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12.余計な労働

 (探偵・藤井正一)

 

 正直に言えば、その仕事を私はあまり面白くない気持ちでやり始めた。確かに、神原から自分に任せろと言われた時は、多少はプライドが傷ついたが、それとは別にこれで楽ができるという思いもあったのだ。だから、神原が助力を求めてきた時は、複雑な心持ちになった。

 ざまあみろ、という思いもあるにはあったが、その反面、面倒くさいとも思ったのだ。それに、神原からの指示で仕事をするという点も、あまり面白くはなかった。まるで、主導権をあっちに握られているようではないか。立場的に言えば、雇い主は私のはずなのに。元は私が受けた仕事だ。

 しかし、仕事をやらなければ、困るのは私の方だというのも分かり切っていた。報酬を受け取れなくなってしまう。それに、神原との関係を壊してしまえば、互恵関係も利用できなくなる。結局、私はほどんど文句を言わずにその仕事を引き受けた。仕事の内容は簡単な調査で、本来の探偵の仕事と同じだったから、特別困りもしない。

 鷺沼静という女性の調査。それが、神原が私に頼んだ仕事内容だった。詳しい事は何も教えてくれなかったが、去年にT学園を卒業した女性なのだそうだ。その女性が、今は何をやっているのかを調べたいらしい。

 その内容が、どう今回の依頼内容に関わって来るのか私には全く分からなかった。寮生達が悪夢を見て、両親に助けを求める電話をかけてしまう。その原因を調べる上で、その女性が何かキーになるのだろうか?

 私は鷺沼静の調査を頼まれた時、山中理恵に連絡を取ってみた。神原は恐らくもう何も教えてはくれない、いや、例え教えてくれたとしてもあの男に頼むのは気が引ける。しかし、彼女になら質問し易い。多分、彼女なら快く私の質問に答えてくれるだろう。ところが、彼女もそれを全く知らなかったのだ。そして、彼女はそれにこう返してきた。

 『もしも、何か分かったら、私にもそれを教えてはくれませんか?』

 愚かな事に、私は自ら余計な仕事を増やしてしまったようだった。

 

 鷺沼静について調べ始めて、私は驚いた。本人の足取りが、卒業後から全く掴めなくなっていたからだ。彼女は寮生だったらしいのだが、卒業後に実家に戻っていない。学校にも周囲にもそう言っていたのに。どうも進学も就職も決まらなかったようなのだが、どこに住むようになったのかも分からない。

 自慢じゃないが、私はこういった調査には慣れている。腕は確かだし、ノウハウもある。その私が足取りを辿れない。間違いなく、これは異常事態だった。

 つまりは、鷺沼静は失踪していたのだ。まるで別人になってしまったかのように、姿を消している。

 私は取り敢えず、それを神原に伝えた。鷺沼静は、失踪している可能性が高い、と。不満が返ってくると思ったのだが、神原からは「ありがとうございます。やはり、あなたは信用がおけます」という意外な返事が来た。私を本当に信用している訳ではないだろう。恐らく、神原は私の調査結果を予想していたのだ。こうなると、私としても気になってしまう。私は更に調査をし続ける事にした。

 鷺沼静の足取りは追えなかったが、彼女の同級生ならば簡単に追える。私は近くで暮らすその内の一人にコンタクトを取った。その同級生は、私が正直に探偵だと告げると、何故か納得したような表情を見せた。

 私はまず単刀直入にこう質問した。

 「“鷺沼静”が、卒業後どうなったのかを知っていますか?」

 同級生は首を横に振った。

 「いいえ、分からないわ」

 私は数度、頷く。

 「なるほど。それでは、彼女の在学中の様子などはどうでした? 例えば、将来の夢とか、家庭の事情とか。何か少しでも知っている事があれば教えて欲しいのですが」

 「いいえ、悪いのだけど、あまり彼女についてはよく覚えていなくて。というよりも、あの学校にいた時の、わたしの記憶全般、なんだかとても曖昧なのよ」

 私はそれを聞くと、少し考え込んだ。それは、ナノマシン・ネットワークに憑かれた人間の症状と一致するからだ。

 「しかし、あなたは同じクラスで、彼女と同じ寮生だったのでしょう? しかも、同じ棟で同じ階だったそうじゃありませんか。部屋は近かったはずだ」

 「あら、よく調べているのね。でも、部屋が近いと言っても、彼女がやって来たのは途中からだったし、彼女は他の人に関わろうとはしなかったから、よく分からないわ。なんだか、いつもボーっとしてて誰とも話さなかったのよ、彼女」

 私にはその返答が気になった。

 途中から、やって来た?

 「途中からというと、鷺沼静は、途中から寮生になったのですか?」

 「ううん。違うわ。何でかは知らないけど、突然に部屋替えがあったの。しかも彼女だけ。皆、不思議がっていたけど、誰もほとんど彼女を知らないし」

 私はそれを受けてまた考えた。それが、まるで鷺沼静を孤立させるために行われた事のように思えたからだ。何かから隠す為に。私が黙っていると、彼女は何かを言いたげに私を見つめてきた。それから、

 「ねぇ、あなたは一体、誰の依頼でこんな調査をやっているの? 彼女のご両親?」

 と、そう問い掛けてくる。

 「いえ、すいません。それは申し上げる事ができないのです。守秘義務がありますから」

 彼女はそれに数度頷く。まぁ、そうでしょうね、とでも言いたげに。私はその彼女の質問を不思議に思う。どうして彼女は、依頼主として、真っ先に鷺沼静の両親を思い浮べたのだろう?

 それから、ふと思い付き、私はこんな事を言ってみた。

 「私が学生時代の時、英語の教科書に載っていたのですが、こんな話がありました。家出した少女が家に帰ると、家族があなたはこの家の娘じゃないとそう言って来る。つまりは、家族がその娘を追い出したくて、そんな嘘を吐いている訳です。酷い話ですが、現実にもこんな事が起こるものですかね?」

 彼女はそれを聞くと、少しだけ顔を歪ませた。私は思う。この女は、私が探偵を名乗ると納得した顔を見せた。つまり、それだけの思いを鷺沼静に対して持っていたのだ。なら、もう少し押せば、なんとかなるかもしれない。

 「家族全員が口裏を合わせているのなら、起こり得るかもしれない。後は、近所付き合いが少なくて、周りの人間が家族に対して無関心ならば」

 私が更にそう続けると、

 「あなたは、そんな事が現実に起こり得ると信じているの?」

 と、そう問い掛けてきた。

 「はい」

 と、私がそう頷くと、大きく溜息を漏らし、それから降参をするように彼女はこう言って来た。

 「別に隠す必要もない話だから、正直にわたしの異常な考えをあなたに言ってみる。わたしとしては、こんな事が起こるはずもないと思っているし、だから現実だとも主張したくないのだけど。

 でも、あの当時の事を思い出すと、その度に何か違和感を感じるの。こんな気持ちを抱えたまま、生きていたくはないし」

 私はそれに軽く頷いた。すると、彼女は語り始めた。

 「実を言うと、私は在学中から、鷺沼静が本当は鷺沼静じゃないような気がしていたの。鷺沼静は途中から、奇妙なほどに無口になってしまった気がするし。

 でも、誰も何も騒がない。先生も、周りの友達も、そして何より本人も。多分、それを疑っていたのは私だけじゃないと思うのだけど、誰も何も口に出さなかった。何だろう? なんだかそんな空気になっていのたよ。大きな間違いには気付かない振りをする、みたいな。ちょっと違う気もするけど。

 わたし達は、彼女の顔もよく思い出せなかったし、確証もなかった。多分、何か変だと思っていても、皆、自分達の現実を崩したくなかったのだと思う。そんな異常な事が起こる事は、だから認める訳にはいかなった。面倒も嫌だったのかもしれない」

 私はその話に深く頷いた。なるほど、少しずつ輪郭が見えてきたぞ。そう思った。

 「あり得る話です。個人ならば犯さないような単純な信じられないミスを、人は集団になると犯すものらしいですから」

 その後で、心の中で私はこう付け加える。特に、ナノマシン・ネットワークが絡んだ場合には、酷くなる。

 それだけ聞ければ充分だったので、私は礼を言うと、その女性と別れた。

 つまり、鷺沼静という女性は、在学中に別人と入れ替わった可能性が大きいのだ。そして、ナノネットの呪縛により、その事は無理矢理に隠され続けた。恐らく、ナノネットはそれを発覚させない為に、様々な事を行ったのだろう。馬鹿げた話だが、ナノネットが絡むのならば起こり得る。だが、それは飽くまで鷺沼静が寮生で、在学中だからこそ通じる話だ。卒業すれば、無理は効かなくなる。これは予想だが、鷺沼静の代わりにされいていた少女は、卒業と同時に元の人間に戻ったか、或いは殺されてしまったのじゃないだろうか? 恐らくは、後者の可能性の方が高いだろうが。

 私は帰ってから、神原とそして山中にこの内容を報告した。二人に宛て、電子メールを送ったのだ。山中に伝えた事を、神原に知られたくはなかったので、別々に送った。

 問題は、ならば本物の鷺沼静は何処に行ってしまったのか、という点だろう。メールを送った後で、そう私は考えた。これから先は、神原の担当になるかもしれないが。

 メールを送った同日に、早くも山中から返事が返ってきた。好奇心旺盛な彼女らしい。ほとんど金にもならないはずなのに。

 『その調査の為には、現寮生にも話を聞いてみた方が良いと思います。ナノネットの呪縛から解放された卒業生と、解放されていない寮生で、どう違いがあるのか。実は私もT学園に用があるのです。良かったら、今度の休日に落ち合いませんか? お互いに情報を交換しましょう』

 私はそれを読んで頭を抱えた。また、余計な仕事を増やしてしまった。私には、そこまでをするつもりはなかったのだ。

 ただ、断る理由も思い付かなかったので、私はその話を引き受けてしまった。嫌だ嫌だと思いながらも、いつの間にかに流されてしまう。いつも私は、そんなだ。

 T学園の寮生達の一部は、休日にアルバイトをしている。案外、自由な校風らしく、届出をすればアルバイトも認められているのだ。私はそこに目を付けた。外で働いている学生で、鷺沼静と同じ階になっていた者に目星をつけると、聞き込みを行ったのだ。

 学生の名簿は、神原から貰っていたし、それは大して苦のない仕事だった。神原が何故そんなものを持っているのかは、あまり深く考えないようにした。

 聞き取り調査の結果は、卒業生から聞いたものとは全く違っていた。鷺沼静は間違いなく鷺沼静で、他の誰かであるはずなどないと言うのだ。もう卒業して随分と経つが、人が変わってしまったような記憶はないと。風邪をこじらせてから、少し声が変わってしまったが、それだけだと。しかも、ほとんどの学生の返答がほぼ同じだった。

 私はその結果をこう考えた。これは恐らく、ナノネットの影響下にある学生のマニュアル的なもので、こういった質問が来た場合の固定されたパターンなのではないか。つまり、目の前にいる学生達は皆、ナノネットに憑かれているのだ。そう思うと、私は急に不気味さを感じた。だからそれで、しつこくは追求せず、早めに聞き込みを切り上げた。面倒な事に巻き込まれたら、堪らない。

 山中理恵とは、近辺の喫茶店で待ち合わせをした。少し早く着いたのだが、彼女は既にそこに来ていた。

 「ご苦労様です。成果はありましたか?」

 彼女は開口一番にそう尋ねてきた。恐らく、結果を知りたくて堪らないのだろう。本当に物好きな女だ。

 「予想通りの結果でしたよ。現寮生達は、口を揃えて同じ事を言った。鷺沼静先輩が、途中で別人になってしまったなんて、あるはずがない、と。気持ち悪いくらいに、ほぼ同じ内容でしたよ」

 私のその回答に、山中はうんうんと軽く頷いた。頭の回転の速い彼女の事だ。私の言葉のニュアンスと、その意味も理解しているのだろう。

 「今回のナノネットは、統一性がないという話でしたけど、なかなかどうして、侮れないみたいですね。ただ、今日私がやった作業で、どうなるかは分かりませんが」

 「今日、やった作業?」

 そういえば、私は彼女が今日、T学園にどんな用事があったのかを聞いていない。しかし、山中はその質問には返さず、こんな事を言って来た。

 「そういえば、気になって調べてみたのですよ」

 そう言いながら、雑誌の記事を取り出す。記事といっても、扱いは小さい。ほんの切れ端のようなものだ。しかし、そこに書かれていた内容には、目を引かれた。

 ――現代の神隠し。一年以上、失踪していた少女が発見される。

 記事の題名はそんなものだった。

 「この記事では、行方不明になっていた少女が、発見されたとなっています。しかも、失踪中に何があったのかを、少女はほとんど覚えていないのだとか。何か重なりませんか?」

 もちろん、私は鷺沼静を思い浮べていた。つまり、山中はこの記事の失踪していた少女こそが、鷺沼静に成り代わっていた本人だとそう言いたいのだろう。

 「残念ながら、写真はありませんが、身体的特徴は一致します」

 「身体的特徴なんて、書かれているのですか?」

 「多少は、いかがわしい雑誌なもので。この雑誌記事では、少女を食いものにする闇の組織の存在を匂わせていましたが、まぁ、もちろん眉唾です」

 私はそれについて少し考えた。殺されていなかった点が意外と言えば意外かもしれない。

 「しかし、よくこんな小さな記事を見つけ出せましたね」

 恐らくは、“神隠し”という言葉に彼女が惹かれたために覚えていたのだろうと思いつつも、私はそう言った。彼女は、怪談の類が好きなのだ。

 「ええ、まぁ、私は変わった事件が好きですからね。偶々、覚えていたのです」

 私が分かっている事を分かりながら、彼女はそう言ったように私には思えた。

 「なるほど。実を言うのなら、私は身代わりになっていた少女は殺されたのじゃないかと思っていたのですよ。生かしておけば、やがて彼女が鷺沼静じゃないとばれてしまう危険性が大きくなるでしょう?」

 「確かにそうかもしれません。ただ、これは神原先生が言っていたのですが、今回のナノネットは頭がそんなに良くはないらしいです。それを考慮するなら、そこまでは分かっていなかったのかもしれません」

 「そういえば、あなたはさっき、今回のナノネットは統一性がないと言っていましたね。馬鹿なんですか。今回のナノネットは」

 それを聞いて私は思う。ならば、あの神原の相手ではないのではないか、と。

 「ええ、ただ神原先生は、だからこそ厄介だとも言っていましたが」

 「ふん。それで、今日、あなたは神原さんに頼まれて何かをやったのですよね? 一体、何をやったのですか?」

 「私がやったのは、極簡単な作業ですよ。学校に忍び込んで、ナノマシンのネットワークが密に結び付いているスポットの目立たない場所に、装置を設置しただけです。とても小さな装置なんですが」

 「装置?」

 「はい。紺野さんから借りた装置で、ナノマシンのネットワークを遮断します。その反対に強力に結び付ける事もできるのですが、今回はバラバラにしたいみたいですね。神原先生は」

 それを聞いて私は思う。紺野先生と神原を同時に相手にするのか、今回のナノネットは。考えただけでも、ゾッとする。

 「何を企んでいるのかは分かりませんが、なんだかナノマシン・ネットワークに同情したい気分になってきましたよ、私は」

 私がそう言うと、山中理恵は可笑しそうに笑った。

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