の館と呼ばれる廃墟がある」

「じゃあ、そこに監禁するか。ちょうどこの上の国道に車を停めてただろう? 中に人一人分入るトランクがあるからそれをとってきてくれ。その間茂みの中に隠れてるから」

「わかった」

 金髪から車の鍵を受け取った萩尾は背中を向けて、少し離れたところにあるコンクリートの斜面につくられた階段を上がっていった。今述べたようにこの上は国道だ。

 萩尾を見送ってから金髪は美織を右肩に担ぎ上げる。細身だけに担ぎ上げる際少しふらついたが、

「なかなか上玉の娘さんだ。おいしくいただくのも悪くない」

 そう言い置いて雑木林へと消えていった。



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