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11.相転移現象

 (高校一年・祭主智雄)

 

 「じゃあ、どうして今は話してくれているの?」

 と、彼女、本多さんから尋ねられた時、僕の心は揺れた。アルバイト先でのことだ。僕は彼女の誤解を解こうと、これまでの経緯を彼女に話したのだった。彼女はその内容に納得してはくれなかったみたいで、どうして初めから話してくれなかったのか、どうして今は話してくれるのか、と僕に問い詰めて来たのだ。僕は咄嗟にこう返した、

 「君が既に関わってしまっているのじゃないかと思ったから。それに、既にナノネットにも知られしまっているみたいだし… それに、」

 けど、

 途中で言葉に詰まってしまう。

 僕はそこで初めて、自分の中にある妙な感情に気が付いた。冷静に考えれば、話さない方が良かったかもしれない。黙ったまま、密かに行動した方が、都合良く進んだような気がする。では、どうして僕は彼女に事情を話してしまったのだろう? 僕は彼女が信じてくれるかどうか、それを不安に思っていたはずだ。何も話さないで誤解されるのは仕方ないと思える。でも、本当の事を話して、それでも信用してもらえなかったら、その時は、僕は言い訳もできずにただ傷つく。でも、それでも僕は話してしまった。そしてそこで僕は、彼女に誤解されたままでいるのを嫌がっている自分を発見したんだ。それで何も言えなくなってしまう。顔が熱くなる。

 その後で僕は、それを誤魔化す為に、こう言ったのだ。

 「とにかく、T学園に蔓延しているナノネットは危険な可能性があるんだ。なにしろ、人を殺しているのかもしれない」

 それを聞くと、彼女は少し驚いた表情を見せた。

 「人を殺している?」

 「うん。詳しくは僕も分からないのだけど、女子生徒を殺しているかもしれない。しかも、そんなに昔じゃない」

 しかし、それからの彼女の表情は芳しいものではなかった。信用していないと言うか、なんと言うか。しかも、それからお客さんが入って来てしまって、その会話を続ける機会は生まれなかった。

 アルバイトが終わるのは僕の方が先で、僕は悶々とした気持ちを残したまま、家に帰らざるを得なかった。多分、まだ誤解は解けていない。そう僕は思っていた。そして、その不安は的中してしまったのだ。

 「――ナノネットを調査する必要なんて、ないよ」

 翌日、学校の休み時間に、ナノネットの調査をしながら歩いていると、軽く走りつつ本多さんが僕の目の前にやって来て、いきなりそう言った。どういう意味なのか分からなくて、少し固まってしまったのだけど、そこに彼女はこう重ねてきた。

 「聞いて祭主くん。学校のナノネットは、人を殺してなんかいないの」

 僕はそれに反射的にこう返していた。

 「どうして、そう言い切れるの?」

 すると彼女は、この学校に伝わる死体を探す幽霊の怪談と、アルバイトでも一緒の寮生の鵜飼先輩が見るという、複数人に殺される悪夢の話を僕に聞かせてくれた。鵜飼先輩の見る夢は、ナノネットの所為だとも。その後で彼女はこう言って来る。何故か、明るい声で、

 「多分、祭主くんはそれを勘違いしているだけだよ。ここのナノネットは、危険な存在なんかじゃないの」

 僕は彼女のその明るさは、陰惨な事件から逃れられるという願望の投影だと考えた。とてもじゃないけど、それだけの情報だけから学校ナノネットが安全だと決め付けられはしないはずだ。それで、こう返す。

 「確かに重要な話ではあると思う。でも、それだけじゃ証拠にはならないよ。それに、僕は殺されただろう女生徒の霊を観ている」

 「霊?」

 「ナノネットの核みたいなもの。辛うじて残っているのを、中庭に発見した」

 僕はそう言い終えると、あの彼女の、霊の悲しそうな表情を思い出した。あれは、絶対に無理に殺され死んでいった顔だ。そんな事をやるナノネットは、絶対に許せない。

 「本多さんが、その話を聞かせてくれたのはありがたいけど、それだけで調査を止める訳にはいかない。はっきりとした証拠を、見つけるまではね」

 そう返すと、何故か本多さんは失望したような表情を浮かべた。そして、その後で急速に顔の色を変える。僕はその表情の変化に少し戸惑った。彼女のそんな表情を、僕は今までに一度も見た事がなかったから。それから、

 「なんで、不気味だからって…」

 と、そう彼女は言いかけた。しかし、そこで思わぬ声がかかったんだ。

 「君達、そろそろ休み時間が終わるよ。教室に戻らなくていいのかい?」

 それは少し顔色の悪い男の人で、どうやら教師らしかった。その声の所為で、本多さんは言葉を続けられず、そのまま教室に戻ったのだ。そして彼女の表情から、今度も僕は更に悪い予感を覚えたのだった。そして、またその予感は当たってしまった。彼女はそれから、僕を邪魔するようになってしまったのだ。彼女は休み時間毎になんとか僕を止めようとしてくる。僕はそれを避けたり、隠れたりしながら、調査を進めなくてはならなかった。そしてその所為で、僕は自分の事情を、もう一人別の女生徒に説明しなくてはならない破目に陥ったのだった。山瀬さんという女生徒だ。彼女は本多さんの知り合いで、どうして僕らがこんな追いかけっこをやっているのか不思議に思って僕に質問して来たらしい。

 その時、僕はかなり詳しく山瀬さんに、ナノネットについて教えてしまった。そんなに結合は強くなくて、言葉で意思を伝え合っている部分があるらしい点。だから、お互いが本当にどこかで繋がっている同じナノネットなのか、本人達にも分からないでいる可能性がある点。そして、知能が低いかもしれない点。

 尋ねられるままに教えてしまったのだけど、後になって後悔した。やはり教えるべきじゃなかったかもしれない。彼女は本多さんの誤解を解いてくれるのに協力してくれるかもしれなくて、それで多分僕はつい喋りすぎてしまったんだ。

 ただ、それでも女生徒が一人、殺されているかもしれない話は教えないでおいた。必要以上に騒がれてしまうのは避けたかったし、それにそれでこの件に山瀬さんが首を突っ込んだりしたら、彼女に危険が及ぶ可能性もある。

 

 本多さんに妨害されながらも、僕はなんとか調査を進めていた。校内にあるほとんどの重要スポットを網羅する図が出来上がり、少ないながらも校外からの信号の流入がある点なんかを発見していく。そして、ほとんどの調査が終わったある日、僕は紺野先生からメールを受け取ったんだ。それは、今回のナノネットの検査結果のメールだった。そのメールは、僕と神原さんと、そしてCCで山中さんにも送られていた。

 山中さんというのは、紺野先生の助手のような人で、時々先生の仕事を手伝っている。なんでも、ナノマシンへの感応が極めて小さくて、ナノネットに感知されずに行動できるという変わった体質を持っているのだとか。紺野先生からのメールは、こんな内容だった。

 ――祭主君、そして神原さん。いただいたサンプルの解析が終わりました。今回のナノネットは、とても奇妙な特性を持っています。結合が変化し易く、分裂したり統合したりを繰り返すような振る舞いをみせる。だから、このナノネットは巨大になればなるほど全体の統制が取り難くなるでしょう。大きな範囲で、一つのナノネットとして機能する為には、ナノネットを介しての結び付きを補佐する何かが必要になるはずです。

 また、このナノネットは、その特性から細かく分裂した小さなナノネットを、たくさんばら撒いている可能性が大きい。これらの特性は、今回のナノネットに関してのエピソードと一致します。

 そして、これからが重要なのですが、だからこそ今回のナノネットは厄介だとも言えます。ナノネットの結び付きが変化し易く、分裂してしまうという事は、ナノマシンのネットワークを介して消去しようとしても、完全には消去しきれないだろう可能性が大きいのですね。ネットワークが断絶されれば、そこから先には届かない。

 恐らく知能が低いという点は当たっていますし、だから、そういう意味では恐ろしい存在ではありませんが、やり難い相手である事は確かです。特に多人数が相手の場合は、祭主君の“第三の目”が効力を発揮し難い可能性があります。祭主君は、同時に複数のナノネットに干渉した事は、まだないはずです。もしかしたら、何割かのナノネットしか操れないかもしれない。

 そのメールを受け取ったのと同じ日に、神原さんから携帯電話に電話がかかって来た。

 「どうも、祭主君。紺野先生からのメールはもう読みましたか?」

 「はい」

 「良かった、話が早い。どうやら、我々の予想とほぼ一致する解析結果のようですね。安心しました」

 そう言われたけど、僕にはどうして今回の紺野先生のメールで安心できるのかが分からなかった。確かに予想通りなのは悪くはないかもしれないけど、かなり不安になるような内容も含まれてあったはずだ。例えば、消去がし難いとか、僕の“第三の目”が効き難いかもしれないとか。

 僕はしばらく無言になった。その無言の間で、神原さんは僕が何を考えているのかを察したようだった。こう続ける。

 「あなたが不安に思うのは分かります。自分の能力が完全には効かないかもしれない、と言われれば敵地に足を踏み込んでいるあなたにとっては悪い報せでしょう。しかし、予想通りという事は、こちらの準備していた計画を曲げなくて良いという事でもあります」

 僕はそれを聞いて、疑問に思った。

 準備していた計画? 計画の話なんて、僕は少しも聞いていない。

 「あの、でも…」

 それで僕はそう言いかけた。すると、また僕の考えを察したのか、神原さんはこう説明して来た。

 「確かに、あなたには少しも計画の話をしてはいませんでしたね。ただ、それはあなたに伝えると、学校ナノネットにばれてしまう可能性があるのを考慮したからです。信用してない訳じゃありません。あなたが何かの弾みで、うっかり漏らしてしまうとも限らない」

 「だけど」

 僕はまたそう言いかける。……今回のナノネットの知能は低いって。しかし、それをねじ伏せるように神原さんはこう言った。

 「知能が低いというのは、あの当時は憶測でしかありませんでしたし、それに、ナノネットの知能が低くても、人間の脳が利用されればその限りにあらずです」

 僕はそれで何も言えなくなる。少しだけ不機嫌になりながら。その返答には、これからもその計画とやらを、僕には知らせてもらえないという意味が含んであったからだ。だがそれから神原さんは、こう続けたのだった。

 「相転移現象って知っていますか?」

 相転移現象?

 突然のその話に僕は少し混乱した。一体、何の話かも分からず、それで電話だとも忘れて首を横に振る。その後でその行為に意味がない事に気が付き、「いえ、知りません」と、そう返した。

 「突然に、ある状態から状態へと相が変化する現象をそう言うのですよ。例えば、固体、液体、気体の状態変化。これは突然に起こりますが、これなんかは相転移現象の典型例ですね」

 「はぁ」

 説明を受けても、僕にはその話が今回の件とどう関係するのかが分からなかった。

 「これは、分子と分子の結合の変化だとも表現できます。結び付きが強い状態が、個体。そこから結び付きが弱くなると、液体に。そして、更に結び付きが弱くなれば、気体になる」

 この説明で、ようやく僕はなんとなくだけど、その関連性を予感した。結び付き、それはネットワークの結び付きも同じなのじゃないのだろうか。ナノマシン・ネットワークの結び付きも。

 「この話の肝はですね、それが突然に起こるという点です。

 たくさんボタンが存在しているのを思い浮べてください。そしてランダムにそのボタンを選んで糸を通していく。一本ずつ。すると、ボタンは少しずつ結び付いていきます。この時に、その全体の結び付き度合いを観察すると、奇妙な現象が起こるのが分かるのだそうです。糸を何回か通していくと、ある地点で急速に全体が結び付くようになる。つまり、その境目を抜けると、突然、急激に全体が統合されるのです。そして実は、それこそが相転移現象の本質です。

 もちろん、これはその逆もしかりです。糸を断ち切っていくと、ある点で全体がバラバラになってしまう」

 僕はそれを聞いて、こう考えた。つまり、神原さんは、今回のナノネットに対してそれをやろうとしているのか?

 「祭主君。あなたが調査してくれた結果は、大いに役に立ちました。お陰で、私の計画は実行に移せそうです。あなたのお陰で、ナノネットが密に結び付き合っているポイントがはっきり分かりましたから」

 そこで僕は紺野先生のメールが、山中さんにも送られていたのを思い出した。それを見た時は、そんなに疑問を感じなかったけど、よく考えてみれば奇妙だ。いくら紺野先生の助手みたいな立場だからといって、あの解析結果が送られる理由にはならない。そして山中さんには、ナノネットに感知され難いという特異体質がある。つまり山中さんは、ナノネットに知られずに、何かをするのには打ってつけの人物なんだ。

 「分かりました。それだけ聞ければ、満足です」

 どうやるのか具体的には分からないけど、恐らく神原さんは、僕が調査して発見したポイントを攻撃するつもりなんだ。僕のその言葉を聞くと、神原さんは「いえいえいえ、納得していただいたようで、良かったです。それと、ですからね。これから、ちょっとした変化が学校にあるかもしれませんが、そんな事情がありますんで、驚かないでください」と、そう返してきた。そして、電話を切る間際に更にこんな事を言って来たのだった。

 「さて。もう伝えるべき点は、私にはありません。ただ、ちょっと聞いておきたい点があります。祭主君。あなたは、学校でオバケを見ましたか?」

 神原さんがここで言うオバケとは、妖怪とかの事ではない。ナノネットを介しては捕まえられない人間関係のネットワーク、神原さんは、その僕にとっては不可視のネットワークに、僕が何かを想像してしまうだろうと予言していたのだ。つまりは、それがオバケ。

 「少しだけ、見ました」と、僕はそう答える。

 本多真由さん。もちろん、それは彼女についての話だった。彼女が、どうして学校ナノネットの味方をしているのか、僕には全く分からなかった。そして、その彼女の事情に、色々な事を僕は想像してしまっていた。もしかしたら、彼女には恋人がいて、その恋人が学校ナノネットに侵されているのかもしれない。そして、その恋人に説得されて、彼女は学校ナノネットの味方をしているんだ、とか。

 そんな想像をする時、僕の胸は少しだけ痛んだ。そして、今はこんな想像もする。

 このままいけば、学校ナノネットは消去される事になる。その時に、学校ナノネットを護ろうとした彼女は、どんな態度を見せるのだろう? もしかしたら、とても怒るかもしれない。もしかしたら、僕を責めるかもしれない。そして、もしかしたら、とても悲しそうな顔を見せるかもしれない……。

 「そうですか。くれぐれも想像の内に未知の敵を作ってしまわないよう、気をつけてくださいよ」

 僕が何も言わないでいると、それから、神原さんはそう続けて「それでは」と言ってから、電話を切った。

 僕は携帯電話を見続けながら、これからの自分のできる事について考えた。後は、神原さんに任せて状況をただ見守るべきだろうか。それとも、何か行動を起こすべきだろうか。

 いや、止めておいた方が良いだろう。神原さんが具体的に何をするつもりでいるのか分からない以上、僕が下手に動けば、神原さんを邪魔してしまうかもしれない。行動と言っても、何をどうすれば良いのか、見当も付かないし。

 それから、少しだけ僕は本多さんの事を考えた。彼女の、控え目だけど、不思議と惹かれる表情を思い出す。

 明日から、無理に調査を行う必要が僕にはなくなる訳だ。調査を止めた僕を、彼女はどう思うのだろう? 安心して、もう何も言って来なくなるかもしれない。それは、それで良いけど、でも……。

 

 次の日、僕はナノネットの調査をし続けた。やはり何もしないでいるというのは落ち着かないし、それに調査なら神原さんの計画を邪魔しはしないだろう。なにより、僕が見過ごしている情報がまだあるかもしれない。

 当然、僕はその調査をまた本多さんが止めに来るだろうと思っていた。ところが、その日彼女は一度も調査をする僕を追っては来なかったのだった。どうしてなのか原因は、思い当たらなかったけど、昨日彼女から奇妙な質問を受けたのを僕は思い出した。彼女は僕に、どうして殺された女子生徒の死体を探さないのかと、そう質問をしてきたんだ。僕は調査の方を優先させるべきだから、とそう返しておいた。もう死体は処分されてしまっている可能性が大きいだろうから、見つかる可能性は低いだろうし、と。

 彼女が何故、そんな質問をして来たのかは分からなかったけど、彼女はその時、およそナノネット関連では初めて、僕の言葉に納得をしてくれたようだった。

 その彼女の質問を聞いた時、ナノネットの霊が、僕に死体を探してと頼んでいたのを僕は思い出した。僕は、その言葉を無視し続けた事になる。と言っても、ナノネットの言葉は残像のようなものだから、そこに大した意味はないのだけど。

 むしろ霊の“思い”が、学校ナノネットに影響を与えているだろう点を考慮すべきだろう。つまり、死体を探す女の霊の怪談を発生させたり、死体を探す夢を寮生に見させている遠因になっている可能性があるんだ。

 本多さんが止めに来ないお陰で、僕の調査は自由に行えた。皮肉にも、その必要性がなくなってから、調査がスムーズに進んだのだ。もっとも、新しい発見はほとんどなかったけれど。学校ナノネットにとっての肝となる、食堂や寮の近くを調べても彼女は全くやって来なかった。少しだけ、僕は寂しさのようなものを感じた。それから、心配になる。一体、彼女に何があったのだろう? 彼女はナノネットの敵になる事を決意したのだろうか? でも、それは危険だ。奴らは何をやるか分からない。

 僕はその日、なんとか彼女と話をしようと考えた。でも、どう話しかければ良いのか分からない。それに、なんと言えば良いのかも。でも、放っておく訳にはいかなかった。神原さんも言っていたはずだ。少しの会話がとても重要なのだと。本多さんは僕に積極的に関わって来ようとはしなかったけど、僕を避けている訳でもなさそうに見えた。それで僕は、アルバイトで彼女と同じ時間帯になる次のシフトに、彼女に話そうと考えたのだ。

 “見せ掛けだけでも良い。僕の邪魔をするような素振りをしなければ、君が危ない”。とにかく、それだけでも伝えなくちゃいけない。

 彼女と同じ時間帯になる次のシフトは、休みを挟んだ来週にあった。そこまで待って、彼女に詳しく説明すると僕は決めた。ところが、僕にはそれができなかったのだった。

 

 次の週になって、僕に予想できなかった変化が二つあった。一つは、学校ナノネットのネットワークが分断された点。恐らくは、神原さんが動いたのだろう。どうやったのかは分からないけど、休日の間に、僕が調べたスポットに何かを仕掛けたんだ。ナノマシンのネットワークを、繋がらないようにする何かの装置を取り付けたのかもしれない。

 そして、もう一つの変化は、彼女が、本多さんが僕を避けるようになってしまった点だ。学校でも明らかに避けられていたし、アルバイトのシフトはいつの間にかに、重ならないようにずらされていた。それで僕は彼女に話をする事ができなかった。

 もしかしたらそれは、学校ナノネットに、自分が僕の味方をしていないのをアピールする為の行為だったのかもしれないけど、それでも僕は不安になった。彼女の現状が分からない。本多さんが、完全にブラックボックスの中の存在になってしまった。こうなると、彼女に何があっても助けようがない。そして、更に僕の不安を助長するような事が起こったのだった。

 学校ナノネットは、確かにバラバラに分断されていた。僕の“第三の目”は、ネットワークの大部分が消え、それが無数の塊になっているのを捉えていた。ところが、その統一性はまだ健在だったんだ。バラバラになったにも拘らず、学校ナノネットは互いに連携して行動している。行動パターンが、以前と変わらなかったんだ。いや、捉えようによっては、以前よりも整然と組織的に纏め上げられているのじゃないかとすら思えた。

 それはまるで、戒律の厳しい宗教か軍隊のようだった。実際にそれは人間の組織に近かったのかもしれない。僕はナノマシンの保有者に共通して見られるある特徴を見つけていたのだ。

 青。それは、彼らが目印に青を用いているという点。例えば、ハンカチ。例えば、靴下のワンポイント。シャツのマーク。校則上、禁止をされているぎりぎりの明るめの青を彼らは何処かに身に付けていた。彼らは互いにそれを見せ合って、自分達が仲間だと確認し合っているようだった。そして、何かしらの情報を交換し合っている。

 おかしい。

 僕はそれを見ながら考えた。学校ナノネットは知能が低かったはずだ。それなのに、どうしてこんな知恵があるのだろう? こんな知恵があるのなら、もっと以前から、似たような事ができていたはずなのに。

 僕の不安はそれで加速した。神原さんが言っていた事を思い出す。

 “あなたは、今回のナノネットでオバケを見るかもしれない”

 その不気味さは、まさに僕にとってオバケそのものだった。誰かが、何かをして学校ナノネット全体を統治している。僕にはそんな風に思えてならなかった。でも、一体、誰がどうやってそんな事をしているのかも、どんな目的があるのかも分からない。

 僕から本多さんを遠ざけているのも、もしかしたら、その存在かもしれない。

 そんな想像もし始めてしまう。

 僕はこの今の状況を知りたくて、なんとか本多さんに話しかけようとした。しかし、彼女はそれを聞いてくれない。ただし、僕を見つめるその視線には、拒絶の意思は含まれてはいないように思えた。

 僕が、「あの、本多さん。少し話があるんだ」と、そう言うと、彼女は一瞬だけ躊躇するような表情を見せて、それから何かを言いたげな感じで、それでも「ごめんなさい。今は忙しいから」と、それを断る。

 その表情には、僕に対して申し訳なさそうにする感じが含まれていた。絶対に、何かおかしい。

 

 僕は山瀬さんにこの件を相談した事もあった。ずっと忘れていたのだけど、山瀬さんには本多さんの誤解を解いて欲しいと、お願いしていたのだ。本多さんの知り合いの彼女なら、何かを知っているかもしれない。

 しかし、山瀬さんは僕の相談を聞いてはくれなかった。

 「悪いのだけど、やっぱりナノネットとかあたしにはよく分からなくて」

 彼女はそう言って来た。

 「真由が、あなたを避けているのは、きっとあなたと一緒にいたくないからだと思うわよ。もう、その学校ナノネットとやらの調査の邪魔もしなくなったのでしょう?」

 彼女からそう言われて、僕はショックを受けた。確かに、状況的には、片思いをしている男が、避けられているのにも拘らず、無理に接触しようとしているように思える。

 「しつこい男は嫌われるわよ」

 彼女はそうも言って来た。僕は本多さんに嫌われているのだろうか?

 「もうちょっと経てば、あなたのこの学校への仮入学の期間も終わるのでしょう? そうすれば、もうそんなのを気にする必要もなくなるわ。ナノネットの調査も、もう終わりなのだろうから、アルバイトにいる意味もなくなるしね。

 きっと、あなたにはもっと別の可愛い娘が現れるわよ」

 そう言われた時、僕は少し疑問に思った。どうして、彼女は僕の調査が終わっているのを知っているのだろう?

 そして、更に気になる点が。

 彼女のポニーテールを纏めているピンには、ナノネットの印である青が使われていたのだ。僕は精神を集中して彼女を探ってみた。ナノネットの気配は感じ取れない。だとすると、これはただの偶然なのだろうか?

 

 それから数日後、僕は学校ナノネットに浸かれた生徒達が、奇妙な話をしているのを偶然に耳にしてしまったのだった。

 「例のアレを、誰かが見つけたらしい」

 そしてそれから、学校ナノネットの組織性は少しだけ乱れたのだ。どうやら、互いに誰が“例のアレ”とやらを見つけたのか、疑心暗鬼になっているようだった。

 そんな中で、僕は為す術もなくただ、神原さんの次の一手に期待するしかなかった。状況報告はしていたけど、神原さんからは何の返事もなかったんだ。

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