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17.邪魔者

 (隠れた要素・山瀬望)

 

 祭主くんからナノネットの話を詳しく聞いて、あたしは面白いと思った。そしてそれが、あたしがナノネットと接触をし始める切っ掛けだった。あたしは、ナノネットとやらを独自に調べてみようと思ったのだ。

 寮生にナノネットが多いと祭主くんから聞いていたから、まず寮にいった。それから、できるだけボーっとした人を探す。祭主くんの言葉を信じるのなら、ナノネットは相手の意識を乗っ取るのだという。なら、それに憑かれた人は、朦朧としているはずだ。

 運良くあたしは寮の休憩室で、ボーっとしている人を見つけると、しばらく観察してみた。なるほど、なんだかおかしい。目の焦点が合っていないし、何よりあたしがじっと見続けているのに何も反応をしない。普通なら、変な顔くらいするだろう。文句の一言があってもおかしくない。

 それからあたしは、その人に向けてこう言ってみた。

 「こんな所で何をやっているのですか?」

 恐らくは、二年生だろうと判断して一応敬語を使ってみた。普段、校舎であたしはこんな状態の人を見た事はない。今が放課後で寮だから、こんな状態になっているのかもしれない。いや、今までは意識していなかったから気が付かなかっただけで、もしかしたら、校舎にも稀にこんな人がいたのだろうか。

 『何もやっていない』

 その人はあたしの言葉に、そう返して来た。あたしはそれを妙に感じつつも、今度はこう尋ねてみた。

 「ここには、何かあるのですか?」

 すると今度はこんな返答が。

 『会議』

 会議?

 「会議がここで、開かれるのですか?」

 『会議がここで、開かれる』

 あたしの質問に対し、その寮生はまるで反復でもするようにそう返して来た。

 「何時に?」

 『夜中に』

 「夜中?」

 あたしはそれを聞いて不思議に思った。今はまだ夕方だ。夜中に開かれるのだったら、いくらなんでも集まるのには早過ぎる。それで、

 「それなら、集まるのは早過ぎませんか?」

 と、そう問いかけてみた。すると、

 『集まるのには早過ぎる』

 と、今度もまるで反復しているかのような返答が返ってきた。あたしも、なんとなくそれにつられてこう返した。

 「早過ぎる」

 それを聞くと、その寮生はスクッと立ち上がった。それから、

 『なら、どうすれば良い?』

 と、そう言った。

 あたしは戸惑いつつも、

 「あたしなら、それまで自分の部屋で寛いでますけど」

 すると、

 『なるほど。寛ぐべきだ』

 そうその寮生は応えた。そして、そのまままるで夢遊病者のような足取りで、歩いて部屋を出て行ってしまった。

 あたしはそれを見て、ナノネットとは物凄く馬鹿なのじゃないかとそう思ったのだ。あたしの言う事を反復して、それに簡単に従ってしまった。

 面白い。

 それで、あたしは更にこう思った。もしかしたら、何かに利用できるかもしれない。

 

 それからあたしは複数人いるナノネットにも遭遇した。これも、放課後に寮で見つけたのだ。単独でいる場合と違って、複数人になると、少しは知能が上がるらしかった。まともな思考をしてはいる。しかし、それは言葉に出して、お互いにお互いの言葉を反復するような形で行われる奇妙な思考だった。どうやら、その手続きを通さないと、ナノネット達はまともな思考ができないらしい。そしてその間に、別の言葉を挟んでやると、それで容易にその流れは操れた。

 あたしはそのうちに、連中の会議とやらにも参加してみたくなった。その場でも、連中を操れたら、実質、ナノネット達をコントロールできるようになるはず。そして、それを考えていた時期に、あたしにとって大きな事件が起こったのだった。

 その日の放課後、真由は用があるからと、あたし達三人で一緒に帰るのを断ってきた。珍しい事ではあるけど、それだけならあたしは気にしない。が、どことなくその時の真由の様子は変で、しかもそれからちょっと経った後で、校舎で偶然に巡り合ったナノネット保有者の様子までおかしかったのだ。

 その保有者に尋ねてみると、痺れたようになって身体が上手く動かせないと言う。食堂の近くに、妙な存在の気配があって、それにアクセスしようとしたら、そうなったと。

 あたしは何となく勘が働いた。

 これは、真由が何か関わっているに違いない。

 それで、食堂に向かったのだ。すると、少し遠くに真由がいるのが見えた。誰かと一緒にいる。室井沢先生だ。話しかけようかとも思ったが、止めておいた。多分、ここで真由達に話しかけたら、ナノネット達との付き合いが難しくなる。そう思ったからだ。

 更に。

 それから、二つの異変があった。一つは、何故か真由が祭主くんの邪魔をしなくなったという異変。もう一つは、“例のアレ”とやらを、女生徒の誰かが発見したという噂が校内、特にナノネット達の間を飛び交い始めたという異変。なんだか知らないが、ナノネット達はそれを欲しがっているらしい。あたしは、真由がそれを持っているのだと思った。恐らく、あの時のあれだろう。

 まず、あたしは真由の異変から釘を打っておくべきだと考えた。真由のこの態度の変容は、まずいと感じたのだ。もしかしたら、祭主くんとくっ付いてしまうかもしれない。それだけは、なんとしても防がなくてはならない。それであたしは、初めてナノネット達の会議に出席した時に、ナノネット達を使って二人を遠ざけようと試みたのだ。

 予想した通りに、祭主くんの名前はナノネット達の間で既に有名で、真由が彼を邪魔している事も知られていた。だから、あたしが真由が祭主くんを邪魔しなくなったと伝えると、簡単に言葉は乱反射した。

 『どうして、彼女は邪魔をしない?』

 『彼女は、約束を破ったのか?』

 『彼女は、敵か?』

 『彼女は、我々を知っている』

 『どうする?』

 『口を封じる?』

 『殺す?』

 ただ、予想していたよりも、過激な言葉が飛び交ったのであたしは慌てた。真由を殺されては堪らない。しかしそれから、

 『殺しは駄目だ』

 『殺しは駄目』

 『また、問題になる』

 それから、殺しは駄目という言葉が浮かび上がり、それを否定する方向に流れたのであたしは安心した。そのタイミングで、こう言ってみる。

 「彼女とあの男を接触させなければいい」

 すると、

 『接触させない?』

 『関わりを断つ』

 と、声が上がる。

 「少なくとも、彼女が敵じゃないと分かれば良い。あの男と関わらなければ、その証明になるはず」

 あたしは更にそこにそう言ってみる。すると、また上手い具合にそれに同調してくれた。

 『なるほど』

 『敵じゃなと分かれば良い』

 「接触させなければいい」

 『接触させなければいい』

 『その為にはどうする?』

 「脅して、一緒にいさせないようにすれば良い。学校でも関わるなと言い、アルバイトのシフトもずらしてしまえ」

 『なるほど。アルバイトのシフトをずらせてしまえば良い。同じアルバイトをしている者がいるから、それは可能だ』

 「関わりを断て」

 『関わりを断て』

 その言葉は反響し、その会議で真由と祭主くんを接触させないようにすると決まった。呆気ないほど簡単に上手くいって、あたしはその時、浮かれた。

 簡単だ。こいつらは。

 そしてその時に、そう確信した。

 柿沢と真由との会話から、あたしは自分のその試みが成功したと確認すると、もっとナノネット達を利用してやろうと考えた。

 しかし、それを考えている内に、また異変があった。ナノネット達の様子が変化してしまったのだ。なんと言うか、まとまりがなくなってしまったのだ。あたしは、祭主くんが何かをしたのじゃないかと考えた。多分、彼の調査は終わったのだ。もしこのままナノネットが消えてしまったら、もう利用できなくなってしまう。そう不安になったが、それから一向にナノネットは消える様子は見せないのだった。しかも、そうなった後のナノネット達は以前よりも、扱い易くなっていた。

 ナノネットは、結び付きがバラバラになってしまった分だけ、お互いが連携するのに人の言葉により頼るようになったのだと、あたしはそれを理解した。その内に、ナノネット達がお互いを認識する為に、濃い青色をしたものを身に付け始めたのにあたしは気が付いた。当然、あたしもそれを身に付ける。それだけで、あたしは簡単に奴等の一員になれた。

 それから、あたしは色々と奴等に干渉した。会議が夜中に開かれるのは不便だから、昼間に開くように変更させたり、祭主くんや真由の様子を探らせたり、くだらない使い方としてはテストの出題内容を調べさせたり。

 もちろん、ナノネット達の内部事情にも詳しくなっていった。鬼ごっこなるものを開いている事や、外部にも彼らと同種のナノネットが存在していて、それを彼らが排除したがっている点。またナノネット達は、殺人を禁忌にしているようだった。過去に何があったかは知らないが、それをやれば自分達が危険になると分かっているらしい。その点は、彼らと付き合う上で重要だった。安全だという証拠になる。

 そしてその内にあたしは、こんな事を思い始めたのだ。何でも言う事を聞くナノネット。もしも、真由がこんな風になったら良いのにと。そうしたら、デートしたり買い物に付き合わせたりできるのに。その他の事だって、きっと。キスしたりとか、一緒に寝たりとか。

 それであたしは、その計画を思い立ったのだった。ナノネット達を操って、真由をナノネットの一部にしてしまう。そして、あたしの恋人にしてしまう。

 

 あたしが自分のその感情に気が付いたのはいつの頃だったろう?

 なんだか真由を見ているとイライラするのだ。いじめたくなるというか、ちょっかいをかけたくなるというか。真由が困っている顔を見ると、気持ち良い。ゾクゾクする。それでそんな顔を見る為に、時々意地悪を言った。もちろん、冗談半分程度のものだけど。

 その内にあたしは、真由を放したくなくなってきた。真由が男に興味なさそうに見える事に喜んだり、柿沢にすら微かな嫉妬を覚えたほどだ。もっとも、彼女のそれが友人の域を超えるものじゃないとは分かっていたけど。

 あたしは真由を独り占めしたかった。そう。あたしは真由に恋していたんだ。

 もちろん、それが叶わぬ恋である事は自覚していた。感情では受け入れられなくても、理屈ではきちんと分かっていた。それなのに、こんな“ナノネット”なんて存在が、あたしの目の前に現れるものだから。

 あたしは、自分の夢を現実にする手段を得てしまったのだ。あたしは、自分の欲求を抑えられなくなった。

 

 ナノネットは例のアレとやらを手に入れたがっていて、そして、上手い具合にその例のアレは、真由がどうやら手にしているのだとあたしは知っていた。

 それを利用してやれ、とあたしは思った。

 会議で例のアレを持った人間をターゲットに鬼ごっこをやると提案し、その為にその人間にナノネットに取り込ませると認めさせる。後は、真由を多少強引にでもその場に引き込めば、それで計画に必要な準備はほとんど整う。そんなに難しくはないはずだ。

 だた一つ懸念があるとすれば、真由が何か濃い青色をしたものを身に付けてこないかという点。濃い青色を見たら、ナノネット達は真由を仲間だと考えてしまうかもしれない。だからあたしは、真由に電話をかけた時、濃い青色をしたものを身に付けてこないようにと釘を刺しておいた。

 鬼ごっこ当日。

 真由は不安そうな様子で、待ち合わせ場所である放課後の教室に入ってきた。あたしは、その真由の様子に、内心の興奮を抑えられなかった。不安そうにしている真由。可愛い。そして今からこの可愛い真由が、あたしのモノになるんだ。絶対に手に入らないと思っていた、真由が。

 興奮しながら、あたしは真由にディープ・ブルーの髪飾りを渡した。身に付けておくようにと。もちろん、しかるべきタイミングで、真由を部外者にする為だ。これを取った時に、真由は鬼ごっこの“鬼”になる。あたしはそれを想像して、はしゃいでしまった。

 不自然に上機嫌なあたしに、真由は不審な目を向けていた。あたしは、その目に少しだけ傷ついたけど、それでもそれ以上に喜んでいた。

 真由をあたしのモノにできる。

 真由を連れて寮生、ナノネット達と合流した。ナノネット達を見て、真由は心底不安そうな表情になる。あたしはその不安を和らげる為に、ナノネットに危険はないのだとそう教えてあげた。もっとも、それでも真由のその不安な顔はそのままだったけど。

 でも、それでも良い。不安そうな表情の真由は可愛いもの。

 しかし、そう思ったところで、あたしはふと気が付いた。真由がナノネットに取り込まれたら、もうこんな表情を見る事はできなくなってしまうんだ、と。

 その途端に寂しくなった。あたしの目の前にいるこの真由は、もう直ぐに消えてしまう。ただ、そう思ってもあたしの意志は変わらなかったけど。

 なんとしても真由を手に入れるんだ。それが、例え、抜け殻のような真由でも。

 ナノネット達と共に化学室まで辿り着くと、あたしは真由の髪の髪飾りを強引にむしり取った。

 「真由、ごめんね」

 「痛っ!」

 真由は小さな悲鳴を上げる。それから、あたしは真由に向かって懐中電灯の光を向けた。

 「この娘よ」

 と、あたしはそう言ってから、真由を見た。怯えている真由の姿を楽しむ為に。そしてその後で、こう言う。

 「今回の“鬼”は」

 それからあたしは、懐中電灯の灯りを消した。ナノネット達に命令して、真由にパンを食べさせる。これも見もののシーンだ。苦しそうにしながら無理矢理にパンを食べさせられている真由。あたしは、その姿を見て興奮した。ゾクゾクする。真由は食べさせられながら、徐々に抵抗を止めていく。一度、大きな表情の変化があったけど、その後は悲しそうな顔になってそのままパンを受け入れていた。それはまるで、あたしを受け入れてくれているかのように、あたしには思えていた。

 真由、大好きだよ。

 恐らくナノネット達に干渉され、意識を失った真由を見て、あたしはそう思った。これでいよいよ、真由はあたしのものになる。しかし、そこで異変が起こったのだ。

 突然に、ナノネット達の動きが止まる。それから、彼らは倒れてしまった。あたしは悪い予感を覚えて、同じ様に倒れたフリをした。

 邪魔者がやって来たんだ。あたしは、そう直感した。

 そして、背後から暗闇の中を進む気配に気付いた。祭主くんだ。邪魔者の。そしてそれから祭主くんは、なんと“あたしの真由”を抱きかかえやがったのだ!

 あたしは怒りを覚える。

 もう少しだったのに。あたしの真由……。

 それから真由も目を覚ましたようだった。何事かを話している。それから彼らは立ち上がると、そのまま化学室を出て行こうとした。このまま逃がして堪るか! あたしは、隅にあったモップを手に持つと、その後を追って、それで祭主くんの後頭部を思い切り叩いた。

 

 「あたしの真由を、何処に連れていくつもりだ、この邪魔者!」

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