5.殺され当番
(高校二年・鵜飼美緒)
ここ最近、あたしは毎日殺されている。
二年に進級して、あたしは学生寮に入った。仲の良い友達何人かに「楽しいよ」と勧められ、可愛がってもらっている先輩何人かからは、「絶対入れ」と命令されて。
寮は確かに楽しかった。一応、22時に消灯なのだけど、そんなのを守る人はほとんどいなくて、溜まり場になっている部屋に集まると、それからポータブル機器でテレビを観ながら皆で雑談するのがほぼお決まりのパターンになっている。深夜まで喋って、眠くなると部屋に帰って眠りに就く。
こんな生活は、家にいては絶対に得られないものだろう。多分、人生においても珍しい経験なのじゃないかと思う。だから、学生寮に入って良かったと思っているし、それに満足もしている。こんなに楽しいのなら、一年の頃から入れば良かったと後悔しているくらいだ。
だけど、
学生寮に入ってからというもの、妙な幻想のような体験をあたしはするようになってしまったのだ。
そう。
ここ最近、あたしは毎日、殺されている。
(多分、夢)
必要以上に真っ暗だった。
噂Aによると、例のアレは、食堂の裏手の何処かにあるらしい。
ある晩は、あたしはその噂を信じ、食堂の裏手を探索した。スコップは、用具室から昼間の内にこっそりと持ち出して隠してあったのを使い、土を掘り返す。
ここら辺りの何処かにある。そのはずだ。だけれど、例のアレは見つからない。例のアレとは何なのか。例のアレとは死体である。皆があたしを殺してバラバラにした、その身体の断片である。
『そうそう、この辺りにあるはずなのよ』
一緒に探してくれているのは、真っ白なワンピースを着た女性だった。彼女も、アレを探している。否、彼女こそが例のアレを探している。
あたしは彼女の指示のまま、様々な場所を掘り返すのだ。しかしどうしてか、例のアレは何処にもない。あたしの身体はどこにもない。
『早くしないと』
と、彼女は言う。もう何個も穴を掘っているのに、あたしの身体の断片は、毛の一本すらも発見できなかった。早くしないと。そう彼女の言う通り、早くにあたしの体を見つけなければ、そろそろ奴等が来てしまう。あたしを殺してバラバラにした、あの連中が来てしまう。
やがて、ぞろぞろという音が響く。
それは間違いなく連中だった。気付くとあたしは囲まれていた。例のアレを探すのに夢中で、あたしは彼らが近付いて来るのを分かっていなかったのだ。
あたしは、スコップを振り回すと、なんとか人垣を壊してそれを抜けた。だけど、もちろん彼らは追いかけてくる。いずれは追いつかれてしまうだろう。そうしたら、あたしはまた捕まって、そうして殺されてしまうのに違いない。
また、バラバラにされるのだ。そうしたら、あたしには、また探すべき死体が増えてしまう。面倒なことこの上ない。そんなのは、御免蒙りたい。
あたしは必死に逃げた。しかし、向こうは多人数だ。それに、あたしはこの学校を抜け出せない。そういうルールになっている。こんな中を逃げ切るのは不可能だ。それであたしは、助けを呼ぶ事を思い立った。携帯電話を取り出すと、両親にかける。
「助けて、あたし殺されそう!」
両親は驚いた声でそれに返す。
「美緒ちゃん? 一体、どうしたの?」
しかし、そこであたしは捕まってしまった。あの連中のうちの一人が、あたしの手首を掴んでいる。あたしは、もう駄目だとそれで観念した。また、殺されてしまう。
それから、あたしは殺された。
身体がバラバラにされる。また何処かに埋められてしまうのだろう。殺されてからも意識はあったが、細切れにされるところまで来ると、流石にあたしの意識はなくなった。真っ暗になる。
必要以上に真っ暗に。
朝目覚めると、あたしはベッドからずれ落ちていた。目覚まし時計のベルが、けたたましく鳴っている。
変な夢を見た。汗でグッショリと身体が濡れていた。夢? 本当に夢だったのだろうか? いや、夢に決まっている。
一応寮は二人部屋なのだけど、あたしの相棒は今は寮にはいない。体調を壊して家に戻っているのだ。それであたしは今、一人でこの部屋を使っている。気楽なのはいいが、その代わり雑多な仕事もあたし一人でこなさければならない。と言っても、掃除くらいのものなのだけど。ただ、それでもそれはそれなりに大変だった。ここの寮は一部屋ずつが妙に大きいからだ。少なくとも、二人用にしては大き過ぎる。
寮の朝は、まず掃除がある。その為に、早くに起きて着替えなくてはいけない。掃除が終わり、ゴミ捨ての途中、あたしは昨晩の夢の中であたしが掘り返した食堂の裏手に寄ってみた。当たり前だけど、穴なんて開いていない。けど、なんだか少しだけ何かが掘り返されたような跡が残っているのを見つけた。
苔が生えた一面。シダ植物でも生えていそうな、じめっとしたその場所に、茶色い土が目立っている。
まさか、とあたしは思う。
ここには、バラバラにされたあたしの死体が埋まっている? もちろん、次の瞬間にはあたしはそれを否定した。
馬鹿馬鹿しい。食堂の裏手なのだもの、恐らくは、生ゴミか何かが埋められているに違いない。
そうしてその場を去ろうとしたタイミングで、携帯電話に電話がかかってきた。見てみると、それはどうやら母からだった。
「美緒ちゃん、あんた昨晩の電話はなんだったの? “殺されそう”なんて。直ぐに切れちゃったから、こっちから電話をかけ直したのに、あれからは出ないし」
あたしはそれを聞いて、真っ赤になる。確かに夢の中で、親に助けを求めて電話をかけたのを覚えている。発信履歴を確認してみると、しっかり記録が残っていた。大体、深夜二時頃に、あたしは電話をかけている。
「ごめんなさい。多分、寝ぼけてた。恐い夢を見ちゃったから」
そう返すと、母は怒った。
「もう、心配したんだからね」
それから、「お父さーん。美緒、寝ぼけていたみたいよー」と受話器の向こうから、そんな声が聞こえてきた。どうやら、軽い騒ぎになっていたみたいだ。
事がそれで終わりだったなら、何も問題はなかった。変な悪夢ではあるのだろうけど、でも、それだけだ。しかし、あたしが殺される夢はそれで終わりではなかったのだった。
必要以上に真っ暗だった。
噂Bによると、例のアレは、校庭の隅に埋められているらしい。
その晩は、あたしはその噂を信じ、寮を抜け出し校庭に向かった。
隅と言っても、範囲は広い。四方の何処かならまだ良いが、そう呼べる場所はフェンスの傍ならおよそ全てだ。
困りながらもスコップを持ち、彷徨っていると例によってあの女性があたしに向かって話しかけてきた。
白いワンピースを着た、あの女性。
『野球部のグランドの辺りじゃない?』
そうなのか。とあたしは、思う。例のアレはそこにあるのか。例のアレ。例のアレとは何なのか。例のアレとは財宝である。
昔、仲間と盗み出し、そして誰かが裏切り、何処かへ埋めた。その財宝が、そこにあるのだ。
あたしは野球部のグランドへ辿り着くと、ネット裏へと回って、掘り始めた。しかし、財宝はなかなかに見つからない。『早くしないと』。女性が言った。そう。早くしないと。また奴等が来てしまう。財宝を奪い合って、その結果としてあたしを殺したあの連中が、ここへとやって来てしまう。だけど、やっぱり財宝は見つからなかった。
そこに足音が鳴り響いてきた。それは間違いなく連中のものだった。
あたしは逃げた。フェンスを上って学校の外へ逃げてしまえば楽だけど、それはできないルールになっている。だから、あたしはフェンスの脇を懸命に走った。その途中で思い付いた。そうだ、携帯電話で両親に助けを求めれば良い。
「お母さん、助けて!」
電話の向こうで、母は言う。
「美緒ちゃん。あんた、また寝ぼけているの?」
しかし、そこで手首を掴まれた。
あたしはそれで諦める。あたしは捕まってしまった。きっと、また殺されるのだろう。これは、財宝を一人占めしようとした、あたしへの罰なのだと思う。
あたしは、今度も殺されてバラバラにされた。細分される過程で、意識がなくなる。そしてまた真っ暗に。
必要以上に、真っ暗に。
朝起きる。目覚まし時計は鳴っていない。恐る恐る携帯電話の着信履歴を見てみると、母から何回か電話が入っていた。発信履歴にも記録がある。やっぱり、夜中の二時頃に。あたしは母に電話をかけると、「ごめんなさい。また、寝ぼけてた」と、謝った。母ははじめは怒りはしたが、しかしそれからこう心配そうな声を上げた。
「美緒ちゃん。本当にあなた、大丈夫? いじめられたりしていない?」
どうも、変な風に解釈をされてしまったようだ。助けを求めた電話を、いじめられっ子に止められたとでも思っているのだろうか。
「全然、大丈夫だから心配しないで」
それで電話を切ったけど、やっぱり誤解は解けてなさそうだった。
「何でか知らないけど、最近、変な夢を見るのよね」
アルバイトの休憩中、後輩の一人の、本多さんという娘に、あたしはそう悩みを打ち明けた。この娘は、無口なのだけど、何と言うかとても聞き上手で話し易い。無言のままだったけど、目があたしの話をきちんと聞いている事を示していたから、あたしは続きを話した。あたしがどんな夢を見るのかを。
話し終わると、本多さんに話していたはずなのに、横から別の友達がこうそれに言ってきた。
「なるほど。つまり、あなたの夢には“何かを探している”と“複数の人間に殺される”という共通項がある訳ね」
「その通りよ」
と、あたしがそれを認めると、その友達はこう言った。
「それって、ちょっと恐いなー」
「どうして?」
「いやね。うちの学校には、昔から、何かを探す幽霊の怪談があるのよね。白い服を着た女の幽霊が、夜な夜な、何かを探して歩き回っているのだって。
その女性が探しているのは、自分の死体だとか、お金だとか言われているけど、はっきりとは分からないみたい」
あたしは、もちろんその話を不気味に思った。あたしの夢には、毎回女性が出てくるのだ。白いワンピースを着た女性。しかも、あたしはさっきそれを話さなかった。からかう為にでっち上げたというのではなさそう。
「なにそれ。もしかしたら、あたしはその女性の幽霊に憑かれているとか、そういう話なワケ? お祓いでも、してもらわなくちゃ駄目ってこと?」
「知らないわよ、そんな事。気になるのなら、調べてみればいいじゃない。その女の幽霊の話を他の人に聞くとかさ」
その友達は、それから興味なさそうにしながらパンを食べた。まともに話に付き合ってくれるような感じではなかった。確かに、悩んだところで結論が出る話じゃない。しかし、そこで声が聞こえたのだった。小さな声だったから、もう少しで聞き逃してしまいそうだったけれど。
「あの… 先輩。わたし、こんな話を知っているのですけど」
その声の主は本多さんだった。無口な彼女が口を開くとは思っていなかった。どんな話を知っているのだろう?
それから本多さんは、あたし達に分裂する女性の幽霊の話をしてくれた。その話に出てくる女性の幽霊も、どうやら白いワンピースを着ているらしい。
「何か関係があるのかも……」
本多さんはおどおどとしながら、最後にそう言った。その態度で、からかうとか興味本位とかでその話をしたのじゃないとあたしは思った。気の弱い彼女が勇気を出して、先輩のあたしに助言してくれたのだろう。
「ありがとう」
そうお礼を言うと、彼女は照れくさそうにしていた。
あたしはそれから、学校で女性の幽霊の話を聞いて回った。だけど、あまり意味のありそうな話は聞けなかった。
その昔、この学校で女性が一人殺された。その死体はバラバラにされて埋められて、そして犯人は捕まらなかった。犯人を捕まえる為には証拠の死体が必要で、それでその女性は幽霊になり、自分の死体を探している。とか。仲間と一緒に、お金を盗んだのだけど、その内の一人に裏切られて殺されて、その隠し場所がこの学校で、そのお金を取り戻す為に彷徨っている。とか。或いは、特別な力を持った何かが、この学校にはあって、それをその女性の幽霊は探している。とか。どうしてあたしが、あんな夢を見続けるのかなんて全く分からない。ただ、数だけは矢鱈にあって、他にもバリエーションがあるようだ。狭い学校内にも拘らず。それであたしは少しだけ想像した。もしかしたら、これだけ話のバリエーションが豊富なのは、本多さんの話してくれた通りに、幽霊が分裂しているからなのかもしれない、と。
ま、仮にそうだとしても、あたしの現状は変わらないのだけど。そして、それからもあたしは、“殺される夢”を見続けたのだった。
必要以上に真っ暗だった。
噂Cによると、例のアレは、化学室の何処かにあるらしい。
その晩は、あたしはその噂を信じ、寮を抜け出し校舎に忍び込んだ。
『アレを見つけ出せれば、ワタシは凄い力を手に入れられるのよ』
白いワンピースを着た女性はそう言った。夜の校舎。その女性に導かれながら、あたしは奥へと向かった。様々な薬品が置かれている化学室へ。リノリウムの床。誰もいない黒の世界。あたしは、化学室に辿り着くと、その戸を開けた。この部屋の何処にそんな凄いものが隠されているのか、見当も付かなかったけど、どうやらその女性はその隠し場所を知っているらしかった。
その過程であたしは思う。
それなら、どうしてあたしなんかを頼るのだろう? 自分一人でも、それを手に入れられるのじゃないだろうか?
それで、思わず声に出してしまった。
「ねぇ、どうしてあなたは、あたしの事を巻き込むの?」
するとその女性はこう答える。
『だって、あなたがいなくちゃ、何にも誘い出せないじゃない。あなたくらい隙がないと、連中はやって来ないのよ』
それを聞いてあたしは思う。連中というのは、あたしを殺し続けているあの連中だろうか? しかし、あたしがそう言うと、
『違うわよ』
と、女性はそう返した。それから、こう続ける。
『ほら、無駄話をしているから、今日はもうやって来ちゃったみたいよ』
気付くと、足音が迫って来ていた。あたしはもちろん逃げる。しかし、追いつかれてしまう。声が聞こえた。
『今日は、携帯電話は良いの?』
そう言われて、あたしは助けを求めようと携帯電話を取り出した。しかしそこで気が付く。もう流石に、何度も両親に電話をし過ぎている。これ以上は無理だ。とそう思う。だから、
「もう無理よ。今だって、親から変な風に思われているのに!」
そこであたしは、そう叫んだのだ。すると、
『本当?』
声が聞こえた。あの女性のものじゃない。それは生の声のように思えた。そして、その瞬間に闇の質が変わった。必要以上に真っ暗ではあったけど、そこは校舎ではなく、夢の中でもなかったのだった。
学生寮の一室。誰かの部屋。そこにあたしはいた。見渡すと、暗い中には複数人の影があった。窓には、カーテンが引かれておらず、それで微かな光が入ってきていた。おぼろげながらに部屋の様子が分かる。頭がはっきりとは働かなかった。えっと、これはどんな状況なのだろう? あたしは、何故か携帯電話を握っていた。そのうちに声が聞こえた。
『確かに、これ以上、この人だけでこれをやり続けると、別の問題が発生するかもね』
あたしは思う。これ? これとは何の事だろう? 別で声が聞こえた。何人かの影が相談事をしているよう。
『じゃ、どうする?』
『やめる訳にもいかない』
『こうしましょう』
複数人の影達は小さな声で話し合っていた。あたしがいるにも拘らず、平気で。そのうちにあたしは気が付いた。この部屋には、あたし以外にも何人かが寝ている事に。そして、話し合っている複数人の影の一人が、その寝ている一人を撫でながら、こう言ったのだった。
『殺されるのを、当番制にするのよ』
そしてそうして、その殺される役割は、当番制になったのだった。