1.分裂する幽霊
(霊視能力者・都市伝説の中の誰か)
私には、いわゆる霊能力というものがあり、霊を見る事ができます。幼い頃から、様々な不思議なものを見てきました。
道を歩いていく黒い何か。森の中に潜む、半透明の女性。水の中にいる、小さな子供のようなもの。
そんな不思議なものものを、数多く見てきたのです。
しかし、その時に見たそれは、特に異様で、今思い出してみても、それをどう捉えれば良いのか私には分かりません。
一見それは普通の他の幽霊と何ら変わりありませんでした。酷く小さいという事以外は。
それは、とある民家の生垣の上にいました。私は一目見て霊だと気が付いたので、それを無視しようと努めました。しかし、それの持つ奇妙な違和感に惹かれ、私はどうしてもそれを注視してしまったのでした。
その霊は、先にも述べましたが、酷く小さいものでした。ただし、子供の霊という訳ではありません。サイズは小さいのですが、身体のバランスは大人のそれで、白いワンピースを着た女性の姿をしていました。そしてそれには、何かが欠落したような奇妙な印象があったのです。
断っておきますが、私が感じた奇妙な違和感は、そのサイズに対してのものではありません。確かに大人の身体バランスで、サイズだけ小さいというのは奇妙ではあるのでしょうが、それだけなら、私はそれまでに何度ももっと異様な姿の霊を目撃しているのです。どうしても注視してしまうようなレベルじゃない。無視できる自信があります。もっと違った“何か”が、その幽霊にはあったのでした。
そして、私が注視してしまったからなのか(もしかしたら、全く関係なかったのかもしれませんが)、通り過ぎようとする刹那に、それは私に話しかけてきたのです。
――助けてはいただけないでしょうか?
それは、そう言って来ました。
言葉は音としては響かず、私の頭の中に直接伝わってきました。ただし、それでもそれの唇は言葉通りに動いていましたが。
――ワタシは、消えそうなのです。
それは続けてそう言いました。
消えそう?
私が心の中でそう呟くと、それはこう返して来ました。
――ハイ。本当は、ワタシはくっついていたままでいるつもりだったのに、ちぎれてしまって。
ワタシの弱い存在量では、ワタシはこの形を維持できなのです。胡散霧消してしまう。だから、早く元に戻りたいのです。どうか連れていってはもらえませんか? 実はワタシは一人では動けないのです。
そう言われて私は無言のまま、それに手を伸ばしました。その小さな幽霊の話を承諾した訳ではなかったのですが、なんとなく、触れてみたくなったのです。すると小さな幽霊は、こう言いました。首を横に振りつつ。
――違います。違います。
違う?
――ワタシの本体は、あなたが今見ている“それ”ではありません。ワタシの核は、ほらこの生垣の下にあります。
そう言われて、私は足元を探しました。すると、そこには腐った生ゴミが。
これが?
――もちろん、それはワタシが存在する為の一部に過ぎません。しかし、それを“大元のワタシ”に渡せば、ワタシと大元は繋がり、そして融合できるのです。
お願いします。それを運んでください。
私はそう言われると、自然に手を伸ばしていました。話の流れから、私が小さな幽霊のお願い事を了承したような感じになっていましたし、それに好奇心も刺激されてしまっていて、どうしても無視ができなかったのです。
腐った生ゴミに、直接手で触れるのは嫌でしたから、私はいつも鞄に入れている、犬の散歩の時の、糞の始末用のビニール袋を取り出し、その中にそれを入れました。
これでいいのかしら?
私がそう言うと、小さな幽霊はいつの間にかに私の肩の上に乗っかっていました。
――ハイ。ありがとうございます。
私はこう質問します。
それで、あなたのその“大元”とやらは何処にいるのかしら?
墓場か何かだったら嫌だな、と思っていたのですが、小さな幽霊が答えたのは、とある高校でした。寮があって、少し大きめの高等学校。
あんな所にこの幽霊の大元が?
まぁ、学校は、幽霊が出る代表的なスポットの一つではあるのですが。
私が驚いていると、小さな幽霊はこう言って私を急かしてきました。
――早くしてください。どうやら、他のミナに気付かれてしまったようです。
他の皆?
そう私が不思議に思い、前を見ると、そこには私の肩の乗っているのと同じ姿をした幽霊がいたのです。
私をジッと見つめている。
――気を付けてください。
幽霊は言います。
――あれは、ワタシと違って、大元に戻ろうなどとは思っていません。それどころか、断片を集めて大きくなり、大元に対抗しようとすらしています。
物理的な存在ではないので、素早く走り去れば、心配はないでしょうが、ワタシはあれらに狙われている。早くに逃げなければいけない。
ほら、早く走ってください。
私はそう言われて、訳も分からないまま走り始めました。敵である方の幽霊は、説明の通りに何もできないようでしたが、それでも私を追ってきました。
――あなたの持っている、ワタシの核に触れられたら危ないかもしれません。ワタシは吸い取られてしまうかも。あなたは安全ですから、心配しないで、何があっても私を持ったまま走り続けてください。
その言葉を聞いて、私は微かな不安を覚えました。
何があっても?
何が起こるというのでしょう?
すると、次の瞬間でした。一体、何処に隠れていたの分からない程の量の“小さな幽霊”達が、生垣や藪や木の下から、大量に這い出て私を追ってきたのです。わらわら、と。大きさも様々でした。数センチのものから、1メートルくらいあるものまで。
ナンなの、これは?
私が悲鳴に近い感じでそう言うと、私の肩の上の小さな幽霊はこう答えました。
――大元から、分裂したもの達です。あれらは、恐らく一つになろうとしている。ワタシは裏切り者なのです。
一つに?
訳が分かりませんでしたが、それでも私は走りました。凄まじい光景ではあるのですが、その幽霊達は、やはり私に直接危害を加えられはしないようです。私が安全だというのは、どうやら嘘ではないようです。
やがて、必死に走り続けると、突然に小さな幽霊達は減り始めました。どうしたのかと思って冷静になり、そこがもう目指す高校のすぐ近くであると気が付きました。
――もう、大元のテリトリー内だから、あれらは近付けません。安心しても、大丈夫そうです。
肩の上で、小さな幽霊はそう言います。
はぁ…
私は息を整えながら歩いて高校を目指しました。汗が冷えて寒くなってきた。歩きながら、私は小さな幽霊に質問をしました。
それで、その大元にどうやったら、あなたを届けられるの?
小さな幽霊は答えます。
――それも大丈夫だと思います。もう、大元はワタシが近付いている事に気が付いていますから。学校の校門近くまでいけば、きっと、迎えを寄越してくれます。
そう言われて、私はゆっくりと歩きました。さっきまで全速力で走っていたものですから、疲れていたのです。
高校の柵沿いに辿り着くと、私は校舎の中を覗きましたが、別に変わった点は発見できませんでした。しかし、逆に私はそれに恐怖を覚えました。さっきまでと差があり過ぎたからです。もしかしたら、何かが隠れているのかもしれない。そう思いました。そしてそれは、実際にそうなのかもしれないのです。先の小さな幽霊達だって、何処かにあれだけの量が隠れていたのだから、それは充分に考えられる話でした。
その内に、ようやく校門まで辿り着きました。大した距離ではないはずなのですが、私にはかなり長く感じられました。
そして、角を曲がるなり、そこには一人の女性が立っていたのです。一瞬、それが小さな幽霊と同じ姿に見え、私はギョッとしました。しかし、その次の瞬間には、それは女子高生の姿に変わっていたのでした。ジャージを着ている。恐らくは、寮生でしょう。その女子高生は、私を見るなり、手を差し伸ばしてきました。無言のまま。
肩の上の小さな幽霊は何も言いませんでしたが、私はその動作で、彼女がきっと“迎え”なのだろうと判断し、手に持っていた小さな幽霊の“核”を手渡しました。女子高生はコクリと頷くと、くるりと背を向け、そのまま校内に入っていきました。最後に声が。
――ありがとうございました。
そして、その声が聞こえた瞬間には、もう肩の上の幽霊は消えていたのです。私は、一人、その場に残されました。そして、こう思ったのです。
この高校には一体、何がいるの?