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18.ブラックボックス

 (第三の目能力者・祭主智雄)

 

 「あたしの真由を、何処に連れていくつもりだ、この邪魔者!」

 

 突然に後頭部を叩かれて、僕の頭は混乱した。視界が暗くなって倒れてしまう。何が起こったのか分からなかったけど、とにかく、僕は第三の目に意識を集中した。多分、敵がいるとすればナノネットだ、と頭にインプットしていたからだと思う。

 だけど僕の第三の目は、何も拾いはしなかった。ナノネット達は眠っている。相変わらずに。

 「この邪魔者!」

 そうまた声が上がった。暗闇でよくは見えなかったけど、誰かが棒を振り上げているのがシルエットで分かった。

 「止めて、山瀬さん!」

 その後で、本多さんの声がそう聞こえた。僕を庇ってくれている。

 山瀬さん?

 その声を聞いて僕は思い出す。本多さんの友達の一人に、そんな名前の女生徒がいたのを。僕は確か、彼女にナノネットについて色々と教えてしまっていたはずだ。

 まさか。

 彼女が、“ヒドゥン・パラメータ”だったのか?

 

 本多さんが山瀬さんに抱きついて、僕を護ってくれているのが目に入った。山瀬さんは、「くっ!」と声を発すると、それから本多さんの腕を強引に掴んだ。

 「どうして、こんな男を庇うの。真由?」

 そして、そう言う。

 「どうしてって… 普通は助けるものでしょう? 山瀬さんこそ、どうして祭主くんを襲っているの?」

 山瀬さんがかなりの興奮状態にあるのは確かだった。恐らく、冷静さを完全に失っている。そしてそこで、僕の第三の目は、ナノネット達が動き始めたのを察知したのだった。しかも、こっちも興奮している。化学室の方で、数人が立ち上がる気配がした。山瀬さん達はそれに気が付いていない。

 「逃げて」

 僕はまだはっきりしない意識で、辛うじてそれだけを言った。その声に、本多さんは気付いてくれたようだったけど、山瀬さんには届かなかったみたいだった。

 本多さんが振り返る。ゾンビのように、迫って来ているナノネット達にそれで気付いたようだった。声を上げる。

 「逃げなきゃ!」

 彼女は山瀬さんの腕を掴むと、それから僕を立たせようとした。当然、山瀬さんはそれに抵抗する。

 「冗談じゃない。あたしが逃げる必要なんかない」

 山瀬さんがそう言うのは分かる。恐らく、彼女は言葉を通して今まで、ナノネット達を操ってきたのだろう。しかし、僕の第三の目は普段とは違うナノネットの気配を拾っていたのだった。かなりの興奮状態にある。多分、山瀬さんでも襲われる。

 「逃げるんだ。今のナノネットは危険……」

 僕がそう言いかけたタイミングで、化学室の方から声が聞こえた。

 『殺そうとした』

 まずは、そう一言。それから、言葉が乱反射し始める。

 『殺そうとした』

 『殺しは禁忌』

 『自分達が危険になるから』

 『でも、殺そうとした』

 『何故?』

 『例のアレを手に入れる為』

 『敵が強い為』

 『殺しは必要』

 『殺しは必要』

 『殺しは必要』

 乱反射を繰り返し、ナノネット達の思考がまとめられていく。恐らく、ナノネット達は今まで殺人を禁じていたのだろう。しかし、例のアレの存在と、そして山瀬さんが執ってしまった行動が刺激になって、それが破られてしまったんだ。

 「なによ……」

 山瀬さんもいつもとは違うナノネットの様子に気が付いたようだった。変化に戸惑い、少し竦んでいる。ただ、それでもその状況を受け入れられなかったようで、強がるようにこう言い放った。

 「あなた達、真由を捕まえなさい。また、パンを食べさせるの。それで、彼女をこちらに取り入れるのよ」

 しかし、

 『例のアレを奪おうとした』

 ナノネット達は次にそう言った。山瀬さんはそれにこう返す。

 「違う。あたしはそんなものに興味はない。あたしはただ真由が欲しかっただけ!」

 そんな説明がナノネット相手に通じるはずはなかった。ナノネットは人じゃない。人間の感情は理解できない。

 『お前は、我々の一員じゃない』

 ナノネット達の内の一人がそう言った。

 さっき僕がナノネット達の動きを封じた時に、山瀬さんだけは無事でいた。それはつまり、彼女がナノネットに組み込まれていない事を意味している。ナノネット達も、それを分かっているんだ。

 それから、ナノネット達は一斉に走り出した。彼らはまず、山瀬さんを突き飛ばす。

 『例のアレを奪おうとした!』

 そう叫んでいる。山瀬さんは悲鳴を上げるとそのまま廊下に転がってしまった。そして次に本多さんが彼らに取り押さえられる。

 『例のアレ…』

 ナノネットの内の一人がそう言った。僕はその瞬間を逃さない。本多さんを通して、ナノネットの動きを封じる。しかし、先とは状況が違った。全員が彼女にアクセスしている訳じゃなかったのだ。近くにいる数人だけだ。ただし、それがバリケード代わりになって、他のナノネットを防いでいる。僕は急いで起き上がると、本多さんの手を握った。

 「駄目だ。全員は抑えられない。逃げるよ!」

 本多さんは一瞬だけ躊躇した。倒れた山瀬さんを気にしている。恐らく、彼女を心配しているのだろう。

 優しい子だ。あんな事をした山瀬さんなのに。

 僕は走りながらこう言う。

 「大丈夫。なにより狙われているのは、君だから。ナノネット達は全員、君を追って来るはずだ。むしろ、君が逃げた方が彼女は安全だよ」

 本多さんはそれに黙って頷いた。

 背後からは、僕らを追って来るナノネット達の足音が聞こえて来ていた。夜の廊下に、反響しまくっている。後ろを振り返ると、もう彼らは直ぐそこにまで迫っていた。間に合わないとそう判断した僕は、急いで近くの特別教室に飛び込んだ。本当は、階段を降りて神原さんの待つ、一階の休憩所まで一気に逃げたかったのだけど。

 教室の出入り口は狭い。それが何よりの利点だ。僕は教室に入るなり、先頭を走って来たナノネットの塊に、第三の目で干渉した。そして彼らを操ると、出入り口のバリケードにする。状況を理解したナノネットは、直ぐにもう一つのドアに向かった。僕はそちらでも同じ事をした。同時に二つの、ナノネットへのアクセス。初めての試みだったけど、上手くいった。なんとか成功している。ただ、それでもかなりきつい事は確かだった。それに、多勢に無勢だ。後から入ろうとしてくるナノネット達の数の方が圧倒的に多い。そのうちに、僕は一人を逃してしまった。真っ直ぐに、そのナノネットは本多さんを目指している。

 くそう!

 僕はその一人に生身で挑む。何とか捕まえる事ができたけど、格闘しながらナノネットを二つも操るのは至難の技だった。また一人逃してしまう。

 その一人は、そのまま本多さんに襲いかかった。どうやら痛めつけた上で、例のアレを奪い取るつもりらしい。

 「助けて、祭主くん!」

 そう彼女が叫ぶ。こうなったら、一度、教室の出入り口を守らせているナノネットへの干渉を切り上げて、彼女を助けるしかない。そう思った時だった。

 「ちっくしょうぅぅぅ!!」

 そう声が聞こえた。

 出入り口から、物凄い勢いで人が入って来る。山瀬さんだ。

 「あたしの真由に何をするつもりだぁぁ!!」

 それから彼女は、本多さんに襲いかかっていたナノネットを思い切り突き飛ばした。それから僕はで入り口を見る。ナノネット達の生垣は乱れていた。恐らく、いきなり後ろから襲われたからだろう。僕はここから逃げるのならこのタイミングしかない、と判断した。

 僕は自分が格闘している相手を、第三の目で干渉して大人しくさせると、本多さんの手を握って乱れているナノネット達へと切り込んだ。第三の目の能力をフルに使って、行動を抑止できる連中はできるだけ抑止して。山瀬さんもそれを追いかけてきた。手にはモップを持っていて、それでナノネット達を追い払っている。

 そのまま僕らは廊下を抜けた。階段に辿り着くと、そこを全速力で降りる。しかし、ナノネット達も直ぐ後ろに迫っている。

 僕は降りながら、本多さんにこう言った。

 「一階の休憩所で、ある人が僕らを待っている。その人はここのナノネットを消去する為の何かを準備しているはずなんだ」

 「分かった」と、彼女は頷く。やがて一階に辿り着くと、そのまま休憩所を目指した。暗い中、ぼんやりと休憩所が見えた。あの黒い箱も置いてある。そして、その前には神原さんが控えていた。

 神原さんは、僕らがやって来るのを確認すると、ゆっくりと頷いた。それから、本多さんを見る。僕はその意味を直感的に理解した。それで本多さんに耳打ちする。

 「あの箱を開けて」

 暗闇の中に浮いている四角い虚無を指差しながら。

 それから神原さんはこう怒鳴った。

 「さぁ、ナノネット達よ! この祭りのフィナーレだ! 君達が欲しがっている“例のアレ”は、この箱の中にあるぞ!」

 本多さんが箱の近くまで辿り着く。僕は後ろを振り返り、できる限りのナノネット達の動きを封じた。そして、

 そして、本多さんは箱を開けた。

 神原さんの計画の肝であるはずの、例のアレが入っているという、ブラックボックスを。

 その瞬間、稲妻のような物凄いナノネットの電磁波を僕は感じた。第三の目が、あまりの激しい刺激におかしくなる。でも、それは一瞬の事で、その後には呆気ないくらいの静寂が僕を待っていた。

 暗闇の中、ナノネット達は呆然としていた。振り返ると、本多さんが不思議そうにその光景を見ていた。

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