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8.気に入らない

 (高校一年・山瀬望)

 

 気に入らない。

 柿沢が言うほど、アルバイトで一緒だという転校生、祭主という男の子が駄目だとはあたしには思えなかったし、それに、その彼と真由が、なんだか近しい関係になりそう、少なくともお互いに気にしていそうな雰囲気があるのがあたしには見えていた。

 祭主くんは物静かだけど、弱々しいタイプには思えなかった。芯の強そうな感じがする。かと言って、武骨ではなく、寡黙ではあるけど優しい。そんな印象をあたしは彼の態度や外見から受けたのだ。何より、無口で大人しく、今までクラスでも自分から積極的に男子に話しかけようとした事のないあの真由が、自分から話しかけられている時点で、乱暴なタイプではないと思える。顔だって、好みは分かれそうだが、惹かれる人は惹かれるのじゃないだろうか。横長の大きな目が、真っ直ぐに周囲を見つめている。

 だから、あたしは気に入らなかった。

 なんで、あんな事を言ってしまったのだろう?

 「何にせよ。案内役は、あなた達に決まりね」

 柿沢と真由の二人に向けて、言った言葉だ。案内役とは、祭主くんを校内案内する役割の事だ。

 どうせ、そんな事にはならないだろう、と思っていた部分もあったし、半ば冗談半分の言葉でもあった。それに反動形成に近い部分もあったのかもしれない。

 反動形成というのは、何かの欲求と反対の行動を執ってしまうという、例のあれだ。好きな子には、つい意地悪をしてしまうとかも多分、その一つ。精神分析学の用語かなんからしい。

 本当は、あたしは真由と祭主くんを一緒に行かせたくなんかなかったんだ。なのに、先生があんなタイミングで出てくるから……。昼休み、あたしは彼女と彼が出て行くのを、不安に思いながら見送ったのだ。

 帰ってきてからも、別に真由と祭主くんの仲が良くなったような気配はなかった。それが救いと言えば救いだった。だけど、

 「祭主くん。アルバイトの時と、雰囲気が違うと思わない?」

 真由が祭主くんを案内し終わって帰ってから吐いたその言葉に、あたしは微かな嫉妬を覚えた。柿沢は、祭主くんの変化に気が付いていないみたいだったから、特に。やっぱり、気にし合っているような関係ではあるんだ、この二人。と、そう思う。

 放課後。

 その日は、真由が掃除当番だったから、三人一緒では帰らず、あたしは柿沢と二人で帰った。

 「あ~あ、あたしもあなた達と同じバイトにしておけば良かったな」

 鈍感な柿沢ならどうせ気付かないと思って、あたしはそんな事を言ってみた。柿沢はそれを聞くとキョトンとした目になって、こう言って来た。

 「あら? あんたでも、そんな可愛い台詞を言う事もあるのね。意外だわ。寂しくなっちゃった?

 でもだから、初めにあなたも誘ったじゃない。あなたったら時給が高い方が良いって、別のバイトを選ぶから。もう今は空きがないわよ」

 そう。初めにあたしも、真由達と同じアルバイトに誘われていた。あたしは、その時に断ってしまったのだ。なにしろ、その頃はあたしにこんな気持ちが芽生えるなんて、思ってもいなかったから。

 「分かってるわよ。今更、文句を言うつもりもないし。あたしの自業自得だし」

 柿沢は、そう言うあたしを不思議そうに見つめていた。それから、

 「まぁ、もし空きができるようだったら、あなたに一番に声かけるわよ」

 と、そんな事を言ってきた。

 あたしはその言葉に虚しく頷く。

 「ありがと」

 心のこもっていないその返事に、柿沢はますます不思議そうな顔をしていた。

 

 何にせよ。真由と祭主くんが一緒にならないように、これからはできるだけ気をつけておくべきだろう。幸い、その心配はあまりなさそうに思えた。次の日。休み時間になる度に祭主くんは席を立って何処かへと消えてしまうし、真由は教室の自分の席で、あたし達とお喋りをしていた(と言っても、彼女はあまり口を開かないけど)。

 あたしの勘違いでなければ、真由は祭主くんを努めて避けているように見えた。なかなか、いい兆候だ。このまま何事もなく、物事が流れるのなら、あたしは何もしないでも平気でいられる。

 だけど。

 その次の日から異変が起きたのだった。真由が休み時間毎に消える祭主くんの後を追い始めたのだ。いや、正確には彼の後を追っているのかどうかは分からないのだけど、彼が消えた後で、一緒になって彼女も消える。

 少しは心配していたのだ。何しろ、その前の日は真由はアルバイトだったから。もしかしたら、祭主くんと会ったのかもしれない。そして、何かあったのかもしれない。そう思うと、あたしは気が気でなかった。

 それであたしは、行動に出たのだ。

 

 昼休み。祭主くんは持参している弁当を早々に食べ終えると、そのまま直ぐに教室を出て行った。恐らくは、真由も後を追いかけるのだろう。あたしは、真由よりも早くに彼を追った。

 祭主くんに追いつくのは簡単だった。彼は何かを探るように、ゆっくりと廊下を歩いていたからだ。まずは渡り廊下の休憩所に向かうと、その場所では何もせずに移動をし始めた。方向からして、目指す先は図書室のように思えた。だが、図書室の前まで来ると、首を傾げてから別の場所を目指し始めた。

 何をしているのだろう?

 それから彼はしばらく校舎を散策し、そしてある所で、振り返ると何かに気付いたような表情を見せた。あたしが尾行しているのに気が付いたのかと思ったけど、どうも視線の行方はあたしの背後に向かっているように思える。

 それであたしは背後を振り返ってみたのだ。すると、そこには真由の姿があった。ただし、こちらには気付いていない。それから祭主くんは真由から隠れるように、慌てて近くの教室に飛び込んだ。生物室だ。あたしは不審に思って、そこに入った。

 生物室に入ると、驚いた顔をして祭主くんはあたしを見た。そして、あたしが予想外の人間だったからだろう。怪訝な目つきであたしを見つめた。当然だろう。恐らく、彼はあたしをほとんど意識した事がないはずだ。どうしてあたしが入って来たのか、理解できなかったのだろう。

 祭主くんは何かを言おうとしたようだけど、結局口は開かなかった。あたしは思わず笑ってしまった。真由を少しだけ思い出したからだ。

 「何をしているの?」

 あたしはまずはそう言ってみた。しかし、彼は何も答えなかった。あたしは少しだけ苛立って、それで更にこう訊いた。

 「どうして、真由を避けたの?」

 すると、ようやく彼は口を開いた。

 「真由?」

 「本多真由よ。知っているでしょう?」

 彼はそれを聞くと、しばらくあたしをじっと見つめた。いや、見つめたと言うよりも、それは睨むのに近かった。どうして、そんな風に睨まれなくちゃいけないのか、あたしには全く分からなかった。

 「どうして、睨むの?」

 だからあたしは、そう問い掛けた。すると彼はふぅと息を吐き出すと、

 「うん。どうやら君は、ほとんど憑かれていないようだ。これなら大丈夫そうだ」

 と、そう言ったのだ。本当に訳が分からなかった。しかし彼はそれからこう説明したのだった。

 「どうして、本多さんから隠れたのかは簡単だよ。彼女が僕の事を邪魔するからだ」

 「邪魔。邪魔って?」

 その質問に答えるのには、少しの間があった。

 「ナノネットの調査」

 あたしは当然、疑問の声を上げる。

 「ナノネットの調査? どういう事?」

 「この学校には、ナノマシンが蔓延っていて、そしてネットワークを形成しているって事だよ。しかも、何か悪さをやっている可能性が大きい」

 あたしはそれを聞くと少し考えた。話には聞いた事がある。ナノマシンが自然に繁殖して、そして人間に何かしら影響を与えてくるケースがあるというのを。でも、あたしはその話に納得がいかなかった。

 「どうして、あなたにそんな調査ができるの? 祭主くんって何者?」

 「僕はただの高校生だよ。だけど、産まれ付き奇妙な能力を持っていてね。この額の“石”を見て。

 この額の石は産まれ付き僕にある。ある学者がこれに“第三の目”という名前を付けてくれた。そして、これにはナノマシン・ネットワークを感知したり、干渉したりする機能があるんだよ。つまり、僕にはナノネットの流れが見えるし、それを変化させたり壊したりもできるんだ」

 あたしはその言葉を聞いても、直ぐには何も返せなかった。あまりに突飛過ぎて、どう受け取れば良いのか分からなかったからだ。しかし、彼の真剣な目を見て、それが嘘ではないと確信するとこう言った。

 「つまり、祭主くんはこの学校のナノネットを調査する為に、わざわざ転校してきたって訳?」

 祭主くんはゆっくりと頷いた。

 「真由や柿沢と同じアルバイトっていうのは?」

 「君もそれを知っているんだね。僕がまず初めにナノネットを発見したのは、実を言うと、アルバイト先のあのコンビニなんだ。だから、あそこにアルバイトに入った」

 あたしはそれを聞いて、少し安心した。彼と真由がそんなに近い関係になさそうだとその話から考えたからだ。少なくとも、彼の方にはそんな気はないのかもしれない。

 「それで、真由があなたのその調査とやらを妨害しているの?」

 「そう」

 「どうして? 理由は?」

 「それがよく分からないんだ。僕の能力も状況も伝えてあるのだけど」

 「それは無理もないわ。だって、あたしだって信用し切れないもの。でも、だとするとどうして妨害しているのか分からないけど」

 「どうも彼女は、ナノネットが存在していることまでは既に納得しているようなんだ。でも、何故か彼女はナノネットの味方についてしまっている。ナノネットが悪さをやっているという話を信じてくれない。僕の勘違いだと思っているらしい」

 「なにそれ? つまり、真由は既にナノネットに取り込まれてしまっているって話?」

 祭主くんは首を横に振りつつ答えた。

 「いや、それはない。僕の第三の目で確認しているから」

 「ふーん」

 どうも、何か奇妙な話だ。だけど、少しだけ気に入らない。真由が、あたし達に何か重大な隠し事をしている。この祭主くんの話もそうだけど、恐らく他にも。それに…

 「ねぇ、君は本多さんと仲が良いのだろう? なら、なんとか彼女を説得して邪魔しないように言ってくれないか?」

 どうも、真由の話をする時の祭主くんの態度もおかしい気がする。彼は真由に理解されない事を悲しんでいるように思える。まるで、フラれた男みたいな感じ。先の義務的な事柄とは別に、彼は真由に関して何かしらの感情を抱いているのじゃないだろうか。あたしの勘が間違っていなければ。

 あたしはそれにこう答えておいた。

 「はっきりとは答えられないわ。どうして、真由があなたを妨害しているのかも分からないし、それにそのナノネットについてもあたしはまるで分からない。

 ねぇ、もう少し詳しく、この学校に巣食っているっていうナノネットについて、話を聞かせてくれない? そうしたら、あなたを手伝ってあげられるかもしれない」

 すると、それから祭主くんは素直にあたしに色々な事を教えてくれた。頭の良い人ではあるのだろうけど、恐らく根本的な部分でお人好しなのだろうと、それであたしはそんな感想を持った。

 少し可愛い。真由と似ている。

 そう思う。

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