14.鬼ごっこ会議
(高校二年・鵜飼美緒)
あたしは会議に参加していた。
以前にも恐らく、参加していた会議なのかもしれないけど、きちんと意識がある時にその会議に参加するのは初めてだった。
あたしにきちんと意識がある事に、ここにいる人達は気付いているのだろうか? いるかもしれない。いないのかもしれない。
殺され当番、改め、鬼ごっこ。
それは、その開催を決める為の会議だった。
多分、今ここにいるあたしに、意識がしっかりあるのには、原因が二つある。一つは、あたし達を繋げる不思議な力がバラバラになり、その支配力が弱くなっている点。もう一つは、今が昼間だという点。
そう。以前は真夜中に開かれていただろうこの会議は、いつの頃からか、昼間に開かれるようになってしまったのだった。多分ではあるけど、この会議はあたし達が眠った後に、意識がほぼなくなった状態で開かれていたのじゃないかと思う。恐らくは、それはこの会議の秘密を守るためだろう。しかし、それがどうしてなのか、昼間に開かれるようになってしまった。
きっと、その所為で、あたしみたいに意識をしっかりと持って参加している人が、他にもいるだろうと思う。会議が昼に開かれるようになったことで、寮生以外の生徒も会議に参加するようになったのだけど、そのメンバーは特に怪しい。明らかに意識がありそうだ。
濃い青のヘアバンドを付けた女生徒。確か、名前は山瀬といったっけ。あたしの直ぐ隣には彼女がいた。彼女は寮生ではない。そして、その様子を観るに、彼女は意識を保っているように思えた。
「あたしは、こう思います……」
しかも、彼女はこの会議においてよく発言していた。
濃い青色の何かを身に付けているのは、あたし達の仲間だという証。しかし、それは逆を言えば、何も関係がなくても、濃い青色を身に付けてさえいれば、仲間を騙れるという事でもあるはずだ。
本当に彼女は、あたし達の仲間なのだろうか? このよく分からない不思議な力で繋がったあたし達の。
でも、あたしはそれを言いはしない。そもそもあたしは、そんなにこの力の影響を受けてはいないし、だから義理を感じる必要も何もない。彼女が、本当はあたし達の仲間じゃないにしても、だから何だって言うんだ。面倒は御免だ。
ただ、少しは興味がある。この山瀬とかいう一年の女生徒は、何の目的があってこんな会議に参加しているのだろう?
鬼ごっこ。以前の、殺され当番は、どうにも本来は罠だったらしい。あたしがその役割を担った初めての生徒だけど、その後で何人かがその役割を持ち回った。そして、その持ち回った生徒に共通して言える点が、それほど強く不思議な力の結び付きの影響を受けていないという事だった。
つまり、その役割は、不思議な力の影響を強く受けている人間にはできないのだ。もしかしたら、しないだけかもしれないけど。
正直に言えば、それが何なのかあたしは正確には分かっていない。どうして、殺される夢を誰かに見させなくちゃいけないのか。そして、どうしてその殺される夢を見た生徒が必ず家族に助けを求める電話をかけるのか。だけど、それを詮索するような真似はしなかった。想像もできなかったから、というのも一つにはあったけど、詮索すればこの学校に蔓延する不思議な力から睨まれるという理由が一番大きい。
ただ。
ただ、やっぱり興味はあったんだ。
だからなのかもしれない。あたしがこの山瀬という子が、本当は仲間じゃないと皆に言わないのも、この山瀬という子に興味を持ったのも。
殺され当番が廃止され、鬼ごっこになったのは、不思議な力の結び付きがバラバラになってしまった後だった。よくは分からないのだけど、不思議な力が結び付いていないと夢は見させられないらしい。または、見させられたとしても、それでは意味がないのかもしれないけど。
それで、代わりに開催されるようになったのが“鬼ごっこ”だ。今度は、夢じゃなくて実際に皆で誰かを追いかける。主に夜中に。そして、捕まえて一斉に皆で調べる。調べると言っても、あたしには何を調べているのかは分からない。調べた上で、邪魔なゴミを見つけたら、排除するとも言っていた。そのゴミとやらが何なのかもあたしには分からないのだけど。
その鬼ごっこにおいては、家族に電話で助けを求めるのは廃止された。
「あまり意味がないし、危険過ぎるわ。実際に、皆で追いかけている以上、見つかったらシャレにならない」
初めの方に開かれた会議で、そう山瀬さんが言ったからだ。その言葉に、その場にいた皆は簡単に納得をしてしまった。あまり考えてはいないと思う。不思議な力に強く浸ってしまった人達の思考力は、どうもほとんど麻痺してしまうようだ。だからだろう。山瀬さんの発言に、深く事情を理解していないような誤魔化しの雰囲気があっても、誰もそれを追及しないのは。
ただ、それは、それだけじゃないかもしれない。
会議と言っても、この会議は普通に人間同士が行うようなそれとは、ちょっと違っているからだ。その会議の質の所為で、山瀬さんの発言は、深くは追求されないでいるのかもしれない。
なんと表現するべきなのかは分からないけど、普通の会議が会話のキャッチボールで成り立っているとするのなら、この会議はピンボールのようなんだ。
誰かが何かを発言する。その言葉が乱反射する。拙い意見はその過程で消滅し、良い意見だけが生き残り、更に訂正され練られていく。
例えば、こんな感じ。
『近く、また鬼ごっこをやらなくては』
『明日、また鬼ごっこをやりましょう』
『明日は、駄目だ。日が経っていない。ゴミもそんなに集まって来ない』
『なら、三日後にやろう』
『駄目だ。寮の宿直が、我々の影響をそんなに強くは受けていない。ばれる』
『なら、その次の日に…』
そんな感じで問題点が削り取られ、物事が決まっていく。あたしをはじめ、意識のありそうな連中は何も発言をしない。しないけど、大して問題にはならない。なんと言うか、この会議では“個”の存在が希薄なんだ。誰が何を言ったのかなんてあまり意味がないみたいに思える。
『鬼ごっこを、もっと頻繁にやらなくてはならない』
会議の最中に、そんな発言が出たのは、つい最近の事だった。その発言の理由は、なんとなくだけどあたしにも察しがついた。恐らくは、今噂になっている『例のアレ』とやらを早くに発見したいのだろう。
例のアレ。
殺され当番の時に、あたしが、いや、あたし達が夢の中でさんざん探し回っていたものだ。その正体は不明。殺された誰かの死体だとも、財宝だとも、特別な力を持った何かだとも言われている。その“例のアレ”が見つかったというのだ。しかも、その“例のアレ”は、誰か女生徒が持っているらしい。随分前からあった噂だけど、最近になってそれが暴走し始めている。その女生徒は、例のアレを独り占めにしようとしているとか、例のアレを使ってこの学校を支配しようとしているとか。それで、不安が増しているのだろうと思う。
『頻繁に開いていたら、問題になる可能性も大きくなるわ』
誰かがそう言った。
『危険を気にしている時ではない』
それに、そんな言葉が上がる。
『例のアレを誰が持っているのか。例のアレを見つけなくては』
『一刻も早く、例のアレを見つけなければ、我々全体が壊れてしまう』
『早くに。早くに』
どうも、危険を踏まえた上でも、鬼ごっこを開催するべきという意見が圧倒的なようだった。
「実際、鬼ごっこが問題になった事なんて、今までなかったしね」
そこでそう言ったのは、山瀬さんだった。
「もし、見つかったとしても、注意くらいしか受けないわよ。つまり、そんなに危険はない」
皆がその言葉に頷く。この会議では、理論的な正しさなんてあまり意味がない。むしろ、説得力のありそうな印象をいかに演出するかが重要。その方が、情報が乱反射の中で生き残り易くなるみたいだ。
「――でも、問題点が一つある」
山瀬さんが続けていったその言葉に、珍しく全員が注目した。情報の乱反射的な会議ではなく、視線が彼女、山瀬さんに集中している。
「本当に、我々の中に、例のアレを発見した誰かはいるのかしら?」
その言葉に、また乱反射が起こった。
『どういう事?』
『我々以外が見つけた?』
『一般の生徒?』
『そういえば、あの誰かが例のアレを発見した何かがあった時、あれにアクセスした者は撹乱された』
『近づけなかった』
『動けなかった』
『つまり』
「――つまり、その誰かは我々を結び付ける力の影響下になかった。だからこそ例のアレを発見できた。それは、部外者を意味する」
その最後の言葉を言ったのは、山瀬さんだった。
『要するに、鬼ごっこは無駄?』
『鬼ごっこでは、例のアレを発見した者を見つけられない?』
『なら……』
言葉の反射の方向は、鬼ごっこの中止へ向かったように思えた。しかし、そこでまた山瀬さんがこんな事を言ったのだった。
「でも、安心して。
例のアレを発見したその部外者を、鬼ごっこに参加させれば良いというだけの話だから」
新たな言葉の乱反射がまた起こる。
『そんな事ができるのか?』
『どうやる?』
『見つけたところで、どうする?』
「安心して。手はあるから」
乱反射に割り込んで、山瀬さんがそう言う。無理矢理に、乱反射の方向を曲げようとしているんだ。
「例のアレが欲しいのでしょう?」
理屈よりも、印象の方がこの場では強い。そして何より、皆、例のアレとやらが欲しいのだろう。だから、その言葉は勝ってしまった。
そしてそうして、鬼ごっこの開催が決まったのだった。