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前編-10

 神原さんが何階に泊まってるのかは知らないので、旅館内の廊下を三階から下へ順に見ていったが彼女の姿は見つけられなかった。

 もう自分の部屋に閉じ籠っているのかもしれない。

 事情を話して姉の麗奈さんに電話してもらおうかと思ったけど、どう事情を話せばいい? 先に起こった事実を話すのは、少し心苦しい。



 とりあえず一階まできたのでこのまま外に出ることにした。

 先と同じ場所では武と麗奈さんが遊んでいたが、直之と美月さんの姿はなかった。

 僕は旅館の裏口からとぼとぼと二人の方へ向かった。



「どうした? そんな落ち込んだ顔して、まさか本当に手を出して嫌われたとか言うんじゃないだろうな?」



 笑いながら迫ってくる武。

 冗談のつもりで訊いてきたのだろうが、こいつは使えると思った。



 事実を話すなんてできない。ならば僕自身が犠牲になればいい。



「神原さんに嫌われて逃げられました」



「げっ!? マジでっ!?」



 瞠目する武。

 彼の隣にいた麗奈さんが険しい顔つきで僕に迫ってきた。すごみのある彼女の目つきに、僕は一歩後ずさってしまう。



「嫌われたって、いったい何をしたの?」



「えっと・・・実は部屋で一緒にゲームしてたんだけど、僕がちょっと移動した時につまずいちゃって、押し倒した拍子にキスしちゃって」



「なんだそのギャルゲーみたいな展開は?」



 今度は武に信じられないと言わんばかりの呆れ顔で睨まれた。



「謝りたいので電話してもらえませんか?」



「しょうがないわねー。わかったわ。」



 二人のいたすぐ近くにはレジャーシートが敷かれていて、ビーチボールやシャチの浮き袋、手提げカバンといった荷物が置かれていた。

 麗奈さんは手提げカバンから水色の携帯電話を取り出すと、耳元に当てた。



 しかし、電話には出なかった。というよりだ。



「つながらないわ」



「え?」



「電源を切ってるみたいね。もしかしたら充電が切れたままふて寝でもしてるのかしら。あの子、すねるといつも布団に潜り込む癖があるから」



 そう言って麗奈さんは携帯を閉じた。



「ちょっと時間をおけばまた出てくるわ。その時に謝りなさい」



「わかりました」



 その後、二人から昼食を誘われたのだが、神原さんが部屋にこもってるというのに、自分だけ武たちと昼食をともにするのは少し気が引けたので断った。

 そのかわり、別れ際に麗奈さんたちが泊まっている部屋番号を教えてもらった。



 昨日と同じく駅前のコンビニで弁当を買って、旅館に戻ると、神原さんがこもっているであろう二階の宿泊部屋の前へと訪れた。



 ノックをしてみるが返事はない。



「神原さん! コンビニでお弁当買ってきたんでここにかけときますね」



 そう呼びかけてからドアノブにコンビニ弁当の入った袋を引っかけて僕は二階を後にした。



 三階へと上がろうと階段の一段目に足をのせた時、背後から扉を開ける微かな音がした。

 振り返って通路に戻ってみると、ドアノブに引っかけておいたコンビニ弁当がなくなっていた。



 時間を置けばまた出てくると麗奈さんは言っていた。

 もうドアも閉まってるし、また時間を置いて訪ねよう。



 僕はほっと胸をなで下ろすと三階へと上がった。 それからは昨日と同じように推理小説に没頭を始めたのである。



 夕方、僕は武に乱暴に足蹴にされて起こされた。いつの間にやら眠っていたらしい。



 上半身を起こすと目尻に炎のような光が射し込んできた。

 広縁の方に目をやると、大きな窓に映る太陽が海面をオレンジ色に染めながら沈んでいく最中だった。

 部屋に視線を戻すと武と直之、そして美月さんと麗奈さんまでもが集まっていた。

 なにやら皆深刻な面持ちで屹立している。ただならぬ雰囲気の中、口火を切ったのは武だった。



「おい! 美織ちゃんとはあれからどうなったんだ?」



「え? どうなったって・・・コンビニ弁当を渡してからそれっきりだけど」



 焦燥感漂う空間で僕があっけらかんと答えたものだから、武の眉間にシワが増えた。



「いないんだよ美織ちゃんが!」



「え!?」



 それから僕は美月さんと麗奈さんから詳しい話を聞いた。



 夕方5時過ぎに旅館に戻ってきた麗奈さんたちは部屋に神原さんがいるものだと思って宿泊部屋の前まできた。しかし扉は閉まっていて、呼びかけにも応じない。携帯電話で連絡をとろうにも神原さんの携帯電話には依然電源が入ってなかった。仕方ないのでフロントに行ってみると、どういうわけか部屋の鍵が預けられていたという。

 つまり、神原さんは外出したままで連絡もとれない状態だというのだ。



「ごめん。弁当渡した後はずっと部屋に閉じこもってたから知らない」



「どこか行く場所に心当たりはない?」



 麗奈さんは眉を顰めて屈託顔だ。



「全く」



「そう。どこ行ったのかしら・・・」



 残念そうに俯く麗奈さんをみると、後悔してきた。神原さんが弁当を取ろうと部屋を開けた時に引き返しておけばよかったんだ。

 機嫌がよくなれば出てくるだろうから、その時に訪ねればいいと思ったのが間違いだったんだ。



「警察に言うべきなんじゃ・・・」



「あまり大事にはしたくないけど、それも視野に入れておくべきかしら」



「万が一、何かの事件に巻き込まれてるとしたら・・・。早急に警察に通報しておいた方がいいと思います」



 美月さんと麗奈さんの会話に直之が冷静に答えると、麗奈さんは携帯電話を手提げカバンから抜き取った。



「そうね。仕方ないけど警察に連絡しましょう」



 四人が口々に応酬している最中、僕の脳裏にはある場所が浮かんだ。



 そうだ。もしかしたらあの場所にいるかもしれない。



 靴脱ぎにたまっていた四人の間を抜けて、武たちの制止を振り切って僕は部屋を飛び出した。



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