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2.本多さんは無口

 (高校一年・本多真由)

 

 「……でもってね、この怪談に出てくる高校が、あたし達の通っているT学園なんじゃないかって噂があるのよ」

 わたしはそう言われて、曖昧に頷いた。その怪談は少なくともわたしにとっては怖かったし、もしも本当に話の中に出てきたのが、わたし達の通っている高校だったら嫌だとも思ったのだけど、それを上手く表現できなかったからだ。すると、横から別の友達がそれに疑問の声を上げた。

 「本当? その噂の出所って何処よ?」

 「そんなの分かる訳ないじゃない。

 でもさ、あたし達の高校って、なんだか独特の雰囲気あるじゃない。それって、もしかしたら、この話と何か関係あるからなのかもって思ったりしない?」

 「そう? でもそれって、逆も考えられるわよね?」

 「逆?」

 「逆に独特の雰囲気があるからこそ、そんな噂が沸いたのかもしれないって話。それなら、不思議でも何でもないわ」

 「そうかしらねぇ? ね、真由はどう思う?」

 そう話を振られてわたしは慌てた。思わず、わたわたとしてしまう。

 「どう… かな? ちょっと分からないけど、話は怖かった…」

 なんとか必死にそれだけを言ったけど、まだ二人の視線はわたしに集中していた。それで続けて、こう言った。

 「し、それに面白かったよ。噂が正しいのか、どうなのかは分からないけど、面白かった」

 すると、それを聞いて、初めに怪談を語った友達、柿沢さんはニッコリと微笑んだ。

 「真由って本当に、無口よね」

 そして、そう言う。

 「本当、本当」

 それから、疑問の声を上げたもう一人の友達、山瀬さんもそれに同意した。同意した事で、多分、休戦の合図にしたのだと思う。そして、そのやり取りで、その怪談の話題はいつの間にかに終わってしまったみたいだった。今度はアルバイトの話題に移ったみたいだ。どこのアルバイトが、楽で時給も高いとかそんな内容。

 「深夜の弁当工場とか、時給が良いらしいわよ。少しきついけど」

 「でも、深夜だと休日利用しても、あたし達には無理じゃない? 夏休みとかなら、まだ分かるけどさ」

 因みに、今は放課後で、友達と一緒に帰宅している最中だ。わたし達三人は、途中まで帰り道が同じで、それでいつも一緒に帰っている。

 そのアルバイトの話題でも、わたしは主に聞き役に回った。別にしたくてそうしている訳じゃないのだけど。聞き役に回りながらわたしは思う。多分、二人とも、『真由は、無口だな』ってそう思っているのじゃないかな?と。

 ……自分では、そんなには無口なつもりはないし、好きで無口でいるのでもない。確かに口数は少ないけど、言いたい事はたくさんあるし、誰かとお喋りするのは好きだ。でも、気付くといつも聞き役に回っているのは確かな気がする。どうしてなのかは、分からない。頭の回転が鈍いのか、色々と考え過ぎてしまうからなのか。

 「そういえば、真由も無口だけど、同じアルバイトの祭主くんも、相当に無口よね。彼、無愛想だし」

 柿沢さんがそう言った。柿沢さんとわたしは同じアルバイトをやっているのだ。すると、山瀬さんがこう返す。

 「なに、そんなのがいるの? 接客業なのに?」

 柿沢さんとわたしは、コンビニで働いているのだ。

 「そうなのよ。実を言うと、ちょっと何を考えているのか分からなくて怖いのよね、彼」

 それを聞いてわたしは少し不安になった。なら、同じ様に無口なわたしも、やはりそう思われているのかな? とそんな事を思ったのだ。すると、わたしの表情に反応したのか、柿沢さんは慌ててこう言って来た。

 「あ、真由は大丈夫よ。何も言わなくても、顔にすぐ出るから分かり易いもの」

 「そうそう、真由は何考えているのか分からないそんな男と違って、可愛いし。話を振った時の、困った表情とか好きだな、あたし」

 わたしはそう言われて真っ赤になった。からかわれているのは分かったけど、それでも“可愛い”なんて言われたら照れてしまう。それからわたしは、真っ赤になりながら、照れ隠しをするようにこう返した。

 「でも、祭主くん、とても真面目だよ。そんなに喋らないけど、誰かを非難したりもしないみたいだし、シフトを変わってくれたりもするみたいだし」

 すると山瀬さんは、そのわたしの反応が面白かったのか、更に続けてこうからかってきた。

 「なに、真由はその男の子が気になるの? やっぱり、無口同士だからかしら?」

 わたしはそれを否定する。

 「違うよ。違うけど…」

 違うけど、無口で誤解を受け易いというところは分かるから、つい庇ってあげたくなってしまう。そう言おうと思ったけど、言葉が続かない。

 「違うけど、何よ? ちゃんと答えないと、ますます疑いたくなっちゃうわね」

 山瀬さんがそう悪ノリし始めた。わたしはそれに困ってしまう。すると見かねたのか、柿沢さんが助け舟を出してくれた。

 「ほら、そろそろ開放してあげないと、真由がバイト遅れちゃうわよ。あなたと違って、真由は今日も仕事あるんだから」

 それで山瀬さんの攻撃は止まった。そしてそれから、「分かったわよ。じゃ、また明日ね」とそう言って、すぐに彼女は去っていった。わたしもそれで柿沢さんと別れるつもりになった。目で別れの挨拶をすると、背を向ける。一度、家に帰ってから、アルバイトにいかなくちゃいけない。ところが、その時にわたしは柿沢さんに手を掴まれたのだ。彼女はわたしの目をジッと見るとこう言って来た。

 「怪談の話の時に、真由、あなた、質問をされて、あたし達のどちらも傷つけないように気を遣っていたでしょ? それで話すのが遅れたんだわ。

 ……真由のそういう優しいところ、あたしは好きだけど、そうやって他人に気を遣ってばかりだと、ますます無口になっちゃうわよ」

 わたしはその言葉に驚く。そして、その後で柿沢さんは、「適当なところで、ガス抜きしなくちゃ駄目よ」とそう言ってくれた。

 わたしは、それにもちろん喜んだ。こういう友達っていいもんだ。わたしを心配してくれている。

 それからわたしは、「ありがとう」と、そうお礼を言うと、柿沢さんと別れた。

 

 ……柿沢さんは、間違いなく良い人だと思う。でも、そんな彼女でも、祭主くんは不気味に思えたんだ。無口な祭主くんは。ただ、彼女が祭主くんを不気味に思った理由は、それだけじゃないのかもしれない。

 わたしは祭主くんを横目で眺めてみた。偶然、今日は同じ時間帯で彼とバイトなんだ。並んでレジにいる。いつも通り、彼は喋らない。そして、前髪で隠してはあるけど、その額には真っ黒くて光沢のある何か石のようなものが埋め込まれてあるのが分かる。

 聞くところによると、その石のようなものは彼が生まれた時からあるものらしい。先天的なものなのだとか。医者の診断書を、このバイトの面接の時に持って来たという話を聞いた。多分、柿沢さんが彼を不気味に思った理由は、その額の石の所為もあるのじゃないかとわたしは思う。気が引けて、口には出せなかったのだろうけど。

 無口な二人がカウンター内に並んでいるものだから、店内は必要以上に静かだった。接客業という雰囲気じゃない。いや、これはわたしじゃなくても同じかもしれない。やっぱり祭主くんは無愛想なのだ。そう考えるとわたしは、どうして彼が接客業をアルバイトに選んだのか、不思議になってきた。もっと他のアルバイトにすれば良かったのに。でも、そう考えてわたしはこう想像した。ひょっとしたら、だからこそなのかもしれないと。彼は無愛想な自分をなんとか克服しようとして、敢えて接客業を選んだのかもしれない。

 わたしも無口だけど、別にそんな事を考えてこのアルバイトを始めた訳じゃない。ただこのコンビニには、伝統的にわたしの学校の生徒が多く働きに来ていて、それで柿沢さんに誘われるままに一緒に面接を受けたのがアルバイトをし始める切っ掛けだった。

 「部活感覚でアルバイトができる」

 確か、そんな風に言われたのを覚えている。実際、それはその通りだった。それで無口な自分でも、コミュニケーションを取るのに、そんなに苦労をした記憶がない。

 けど、もしわたしが彼と同じ立場だったなら、どうなのだろう? 周りに知り合いはいない。コミュニケーションに苦労するのじゃないか? 無口であるハンデキャップを克服できていなかったかもしれない。額にあんな石があるのなら、その事でも負い目を感じて、縮こまってしまって、……それで、必要以上に寡黙になってしまうかもしれない。

 ――もしかしたら、彼と同じ様に、わたしも、不気味だとそう思われる立場になっていたのかもしれない。

 そこまで考えると、わたしは自然と口を開いていた。もちろん、こんなのは全部わたしの想像なのだけど。それでも、彼が苦しんでいる可能性はある訳で、わたしががんばって喋ることで少しでも彼の助けになるのなら。そう思ったのだ。

 「今日、学校の友達からこんな怪談を教えてもらったの……」

 そこでわたしが彼に話したのは、下校の時に話題になった怪談だった。直ぐに思い付くのがそれしかなかったし、地元の話題なら、彼も合わせ易いと思ったからだ。彼は同じ高校に通っている訳じゃないけど、それでもうちの学校を知ってはいるはずだから。

 脈絡なく無理に話し始めたから、どう捉えられるか不安になったけど、彼は確りと聞いてくれているようだった。

 「……ね、どう思う? この話に出てくる高校って、わたしの学校かな?」

 そこで話題が途切れてしまったら、気まずい雰囲気になってしまいそうだと思い、わたしは祭主くんにそう尋ねてみた。仕事の事以外では、彼は今日まだ一度も言葉を発していないのだ。

 実を言うのなら、無視をされたらどうしよう?と緊張していたのだけど。

 すると、祭主くんはこう返してきた。

 「ナノネットって知ってる?」

 「ナノネット?」

 どうして、そんな返しが来るのか不思議に思いながらもわたしはそう訊き返した。

 「ナノマシンがネットワークを結んで、人間の精神に働きかけをしてくる、というものなんだけどね。これを人間が摂取すると、場合によっては、ナノネットが幻覚や幻聴を体験させる事もある。体質で、感応し易い人がいるらしいよ」

 それを聞いて、わたしは少し考えるとこう言った。

 「つまり、そのナノネットがこの怪談の正体だって言いたいの?」

 確かに、この怪談に登場する霊能者が、ナノネットに感応し易い体質を持った人とするのなら、すんなり説明できるけど。

 「分からない。でも、ナノネットには様々なタイプがあるから、そんな風に分裂するのもいるかもしれない。

 調査をして検出されたら、その可能性が高くなるよ」

 祭主くんは、淡々とそう答えた。

 「悪さをするタイプかどうかは、まだ分からないけど」

 そしてそれから彼は、独り言のようにそう漏らしたのだった。それは、まるでわたし達の学校にナノネットが存在するのは既に確定した、と言っているような物言いにもわたしには聞こえた。

 それから話す話題もなくなり、わたし達はまた黙ってしまった。やっぱり、祭主くんは何を考えているのか分からない、とその間でわたしはついそう思ってしまった。なんだか溝を感じる。わたしとしては、こういう風な会話にするつもりはなかったんだ。事実かどうかなんて気にしないで、他愛もない話を聞きたかった。

 

 休憩時間中に、先輩二人が入ってきた。バイトの先輩でもあるし、高校の先輩でもある二人だ。そしてその先輩達は、パンを持って来ていた。しかも、それは高校の購買部のパンのようだった。

 わたしは普段、いつも弁当を持っていっているので食べた事はないのだけど、皆が食べているのはよく見かける。学校の食堂で作っているのだとか。少しは興味があるけど、無理に買う程でもない。

 この先輩達二人は、確か今日バイトはなかったはずだ。わたしが不思議に思っていると、先輩のうちの一人がこう言って来た。

 「はい。差し入れだよ~」

 どうも、その持って来たパンを言っているらしい。どうして、わざわざ? わたしはやっぱり訝しげに思った。後輩にパンを差し入れる為だけに、バイト先にやって来るなんておかしいと思う。すると、もう一人の先輩がこう言って来た。

 「なに、変な顔しているのよ。本多さんが可愛いから、こうしてパンを差し入れに来てあげたのに」

 「はぁ…」

 わたしはそれでも少し躊躇した。そんなにお腹は空いてなかったし、やっぱり変な話だと思ったからだ。

 「ね、本多さんは、いつ寮に入るの?」

 それから先輩達はわたしにそう尋ねて来た。そう言われてわたしは困った。

 「いえ、わたしは、寮に入る予定はないんですが……」

 そう答えると、

 「ええ、楽しいのに~」

 「わたし、本多さんと夜中、一緒に遊びたいなぁ」

 などと先輩達は口々にそう言って来た。

 なんなのだろう?

 わたしはやっぱり不思議に思う。この先輩達は、何故か妙に人懐っこいのだ。今日だけじゃなく、普段からよく後輩を寮に勧誘してくる。因みに、わたしは一年で、この先輩達は二年なのだけど。

 「ま、いいわ。でも、このパンだけでも食べてみて。寮で出るパンも、これと同じなのよ。美味しいんだから」

 「はぁ」

 わたし達の学校は寮生でも、かなりの自由時間を認められている。それでアルバイトも可能なのだ。ただし、それでも学校側としては、いかがわしいバイト先は禁じなくてはならない。それで、安全なバイトかチェックされる訳だけど、一度チェックされた場所なら、そんなに厳しいチェックはされない。だから同じバイト先を生徒は選ぶ傾向があって、結果的にこのコンビニみたいに、わたし達の高校の生徒が多いバイト先が、いくつか生まれているらしい。

 わたしがパンを食べ終えるのを見届けると、先輩達二人は休憩室を出て行った。結局、なんだったのか目的が分からない。パンも、美味しいことは美味しいけど、これ目的で入寮する程ではないし。

 先輩達と入れ替わるようにして、祭主くんが休憩室に入って来た。少しだけ、様子がおかしいようにも思える。必死というか、何というか。

 「パン、食べたの?」

 祭主くんは、それからそう問いかけてきた。何だろう?と思いつつも頷くと、彼は無言のまま目をきつくした。

 何?

 わたしは不安になった。それから彼は、何故か前髪を掻き分け、普段は隠しているあの例の黒い石のようなデキモノを、わたしにさらしたのだった。そしてやはり目をきつくしている。しばらく経った後、

 「よし」

 と言い、それから彼は「本多さん。あまり、学校の食べ物は食べない方がいいよ」と、何故かそう言って来た。そして、それだけで休憩室を出ていってしまったのだ。

 本当に、意味が分からなかった。

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