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21.知らなくていい事と知りたい事

 (少女・本多真由)

 

 聞くつもりはなかったのだけど、耳に入ってしまった。

 

 「今回の事で、あなたはお父さんにお礼を言うべきですよ。それともう一度忠告します。少しの知る知らないの差が、大きな違いを生む。あなたの中に存在している化物は、虚に向かって咆えた犬が作り出した幻かもしれない」

 

 その神原さんの言葉が。それは祭主くんに向かって放たれたもので、そして、その時の祭主くんの表情は、とても苦しそうだった。多分だからだと思う。わたしはその言葉を頭から消し去れなかったのだ。

 

 あれから、まるで何事もなかったかのように、祭主くんはまた転校していった。何人かの生徒達は、「どうしてこの学校に入ってきたのか分からない」と、そう言っていた。無理もないけど。柿沢さんもそんな一人で、「結局、あの人は何だったの?」と、わたし達にむけてそう言った。

 わたし達。

 もちろん、わたし達の“達”のもう一人は、山瀬さんだ。あれから彼女とはまだ交友関係が続いている。多少は、ぎこちない部分はあるにせよ。柿沢さんは、そんな微妙な変化を見抜いているようだったけど、それでも何も言わなかった。

 「そりゃ、世の中には知るべき事もたくさんあるだろうけど、知らないでいい事もたくさんあると思うのよね」

 ふとした会話の流れで、彼女はそんな事を言っていたから、多分、何かあったのだと分かっていると思う。

 学校の様子は思ったよりも、普通だった。ナノネットが消去されて、もっと大きな変化があるかとも思ったのだけど、少なくとも表面上はいつもとほとんど変わりない。

 敢えて言うなら、休憩所だとか図書室だとか、今まで生徒の溜まり場になっていた場所が寂れてしまったくらいだろうか。やっぱり、それらの場所に人が集まっていたのは、ナノネットの力だったらしい。

 「この学校、少し明るくなったわよね」

 そんな声も時折聞こえる。それと、これは本当にナノネットが消去された影響なのかは分からないけど、部活も少し強くなったらしい。

 「なんだか、やっぱり気になるのよね。祭主くんが転校してまた去っていった前と後じゃ、何かが変わった気がする。

 そう言えば、怪談の噂話もほとんどなくなっちゃったわよね」

 ある日に柿沢さんがそんな事を言った。わたしはその言葉にドキリとする。彼女はその後で、おかしそうに笑いながらこう続ける。

 「実は彼は悪霊ハンターで、この学校に巣くう悪霊と闘う為に、転校してきたのだったりして」

 それに対して山瀬さんがこう言った。

 「考え過ぎよ。馬鹿じゃないの」

 わたしは何も言わない。当たらずとも遠からず、とそう思ってはいたけれど。多分これは、知らなくてもいい類の事なんだろうと思ったから。

 アルバイト先で一緒の先輩達には、ナノネットに侵されていた頃の記憶があるようだった。多分、元ナノネットの、ほとんどの生徒が覚えていると思う。もちろん、敢えてそれに触れたりはしないのだけど、会話の中のタブーにしている気配があって、わたしはそう考えている。

 多分、先輩達にとって忘れたい記憶なのだろうと思う。別に何か罪を犯した訳じゃなさそうだけど、触れないでおくべきだ。

 アルバイト。

 アルバイトと言えば、祭主くんは……、

 「そんなに気になるなら、直接彼に訊いてみれば良いじゃない。彼とはまだ同じアルバイトなんでしょう?」

 そう言ったのは山瀬さんだった。柿沢さんはそれに苦笑しつつ返す。

 「ちょっと冗談で言ってみただけじゃない。本気じゃないわよ。それに、相変わらず彼は無口でさ。真由とくらいしか、話しているのを見た事がないのよね」

 その言葉を聞いて山瀬さんはわたしを見た。それに釣られてか、柿沢さんもわたしを見る。

 「普段、とても無口な二人が、一体どんな会話しているのか、少しは知りたかったりするのだけど。何故か、二人きりだと二人ともよく喋っているみたいだし」

 柿沢さんは少し意地悪そうな顔をしながらそう言って、山瀬さんは何も言わなかったけど、やや不機嫌な顔をしてはいた。

 それは、多分、知らなくてもいい事です。

 わたしは、頭の中でそう答える。多分、充分に表情で表現できていたと思うから。

 そう。祭主くんはアルバイトをし続けていた。元々、ナノネットを退治する為にあのアルバイトを始めた彼がその目的を果たし終えた後も、アルバイトを続けているのは、多分他の目的ができたからなのだろう。もちろんわたしは、その他の目的が、わたしの望むものであってくれれば良いと思っている。

 

 ……本当はそれを訊くのは、わたしは止めようかと思っていた。でも、どうしても忘れられなくて、それでついに訊いてしまった。アルバイトの休憩時間。わたしは祭主くんと二人きりだった。

 「あのね、祭主くん」

 祭主くんはわたしがそう話しかけると、少し不思議そうな顔をしてわたしを見た。きっと、わたしの声が少し不自然な響き方をしていたからだろう。

 「祭主くんの額のそれって、どうしてできちゃったのか分かってるの?」

 それを聞いた瞬間、祭主くんは目を少しだけ大きくしてそしてこう言った。「気になる?」

 わたしは慌ててこう返す。

 「それ自体が気になるというか、わたしは別にそれがあってもなくても気にしないけど、なんと言うか、もしその原因が祭主くんの家族に関係していたら…」

 わたしは自分の口下手さを呪った。

 わたしはこう推測していたんだ。神原さんの口振りからすると、祭主くんはお父さんとの間に何かしこりを抱えている。そして、そのしこりの原因で一番可能性が大きそうなのは、祭主くんの額のデキモノだろうと。

 祭主くんは、そう言ったわたしをしばらく不思議そうにじっと見つめた。

 「ごめんなさい。あの夜に、神原さんが祭主くんに言った言葉を、偶然聞いちゃって」

 わたしはその視線に耐え切れず、そう白状する。それを聞くと祭主くんはにっこりと笑った。

 「心配してくれてたの?」

 それからそう言う。わたしは黙って頷いた。

 「あの事なら、一応解決したよ。僕は知るべき事からずっと逃げていただけだった。ただ、それだけの話だったんだ。僕には自分の心が見えていなかった」

 そう言うと、彼はわたしの表情を覗き込んだ。多分わたしは、まだ知りたいというような顔をしていたのだろう。それから彼はまた口を開く。

 「僕はずっと疑っていたんだよ。どれくらい前だったかは、もう覚えていないけど、僕の額のこれは、どうして出来てしまったのだろう?って。そして、色々な事を疑った。特に父親の事を」

 「お父さんの事を?」

 「僕の父親は医者でね。そして、寡黙で何も言わない人だ。僕も他人の事は言えないけどね。元々仕事人間で、あまり家族に接するような人じゃないけど、特に僕に対しては何か余所余所しかったんだ。

 それである時から、こんな想像をし始めたんだ。父親は、わざと僕の額にこんなものを作ったのじゃないか?って」

 「わざとって。どうして?」

 「父親が、自分の家族を使って人体実験をやったのじゃないかって僕はそう考えてしまっていたんだよ」

 そう言った後で、祭主くんは少し心配そうな顔をしてわたしを見た。その視線の意味を理解するのに、わたしは少し時間がかかった。多分、わたしがそれをどう受け止めるのか不安になっているんだ。

 「僕は、こんなものを抱えて産まれて来た自分の人生を呪っていた。その憤懣が、そんな形で現れたのだと思う」

 そう言った後で彼は首を横に振った。

 「いや、違うかもしれない。僕が父親に対して抱いていた感情は、多分、そんな言葉じゃ表現し切れない。

 何にせよ、僕はその想像を膨らませていったんだ。そして、その想像が膨らめば膨らむほど、どんどんと父親から遠ざかっていった」

 わたしはそれを聞いて、神原さんの言葉を思い出していた。

 “少しの知る知らないの差が、大きな違いを生む”

 祭主くんは知る事を避けていたんだ。

 「結果的に、僕は自分の父親が僕に対してどんな感情を抱いているのか全く知らないで成長してしまった」

 でも、

 「でも、祭主くんは、今回の事件を切っ掛けにして、それを知る勇気を持った」

 わたしはやや自嘲気味になっている彼を心配して、そう言ってみた。祭主くんは少し照れながらだったけど、それに黙って頷いた。

 「どんな“答え”だったの?」

 わたしは次にそう訊いてみる。すると祭主くんは微笑んだ。

 「それは多分、知らなくていい事だよ。ブラックボックスのままだからこそ価値のある事も世の中にはたくさんあるんだって」

 そう言う。

 わたしはそれに、こう返す。

 「でも、わたしは知りたいな」

 わたしのその返事を聞くと、祭主くんはまた少し笑った。

 「あははは。教えてあげない。でも、そうだね。ただ、これだけは言えるよ。例え、父親が僕を人体実験に使ったのだとしても、その結果としてこれが出来たのだとしても、そんな事は大した問題じゃなかったんだ。お父さんは、僕を恐れていたんだ。僕と同じで。僕にとっては、その事実が重要だったんだ。

 さっき言ったろう? 僕は、僕の心を分かっていなかっただけだって」

 わたしもそれを聞いて笑った。

 「つまり、自分の心もブラックボックスだって事?」

 「そうだね。ブラックボックスだ」

 そう答える彼の言葉にわたしは頷いた。

 確かにそうかもしれない。わたしはわたしの心をよく分かっていなかった。それは、今回の事でよく分かった。

 一体、わたしはいつ頃から、祭主くんの事を好きになっていたのだろう?

 ま、これは多分、知らなくていい事なのだとは思うけど。

最後、バカップルな会話で終わらせてやったぜ…

グヘヘ……。


ブラックボックス。

何度か、触れていますが、これは意外と重要な概念だったりします。

仕組みが見えない。

インプットとアウトプットからしか現象を捉えられない。

これは、心理面にも影響を与えるし、一部情報が隠されているネットワークは特有の現象を引き起こすという点からも面白い(もちろん、インターネットはこういう類のネットワークです)。

科学だって、ブラックボックスを前提としているかどうかで、扱い方が随分と変わってきます。

多分、また何処かでテーマの一部にしたりもすると思いますが。


では、また。

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