この赤い華に名前を
冬の夕暮れ、雪が降り積もり、マンションの脇には小さな雪だるまがちょこんと据えられている。
彼の部屋に入ると、閉ざされたカーテンから、僅かに夕日が差し込んでいた。
私を抱き寄せて迎え入れてくれた彼の体温は、いつも通り温かくて、けれどその瞳は、ぼんやりとどこか遠いところを見つめているように見えた。
「自分、さ。人、殺しちゃったんだよね」
冗談を言うようなトーンではなかった。
テレビのニュースで連日流れている、犯人の見つかっていない事件の犯人が自分であると告げた。
私は、言葉を失った。
私を抱きしめるその腕が、誰かの命を奪ったものだなんて、信じたくなかった。
なぜ殺したのか、それを後悔しているのか、何か理由があったのか。
全てを語ることなく、彼はただ、私の目の前に、雪のように冷たい事実を、据え置いた。
彼の腕がそっと解かれ、彼は立ち上がって、コートを羽織って、部屋の外へ出ていった。
あれ以上何も言わなかった。
彼は、すべてを、私に委ねた。
私の愛に「正義」という名のナイフが突き立てられたたような気がした。
彼を隠し通せば、私は彼の共犯者となり、二人だけの薄暗い世界で、世界に怯えながら、永遠を生きていくことになる。
しかし、警察に言えば、私の手で、彼を地獄へ送り出すことになるだろう。
葛藤の末、私はコートを手に取った。
私は彼を、深く愛している。
だからこそ、彼が立派な「殺人犯」として完成してしまうのを止めたかった。
警察署の冷たい空気の中で、私は震える声で、すべてを話した。
彼の住所を教え、彼が犯人だと、警察官に伝えた。
彼の罪を認め、彼を待ち続けること。
それが、私の正義であり、私なりの愛の儀式だった。
警察署を出ると、暗闇に雪が降りしきっていた。
彼の部屋に戻る気には到底なれず、どこかで暖を取ろうと、コンビニにでも入ろうと歩いていた時だった。
街灯の下、私を待っていたのは、他でもない、彼だった。
「…いっちゃったんだね」
彼は悲しそうに、でも、どこか満足げに微笑んだ。
その瞬間、私は悟った。
彼は、私が「正義」を選ぶことを知っていたのだ。
そして、それこそが、彼が望んだ「私による審判」だった。
彼の手が私の首筋に触れた。
冷たいはずの指先が、なぜかひどく熱く感じられる。
彼がナイフを突き立てていることがわかったのは、私のコートに血が滲み出していたときだった。
痛みよりも先に、熱の篭った圧倒的な一体感が私を包み込む。
「…ごめんね。でも、これでずっと一緒だから」
彼の顔が近付き、瞼を落とす。
遠くでサイレンの音が聞こえる。
崩れ落ちる私を抱き抱え、彼は自分自身の胸にも同じナイフを突き立てた。
意識が遠のく中で、私は、胸の中に溢れる暖かな幸せを感じ取っていた。
彼は最後まで理由を語らなかった。けれど、そんなことはどうでもよかった。
自身の命をかけて、私の下した審判に従い、私という人間を、彼の人生のすべてとして受け入れてくれたのだ。
真っ白な雪の上に、二人の朱が混ざり合い、鮮やかな華を咲かせていく。
正義も、罪も、すべてが雪に溶けて消えていく。
最後に残ったのは、残酷で甘美な、事実であった。




